質問主意書

第61回国会(常会)

質問主意書


質問第五号

国道百二十号線における日光東照宮周辺の道路拡幅計画に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によつて提出する。

  昭和四十四年七月三日

田中 一      


       参議院議長 重宗 雄三 殿



   国道百二十号線における日光東照宮周辺の道路拡幅計画に関する質問主意書

 日光東照宮の参道入口わきにおける国道百二十号線(日光市~沼田市)の道路拡幅計画に伴ういわゆる「太郎杉の保存か伐採か」をめぐつて、東照宮は、宇都宮地方裁判所に去る昭和三十九年八月七日付で「建設大臣の行なつた土地収用法による事業認定並びに栃木県知事の行なつた土地細目の公告各取消し請求」、昭和四十二年二月二十二日付で「栃木県収用委員会の行なつた土地の収用裁決の取消し請求」に関する訴訟をそれぞれ提起していたが、本年四月九日、同地裁から東照宮の主張を認め、そのいずれも取消す旨の判決が言い渡された。
 この判決以来、新聞等の報道機関をとおして太郎杉をめぐる記事、投書等が多く見聞され、その内容も道路拡幅の社会的必要を認めながら、しかも一度失つた文化的遺産は再びよみがえらないとする自然保護と文化的遺産保護の立場をとつた世論が客観的に大勢を占めていたと思われる。
 しかるに建設大臣、栃木県知事並びに栃木県収用委員会は、この判決を不服として、去る四月二十一日東京高等裁判所に控訴の手続を行なつたのである。
 この判決は、わが国の近時における経済の急成長から惹き起こされるさまざまなヒズミに直面している現状に対して、いかにして人間の生活と文化を調和させ人類の文化的遺産をいかに確保していくかを示唆したものといえる。
 ここに改めて、左記の諸点に関し、政府の明確な見解をただすものである。

一、道路整備と自然保護の視点は、建設と破壊ではなく、新しい時代への創造であり造形であるとともに保護・保存でなければならない。
本件に関する判決の概要は次のとおりである。
(一) 道路拡幅の計画地区付近は、日光発祥の伝説を秘めた土地であり、また太郎杉は樹齢五百年以上といわれ、特別保護地区でもあつて景観的、宗教的、歴史的、学術的価値を有する稀な土地である。このような文化的価値は、長期の自然的推移を経てつくり出されたもので再現することは困難である。
(二) 道路拡幅に対する公共性は認めるが、道路には代替性があり、時間と費用をかければ、文化的遺産を棄損することなく建設することが可能である。従つて、土地収用法第二十条第三号にいう土地の適正かつ合理的な利用に寄与することにはならない。
 この判決に対して、去る四月二十二日の参議院建設委員会で坪川建設大臣は、「歴史的遺産をめぐる景観の回復維持には、現道拡幅案においても十分配慮し」、「年月を経れば、元の景観に匹敵するだけの復元については、十分建設省としても配慮」すると言明されている。しかし、この言明でみる限り、太郎杉等の自然景観を主体とした文化的遺産の保存に対して、その事実認識に相当のひらきがあるように思う。
 この種の「公共の利益」に対する価値判断は、応々にして当該事業の執行者である行政庁の裁量行為にゆだねられているとはいえ、単に拙速的な経済的判断だけで処理することは、余りにも客観性に欠けるものであり、姑息な手段がかえつて近い将来にマイナスとなることが極めて多い。特に、今回の一審判決でも五年という年月を費しているが、この控訴を通じて最高裁判所まで争われる場合には、恐らく十余年の長期間を経ることになるであろう。訴訟に名をかりて、このように長期間、何等の便法も講ずることなく、無為無策に年月を過すことは、国民大衆・国民経済の大きな損失であり、極めて遺憾といわなければならない。
 この際、客観的に世論を正視し、かつ三及び四と関連して、東京高等裁判所の控訴を直ちに取り下げる手続きをとるべきであると考えるが、本件に関し、どのように処理されるか明確にされたい。

二、国道百二十号線における現道拡幅計画をめぐつての紛争は、昭和二十九年以来、起業者栃木県と東照宮の間に十五年間も続いているが、現在まで国及び栃木県の行なつた事業内容及び交渉経緯(代替路線等の内容を含む)、土地収用及び訴訟に関する経過等について、その詳細を明確に示されたい。

三、国道百二十号線は、日光を中心とし、国立公園日光山内を通ずる唯一の幹線道路である。
 特に拡幅計画地区付近は、線形も悪く、休日及び観光シーズンにおいては、自動車の滞留が極めて著しく、かつ交通事故も増加の一途をたどつている現状である。さらに中央道・東名高速道路の沿線観光地にみられるとおり、奥日光の開発及び東北縦貫自動車道の開通によつて、当地域を訪れる自動車による観光は、急激に増加することは極めて明らかである。
 従つて、この拡幅計画で示す如く、現道を十六メートルに拡幅しても他に代替する道路を建設しない限り、単なる一時しのぎの応急対策に過ぎないと考える。
 この際、長期的な視点から、日光道路(第二いろは)及び金精道路を開削したと同様な手法による道路整備特別措置法第三条の規定に基づく一般有料道路をバイパス道路として、日本道路公団に行なわせるとともに、拡幅計画地区付近の現道は一部交通規制を図り、歩道として抜本的に活用することが、将来最も最善の方策であると考える。
 この方策に対する見解を問うとともに、若し本方策に対して調査検討が行なわれているならば、その調査の内容を示されたい。

四、この道路拡幅計画地区付近は、昭和二十八年、当時の国立公園法第八条の二第一項による「特別保護地区」に指定されている区域であり、現在の自然公園法第十八条第一項に規定する特別保護地区に引きつがれている。
 この特別保護地区の指定は、当地区が国立公園日光山内でも極めて限定された最高の素質を保有する傑出した自然景観であつて、国民の貴重な文化的遺産として、人為的な作為に対する規制を図り、最も厳正に原状を保護・保存する必要があると認めたからにほかならない。
 このことは、本拡幅計画が起業者栃木県から提案された昭和二十九年の国立公園審議会より出された意見でも明らかである。即ち、この拡幅計画に対して、当地区は特別保護地区であり「道路拡幅のための石垣の切取り、杉の伐採等、現状変更並びに風致破壊を招く行為は絶対に許容すべきでない。」とし、「景観保持及び日光観賞の見地から、環境改善を図るため、現在路線は自動車の交通を制限又は禁止し、むしろ歩道とすることを理想とする。」等の内容であつて、当地区の保護・保存に対する厳正な態度が示されている。
 しかるに、昭和三十九年に開かれた自然公園審議会においては、この厳正な態度は、一部を除いて殆んど示されなかつたといわれる。このことは、同審議会並びに行政庁において、特別保護地区に関する基本施政の根本的変更と解する。本件に対して明確な回答を求めるとともに同審議会の議事内容を具体的に明示されたい。