質問主意書

第10回国会(常会)

質問主意書


質問第九号

記載金高なき物品受取書も印紙の貼付を要するものとした国税庁通達に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によつて提出する。

  昭和二十六年三月十六日

上原 正吉      

       参議院議長 佐藤 尚武 殿



   記載金高なき物品受取書も印紙の貼付を要するものとした国税庁通達に関する質問主意書

 印紙税法第五条によれば、記載金高百円未満の受取書、記載金高なき受取書及び営業に関せざる受取書の三者については、印紙の貼付を要しないと解するのが、日本人の国語に対する常識だと考える。
 また本法の立法の経過をみても、明治七年太政官布告証券印税規則においては、記載金高なき証書にして課税物件たるものは雇人受状及び約定証書のみであるとされ、つづく明治十七年五月制定の証券印税規則においても、金高の有無に拘らず印紙の貼付を要する証書帳簿を列挙するも、この種の受取書は包含されていない。
 下つて明治四十三年制定の印紙税法第五条第十号において、課税例外物件として、記載金高なき証書があげられ、それをうけて、現行法第五条第十四号にも同旨の規定がある。かくの如く、この種の受取書には、一貫して印紙の貼付を要しなかつたということに鑑みても、かように解釈することは蓋し当然である。
 それ故、本法施行以来五十三年の久しきに亘り、社会の取引の慣行としても、この種受取書には印紙を貼付せず、取締機関たる税務官吏自身も印紙の貼付を要求しなかつたのである。
 又、本法第四条第二項には「証書面に標記しある価額の単位その他の記載事項より金高を算出しうるものはその金高を以て記載金高とみなす」とあるが、これは品名と数量のみをもつて金高を推算しうるばあいを指しているのではないと解するのが、前同様日本人の国語に対する常識である。これを明文上より考えても「証書面に標記しある……」と限定しているが故に、証書面標記以外の要素例えば時価の如きものを金高推算の基礎とすることの不可なるは明白な事理である。かような解釈を裏付けるものとして、「一万円の債務の担保として、日鉄株券五拾円株百枚を差入れたようなばあい、その時に作成する差入証に、若し時価の記載がないとすれば、金高の記載ありといえない」とする政府委員の解釈が記録に見えているが(明治三十二年二月二十日第十三回帝国議会貴族院印紙税法案第二読会記録小笠原壽長氏発言の部)、立法当時においては、金高の算出には、時価即ち証書面に標記されていない要素を考慮に入れ、これを金高推算の基礎とすることは、当然禁止さるべきものとされたのである。
 畢竟第四条第二項は、第一項各号に於ける金高を推定したものであり、法の予定したる範囲としては、品名、数量のみをもつて金高を推算しうるばあいをも包含するものではない。
 大正十五年大審院刑集第五巻法令五〇五頁にも、第四条第二項の法意は、「扇子百本の売買に関し、その本数及び各種の小売相場を表示せる単価と契約当事者間の卸値段は小売相場の二分の一なることを明かにしたる証書の如き、品名、数量、単価等の記載ありて而も合算額の記載なきばあいを指す」といつている。
 かくの如く金高記載なき物品受取書については、印紙の貼付を要しないということは、明白な根拠に基く結論なのである。
 然るに最近、税務当局が一地方の検事の解釈を理由とし、後に添附するが如き内容の通達を発して記載金高なき物品受取書と雖も、品名数量によつて金高を推算しうるとして、この種の受取書にも印紙の貼付を要求し、多年法の保護する慣行を真向から否定している。
 かくの如き所為は、本法の立法趣旨を歪曲して強行せんとするものに他ならず、明かに穏当を欠く行政行為であつて、憲法三十一条の罪刑法定主義の原則との関連に於て事を論ずるならば、まさに違憲の疑いをすら生ぜしめるものであるといわねばならない。
 凡そ法の運用に当つては立法の精神にあくまでも忠実でなければならない。苟くも立法趣旨を枉げてこれを運用するが如きは、厳にこれをつつしまなければならない。とくに印紙税法の如きは、正義と公平の原則に遵つて、如何にして最少限度で徴税するかということを定めたものであり、ためにこの法規の解釈に当つては、第五条の課税例外物件を可及的に広く解釈するのが当然である。端的にいうならば、印紙税法は、如何にして多額の税金を徴収せんとするかの法に非ずして、如何にして少額にとどめて、取引の安全を保護せんとするかの法である。
 かような考え方は、第十三回帝国議会貴族院第一読会(明治三二年二月十三日)に於て、政府委員田尻稻次郎が「…(略)…第一に税法の改良、取扱いの簡便ということを主といたしまして本法案を提出したようなわけであります。…(略)…税法の改良取扱の簡便になつて、商業その他の発展を幇助する主意であります」と説明し、曾我祐準が「只今の説明では、印紙税の多からんことを希望した点は一点もありませぬな、歳入は減つてもよろしいですか」という質問に対し「歳入は増すということの目的は立てていないのでありますが、然し偶然の結果歳入が増すということになりますれば至つて幸いであります」と答えているが、かかる記録内容をみても、本法の立法の精神が、税務当局のこの度の所為を許容するものでないことは明かである。
 その後本法は改正されること三十三回に及んでいるが、その改正の悉くが貨幣価値の変動に伴う引上げにすぎず、昭和二年の大改正においてすら百四十万一千円の歳入減少にもかかわらず、取引の便宜という目的より、比例税制度を廃止し、社会政策の見地から課税例外物件が追加されたにとどまるのである。
 印紙税法の精神はかくの如きものである。
 税務当局の今般の所為は、本法の精神を歪曲強行するものであつて行政行為による立法権の侵害というべきである。
 宜しく当局はかかる実状にかんがみ、その立法趣旨を歪曲して強行するの非を改め、適法手続によつて法律を改正し、それに基いて執行することこそ肝要であると信ずるが、政府の見解如何。

昭和二十五年十月二十日附間消一ノ一九六号
    国 税 庁 通 達
   印紙税法第四条第二項に規定する記載金高の取扱について

 首題の取扱については、証書面に単価その他金高の記載がない場合であつても、その証書面に記載されている物品の品名、規格、数量等から勘案して適正な市場価格によつてその物品の価額を算出することが出来る場合は、当該算出金額をもつて証書の記載金高とみなすことに取扱つているのであり、この取扱によるときは多くの物品受取書が課税の対象となるのであるが、最近においてはこの種物品受取書に対し課税せられていない実状であるから、関係従事者並に取引先業者等に周知徹底の上これが取扱に万全を期せられたい。
 なお、右取扱に関係ある事件に対する昭和八年一月二十三日附浜松区裁判所の回答要旨は左記の通りであるから参考に供せられたい。

        記

   浜松区裁判所検事回答(昭和八年一月二十三日附検発第二〇九号)
 (前文略)……前記物品切手は其の金額記載なきも物品名及その数量として「白三盆砂糖二斤」と記載して居り、右記載事項によれば自らその金額を算出し得て、当時「白三盆砂糖二斤」は金五十銭に相当し記載金高一円未満なること明白にして……(略)‥…印紙税法第四条末段に証書に記載金高なきも証書面に表記しある価格の単位其の他の記載事項によりその金高を算出し得るものはその総金額を以て記載金高と看做すとなし、本件「白三盆砂糖二斤」の記載は所謂其の他の記載事項に相当し、前記の如く金額を算出し………
(後文略)
以 上
◎印紙税法第四条第二項抜すい
 証書に記載金高なきも証書面に標記しある価格の単位其の他の記載事項に依り其の金高を算出することを得るものは、其の総金額を以て記載金高と看做す