質問主意書

第5回国会(特別会)

質問主意書


質問第七十七号

上田繊維専門学校単科大学昇格に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によつて提出する。

  昭和二十四年四月二十一日

参議院議員 矢野 酉雄      

       参議院議長 松平 恒雄 殿



   上田繊維専門学校単科大学昇格に関する質問主意書

 上田繊維専門学校単科昇格に関する本員の質問に対する内閣総理大臣吉田茂君の答弁は、巧みに論点を逸脱し、特殊の具体的質問に答えるに一般的原則論を以てしたものであつて、本員の満足せんと欲するも能わざるものであるから、ここに再び左記数項の質問を提起し、これに対し、速かに詳細且つ明確なる御答弁を要請する。

      左 記

一、答弁書の前段は、新制国立大学設置に関するいわゆる十一原則を声明したものであるが、一般論、原則論としては本員もその妥当性を承認するに吝なるものではない。
 さればこそ、二六七を算した旧制国立総合大学、官立大学、大学予科、高等学校、専門学校のうち、上田繊維、秋田鉱山、宮城師範等を除くの外は、ことごとく十一原則に従い六九の新制国立大学に統合されることを承服するに至つたのである。
 問題は、一般論、原則論としては十一原則の妥当性を承認しつつ、しかもなお国民経済の再建、新学制の完全実施等の見地から単科独立を主張する上田繊維に対して、文部事務当局が十一原則を楯に取つて、飽くまでもその単科独立を否認し、強いてこれを信州総合大学に編入せんとすることが果して公正妥当なる措置なりや否やというにある。
 上田繊維の単科昇格は長野県議会が三回にわたつて議決し、県民大会が熱烈に要望し、本院及び衆議院の文教委員会も第二国会において満場一致その請願を採択したところであるのみならず前文部大臣森戸辰男、同下條康麿両君がその実現に尽力せられつつあるは周知の事実であり、本院文部委員長前文部大臣田中耕太郎君もまたその妥当性を承認せられたるは、日高学校教育局長自身の言明せられたところである。また日高局長自身の言明によれば、上田繊維と文部事務当局との間を調停せんとせられたる大学設置委員山田勧銀副総裁すらもまた上田の単科昇格の支持者であつたとのことである。果して然らば、上田繊維の単科昇格は、ひとり長野県民の地方的要望たるに止ままらず、全国民の輿論であるといわねばならない。
 文部事務当局はいかなる理論的根拠によつてこの公正なる国論を無視せんとするのであるか。三人の前文部大臣、親しく実地視察をとげられた大学設置委員等がひとししくその妥当性を承認せられたる上田の単科昇格を頑として拒否するは、果して虚心坦懐に祖国の再建を念願する所以であるか否か。これが果して忠実なる事務官僚の態度ということができるかどうか。
 民主政治とは果してかようなものなりや否や。

二、いわゆる十一原則の妥当性は、原則論としては、本員等もこれを承認する。
 また、この十一原則が総司令部の指令若しくはこれに準ずるものであるならば、占領下の日本国民として吾人はただ黙して承服するだけである。
 けれども、十一原則が指令若くはこれに準ずるものでもないことは文部当局の言明するところである。またこれが確定不動の原則でないことは、それが再三改正された事実がこれを立証する。されば、もしこの原則あるがために、上田繊維の単科昇格を承認することができないというなれば、十一原則自体を改正すべきであると思うが、文部当局の所見如何。

三、十一原則により、一府県に一総合大学が設置されることになり、(第一項)またこの大学には必ず教養及び教職に関する学部若くは部をおく(第三項)ことになり、しかも各大学共に男女共学制となつた以上、女子大学の如きはさまでその必要はないものといわねばならない。
 しかるに、十一原則は、女子教育振興のために、特に国立新制女子大学を東西二箇所に設置する(第五項)と規定しているにかかわらず、繊維大学は一つもこれが設置を企図していない。
 文部事務当局は世界屈指の繊維工業国たるわが国において、一箇の繊維大学すらもこれを設置する必要なしというのであるか。新学制の下においてさへ、女子大学は二つも必要であるが繊維大学は一つも必要ではないと考えているのであるか、繊維大学を設置するには経費を要するが、女子大学を設置するには経費はかからぬというのであるか。

四、新制国立大学への転換の具体的計画については、文部省はできるだけ地方及び学校の意見を尊重してこれを定める、とは十一原則第十一項の規定するところであるが、上田繊維の単科昇格については、県議会の議決も県民の要望も学校の意見も文部事務当局によつて尊重せられた形跡は毫もない。もしこれを尊重したというなれば、いかなる意味において、これを尊重したのであるか。また、いかなる程度において、これを尊重したというのであるか。

五、政府の答弁によれば、上田繊維についても、東京、京都の両繊維専門と同様に他の学校と合併し、総合信州大学の一学部として主として繊維部面を担当することが、この際より適切な措置と考えるというが、東京繊維は東京農林専門、京都繊維は京都工業専門の一校だけと合併されて、それぞれ東京農工大学、京都工芸繊維大学となつたものであり、しかも合併された両校はいづれも一里内外の近距離にあるのであるから、合併されたというも、実は単科大学としての拡充にほかならない。しかるに、上田の場合は十里も二十里も遠隔の都市に散在する全く種類を異にする数校と合併せんとするのであるから、不利不便のみ多くして、総合大学の利便は毫もこれを享受することはできない。これを東京、京都の両繊維専門の場合と同日に談ずるは不合理極まるものといわねばならない。

六、上田繊維を単科昇格せしめるには、現在の教員組織、及び施設等担当、拡充せねばならぬことは事実であるが一挙にこれを拡充せぬばならぬ必要は毫もなく、国家財政に余裕の生ずるを俟つて漸進的にこれを拡充すればよいであらう。一般教養学科の部面においても同窓生及び各種繊維団体等の寄附金によつて容易にこれを充実することができる。現に同校においては、同校の単科昇格を期し、各種繊維団体等の寄附金をもつて、建坪五百坪の大校舎の建築に着手した次第であつて、同校を単科大学として昇格せしめるもこれがため他との均衡上、特に経費の増嵩をもたらす惧は絶対にない。
 いな、上田繊維は、その教授陣容においても、はたまたその諸施設においても、最も充実した専門学校の一であり、最も経費を要すること少くして、単科昇格せしめ得るものであることを看過してはならない。上田繊維は東西の両女高師、水産講習所、商船学校等に比し、毫も遜色なく優に大学の資格を具備するものと考えられるが、文部事務当局はこれを否認せんとするのであるか、これを否認するならばその理由如何。

七、水産大学や商船大学が単科大学として設置されようとしているが、これは他省所管という特殊事情があるから、これをもつて単科大学の設置を一般化する理由にはならない、というけれども水産大学や商船大学が他省の所管であるならば、何故に文部大臣の諮問機関たる大学設置委員会にこれが設置の可否を諮問したのであるか。かくの如きは文部省としては越権の沙汰ではないか。またこれら両大学については、一定期間を限り他省の所轄とする話合い中である、ということであるが然らば現在においては、これら両大学も文部省の所轄に属するのではないか。これら両大学は他省所管だと称しつつ、同時に一定期間を限り他省の所轄とする話合い中であるというは、矛盾撞著の甚しきものではないか。いづれにせよ文部省及び大学設置委員会が水産大学及び商船大学の設置を可決、決定した所以のものは、要するに、水産業及び海運業の重要性が認識されたによるものであらう。然らば本邦最大の輸出産業たる繊維工業の技術的指導の最高学府として、少くとも一箇の繊維大学をもたねばならぬことは、自明の理ではないか。水産大学及び商船大学設置の必要性を承認しながら繊維大学設置の必要性を認めずというに至つては、本末の顛倒、これより甚しさはない。

八、政府の答弁によれば、大学設置委員会は文部大臣の諮問に対して大学設置の可否を審議し、それに答申するのを任務とするものであるという。然らば、上田繊維の単科昇格の可否は、大学設置委員会に諮問し、その答申を俟つてはじめて決定せらるべきものではないか。文部事務当局が同委員会にこれを諮問せずして、夙に絶対反対を表明し来つたことは同委員会を無視した越権の沙汰ではないか。政府の答弁によれば上田繊維は教授陣容にも施設にも不備なる点が多いから単科昇格せしめることはできないということであるが、文部事務当局は設置委員会の答申に基いてかやうに断定したのであるか。文部当局は上田繊維の単科昇格の可否を設置委員会に諮問したことがあるか否か。
 文部当局が事務当局として上田繊維の単科昇格に対して反対意見を抱くことは当然許さるべきことである。けれども県議会が三回にわたつて同校の単科昇格を議決し、国会またその請願を採択し、前文部大臣が三人共にその昇格を妥当とされている以上、事務当局としては須らく区々たる主観的感情を超克して、大臣の決裁を仰ぎ、当該学校その他関係方面と協議し、大学設置の具体案を作成して、大学設置委員会に諮問すべきが当然ではないか。文部事務当局の態度は、私情にとらわれて国事を誤るものではないか。文部事務当局が今なお上田繊維の単科昇格を否認するは高瀬現文部大臣の意志に基くのであるか否か、この点については、特に明確なる答弁を要請する。

九、文部省の『新制大学の実施について』と題する文書によれば、今なお単科昇格を主張する上田繊維、秋田鉱山等については、なお極力一府県一大学の原則に基いて解決するよう努力するが、最後的決定は文部省と大学設置委員会とに委せられることを総司令部CIEも承認していると明言されている。
 即ち、この問題については、総司令部は毫も容喙せずその解決を文部当局に一任されているのである。然らば、上田繊維については、文部事務当局において、地方及び学校の意見を尊重して大学設置の具体案を作成し、去月開催された大学設置委員会に諮問せねばならなかつた筈ではないか。これを諮問しなかつたのはそもそも如何なる理由によるのであるか。支部当局は可及的迅速に具体案を作成し、大学設置委員会に諮問すべきであると思うが、その意志と用意とありや否や。これに対する事務当局の所見如何。

一〇、政府の答弁によれば六・三制の完全実施の必要経費の計上も困難なる情勢であるから、上田繊維の単科昇格はこれを承認することはできないとのことであるが本員等は六・三制の完全実施すら困難なる情勢であるからこそ、上田繊維を単科昇格せしめて理想的繊維総合大学を設置し、以てわが国輸出産業の太宗たる繊維工業の世界的雄飛発展を図るべしと主張するのである。六・三制を完全に実施し、新制大学の充実・発展を期するには、要するに、輸出貿易の振興によつて、大いに外貨を蓄積するのほかはないのであるが、わが国輸出産業の王座を占めるものは、戦後においても依然として繊維工業である。試みに貿易庁監修・昭和二十三・四年版日本経済貿易年鑑を見よ。即ち、昭和二十二年度の輸出貿易において繊維類の輸出は全体の五五・五四%を占めているのであり、これに次ぐものは農林水産物であるがその比率は僅かに一五・七%に過ぎず他は推して知るべしである。また、これを二十三年度について見るに、繊維関係が輸出総額の六〇%を占めて第一位、機械器具農水産物等も一昨年に比べて比重を増してはいるが、いづれも一〇%以下で輸出の主力は依然として繊維である(世界経済新聞・昭二四、四、一三による)。即ち知る国民経済の再建も文教の振興も主として繊維工業の発展に俟つのほかなきことを。然るに、国際収支の見地からみてさまで重要ならざる水産業や海運業のためにすらそれぞれ水産大学、商船大学等の設置を決定したにもかかわらず国民経済上圧倒的重要性を有する繊維工業のために一箇の繊維大学の設置をすらも頑強に拒否するはそもそも如何なる理由によるのであるか。これをしも誠心誠意祖国の再建を念願する公正なる文教政策ということができるかどうか。文部事務当局は具さに本邦貿易統計を検討したことがあるか否か。
 本員等が上田繊維の単科昇格を主張するは、単に経済政策上の見地によるのではない。祖国再建の前提として文教の振興を欣求し、文部当局を鞭撻せんがためにこれを主張するのである。

一一、健全なる常識と公明なる精神とに訴えれば、わが国に少くとも一箇の繊維大学がなければならぬこと及びこれがためには上田繊維を単科大学として昇格せしめ、以て理想的繊維大学を設置するが最善の捷径であることは、自明の理に属する。
 しかるに文部事務当局は今日に至るまで頑としてこれを拒否して敢て聴かざるのみならず、聞くところによれば学校教育法を改正して、なお単科昇格を主張する上田繊維等は単科大学には勿論昇格せしめず、さりとて総合大学にも編入せず、永久にこれを専門学校として、残さんことを企図しているとのことである。果してしからば、かくの如きは誠に由々しき大問題であるが、事実然るや否や。
 近く国立学校設置法案が国会に提出されんとしているが、同法案においては、上田繊維を単科大学として昇格せしめる予定になつているか否か、もしその予定になつていないならば、急遽同法案を修正して上田繊維を単科昇格せしめ、一般新制国立大学と同時に繊維大学として発足せしむべきであると確信する次第であるが、文部当局の所見如何。
 去る三月十日、長野県民大会が上田繊維の単科昇格の実現を期して大挙上京、文部当局に陳情しようとした矢先に文部事務当局が学校当局に対して突如教職員の二割減員を通告したことは、職権を濫用して国民を威嚇し、公論を弾圧しようとしたものといわれても弁解の辞があるまい。もししからずというなれば、何故に特にかかる場合を択んでかかる通告を発したのであるか。
 高瀬現文部大臣は女子大学ないし商船大学を設置しながら、上田繊維の単科昇格を拒否するが如き文部行政を是認せられるや否や。文部大臣はまたかかる事務官僚の態度を放任せんとせられるのであるか。
 内閣総理大臣吉田茂君は、国政の最高責任者としてその内閣の一角においてかかる文部行政の行われつつあるを熟知せられるや否や。
 これを熟知してしかもこれを是認せられるのであるか。

 以上の諸点につき責任ある御答弁を要請する。

 以上で質問を終るものであるが、文部当局は事の推移を公正妥当に認識せられ、大学設置委員会にも再諮問していただき、関係当局とも十分の了解を得て、八方円満なる解決に一段の努力あらんことを懇請して止まぬ次第である。淡々水の如き明確な解決を待望してやまぬ。