質問主意書

第7回国会(常会)

答弁書


答弁書第二二号

内閣参質第一二号
  昭和二十五年二月七日

内閣総理大臣 吉田 茂      


       参議院議長 佐藤 尚武 殿

参議院議員池田恒雄君提出農業統制に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。



   参議院議員池田恒雄君提出農業統制に関する質問に対する答弁書

一、近年における農業統制の経緯は、色々の角度からみて、その詳細は複雑多岐にわたるので、その骨子のみを述べると次の通りである。
 今日の農業統制は大正十年米穀法の制定に始まつたと考えることができる。米穀需給の調整を通じ農家経済を含む国民経済の安定を図るため、米穀需給調節特別会計が買入、売渡貯蔵することとしたのである。その後外地米の増産と昭和農業恐慌の時代を通じて米穀はいちじるしく供給過剰となつたため、昭和八年政府は米穀統制法を制定し、政府の最高売渡価格と最低買入価格を定め、米穀の流通に介入し米価の支持安定を図つた。しかも、最低買入価格は生産費を基準に定められたので、その性格は基本的に農業保護政策であり、当時における農業統制は極めて自立的な間接統制の形態をとつていた。
 この政府の措置に併せて産業組合による農産物出荷等について自主的統制も併行的に実施された。
 ところが支那事変が始まり、わが国の経済が戦時統制経済の体制になるとともに、農産物についても供給不足の傾向が顕れ始めたので、需給調整のため直接生産者に出荷を強制しこれを一定の配給経路により配給するという意味においての直接統制が必要となるに至つた。事変当初農産物は比較的過剰の傾向にあつたので、農産物の直接統制は商工物資に比するとかなり遅れて開始された。米穀について供出制度が行われたのは昭和十五年十一月米穀管理規則の制定以来である。
 その後主要食糧農産物の直接統制は麦類、雑穀、及びいも類に範囲が拡大された。その他の農産物についても需給調整のため直接統制が拡大されていつた。
 以上のように流通統制は強化されたが、流通統制のみによつては必要農産物の供給確保を期し難い事情が生じたので、政府は戦争の中期から不急作物の作付を制限し、必要作物の作付を強制する作付統制が行われ、これに併せて農業労働力の保善のため労力統制も行われ、農業統制は経済の論理に従い生産の直接統制にまで及んだ。しかしてこれ等の直接統制の法的根拠となつたものは国家総動員法であつた。
 右にあわせて農地の所有関係についても、小作料及び農地価格の統制及び所有権並びに小作権の異動、農地の改廃等に関する統制が側面より農業生産力の維持を図り、併せて食糧の価格統制を裏付けるものとして実施された。その他農業資材資金についても統制が行われた。このように戦時中の農業に対する統制は極めて直接統制の色彩が濃いものであり、流通面に対する統制等は農家の経営に対する自由なる創意工夫の活用を阻む面もあつた。
 終戦後総動員関係の統制は撤廃されたが、農地に関する事項は農地調整法及び自作農創設特例措置法に移され、健全なる農業生産力形成の基盤をなし今日においてもなお統制が継続されている。
 次に主要食糧の供出、配給及び価格に関する農業生産物の統制については、戦後も食糧需給は緩和される見込みは立たず、当面の経済安定のためにはむしろ統制の強化を必要としたので、直接統制は引つづき継続された。
 しかしながら供出制度殊に事後割当制度は農家経済に打撃を与える面があるので、生産と供出を結びつけ供出割当を合理化するため、昭和二十三年食糧確保臨時措置法を制定した。今日主要食糧農産物の供出割当はこれによつて行われている。
 ところが最近世界の食糧事情の好転と国内産食糧生産の回復によつて食糧事情も好転し、主要食糧については部分的に過剰の傾向が顕れ、いも類については昨年十二月から一部統制緩和が実施された。

二、農業統制は生産及び経済の面を通じて農業経営に善悪さまざまの影響をあたえた。したがつて農家経営の内容、地帯により影響のニユアンスは異るが、概して主要食糧農産物を作付する穀作農家の農業経営に供出及び価格面を通じて深刻なる影響をあたえたと考えることが出来る。したがつて直接統制の強化は、その他の地帯に比し、水稲単作地帯に比較的圧力を加えその地帯の農業生産力の発展を阻んだものと思われる。勿論その他の地帯についても有畜農業の発展及び経営の多角化を阻んだことは事実であるが、直接統制の強化は農産物の商品化を促進したことは見逃すことはできない。

三、上述の通り、主要食糧農産物の供出制度等、農業における直接統制は、農家経済に対して好ましからざる影響をあたえる面もあるので、政府としては極力生産力の発展の阻害となるような直接統制はこれを出来るだけ速かに廃したいと考えているが、現在のわが国の食糧の需給事情では主要食糧の統制を廃止すると直ちにその価格が著しく騰貴し、これが勤労者の生計費に圧力を加え、民生の安定を期し難いことになる虞れがあるので、現状では直ちに直接統制を廃止することは不可能と考えられる。しかしながら、将来客観情勢が好転すれば、主要食糧農産物についても直接統制は廃止し、漸次戦前の如き自主的間接統制に移行し、この間接統制を通じて食糧需給、国民経済の安定を図るとともに、併せて農家経済の安定を実現したいと考えている。農地関係の統制は今後においても農業生産力の基盤の維持と農村民主化の有力な槓扞として何等かの意味において統制の継続が必要であろう。

四、直接統制の緩和乃至廃止の後においては、今後における世界経済全般の動向に対する見透しからも、わが国の農業は世界農業との競争に直面することになると考えられるから、政府は農業生産力の発展と生産費の切下げのため出来得れば農業に対し国家資本を投下し、技術、経済の両面における農業経営の改善を図るとともに、流通面においても間接統制を行い農家が自主的に経済の維持を図る方途を講じたいと考えている。

五、現在のところ上述の通り食糧の直接統制を全面撤廃する段階にないため、政府は食管法に全面的改正を加える意思はない。
 しかしながら、いも類については需給事情の緩和から従来の管理体制に変更を加え、これを農家保護的な性格に改正する必要が起つたので、第七国会にその改正法案を提出するため準備中である。
 食糧確保臨時措置法については明年三月三十一日限り効力を失うが、その後の食糧統制の在り方については、何らかの統制を必要とすると考えられるが、その具体案については目下研究中である。