質問主意書

第26回国会(常会)

質問主意書


質問第九号

八丈島中ノ郷における強制土地買収に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によつて提出する。

  昭和三十二年四月八日

鈴木 一      


       参議院議長 松野 鶴平 殿



   八丈島中ノ郷における強制土地買収に関する質問主意書

 東京都知事は、去る三月一日付を以て、農地法第四十四条により、都下八丈町大字中ノ郷の約百町歩の切替畑に対し、強制買収の措置をとつたが、該土地を所有する農民七十八名中、大沢宗次外三十四名は結束して反対し、現在農林大臣に対し訴願中である。本件を仔細に検討するに、明かに違法且つ不適切な行政処分であつて、当然速かに取消されるべきものと思われるが、以下の諸点につき政府の所信を伺いたい。

一、買収に反対する三十五名の農民は悉くが零細農家であり、切替畑以外に所有する熟田熟畑は僅に平均四反強であつて、而もその生産性において本土の二分の一程度にすぎない。三十五名の所有する切替畑は平均二町歩内外であり、その中平均一・三町歩が今回強制買収となり、平均〇・六町歩が残される結果となつた。いずれにせよ離島の困難なる自然的及び経済的条件下にあつては、四反内外の耕地に加えての二町歩の切替畑の農家は、超零細農家というべく、その所有面積は絶対的必要限度以下であつて寸土と雖も削り取る余地のないものであり、この点本件買収は明かに農地法の精神に背馳すると考えられるが、政府の所信如何。

二、対象地は、一様に山林即ち未墾地として買収されているが、全く事実に反する。これら零細農家の所有する平均四反強の熟田熟畑は、本土の標準からすれば僅々二反歩内外に相当するに過ぎず、年間所要食糧の半分の自給すら覚束ない有様であつて、勢い各農家は例外なく所有する切替畑をさまざまに利用して辛うじて生計を維持し得ている。すなわち、各農家にとつて切替畑は薪炭林であり、採草地であり、桑園であり、建築修理用資材の補給源であり、また耕種用或は園芸用の耕地でもある。年間を通じて多目的的に活用せられ、主要な現金収入源である。切替畑なくしてこれら農家の経営も生計も立たないのであつて、貧弱な田畑の所有面積も切替畑と組合わされてこそ有用なものたりうるものであり、切替畑こそ農業経営上主要且つ不可欠の資源である。それにも拘らず、これを未墾地の山林と同一視して買収せんとするは、如何なる法的根拠に基くものであるか。農地法に違反するものと思考せられるが如何。

三、切替畑は、土地利用の方法としては粗放にはちがいない。然し乍ら、八丈島の切替畑は、かつて本土の山間僻地に点在した切替畑とは著しく様相を異にしていると思われる。利用型態が多様であり、重要な現金収入源となつている等、単なる自給自足的な粗放利用ではない。八丈島の場合、市場への農産物の搬出に多大の経費と時間を必要とする。また本土より供給を仰ぐ農業用及び生活用品は著しく高価である。従つて農業経営は市場への適応力なく自給自足的たらざるを得ず、その反面現金収入を図るためには、市場の変化と関係なく収入の安全を確保すべく畜産、養蚕、薪炭製造、園芸、機織等多角的に行つているが、これらはすべて切替畑をその自然的条件の許す限り活用することによつて可能となつているのである。すなわち当該切替畑は八丈島の経済的地理的諸条件及び当該地域の土質気候等の自然的条件の双方から必然的に結果しているものであつて、これを山間部に存在した切替畑と同一視して単純な粗放経営と断じ、あえて未墾地とみなして開拓せんとするは甚しい短見、軽卒を免れぬと思われるが、政府の所信如何。

四、僅に百町歩足らずの土地が七十八名もの多数の農民に細分所有されている。細分所有されている事実自体この切替畑の各農家にとつての必要性を物語つて余りある、事実現に多数農家が経営上不可欠のものとして活用している土地である。このように複雑な所有関係に在る部落の隣接地を一括買収するとすれば多数農家の経営は忽ち覆滅されること明らかであリ、行政当局は如何なる必要と理由があつてわざわざこのような地域を開拓地に指定したか到底了解に苦しむところであるが、その理由、必要性を明示されたい。

五、開拓計画によれば入植者十五戸を予定し、一戸当一町六反を割当てる由であるが、然りとすれば必要な買収地面積は二十四町歩にて十分であるにも拘らず多数農民の反対を押し切つて四倍以上の面積を如何なる必要性があつて買収せんとするのであるか、その止むを得ざる理由を明かにされたい。

六、本件買収については、東京都開拓審議会においても再三再四審議を重ね、大多数の委員は最後まで「農民の大多数が賛成するのみでなく開拓実施に熱意を以て協力する」ことを条件とした由であるが、良識ある当然の態度といわなければならない。然るに当時五十余名の関係農民が反対し、現在なお三十五名が一致抵抗し、強行するにおいては不測の事態の発生すら憂慮される現状である。これを無視し、審議会の上述の慎重態度をも顧みず、如何なる理由があつて強制買収の挙に出でざるを得なかつたか、行政当局の面子上無理無体に買収した疑いが濃厚であるが、この点をも審議会の強制買収を決定した次第を、経過とともに明かにせられたい。

七、強制買収に反対する三十五名中の一人である山下めゆ氏は、過般無形文化財として指定せられた「黄八丈」の染色を代々業とし、古法をそのままに守るべく努力している島内唯一の人物であるが、所有する切替畑及び山林を奪われては、黄八丈特有の染色に必要な多量の薪材の自給が不可能となるのみでなく、媒染に必要な椿及び榊の灰あく製出の資材入手も困難となり、家業の継続は不可能で、引いては部落の有力なる副業である黄八丈の製織も打撃を受ける事になろう。一方において無形文化財の保護奨励に多大の努力が払われ、他方においてこれを無視するは甚しい矛盾である。古来有名な地方特産織物は結城にせよ、大島紬にせよ名のみ残つて実質の失われたもの多く、黄八丈の染色の如き古法が現にそのまま残されている等稀有の事例に属する。政府は開拓のためにこの貴重な文化財の覆滅も顧みないのであるか、また何等か具体的な対策が樹立されているのであるかこの点を明かにされたい。

八、かかる無暴な開拓計画を合理化する唯一の口実は、開墾して集約度を高めた上で旧来の農民に再配分し、実質において「増反」となるということにあると思われる。然らば何ケ年計画により、如何なる予算をもつてするか、また立案に当つて当該地の強風、多雨、地味貧弱、然も傾斜度の高い複雑極りない地形を如何に勘考して立案したものであるかその点を具体的に説明されたい。

九、現に経営上の主要な手段として利用せられている土地を一括買収するのであるから、多数農家の営農計画は根底から覆り、忽ち飼育中の役乳牛を手放さざるを得ない事態に当面するのみでなく、概して大家族を擁する各農家共多数の生活困窮者を出すと思われるが、これに対し行政当局は如何なる補償並びに救済措置を用意されているか伺いたい。

十、七十八名の土地所有者の買収土地の実測数値、評価、土地以外の物件の評価の基準及び支払われたる金額を各人別に伺いたい。

十一、致府の開拓政策は一部に成功的事例の見られる反面、無惨な失敗例が余りにも多く重大な反省期にあることが識者によつて指摘せられている。而して、失敗の原因は例外なく当該地の自然的及び経済的条件を無視した計画、立案の粗雑、無暴にあると思われるが如何。

十二、とくに本件の場合、多数農民の経営及び生活に甚大なる影響を及ぼすものであり、従つて事前に十分周到なる計画を立案し、成功の万全を期すべきであるはいう迄もないが、今日なお多数農民の強硬なる反対のあるは、彼等を納得せしめる用意の無いことを暴露したものである。事実農業経営の専門家すら、かかる自然的及び経済的両条件を軽視し、且つ所有関係の複雑且つ零細なること並びに多数農民の反対という社会的条件をも無視し、あらゆる角度から成果の望みなき開拓計画の実施に多大の国費を傾注するの無暴さに一驚しているのである。これまでも関係農民に与えた物質的及び精神的損害は多大のものであるが、今後の無用の摩擦混乱を防ぐために、本買収の件は当然速かに取消さるべきと思うが、政府の所信を伺いたい。