質問主意書

第2回国会(常会)

質問主意書


質問第五十九号

均衡財政の確立に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によつて提出する。

  昭和二十三年四月十三日

市來 乙彦      

       参議院議長 松平 恒雄 殿



   均衡財政の確立に関する質問主意書

芦田首相が米国陸軍次官を訪問せられた際、
陸軍次官は、
総司令官の要請して居る均衡財政の重要性を強調し、財政の均衡こそ、物価の安定及び健全なる通貨の維持に対する、必要条件であると指摘した、更に之は生産者が、其生産活動の為めの安定した基礎を得、労働者及び農民が、其仕事に対して十分な報酬を得る為めに、第一に重要なことであると述べた。
芦田首相は之に対し、
同意を表明し均衡財政を速に確立することに対し、政府は固い決意を有すると述べた、首相は、過去に於ける、赤字の原因となつた支出及び高物価が政府の経費に及ぼした影響など、是れまで政府の直面した種々の困難に付て説明する一方、最近数ケ月に於て徴税成績の改善されたことを強調し、有らゆる努力を払つて此改善状態を維持し、更に進展させることを期して居ると述べた。
と発表されたのである。
又他の機会において、
陸軍次官は、
現在の不均衡な財政状態を解決すること。不均衡な予算は、安全な「為替レート」の設定を妨げる一要素であり、完全な「為替レート」の欠如は民間取引に取つても亦日本における外資導入に取つても障害となると述べた。
と発表されたのである。
私は芦田首相が、均衡財政を速に確立することに対し政府は固き決意を有すると確言されたことに対して敬意を表し、左の事項を質問するのであります。

第一、外資導入と「インフレーシヨン」との関係に付て。

或人私に問うて曰く、外資は今日の「インフレーシヨン」の最中に導入されても、何等の支障をも受けないのであるか。
答えて曰く否、元来均衡財政を確立する目的は、外資の導入に対する受入れ体制を、整うることもその一つである、これは陸軍次官の指摘する所を、静に玩味すれば極めて明瞭である、若し「インフレーシヨン」の荒波の真つ唯中に、外資が導入されるとせば、必ずその荒波の悪影響を受け、自然その効能を減殺せられ、決して十全の効果を挙げることは望み得ないであろう、ここに受入れ体制を成るべく早く整える必要がある訳である、政府当局者並に民間企業者は、慎重に考慮すべきである。
政府は外資導入と「インフレーシヨン」との関係に付て私のこの所見を認めらるるや。
若しこれを認められないとせば、政府の所見を承りたいのであります。

第二、均衡財政又は均衡予算とは、収支の均衡を得たる歳計予算を指すものであるかに付て。

或人私に問うて曰く、近来政府当局者が、研究を遂げ考慮を重ねて編成せる歳計予算は、その実質において、冗を省き費を節し緊切差し措き難き経費のみを計上し、これを支弁するには極めて確実なる財源のみを以てし、能く収支の均衡を得て、その健全を期するのであつて、従来これを実質的健全財政と称えたのであるが、これこそ均衡財政又は均衡予算と称すべきであるか。
答えて曰く否、それは単に収支の内容を精査し之を厳選して計上し、収支の均衡を得せしむるに過ぎないものであつて、而かも既往の実績に徴すれば、其実行の結果は、或場合には通貨の増発を促し、物価を騰貴せしめ、生活を脅威し、屡々給料賃金の引上げ運動を惹起し、物資の増産を妨ぐる等の事実を見るのである、又或場合には計画の実行難経費の不足、追加予算の要求等予想外の事実を見るのである、元来此等の事実を見るのは、其予算が収支の均衡を得たる健全なものであると誇称されるに拘わらず、一たび実行に入れば忽ち「インフレーシヨン」の荒波に翻弄されて、完全なる実行を妨げられる為めである、要するに「インフレーシヨン」の続く間は堅実にして円満なる実行を期待し得べき予算は出来ないのが当然である。
試に思え斯様な予算によつて、
陸軍次官が指摘した様に、
健全なる通貨の維持が出来るか。
物価の安定が出来るか。
安全な「為替レート」の設定が出来るか。
又芦田首相が述べられた様な、
高物価が政府の経費に及ぼす悪影響を排除することが出来るか。
それとも、高物価を低物価に転換させることが出来るか。
若しそれが出来ると思うならば誤解である、幸にそれが出来ないことを諒解するならば、此等の諸点を解決する均衡財政とは、「インフレーシヨン」の昂進する今日の場合に於て、単に収支の均衡を得たる歳計予算を指すものではないことが明かである、随て均衡財政の意義は之を他に求めねばならぬことも亦明かである、之と共に或は均衡財政と称え或は均衡予算と称するも、結局同一の意義に帰着するものと見るべきである。
更に思え、若し均衡財政又は均衡予算が、単に収支の均衡を得たる歳計予算を意味するものと解釈するならば茲に或は恐るべき結果を生ずる場合も有り得べき疑いも起るのである、即ち支出の厖大にして財源の乏しき今日の場合、改府当局者が収支の均衡を得るに悩み、苦心焦慮の末、或は増税を計画し、或は官業に属する運賃料金売値等の引上げを実行し、各地に続出する地方税の引上げ並に新設と自然に重なり合い、之がため更に物価の騰貴を招き、「インフレーンヨン」の昂進を見る様なことが無いとも限らないのである、若し左様なことがあれば陸軍次官の指摘した所にも逆行するのであつて、深く考慮すべきである。
政府は、「インフレーシヨン」が昂進する今日の場合において、均衡財政又は均衡予算とは、単に収支の均衡を得たる歳計予算を指すものに非ずとする私の解釈を認めらるるや。
若し政府が、「インフレーシヨン」の昂進する今日の場合において、均衡財政又は均衡予算とは、単に収支の均衡を得たる歳計予算を指すものなりと解釈せらるるとせば、左の事項に付て説明を承りたいのであります。
一、この如き歳計予算が如何なる関係に因て、健全なる通貨の維持に対する必要条件であるか、殊に「インフレーシヨン」との関係を如何に考うべきであるか。
二、この如き歳計予算が如何なる関係に因て、物価の安定に対する必要条件であるか、殊に「インフレーシヨン」との関係を如何に考うべきであるか。
三、この如き歳計予算が如何なる関係に因て、安全なる「為替レート」の設定に寄与するか、殊に「インフレーシヨン」との関係を如何に考うべきであるか。
四、高物価が政府の経費に及ぼす悪影響に対し、この如き歳計予算が如何にしてこれを排除し得るか、殊に「インフレーシヨン」との関係を如何に考うべきであるか。
五、歳計予算が単に収支の均衡をさえ得ていれば「インフレーシヨン」を激成するのであつても宜しいのであるか。
若し然りとすればその予算は恐るべき結果を生ずるものである。若し然らずとせば私の申す均衡財政の意味と同一に帰着するのである。

第三、均衡財政の意義について。

ある人私に問うて曰く、然らば均衡財政とは何を意味するか。
答えて曰く、均衡財政の意味する所は、財政が国富と均衡を保つと共に、一般経済の各方面の実情が財政と相反映するに止まらず、その各方面が寧ろ財政の部門として、財政と緊密なる連繋に依り、公正且つ適度の歩調を保ち偏せず侵さず合理的均衡を持し、各部門もまた体制を正し歩調を整えて調和的均衡を保ち、その本然の職能を公正に行い、綜合してこれを観察すれば、全部が相呼応し渾然一体として作用する財政体制を意味するのである、これを他の簡単なる説明を以てすれば財政が国富との釣合いを保ち、財政と一般経済とが全然融合し、歩調を整えて釣合いを保ち、偏せず侵さず、渾然一体として作用する体制を意味するのである。恰も人体の各部がその形を整え調和せる釣合いを保ち、分れては各その機能を以て働き、合しては一体として活動するに比すべきである。
均衡財政は、近来政府当局者の挙措に見る様に、歳計予算における収支の均衡に没頭して、世情に対する影響に付ては、それ程深くは顧慮せない様な狭い範囲を対象とするものではなく、その要求する所は、今日の情勢に在りては、陸軍次官の指摘せる通り、財政の公正に伴い、健然なる通貨の維持、特価の安定、安全なる「為替レート」の設定の外、生活の安定、生産の振興、輸出の進展等に重きを置きこれ等の事体を脅威し阻害するものは絶対にこれを排除するのである。
政府は均衡財政の意義に付て、私のこの解釈を認めらるるや。
若しこれを認められないとすれば、政府の解釈を承りたいのであります。

第四、均衡財政の確立に関する方策について。

或人私に問うて曰く、均衡財政の確立に関する方策如何。
答えて曰く、均衡財政の確立に関する方策は、「インフレーシヨン」克服対策とその揆を一にするものである、私は陸軍次官の指摘せる所と従来政府の政策が徹底せざるものある実情とを顧慮し、次の方策を提唱するのである。

一、通貨の増発を抑制すべきである、抑も通貨の増発は、国費の膨脹こそその最も重もなる原因である、故に先づ以て国費の緊縮を図るべく、これがためには一般特別各会計を通じて、行政整理を勇敢に徹底的に断行すべきである。これと共に金融方面における通貨の増発を緊縮し、民間企業の整備を促進せしめ、更に後日、時機を見て総ての官業を民業に移し、従業者の待遇も能率の向上も、共に官業に比すれば優越せる点に依存し、営業地域を区分し労資の協調に依り、渾然一体をなす経営主体を設定してこれが経営に当らしめ、以て復興の促進を図るべきである。
失業者に対しては、前内閣時代より計画せられたる公共事業、退職手当、失業手当、失業保険その他の対策を拡充綜合してこれを適用し、その生活を保障し、出来得る限り優遇を与え、更に整理を終り一般企業の復興に伴いその就職を保証すべきである。
外国記者談として伝うる所に依れば、
「米国専門家が検討して居る問題の中には、官庁従業員の非常に多いことが含まれて居る」、「米当局は浪費を省き日本側が有らゆる支出を切り詰めるために、最大の努力をするよう、主張して来た」、「役所は人員過剰で、非能率的である」、「日本の官僚機構は経費のみ多く懸り、必要物資の統制さえ実施出来ず、経済混乱を助長したとさえ言われて居る」と。
思うに人員経費を減縮すべしとの相当深刻なる批判を受くることでありましよう、私は政府が此空前絶後の一大活機を促え一大決心を以て、現員十人を六人に減ずる位の整理を断行し、これに伴う一切の経費を削り、人員に関係なき特種の経費も大幅にこれを緊縮して、面目を一新し、「インフレーシヨン」を克服し、内外の信用を博し、導入外資を活用し、祖国再建の基礎を築くことに成功せられんことを希望するのであります。

二、物価を安定せしむるが為め、先づ以て高物価を低物価に転換せしむる方策として、前記の行政整理に依る国費の緊縮に伴い、鉄道運賃、通信料金、酒類、煙草の価格等、大衆の生活を脅威し動もすれば物資の増産を阻害する高物価は、政府率先してこれが値下げを断行し、これを模範として一般物価の値下げを実行せしめ、更に物価の値下げに逆行して豪奢の生活、物価の釣上げ、裏口営業賭博等に悪用せらるる新円を、第三封鎖として収容し、これに対して第三封鎖税と称する新税を賦課し、これを徴収すべきである、新円は今なお氾濫する程度に多量であり、殊に悪徳行為に使用せらるるがため、既にその信用を失つているのである、之を徴収して其数量を減縮することに因て、悪徳行為をも解消し、その信用を恢復するのである。又他方面における物資の増産も、漸次に物価の低下に寄与するであろうことを期待する。元来低物価に導かなければ物価の安定は見られないのである。芦田首相は既に高物価の悪影響を認められて居る、必ず低物価政策を諒とせらるるであろうと信ずる。

三、国民の生活の安定を確保するため、最先に食生活の安定を取り上ぐべきである。主食糧は不充分ながら、先づ大体安定しているといえるであろう、尚政府の増産計画の遂行を図るべきである。副食糧に付ては、有らゆる野菜魚介及び果物等の全部を差向き統制し、民主々義的手段により生産者と連絡を取り懇談を遂げその赤誠を喚起し、生産者を納得せしめ責任を以て供出する程度に供出価格を公定し、これに基づき配給価格並に常設店舗、新設市場における小売価格を定め、これによつて大衆に入手せしむること、但し生産者に相当の利益を与うべきは勿論であり、尚生産に必要なる物費の配給その他報奨物資等の特配を充分ならしむべきである。
供出価格が生産者を納得させ得るものでなければ、供出を減じて闇に走るがため、配給の減少を来たし闇相場に依存せざるを得ないのである、寧ろ価格補給を考慮せないで配給価格が高騰するとしても、闇相場に依存するに比すれば頗る有利である、政府はこの関係を悟らねばならない。
自由販売は、価格の暴騰を招くものなることは、既に充分なる経験により極めて明白であるのでこれを許すべきではない。
大都市と小都市との間に、供出に対する「リンク」制の適用その他報奨物資の特配等の不権衡により供出に甚だしき等差を見るは、速に是正せらるべきである。
闇買出し闇持出し其他一切の闇相場は、絶対に之を禁絶すべく、取締りは間断なく常時励行して、徹底を期すべきは、申す迄もないのである。

四、近来納税義務者が著しく不満の声を揚ぐるは、その原因が多少とも誅求課税に在ることを洞察し、徹底的にその裏面を調査しこれを是正し、その生活を脅威し増産を障害するものはこれを減税し、国民が進んで納税義務を履行するの風を馴致することが必要である。

五、安全なる「為替レート」は、「インフレーシヨン」の昂進する荒波の中では設定されない、均衡財政が確立してその効果を顕わし殊に物価の安定を見るに至らば、「為替レート」を設定し得べき素地の出現を見るであろう、随て適当の時機に安全なる「為替レート」が設定されるであろう。
茲に最も注意すべきは、不均衡なる財政が解決せなければ安全なる「為替レート」の設定にも、随て外資導入にも、民間の取引にも、障害があると云う意味を指摘されたことである、これは決して等閑に附すべきでない。
政府は、均衡財政の確立に関する方策に付て私の提唱を認めらるるや。若しこれを認められないとすれば、政府の思考せらるる方策を承りたいのであります。尚右に伴い、一、通貨増発の抑制、二、物価の安定、三、主食糧を除く食生活の安定、四、納税義務者の不満に対する処置、五、安全なる「為替レート」の設定に関する前記の私の意見を認めらるるや、若しこれを認められないとせば各事項に対する政府の意見を承りたいのであります。

第五、均衡財政を確立する方策の研究に付て。

政府は芦田首相が、均衡財政を速に確立することに対し政府は固き決意を有すと述べられた言明に基づき、均衡財政を確立する方策を研究せらるることと信ず、恰も好し、政府は経済復興委員会を設けらるると承わる、均衡財政の確立も亦自然同会議の問題となることと思考す、ついては次の諸点につき政府の意向を承わりたいのであります。
一、均衡財政を確立する方策を問題として、同委員に提出せらるるのであるか。
二、或は自然同委員会の問題となるに委かせらるるのであるか。
三、或は他に研究の手段を採らるるのであるか。
四、以上何れかの場合、又はその他の場合において必要の際、均衡財政及び均衡予算の意義を如何に説明せらるるのであるか。
五、経済復興委員会の終了する大凡その御見込時期。

以上陳述する所を要するに、均衡財政の確立は、「インフレーシヨン」の克服であり、外資導入の受入れ体制の整備であり、経済復興の根抵的基礎であります、均衡財政を単に歳計予算の収支均衡と解釈するのは誤りであると信ずるのであります、「インフレーシヨン」の昂進する今日の場合、仮令堅実な歳計予算を編成しても一たび実行に入れば、直に「インフレーシヨン」の荒波に翻弄されて、計画の実行難、経費の不足、追加予算の要求となる様な訳で、それは既往の経験に徴しても明かであり、芦田首相の、高物価のため政府の経費が侵蝕されたと云う様な意味の述懐によつても、その全豹を推知することが出来るのであります、「インフレーシヨン」が続く間は、堅実に実行の出来る歳計予算は出来ないのが本当でありましよう、茲に均衡財政確立の意義が生きて来るのであり、光輝を放つのであります。
均衡財政が確立されなければ、外資導入の受入れ体制も整備されないでありましよう、それでも大規模の導入が出来るのであるのか、先方は非常に慎重であるから、それさえも疑われるのであります、若し「インフレーシヨン」の真つ唯中に導入されたなら、その効果的利用は余程減殺されるでありましよう、又経済復興の方策に着手しても、計画の実行難などにも出会うでありましよう、必ず先ず以て均衡財政の確立が必要であると考えます。
それには、一、主として国費の緊縮により其他金融方面の貸出緊縮、一般企業整備による通貨増発の抑制、二、主として高物価政策の抛棄、低物価政策の確立により其他物価の釣り上げに悪用される氾濫新円の封鎖課税徴収に依る物価の安定、三、有らゆる食糧の完全統制による食生活の安定、この三者が根本的条件であると考えます、中に就き国費の緊縮が、最も困難な大事業であります、然しながら「インフレーシヨン」が破局に入つてからの処置に比較すれば、その困難は遥に少ないと考えます、私は政府が均衡財政の確立に際し、従来の政策を一新し、勇断を下し、鋭意事に当られんことを懇望するのであります。

  私は以上質問の各事項に対し、文書を以て御答弁あらんことを希望致します。