質問主意書

第10回国会(常会)

質問主意書


質問第八号

戦争傷痍者の生活保障に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によつて提出する。

  昭和二十六年三月十五日

片岡 文重      

       参議院議長 佐藤 尚武 殿



   戦争傷痍者の生活保障に関する質問主意書

 第二次大戦による傷痍者は好むと否とに拘らず戦争にかり出され、健康な身体を奪われ又は不具癈疾者となつたのであるが、戦争の終局とともに国民がポツダム宣言及び新憲法により、自由平等とともに最低限度の生活を保障されたにも拘らず、今もなお、恩給法による階級的差別待遇を受けており、労働更生の面においても平和的生産活動への参加を全く閉され、正に生存権をすら脅威されている状態である。
 今次大戦による傷痍者三十万に癒やすことのできぬ戦争の惨苦を身に刻み、一日も早く平和な民生的日本再建への一員として、その活動に参加することを切望しているのであるが、これにつき左の諸点に対する政府の所見並びにその対策如何。

一、戦争傷痍者は一切の生産活動を放棄し戦場に闘うことを義務として規定した旧憲法、兵役法並びに軍刑法の規程により挺身戦闘に参加し受傷したものであるが、これを公務による障害者として認めるかどうか。

二、新憲法第十四条及び第二十五条の規定によれば、国民はすべて法のもとに平等であり、最低限度の生活は保障されているにも拘らず、傷痍者の大多数は生存権をすら否定されている実状である。政府が戦争放棄と平和国家再建を定める新憲法の規定に忠実であるならば、須らくこの尨大な戦争犠牲者に対し、速やかに平和的生産活動に参加する機会と保障とを与えることこそ戦後処理の重大任務であると考えるが如何。

三、永久に戦争放棄を宣言した新憲法下において傷痍者恩給に対し今なお、軍隊当時そのままの階級制度に従つているのは過去の制度を認めているものであると思うが如何、又大将より兵に至る十二階級の身分的差別制度を置いている理由如何、更に傷痍者症状等差(不具癈疾の程度)によつて差額を制定すべきであると考えるが如何。

四、現行恩給法にもとづく支給額は特別項症(両眼失明)で大将年額二万円に対し兵は年額三千二百円であり、一ケ月の生計費は勿論未だ治療中の療養費にも事欠く現状である。併もこれが現在においては唯一の国家補償である。特に重度傷痍者(両眼失明に手足切断者又は神奈川県風祭療養所在院患者等)に至つては就業能力全く失われており、国家の補償以外に生くる糧を得る途は全然あり得ない現状である。従来これ等の救済方陳情等の取扱については、政府は昭和二十一年二月一日発令された占領軍よりの覚書によるとの理由をもつて一切却下しているが、公務員なみの増額と枠の拡大(軍属による不具癈疾者も含む)について今もなお措置することを工夫してはいないのかどうか。

五、戦争中死亡の際は軍人同様の待遇をし、靖国神社に祀ると公表していた国家雇員たる軍属に対しての傷痍者生活保障の対策は如何、なお、軍属傷痍者は雇員扶助令による障害一時金の制定すらも知らない状態であり、これに対し関係当局(復員局)では官報により発表したといつているが、それは多数に上るこれ等該当者の全く聞知し得ない所であり、そのためその規定によつて終戦後五年を経過したことによりその請求期間を断たれ、身に不具癈疾の烙印を負うて生きる途を断れている有様であるが、これが救済の方途如何。

六、傷痍恩給受給者中二項症以上にして昭和二十三年九月一日以前に妻帯した者にのみ家族扶助料を支給することとなつているが、昭和二十三年九月一日以降の妻帯者にこれを支給しない理由如何。

七、傷痍者の更生補導対策は喫緊不可欠の重大施策でなければならぬと考えられるにも拘らず、現況は全国六十万身体障害者に対し僅か一千百名の収容施設を見るにすぎず、併もその殆んどが運営不能に立ち至つている状態であるが、これに対する政府の対策如何。

八、当局は昨年九月並びに一昨年十一月身体障害者雇用週間を催して雇用主の啓蒙をはかるといい、これをもつてその就職対策の万全をつくしたかの如き態度であるが、これによる就職者は殆んど見受けられないのみならず、企業整備等による尨大な失業者群の汎濫している現在、不具癈疾者の就職の途は全く閉されている状況にあるが、これに対する政府の対策如何。

九、傷痍者並びに一般身体障害者の更生補導に関する現政府の所轄は厚生、労働、大蔵等幾多の機関に分れ、その方針、援護対策等も各省によりまちまちであり、従つて各当局は互に責任転嫁を図つている状態であるが、政府は何故にこれが集約且つ系統的指導方策を確立しないのか。

十、全国唯一の傷痍者工場である神奈川県平塚製作所も現在九十名の傷痍者が作業に従事しているが、民間経営によるためか昨年七月馘首賃下げを発表している。この種工場の国家管理並びに拡大強化を切望するものであるが、政府の対策如何。

十一、傷痍者に対する更生資金の国庫補助は全然認められていないため、商人としての更生自立を阻害されているが、政府のこれが対策如何。

十二、漸く診療所を開業した失明傷痍者に十数万円の事業所得税が課税されたため、これが支払いができず僅か半歳にして倒産し、或は苦心漸くにして更生開業した者が税のために閉業ついに発狂し、或は又戦前経営していた喫茶店を開業すべく資金の貸出申請をしたところ税金が払つてないからと断わられ納税どころか更生対策も立てられないというような悲惨な実例は枚挙にいとまない程であるが、これに対する政府の対策如何。

十三、最近政府は国立病院の独立採算制移行を強行したため、病院側は営利性偏重の観点から傷痍者が未だ帰るべき家、働らくべき職もないに拘らず強制退院を強行しているが、この状態を政府は如何に考えるか、又これ等傷痍者に対する住宅対策如何。

十四、重度傷痍者即ち両眼失明、下肢又は上膊切断、四肢切断、精神異常、全神経障害者等に至つては幸福な家庭生活を建設する一切の機能、能力を剥奪され、結婚の機会さえ否定されている状態にあるが、これ等人間生活最大の悲惨状態に置かれるに至つた傷痍者に対し、その生涯の生活の保障と憩いの家を与えることは国家として当然の義務と考えられるが、これに対する政府の対策如何。

十五、国立病院独立採算制強行のため、傷痍者であつても月額六千余円の入院費を支払わされて(治療費は別に加算される)いるが、未復員者給与法の適用による療養を受け得る期限は三ケ年をもつて打切られるため、引きつづき治療を要する者は否応なしにこの負担に追われなければならない。更に恩給申請に至ると給与法の適用は打ち切られ、生活扶助の適用は予算の縮減並びに当局の無理解によつて極めて困難な現状にあり、高級医薬を必要とする程安静を要する傷痍者が街頭募金を行わざるを得ないような実状にある。尚一度退院すれば再度これが原因によつて発病しても高額入院費のため治療を受けることができず、正に坐して死地に赴く悲惨なる事態に立ち到るのである。政府は如何なる理由によつてこの種悪法の制定を企図し、更にこれが実施を行つたのであるか、又入院経費の完全国庫負担と再発病に対する未復員給与法の適用は当然であると考えるが、政府の所見如何。

十六、政府は身体障害者福祉法並びに生活保護法の適用により、元傷痍軍人の更生援護対策は全くなれるが如く公言しているが、身体障害者福祉法は予算の貧弱と平衡交付金僅少のため、現在は福祉司すら定数にみたず、又同法第二十二条(売店の設置)の適用も既得権侵害との理由により実現不可能である等実際には援護ができないと各関係官庁自身が公言している現況である。政府は傷痍者生活に対して何等の保障並びに援護もなし得ないこれ等身体障害者福祉法並びに生活保護法によつて、特に失明傷痍者、失明者にして四肢の何れかを切断した傷痍者又は結核傷痍者等の基本的人権を尊重し、文化的最低生活を保障し得ると考えているや否や、又これに対する具体的な更生対策を明確に説明されたい。

十七、傷痍者の街頭募金は国及び地方公共団体から援護の一切を断れたこれ等の人達の最後のあがきであり、最後の生命線であると考えられるが、政府はこれに対し昭和廿五年四月一日厚生省発社第二十八号施行に関する件及び同年五月廿五日附社乙発七号等においてそれぞれ明確に不正行為と断定し、鉄道公安官はこれを犯罪者の如き取扱をなし、東京都は警官を動員しても取締ると発表、更に大阪、埼玉、富山、長崎等到る所に於て禁止条令を公布し、傷痍者が生きんとする最後の綱をも奪い去つているが、かかる街頭募金等を行わせずしてなお生活せしめ得る確実なる援護方策が政府にありや否や。