質問主意書

第2回国会(常会)

質問主意書


質問第三号

国費の緊縮行政の整理に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によつて提出する。

  昭和二十三年一月十三日

参議院議員 市來 乙彦      

       参議院議長 松平 恒雄 殿



   国費の緊縮行政の整理に関する質問主意書

 軍閥は軍事を以て国を誤つたのである、今の政府は其後を承けて再建の大任を負担して居るのであるが、国民の食生活の安定さへも未だ実現せしめ得ないのである、而かも「インフレーシヨン」は益々昂進しつつある、私は誠意を披瀝して政府の反省を促すのである、是れ偏に政府の善政と国民の幸福とを念願するからである。
 曩に第一回国会の開会初頭に於て、私は国民の食生活安定に付き主として、副食糧の供出配給に関する方策を、質問の形式を以て二回に捗り提唱したのである、政府は之に対して「我ニ幾多独自ノ対策アリ之ヲ以テ成功ヲ得ル見込ミデアル」と云う様な意味を答弁されて全く耳を貸されなかつた、然るに其幾多独自の対策なるものは殆んど総てが成功を見るに至らず、之が為め国民は食生活の安定さへも未だ得ないのである、最近政府は「闇関係ヲ今度コソ徹底的ニ取締ル」と宣言された。それは曩に私が提唱した方策の一部分に過ぎないのである、果して能く最後まで効果を収め得るか頗る疑問である、既に此一月の初頭には取締りが休みであつた為め其隙を狙つて闇買出しが甚だしき跳梁振りであつた、政府の所謂徹底的取締りとは左様なものであるかと失望を禁じ得ないのである、要は真に間断なく徹底的に常時取締りを属行する事と、供出価格に付ては其高低如何に拘わらず、実際に即しない独善的机上計画でなく、生産者、生産組合と懇談し其良心に訴へ救国済民の赤誠を喚起し、彼等をして納得せしむる程度に之を公定する事とを、並行するに非ざれば供出計画の有終の美を収むることは不可能である、此冬の厳寒に対する木炭の供出配給の政府計画が不成績であるを見ても明瞭である、之に拘わらず政府は未だ覚醒されないのであるか。
 又政府は曩に新物価体系を立てこれを以て「インフレーシヨン」に対する「ブレーキ」であり物価安定のための背水の陣であると宣言された、即ちこれによつて「インフレーシヨン」を抑制し物価の暴騰を喰い止め物価の安定を得せしめる目的であつた、背水の陣というものは全勝を占むるか然らざれば全滅に帰するのである、故に背水の陣を布くには確実なる全勝の見込みがなければならない、然るに「ブレーキ」もその効なく背水の陣もその威力を失い新物価体系の結果は物価安定の期待を裏切り却て闇相場の暴騰を煽つたのである、殊に新物価体系に基つける計算によれば十一月には家庭の生活費計算には赤字でなく黒字の余裕が顕はれると宣言されたのも全く机上の空虚なる算定であつて、実際に即しないものであることが現実に立証されたのである、詰まり新物価体系なる背水の陣はその信用を失い殆んど全滅に瀕している。政府は如何に善後の処置を採らるるのであるか、或は重ねて物価の暴騰を煽るなどの結果を招く様な計画を立てられるのではないか、これが国民の等しく疑惧する所である、若し不幸にして左様な事体に立ち至るとせばそれは全く「インフレーシヨン」の克服に逆行し却て益々「インフレーシヨン」の昂進を激成し生活の破滅、経済の崩壊に導くであろう、物価が今日以上に騰貴しては国民の多数は生存して行かれないのである、栄養失調、餓死、結核その他の疾病、生活苦に因る自殺等が続出するであろう、私は政府が此等裏面の実情を親切に看取して大悟徹底し低物価政策を確立し一般高物価を排除する様努力されんことを懇望するのである、政治は責任が重大であり又先見の明が必要である、古に「天、徳ヲ我ニ生ズ」という言葉があり又「趙括ノ兵法」ということがある、政治をなすには古に鑑み今を省み当局者は国民の公僕であり政治は国民のためにするの義に従い、常に自己反省と治績点検とを怠らず勉むべきことは申す迄もないのである。
 又過般参議院の自由討議において私は二回に渉り通貨の増発、物価の暴騰、生活の脅威、生産の不振、財政の行詰まり等を指摘し、これを救済するには国費の緊縮、行政整理を断行すべき旨を提唱したのである、政府は例によつて多分耳を貸さなかつたであろう。然るに政府は来年度予算の編成に当り行政整理の避く可からざることを認め、これを実行する旨を宣言された、但しその根本的整理は後廻しとし単に本予算の編成に要する程度に止むるということである、それは誠に遺憾であるが時日がないとすれば致し方ないとしても小規模の経費を削減するのでは国費の緊縮としては格段の効果は無いのである、而かも若し来年度本予算に厖大な歳出を計上し、之に対して不確実なる収入を大幅に歳入に組み入れ、無理に歳入歳出を向き合わせ之を健全予算なりと誇称する様な事があつたならば、その実は矢張り不健全予算であつて通貨の増発を喰い止むることは不可能であり「インフレーシヨン」は抑制されないであらう、而かも歳入に欠陥を生じ決算においては赤字公債なりを以てこれを補うの外なき様なことに陥いるであらう、私は政府当局者が財政に関する高邁なる識見と有能なる伎倆とを発揮し特に真摯にして毅然たる態度を持せられんことを懇望するのである。
 申す迄もなく国費の膨脹が通貨増発の主なる原因であつて通貨の氾濫に因つて物価が騰貴する、故に国費緊縮の目的は歳入歳出の対照において空虚なる収入、赤字公債等は一切これを排除し全然堅実なる歳入を確認しこれを以て支弁し得る程度に厖大なる経費を圧縮するを目標とし、これに依つて通貨の増発を喰い止め物価の昂騰を抑制し一般高物価を低物価に導き、以て国民生活の脅威を緩和し給料賃金の値上げ運動を自然に終熄せしめ生産を有利に振興せしめ財政の破錠を救い輸出品の価格低下により貿易を発展せしむるに在り、即ち「インフレーシヨン」を克服する為めには最も有効にして絶対緊切なる中核的手段である、政府は偏に生産の増加を以て「インフレーシヨン」克服の唯一の手段として期待する旨を宣伝される、それは普遍の道理であると雖も、今日の高物価の状態の儘にては生産の増加は急速に進展するものに非ず、随て此の如き期待は余りに安易に過ぎ時局の切迫を軽視するものであつて、遅々たる生産が「インフレーシヨン」の昂進に追及し難く終に経済を崩壊せしむる危険あることを顧慮せず、而かも増産の前提条件として低物価の実現を策しこれに依つて「生産コスト」を引下ぐることこそ生産を進展せしむるに最も必要にして実に今日の急務であると云う重大なる実情を看過せるものである、又輸出品に付いても今日の高物価下においては余りに高価にして取引きの困難なる実情にあることは外国商業団の指摘せる所に依り極めて明瞭である、私は政府が虚心坦懐に此等の事実を諒得し低物価政策を確立することが一般経済の各方面に共通する最大急務なることを自覚されんことを懇望するのである。
 行政の根本的整理の時機が後れる程緊縮の程度を拡大すべきである、今日の場合一般会計特別会計を通じて人件費の四割を削減し、之に関連する物件費、旅費、雑費等を減縮し、その他独立の経費に付ても緩急軽重を計り出来得る限り大幅に之を緊縮すべきである、鉄道その他の特別会計に付ては一般方針により整理を実行したる後、更に特種の整理を施す必要あるを認む。
 以上の整理に伴い、更に国民生活の安定に対する脅威を除くがため又必要物資の増産に対する障害を除くがため、所得税消費税等の軽減、鉄道運賃、通信料、酒類、煙草等の値下げを断行すべきである、又金融機関の貸出しに因り通貨の大幅増発を招くものも亦之を緊縮すべきは申す迄もないのである、民間企業の整理も亦既定方針により実行を促すべきは勿論である。
 嘗て進駐軍要人が政府の地方出先き官庁の改廃を提唱し尚政府官吏の三割乃至四割を減少すべきを附言せりと云う、誠に時弊に適中せる名言である。
 国費の緊縮行政の整理に因て多数の失業者を出すのであるが、是れは「インフレーシヨン」を克服するためには誠に已むを得ないのである、失業者に対しては政府の計画に属する諸般の対策を大幅に実行し出来得るだけ好遇すべきである、低物価政策が次第に功を奏すれば各種事業の振興により就職の途も開けるのである。
 この整理緊縮は固より至難の大事業で幾多の紛糾をも生ずるであろう、然しながらこの難関を突破するに非ざれば「インフレーシヨン」の克服は到底出来ないのである、幸に現政府は国民大衆殊に勤労者別して労働階級の支援と期待とを受けて登場したのであるから、この整理緊縮を実行して救国済民の実を挙ぐるためには最も適当なる性格を具えておるのである、政府当局者は身命を賭して之を断行すべきである、若しこれがために精神的身体的に犠牲となることがあるとしてもそれは国民大衆の支援と期待とに対する義務であり国の再建に対する責任であり且つ崇高なる道義である、若し徒に机上の空論に没頭して実際に即せず、空しく前途を楽観して勇断を欠き荏苒歳月を経過せば、「インフレーシヨン」は終に最後の階段に突入し幾層倍もの悲惨なる整理を実行せざるを得ざる境遇に陥いるであろう、それは政府の大なる責任でもある、私は政府が速に根本的行政整理の調査に着手し適当なる時日までに調査を終了すべきを予定し成案を得て之を断行せられんことを懇望するのである。
 以上私の所信を記述して政府の懇篤なる査閲と熟慮とを切望し左記事項に付て卒直にして簡単明瞭なる答弁あらんことを重ねて切望するのである。

一、今冬における木炭の供出配給の政府計画は山元生産者の供出熱意の不充分なると輸送の不自由なる等のため予定通りの実行は困難なることを認めらるるや。

二、新物価体系に基つき十一月の家庭生活費の計算に黒字の剰余を生ずべしとの政府宣言は事実に相違したることを認めらるるや。

三、一般高物価を低物価に転換せしむることが物資の「生産コスト」を切り下げその増産を進展するに最も必要にして有利なる条件なることを認めらるるや。

四、政府は来年度本予算に織り込むべき小規模の行政整理を行い根本的整理は之を後廻しとせらるるとのことであるが果して其の根本的行政整理を実行せらるる確信ありや。

五、右根本的行政整理の成案を得らるべき大凡その見込み時期を承りたし。

  右の文書を以て御答弁あらんことを希望す。