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国際問題に関する調査会

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国際問題に関する調査報告(中間報告)(平成15年6月11日)



一 調査の経過

 第152回国会の平成13年8月7日に、国際問題に関し長期的かつ総合的な調査を行うため設置された本調査会は、3年間にわたる調査活動のテーマを「新しい共存の時代における日本の役割」と決定し、具体的な調査項目として、イスラム世界と日本の対応、国際経済(グローバリゼーションと国際経済、東アジア経済の現状と展望、貧困の削減と世界経済の持続的発展)、地球環境問題の現状と日本の取組、アジア太平洋の安全保障などについて、調査を進めることとした。

 第1年目は、「イスラム世界と日本の対応」について、(1)イスラム世界の歴史と現在、(2)イスラム世界と国際政治、(3)イスラム諸国と国際資源問題、(4)イスラム社会と開発協力、(5)文明間の対話などの観点から幅広くかつ重点的に調査を行ったほか、「東アジア経済の現状と展望」について、自由貿易協定、中国のWTO加盟の影響など東アジア経済の将来について調査を行った。

 これら第1年目の調査結果を、第154回国会の平成14年7月3日に、中間報告として取りまとめ、議長に提出した。

 第2年目は、「東アジア経済の現状と展望」について、更に鋭意調査を進めることとし、(1)東アジア地域の経済統合、(2)中国のWTO加盟等市場経済化と国内外への影響、(3)東アジアにおける通貨・金融危機の教訓と再発防止、(4)情報化の進展と東アジアのITについて、政府から報告を聴取し、質疑を行ったほか、参考人から意見を聴取し、質疑を行った。

 なお、第154回国会閉会後、中東諸国等におけるイスラムの政治、経済、社会及び文化に関する実情調査のため、本院から、本調査会の調査会長、理事及び委員から成る議員団が中東諸国等に派遣されたので、派遣議員からその報告を聴取し、委員間の意見交換を行った。

 第2年目の具体的調査活動は、次のとおりである。

○平成14年11月6日(水)
「イスラム世界と日本の対応」について、海外派遣議員から報告を聴取し、委員間の意見交換を行った。
○平成14年11月20日(水)
「東アジア地域の経済統合、中国のWTO加盟等市場経済化と国内外への影響」について、矢野哲朗外務副大臣及び高市早苗経済産業副大臣から報告を聴取し、外務副大臣、経済産業副大臣及び政府参考人に対し、質疑を行った。
○平成14年12月4日(水)
「東アジアにおける通貨・金融危機の教訓と再発防止、情報化の進展と東アジアのIT」について、小林興起財務副大臣、加藤紀文総務副大臣、桜田義孝経済産業大臣政務官、日出英輔外務大臣政務官及び月尾嘉男政府参考人(総務省総務審議官)から報告を聴取し、総務副大臣、財務副大臣、経済産業大臣政務官、外務大臣政務官及び政府参考人に対し、質疑を行った。
○平成15年2月12日(水)
「中国のWTO加盟等市場経済化と国内外への影響」について、関志雄(独立行政法人経済産業研究所上席研究員)、少徳敬雄(松下電器産業株式会社代表取締役常務・海外担当)の両参考人から意見を聴取し、質疑を行った。
○平成15年2月19日(水)
「東アジアにおける通貨・金融危機の教訓と再発防止」について、国宗浩三(日本貿易振興会アジア経済研究所開発研究部研究員)、行天豊雄(国際通貨研究所理事長)の両参考人から意見を聴取し、質疑を行った。
○平成15年2月26日(水)
「東アジア地域の経済統合」について、深川由起子(青山学院大学経済学部助教授)、畠山襄(国際経済交流財団会長)の両参考人から意見を聴取し、質疑を行った。
○平成15年4月2日(水)
「情報化の進展と東アジアのIT」について、佐賀健二(太平洋経済協力会議(PECC)日本委員会電気通信小委員会主査)、会津泉(株式会社アジアネットワーク研究所代表)の両参考人から意見を聴取し、質疑を行った。
○平成15年4月16日(水)
「東アジア経済の現状と展望」について、委員間の意見交換及び政府参考人(総務省、外務省、財務省、農林水産省及び経済産業省)に対する質疑を行った。

二 東アジア経済の現状と展望

1 東アジア地域の経済統合

 東アジアにはソ連崩壊後も「分断国家」が残っているように、その政治・経済の枠組みは一様でなく、また文化や宗教においても多くの異なる要素を抱えているが、欧州並びに米州における経済統合の急速な進展は大きな潮流となって東アジアにも及び、東アジアにおいても経済統合は避けて通れない課題となっている。

 加えて、東アジア経済は1997年の通貨・金融危機を経験し、その危機から脱却する過程で、東アジア諸国の間から徐々に経済統合への模索が始まっている。また、日本もバブル崩壊後の不況から抜け出せず、2002年1月のシンガポールとの新時代経済連携協定の締結を経済再生への契機の一つとしたいとの期待がある。

 調査会においては、かかる観点から経済統合を進める意義や目的、日本の外交政策における自由貿易協定(FTA)の位置付け、今後の交渉の方法や政府の体制、FTAへの障害とも言われている日本の農業問題などについて、多角的な議論が展開された。

(一)東アジア経済の現状

 通貨・金融危機以降の東アジア経済情勢について、参考人から、東アジア経済は順調に回復したが、成長の中心が東南アジアから比較的厚い産業基盤と高い技術吸収能力のある北東アジアに移ったとの意見、通貨危機から立ち直った国に共通していることは、一般的に市場の能力が弱いため、公正取引法の見直し、市場の参入・退出制度の柔軟化、会計制度の透明化を図ることなどにより機関投資家を育成し、市場の能力を強化することに努めてきたことであるとの意見が述べられた。

 東アジア経済の今後の見通しについて、政府から、東アジア経済は米国同時多発テロ事件等の影響を受けて減速したものの、最近の国内総生産(GDP)は回復傾向を示しているが、その後のテロ事件や世界的な株安、輸出の減少から景気の悪化が懸念されるとの認識が示された。参考人からは、東アジアとの交流、特にFTAや経済緊密化協定による強固な協力関係の構築は日本にとってメリットがあるとの意見が述べられた。

(二)東アジアにおける経済連携の強化
(経済統合促進の方向性)

 最近の経済統合の特徴について、参考人から、統合には、(1)北米自由貿易協定(NAFTA)型のFTA、(2)かつての欧州経済共同体(EEC)のような関税同盟、(3)欧州連合(EU)型の共同市場、(4)経済同盟、(5)通貨統合などEUが目指す完全な統合の5類型があり、東アジア地域の統合にはまずFTAを目標とすべきであるとの意見が述べられた。

 東南アジア諸国連合(ASEAN)と日本、中国、韓国の枠組みについて、参考人から、ASEAN+3は通貨危機の際にアジア太平洋経済協力会議(APEC)がほとんど役に立たなかったとの反省から生まれたが、アジア通貨基金構想に対する米国の反対等とも絡んで、枠組みとしてはEUやNAFTAに比べて弱いとの見解が示された。

 委員から、東アジア共同体の実現に向けた障害について問われた。政府からは、文化、宗教、政治体制、経済発展の違いなど東アジアの多様性を念頭に、共同体を築くための協力を積み重ねたいとの見解が示された。参考人からは、東アジアは多様性に富んでいるため協力体制ができにくく、相互に内政不干渉での緩やかな合意と協力によっているため、日本と中国のいずれがリーダーシップを取るにしても限界があるとの意見が述べられた。

(経済連携に向けた動き)

 ASEAN諸国との経済連携について、参考人から、第一にシンガポールのみ、第二にASEANのみ、第三に東アジア全般とFTAを結ぶという三つの選択肢があり、日本は第三を選択すべきであるとの意見が述べられた。政府から、日本・ASEAN包括的経済連携は、双方の経済的利益や日本の構造改革だけでなく、中国、米国に先んじたASEANとの経済連携こそが日本の利益という視点が重要であり、特に、ASEAN5(フィリピン、マレーシア、タイ、シンガポール、インドネシア)と日本の貿易額はASEAN全体の95%、投資は97%を占めるので、ASEAN5との連携が重要であるとの見解が示された。また、参考人からは、FTAによる東アジアの成長は日本経済再生の突破口とも言われているが、日本経済は巨大過ぎてFTAに「魔法の薬」を期待することはできないとの意見が述べられた。

 中国とASEANとのFTAの日本への影響について、政府から、ASEAN向けに日本で生産している部品、製品の生産が中国に移転し、製造業の空洞化が一層加速されるとの懸念が示された。参考人からは、中国・ASEANのFTAが先行すれば日本は不利と言われているが、日系企業はASEANにも立地しており、ASEANから中国に輸出できるとの意見が述べられ、そのため、日本はできるだけ早くASEANとFTAを結ぶべきであるとの見解が示された。

 ASEANとのFTAにかかわる米国の動きについて、政府から、ブッシュ米国大統領はASEANイニシアチブ計画を発表し、当面フィリピン、インドネシア、タイとの二国間協定に取り組む模様であるとの見解が示され、米国は貿易促進権限法の成立を契機にFTA交渉を展開し、安全保障やテロ対策の観点からもFTAを同盟関係構築の手段と位置付けているとの説明がなされた。

(三)自由貿易協定(FTA)
(FTAの進め方)

 委員から、FTAの締結に向けた日本の考え方について問われた。参考人からは、個別及び全部との交渉や研究を同時並行的に進めるべきで、協定の内容が少しずつ違っていても、それは将来整序すればよく、早く取り掛かることが重要であるとの意見が述べられた。

 日本の外交政策におけるFTAの位置付けについて、委員から、日本はFTAで後れを取ったとして、国の政策として目標を定めるのは容易ではないが、国民の合意を得るためには政府の努力が必要であるとの意見が述べられた。

 FTAの進め方について、委員から、FTAは為替一つ取っても外務省だけの話ではなく、政治的リーダーシップが問われており、国別に戦略を立てるだけでなく、ASEAN全体との進め方も考慮すべきであるとの意見が述べられた。政府からは、FTA戦略では貿易投資の担い手である産業界と各国との関係を踏まえ、国民的な合意を形成しながら交渉を進める必要があるとの見解が示された。参考人からは、ASEAN+3では日本にリーダーシップが求められているとして、日韓が統合する市場に周辺諸国が参加するという構想もあり、東アジアに協力の枠組みができれば産業構造も競合的になるので、構造調整が欧米に後れないように貿易関連の投資法制、相互基準認証、紛争処理のメカニズムを作り上げておくべきであるとの意見が述べられた。

(FTA戦略)

 FTAの外交政策における戦略的位置付けについて、委員から、中国や米国はFTA戦略と政治や防衛問題を絡めるが、日本の戦略は経済のみであるため、一時的には有利でもいずれ日本の優位は低下するとして、「イコールパートナー」という考え方は外交上の建前だけではないのかとの意見が述べられた。政府からは、FTAでは国際政治的戦略も重要であり、時間を経ても優位性が失われないように研究開発や投資の環境を整えることなどにより競争力を高め、日本企業に不利な条件を解消したいとの見解が示された。また、政府から、小泉総理はASEANとは援助国対被援助国の関係ではないパートナーとして問題の解決に当たりたいとの考え方を示したとの説明がなされた。

 日本の外交政策におけるFTAと政府開発援助(ODA)との関係について、委員から、中国、韓国、米国ともに外交の武器としてFTAを使っているが、日本も少なくともODAをFTAに関連付けるべきであるとの意見が述べられた。政府からは、ODAをFTAや経済連携に資するものに優先させることは重要であり、日本はFTAではASEANとの間に東アジアという共通項を持ち、ODAでは信頼醸成もできているので、今後はODAをFTAと連動させたいとの意見、ASEANの中にも進んだ国と後れた国があり、後れた国にはODAの活用も必要であるとの意見が述べられた。

 米国とASEAN諸国とのFTAに対する日本の対応について、委員から、米国が中国なりASEANとFTAを結べば、日本が失うところは多いとの指摘がなされた。政府からは、フィリピン、タイ、マレーシア、インドネシアとの協議は熟しており、当初の方針どおり協定を作りたいとの見解、日本は経済やODAの優位性を生かしながら、ASEANとの包括的な経済連携を進めようとしており、米国より日本の方がはるかに貿易、投資ともに関係は深く、米国と張り合う必要はないとの見解が示された。

(FTAの影響)

 FTAの効果について、委員から、FTAは構想を打ち出すだけで民間企業が動き出し、農業関係も競争力が高くなればFTAの障害にはならないとの意見が述べられた。政府からは、日本でFTA戦略が後れたのは国内事情によるが、農業問題の調整だけでなく、日本の外交戦略の中でFTAの目的を明確にしたいとの見解が示された。参考人からは、FTAでは農産物全体を対象から除くことはできず、輸入金額の90%以上の品目がFTAの対象になるとの意見、FTAの非メンバー国に対する差別は世界貿易機関(WTO)の自由、無差別という原則に触れるが、差別を審査する関税及び貿易に関する一般協定(GATT)24条の委員会のパネル出席国の大半がFTAを結んでいるので、FTAを結んでも孤立化することはないとの意見が述べられた。

 FTAの影響について、委員から、FTAができたときの日本の産業形態はどうなるかと問われた。参考人からは、日本のサービス分野に先進諸国の企業が入ってくれば外資導入の後れも解決できるので、サービス分野の規制緩和は産業形態の面でも不利になることはないとの意見、日韓のFTAが創出する米国の6割近い規模の市場には、多国籍企業誘致のメリットがあり、投資誘致のためのビジネス環境が整備されるので、規制緩和が余儀なくされようとの意見が述べられた。

 FTAに関連して、委員から、沖縄の金融特区では法人税の実効税率が香港より高いため、沖縄に資本が入ってくるかは疑問であるとの意見が述べられた。また、委員から、中国系企業が沖縄でオートバイを組み立てて東南アジアに輸出しているように、メード・イン・ジャパンの価値を利用した特区ができるのではないかとの意見が述べられた。政府からは、沖縄県は特区的発想を生かしやすいが、国際競争力の回復には特区と並行した規制緩和が必要であるとの見解が示された。

 規制緩和に向けた政府の取組について、委員から、総合規制改革会議でのFTAによる人材や投資を受け入れるための規制緩和の内容が問われた。政府からは、総合規制改革会議では、サービス業の規制緩和、フィリピンが求める介護士や看護士の移動など、FTAやWTOに関係する規制緩和について討議する予定であるとの説明がなされた。

(四)日・ASEAN経済連携構想
(経済連携の意義)

 日本がASEANとの間に進めようとしている経済連携の意義について、政府から、東アジアビジネス圏の形成は、巨大な市場への優先的アクセス、貿易投資の拡大、経営の効率化や収益改善などを促進し、日本経済の活性化は東アジアの政治的安定に貢献するとの見解が示された。参考人からは、ASEAN+3のFTAができても日本のGDPが上昇する即効性はないが、アジアへの輸出がバブル崩壊以降の日本経済を支えてきたので、この地域との経済交流の自由化には意義があるとの意見が述べられた。

 委員から、農業について合意を形成するのは難しく、FTAのGDP成長率に対する効果も余りないとなれば、無理して農産物を自由化する必要もないということにもなりかねないとの懸念が示された。参考人からは、ASEAN+3の効果が少なくとも、中国や韓国が先にASEANとFTAを結んだときのマイナスは大きく、バブル崩壊後、アジアに支えられてきた日本経済にとって中国市場は重要であるとの意見が述べられた。また、参考人からは、日本とシンガポールとのFTAの結果、中国からシンガポールに輸出していた日系企業が日本からの輸出に切り替えたため、日本からの輸出が増えた例もあるとの指摘がなされた。

 経済連携の目的について、委員から、日本がASEANに求めるものは何かと問われた。政府からは、FTAは経済的な連携強化よりは政治的安定を図る外交上の指針であるとの見解が示された。

 ASEAN+3へのアプローチについて、参考人から、中国のように、強い政治的意思により自らの市場を開放して中国への輸出を伸ばすという実利によるか、日本のように、WTOの厳しい枠の下で制度的な積上げを重ねるかの2通りがあるとの見解が示された。委員からは、ASEANでは文化や宗教、所得や経済の発展段階、人権や民主主義に対する認識、政治や経済の安定性など異なる要素があり、これがASEANデバイドの原因になるのではないかとの意見が述べられた。

(交渉の方法)

 ASEANとの経済連携に向けた交渉の方法について、政府から、ASEANとは多国間方式によりASEANの一体化を促進し、多国間方式でカバーできない分野を二国間方式の取組により並行して進めるというのが政府の方針であるとの説明がなされ、日本・ASEAN経済連携構想はデュアル・トラック方式により、二国間の包括的経済連携を積み重ねてASEANとの経済連携を進めたいとの見解が示された。委員から、二国間方式と多国間方式の使い分けについて問われた。政府からは、ASEAN全体に日本とのFTAを進める意欲があるが、タイやフィリピンは貿易構造や制度に違いがあり、多国間方式を補完する二国間方式は必要であるとの見解、日本・ASEAN包括的経済連携を中核としてこの地域を発展させることが究極の目的であるので、二国間方式にも並行的に取り組まなければならないとの見解が示された。

 今後の交渉の進め方について、委員から、シンガポールの次はタイか、韓国かと問われた。政府からは、タイ、フィリピン、マレーシアとは早期に協定をまとめたいとした上で、韓国とは既に民間レベルから政府間協議に入っているとの説明がなされた。

 メキシコとのFTAについて、委員から、FTAを結ぶ順番としてシンガポールの次がメキシコでは、ASEAN重視と言いながら優先順位が違うと思われないかとの意見、なぜメキシコかというところに外交通商戦略上の発想があるべきであるとの意見が述べられた。政府からは、メキシコとのFTAは、メキシコがNAFTA、EUとFTAを結んだために生ずる日本製品に課せられる高率関税を排除するためであるとの説明がなされ、メキシコの人口は1億人で、GDPはASEANに匹敵するので、メキシコは日本にとって米州への入口であるとの見解が示された。

(交渉の体制)

 日本の経済連携を進める体制について、委員から、FTAの交渉方針で外務省は二国間方式を、経済産業省は多国間方式を重視し、FTA戦略の司令塔がないではないかとの意見が述べられた。政府からは、外務省が発表した「我が国のFTA戦略」は外務省がまとめたもので政府全体の戦略ではなく、関係省庁の討議が必要であるとの見解が示されたほか、外務省として主導性を持ちつつFTA戦略の政府方針を策定したいとの見解が示された。

 かかる政府内部の政策の乖離について、委員から、政府の縦割り行政の弊害を回避するために、省庁間の連携はどのように進められているのかと問われた。政府からは、関係各省の局長が内閣官房長官の下で協議しているとの説明がなされた。また、委員から、同協議が有効に行われているかと問われた。政府からは、外務省、経済産業省、財務省、農林水産省がともに共同議長省として各国との協議に参加しているとして、内閣官房長官の下に集まるメンバーで対外交渉にも当たるので相当効率的であるとの説明、4省庁の共同議長体制で外務省は調整役として全体を取りまとめる努力をしており、各省間の調整を行った上で各国との協議に臨んでいるとの説明がなされた。

 委員から、農林水産省、経済産業省は農産物交渉を外務省にゆだね、交渉の責任は外務省が負うという体制が確立できなければ、日本版の米国通商代表部(USTR)のような通商交渉のための独立した組織も必要ではないかとの意見が述べられ、日本版USTRの設置には外交一元化の観点から反対かと問われた。政府からは、携帯電話関係の交渉の経験からUSTRには良い印象はなく、かかる組織の設置は冷静に検討すべきであるとの見解、中国とASEANの協議を例に挙げ、関係各省の代表が参加することで交渉の時間は掛かるが、合意したことを直ちに実行できる側面があり、日本のやり方は国内の合意作りのためのシステムとして有用であるとの見解が示された。

(五)二国間の経済連携
(対韓国関係)

 日韓の経済連携について、政府から、韓国は地理的にも近く、経済水準も近いので経済関係の緊密化にはメリットがあるとの見解が示された。

 日韓FTAの課題について、委員から、農業関係に所得補償する方向にならないと、FTAを実現する政治的意思が出てこないのではないかとの意見が述べられた。参考人からは、農水産物関税を下げる負担は韓国の方が日本より関税が高い分だけ重いが、高齢化、環境保護など似た問題も多いので、新しい農業を一緒に考えたらよいとの意見が述べられた。

 将来の見通しについて、委員から、韓国は成長市場としての中国と、成熟市場としての日本のいずれを取るかと問われた。参考人からは、日韓中FTAができる前に日韓FTAができるのは中国も歓迎しないので、中国のASEANとのFTAに際して、韓国が日本側、中国側のいずれにアプローチするかが注目されるとの意見が述べられた。

 朝鮮半島統一後の北朝鮮の取扱いについて、委員から、北朝鮮を東アジア自由貿易圏に組み入れる際の障害は何かと問われた。参考人からは、東ドイツ崩壊後のドイツ経済を例に挙げ、南北朝鮮の統一後に北朝鮮が韓国の足を引っ張らないように北朝鮮経済を漸次成長させる必要があるとの意見、北朝鮮経済の崩壊の影響はほとんどないが、韓国が引きずられて崩れる影響は大きく、将来の日本の北朝鮮への補償が北朝鮮経済に与える意義は大きいとの意見が述べられた。

(対中国関係)

 中国との経済連携について、政府から、中国市場に対して日本が不利な条件にさらされないように、東アジアの経済連携に向けた各国の取組に後れないようにしたいとの見解が示された。

 中国とASEANとのFTAについて、委員から、中国のASEANに対する働き掛けにより、ASEANでは中国の重要性が高まっているとの意見が述べられ、政府からは、中国の発展を脅威と見るのではなく、これをチャンスとして生かしながら中長期的な共同体を作っていきたいとの見解が示された。

(対台湾関係)

 委員から、日本とのFTAを希望している台湾とのFTA締結の可能性について問われた。政府からは、経済的効果を考えると台湾とのFTAは重要であるが、中国とのFTAの行方やWTOに加盟した台湾の今後の発展を見守りたいとした上で、FTAに台湾が組み入れられる可能性を検討したいとの見解が示された。

 台湾とのFTAの進め方について、委員から、台湾と大陸の間の経済関係は進んでいるが、中国が国際的に台湾の存在を認めない中で、台湾にいかにアプローチすべきかと問われた。参考人からは、台湾のWTO加盟に中国が反対できなかったように、東アジアFTAに台湾も中国も入れて、GATT35条のような協定の不適用という規定を設けることにより、両者間にFTAは適用しないとするのも一案ではないかとの意見が述べられた。

(六)農産物自由化問題
(農産物とFTA)

 FTAにおける農産物の取扱いについて、委員から、豪州は、日本が農産物に関してこのままの態度を取るのであれば、日本とのFTAには期待しないであろうとの意見が述べられた。政府からは、日本のFTA戦略が後れた国内的障害の一つは農業問題であるとの見解、WTOやAPECの場でも各国は農業問題をセンシティブな問題としているが、WTOとの関係で農業分野だけ除外したFTAがあり得ないことは覚悟しているとの見解が示された。

 参考人から、FTAでは90%の品目の関税をゼロにするので、FTAは厳しいとの認識が生まれているが、アジア諸国からの輸入のうち、工業製品の関税を全部ゼロにし、5%以下の関税が掛かっている農林水産物の関税をゼロにすれば、輸入の90%がカバーできるとの意見、FTAの取組を妨げているのは保護政策であり、農業や既成産業を守る政治を続ける限り国家の成長は望めず、グローバル企業は日本を逃れ、景気回復は遠くなるとの意見が述べられた。

(日本の農産物自由化)

 農産物の自由化について、委員から、農業生産の現場ではFTAへの抵抗は少なく、反対は省益あるいはその上部団体によるのではないかとの見解が示された。参考人からは、政治決断が重要であり、農業のグローバル化と競争力、日本のGDPに対する貢献、今後の発展性を考える必要があるとして、農林水産業のGDPに占める割合は1.6%、兼業農家を入れた就業者数は5%の約300万人で、全製造業の就業人口が1,200万人まで減少したことを考えれば、国として何を決断すべきかは明らかであるとの意見が述べられた。

 委員から、農産物の平均関税が12%で500品目が非関税なら、農産物を例外品目から外してもよいとの議論もあるとの指摘がなされた。参考人からは、食糧安全保障上必要な品目については猶予期間を与え、漸減措置を取るべきであり、WTOにおいて、開発途上国に適用される10%引下げの戦略品目を先進国にも広げる必要があるとの見解が示された。

 委員から、農業の市場経済化は無理ではないかとの意見が述べられた。政府からは、農業の基本は食糧自給率のアップであるが、市場以外の価値という観点では、環境への貢献など農業の多面的な機能も重視すべきであるとの見解が示された。

(食糧安全保障)

 食糧安全保障と農産物自由化について、参考人から、食糧安全保障上譲れない農産物の品目は絞るべきであり、GATTでは農産物輸出国の輸出制限への規制が不十分であるので、FTAでは輸出規制は撤廃し、価格で輸出入を決めるべきであるとの意見が述べられた。

 食糧自給率の観点について、委員から、自給率アップは日本の農業の目標であるが、農業の競争力が高くなれば農業はFTAの障害にはならないとの意見が述べられた。政府からは、自給率アップと市場開放による競争力強化は農業の体質を改善する上で有効であるとして、米国などは外交交渉で対立したときに食糧禁輸を打ち出すので、WTOでも供給国に食糧禁輸をさせないルールを話し合うべきであるとの見解が示された。委員から、FTAは国際分業化であるから、農産物の自給率アップには意味があるのか、また、株式会社制度の導入など農業の構造改革をいかに進めるかと問われた。参考人からは、食糧安保は輸入先の分散化という工夫であるとの意見、農業、漁業ともに市場経済、市場競争の原則を導入すべきであり、小さい単位で競争できなければ法人化する手法もあろうが、保護政策は農業・漁業にとってプラスにはならないとの意見が述べられた。

 食糧安全保障とFTA促進との関係について、委員から、食糧安保の確保とFTAの促進が相反するものであれば、外務省が農林水産省と経済産業省とを調整する必要があるのではないかと問われた。政府からは、FTAは推進しなければならないが、各国とも農産物については例外規定を設けるなどの工夫をしており、できるところから取り組んでいきたいとの意見、農業も例外としないことはFTAの前提であり、FTAによって農産物の輸出も増えるので、農業の構造改革が必要であるとの意見が述べられた。また、政府からは、FTAの促進も食糧安保の確保も重要であり、そのバランスを取ることが必要であるとの見解が示された。

(七)経済分野以外の交流

 FTAによる経済分野以外の交流促進について、委員から、中国で日本の人気歌手のCDが最もよく売れているのは対日理解の増進にとって重要であり、これが観光や文化や経済につながっていくとの意見が述べられた。政府からは、文化交流は国や国民間の信頼関係を築き、地域の安定と繁栄に貢献するとの意見が述べられた。

 参考人から、日本のきれいな水と空気、日本の文化だけでなく日本に集まる世界一流の文化、日本の高度の医療を求める人は多く、自由な移動のためには資格の共通化、ビザ制度の再検討が必要であるとして、観光振興は民間主導で、政府は規制緩和に徹すべきであり、国民の不安を踏まえた警察力の強化をパッケージで進めるべきであるとの意見が述べられた。

 参考人から、観光も大事であるが、ハーバード大学が世界から俊秀を集めているように、FTAを活用して国際教育の振興を行ってはどうかとの意見が述べられた。また、医療分野について、委員から、高度医療を受けるための訪日というのは目新しい視点であるとの意見が述べられた。参考人からは、アジアは高齢化に備えて年金・医療保険改革を行っているが、医療では日本は先進的な効率の良い市場であり、「世界一の長生き国」というブランドを活用すべきであるとの意見が述べられた。

2 中国のWTO加盟等市場経済化と国内外への影響

 2001年12月に念願のWTO加盟を果たした中国は、積極的な財政政策や外需に支えられて高成長を維持し、対外的にもASEANとのFTAを視野に入れるなど、その存在感はますます大きくなってきている。

 中国は、豊富な労働力等を背景に躍進を続ける一方で、不良債権処理や国内経済の格差是正、国有企業改革等の課題を抱えているため、今後の高成長に疑問を示す向きもある。また、関税引下げや非関税障壁の撤廃など、WTO加盟に伴う約束事項が着実に履行されるかについても注目されている。

 日中間には、知的財産権侵害問題等の懸案事項や日本国内の産業空洞化等の問題が存在することから、中国の成長を脅威とする見方もある。日本は台頭する中国経済にどう向き合うべきか、また、そのパワーをいかに国内経済の活性化や競争力の強化に結び付けていくべきかが問われている。

 調査会においては、中国のWTO加盟と日本への影響、日中間の経済関係、今後日本が取るべき対策などについて、幅広い議論が展開された。

(一)中国のWTO加盟
(中国経済の見通し)

 委員から、教育問題や人口構成問題を抱える中国の今後の経済成長の見通しについて問われた。政府からは、短期的には農産品の輸入増加や失業者の増大、中長期的には人口の高齢化や国有企業改革、財政金融問題、農業など様々な問題があるが、新政権は基本的には経済成長の維持が最重要課題として経済構造改革や対外開放政策を推進する姿勢を明確にしているため、日本側としても、中国の発展が世界経済全体と日本にとって適切なものになるよう働き掛けていくことが重要であるとの意見が述べられた。

 新指導部の下での中国経済について、政府から、今般の党大会における経済面での注目すべき点として、(1)中国経済の新たな中核を担いつつある私営経営者の共産党への入党が正式に認められたこと、(2)中長期目標として、2020年のGDPを2000年の4倍増とすることの2点が指摘され、WTO加盟後の中国経済が一層外向きになっていく姿勢が顕著に打ち出されており、新たな指導部の下でこれらの目標をいかに実現していくかが注目されるとの説明がなされた。

 委員から、中国における成長率の統計は経済の実態を反映していないとの米ピッツバーグ大学のトーマス・ロースキー教授による指摘を踏まえ、中国経済の実態については様々な意見があるとの指摘がなされた。

(中国のWTO加盟の意義・評価)

 政府から、(1)中国のWTO加盟の意義は極めて大きく、WTOが一層普遍的な機関となることが多角的な貿易体制を強化する観点から大きな意味を持ち、日本も中国との経済関係の深化に資するものとして歓迎している、(2)需要面でのポテンシャルは大きく、WTO加盟により投資環境の整備が進めば、中国は将来性ある有望な市場となる、(3)短期的にはプラス・マイナスがあるが、中長期的に見ると貿易・投資の拡大が図られ、一層発展することになるとの説明がなされた。

 東アジア諸国の反応について、政府から、WTO加盟を通じた中国の経済発展はビジネス機会をもたらすものであり、東アジア諸国はおおむね歓迎しているとの説明がなされた。

(WTO加盟時の主な約束事項と内外への影響)

 主な約束事項として、政府から、(1)7,000品目にも及ぶ広範囲な分野における関税引下げ及び貿易制度等の全般的自由化、(2)金融、流通を始めとするサービス分野における段階的自由化の二つの柱があるとの説明がなされた。

 委員から、対中国特別セーフガードや自主規制の面で、WTO加盟の条件が厳し過ぎるのではないかとの指摘がなされた。参考人からは、中国は、フィルムや知的所有権の分野では加盟条件を十分に守っているとは言い切れないが、WTO加盟によって国内改革を進めようという政治的な意図があるため、体制が今後も続けば徐々に改善していくのではないかとの意見が述べられた。政府からは、中国がWTO加盟時に約束した事項の履行を注視していくことが何よりも必要であるとの説明がなされた。

 WTO加盟による内外への具体的な影響について、政府から、(1)市場アクセスの改善により対中貿易・投資が拡大する、(2)国際ルールに基づいた透明で無差別な制度が整備、運用されることで中国のビジネス環境、投資環境が整備・改善されていく、(3)通商関係の問題について共通の国際ルールの下で解決を図ることが可能になるとの説明がなされた。また、政府から、影響のプラス面として、(1)中国国内の改革の進展と市場経済の定着による国内経済の拡大が期待される、(2)中国が国際社会との相互依存関係を深めていくことは世界経済にとってもプラスの効果をもたらす、マイナス面として、(1)農業は厳しい競争を強いられる、(2)国有企業は国際競争力が低く、大幅な構造調整を迫られるとの説明がなされた。

 委員から、中国の不良債権処理問題と国有企業改革の見通しが問われた。参考人からは、不良債権の問題はまだ解決のめどが立たず、新たな不良債権の発生を止めるため、国有企業も国有銀行も企業統治を確立しなければならないが、適切な処方せんが出てきていないとの意見が述べられた。

 委員から、海外投資の沿岸部への集中や貧富の格差の見通しと対策について問われた。参考人からは、短期的には労働力の移動が所得を平準化させる力として働いているため、経済格差の是正のために労働力の移動を一層促進しなければならないとの意見が述べられた。

(二)日本への影響と産業界の反応
(日本企業の中国進出による産業空洞化の実態と対策)

 日本における産業空洞化について、政府から、近年、賃金や内外のコスト格差を踏まえ、中国を始め海外に日本企業が進出、移転する動きが相次いでいるとの説明、問題視すべきは移転そのものではなく、高付加価値分野において、中国への移転を補完し得るだけの国内生産の維持拡大がまだ達成されていないことであり、このまま移転が進めば、国内の雇用に悪影響を与えるとの説明がなされた。

 参考人から、中国の競争力の加速化に伴って東アジア全体の産業地図が変化しており、日本の製造業の空洞化問題は深刻化していると言わざるを得ないとの意見、空洞化阻止という観点から高コスト構造をとらえると、輸出主導型製造業が国際競争で勝ち抜けるようにするためには、生産性の低い産業への競争原理導入、すなわち規制緩和が不可欠であるとの意見が述べられた。

 委員から、今後取り組むべき規制緩和の分野が問われた。参考人からは、通信、運輸、港湾及びこれらの分野を支える関連サービス事業の分野ではインフラコストが高く、競争原理が働いていないとの意見が述べられた。

 委員から、中国においては、家電関係は保護政策が取られずに急成長したが、自動車産業については保護政策を受けているために成長が遅れているのではないかとの意見が述べられた。参考人からは、中国にはメード・イン・チャイナの自動車を自国で生産したいとの考え方があるが、そのための保護政策はやめるべきであるとの意見、競争の環境は中国にとって非常に良いことであり、最終的には中国の経済発展につながるのではないかとの意見が述べられた。

(製造競争力の拡大とその影響)

 中国における製造競争力の拡大について、参考人から、その要因として、徹底した規制緩和や外資企業誘致等の結果、競争原理が導入され、スピード、コスト、人材の点で競争力を拡大させてきたとの意見、中国では強い産業を伸ばして国家発展を目指しているのに対し、日本ではまだ弱い産業を保護しており、このことが両国の社会、国家の活力の差となっている印象を受けているとの意見が述べられた。

 日本企業が取るべき対策として、参考人から、今後、更に中国の競争力が拡大することから、確固とした中国事業戦略なしにグローバル事業戦略は成り立ち得ないとの意見、中国一辺倒の事業戦略でなく、日本も含めた広域アジアの視点での分業戦略が大変重要であり、この戦略の中で、日本が物づくりで生き残る領域を考えていかなければならないとの意見が述べられた。

 製造競争力の拡大による影響について、参考人から、欧米や日本市場のみならず、高関税に守られていたアジア各国でも徐々に中国製品の浸透が進んでいるとの意見、中国をいかにうまく活用した事業戦略を立て、推進するかが日本企業の成長戦略の生命線となるとの意見、政府に頼った保護政策を求めるのではなく、いかにグローバル化の中で勝ち抜く戦略を実践していくかが製造業の重要な使命であるとの意見が述べられた。

 日本の物づくり事業環境の課題について、政府から、今後、労働コストが安い中国などと日本企業が競争していく上で、高性能で付加価値の高い製品を国内で作り、高ブランドを日本側が維持して、これによりアジア諸国とのすみ分けをしていくことが必要であるとの意見が述べられた。参考人から、日本の高コスト体質を放置したままでは、日本で最先端のハイテク・高付加価値商品を作り、付加価値の低いローテク商品は中国などへシフトするというすみ分け構造も難しくなるとの意見が述べられた。

(三)日中間の経済関係
(日中間の経済関係)

 委員から、人的交流が強まる中で、中国の存在感が経済的にも社会的にも大きくなっているとの意見、参考人から、競争相手としての中国のパワーは、日本経済そのものを揺さぶるところにまで拡大しているとの意見が述べられた。

 参考人から、日中間には経済発展の点で40年ほどの格差が残っているとの意見、日中関係を競合関係として見るのではなく、むしろ、当分の間は日中関係が補完関係と見るべきであるとの意見、補完性が高いにもかかわらず、これが十分に発揮されていないことは問題であるとの意見が述べられた。

 委員から、数字の上では40年という開きがあっても、かつて日本が米国の後を追ったように、中国が猛烈なスピードで日本を追い上げており、実際にはその40年という格差ははるかに短いのではないかとの意見が述べられた。参考人からは、40年の格差を考えるとき、日本がどういうスピードで先行するかをまず議論しなければならないとの意見、中国が現在の日本の経済発展の段階に到達するのに40年は掛からないであろうが、日本の企業に対するアドバイスとして、まだ40年もあるから慌てる必要はないのではないかとの意見が述べられた。一方、参考人からは、現場の実感として、ミクロ的にとらえた場合は統計的にとらえた場合と大分異なり、中国との競争の厳しさを感じているとの意見が述べられた。

 委員から、中国の成長に伴い、日本がこれからナンバーツー、ナンバースリーになっていく心理調整期が今始まりつつあるとの説についての所見が求められた。参考人からは、中国と日本との関係を考えるとき、短期的には摩擦はあるであろうが、中長期的には、むしろ収れんしていくことによって日中関係がうまくいくのではないかと非常に楽観しているとの意見が述べられた。

 委員から、日本の対中投資が落ち込んでいる理由が問われた。参考人からは、終身雇用や年功序列といった日本の人事制度が、国内では通用しても中国では通用しないことが最大の原因ではないかとの意見が述べられた。

(日中貿易摩擦の現状と対応策)

 日中間の懸案事項について、政府から、知的財産権侵害問題、鉄鋼セーフガード問題、写真用フィルムの譲許税率違反問題などがあり、特に中国の模造品や海賊版対策などについて、日本からは、2002年10月にメキシコで開かれたAPEC閣僚会合において、APECの21エコノミー全体で取り組める枠組みを提案したとの説明がなされた。また、政府から、知的所有権侵害問題はサービス業ばかりでなく製造業の分野でも大きな課題であり、昨年の秋、「知的財産フォーラムミッション」を中国に派遣し、関係政府当局に知的財産権の管理を厳しく行うよう申入れをしたところであるが、今後ともこのような対策に力を入れたいとの意見が述べられた。

 委員から、模造品問題に対する具体的な対策について問われた。参考人からは、90年代の後半から、被害の実態を中国に訴えるために業界全体で動き始めているほか、ここ2、3年は政府間交渉が始まっており、中国としても、WTO加盟に伴う様々な遵守義務に応じて知的財産権の保護に取り組んできているとの説明がなされた。

 委員から、「中国のシリコンバレー」と呼ばれる中関村科技園では、税制等の優遇措置が受けられるために大学や教育機関、研究機関が集中しているが、最先端分野が中国に集中し、投資も人材も中国に奪われるとの危機感を感じるとの意見が述べられた。政府からは、危機感は非常に強く持っており、税制改正を通じて、研究や投資の環境を整えることに取り組まなければならないとの意見が述べられた。

(四)今後の対策
(台頭する中国経済に対して日本が取るべき方策)

 参考人から、日本は、中国の台頭に対抗するため、中国が頑張れば日本も一層頑張るという「良い中国脅威論」に立ち、できるだけ古い産業を切り捨て、その代わりに新しい産業を育成すべきであるが、現在の主流は「悪い中国脅威論」であり、特に悪いのは、輸入制限といった形で衰退産業を保護することであるとの意見が述べられた。

 委員から、中国では、個人個人のエネルギーも含めて国としてのエネルギーを非常に感じるが、これにより、中国の存在感が現実よりも大きくとらえられ、中国脅威論というものが拡大されている雰囲気があるのではないかとの意見、日本の急激な経済成長が米国等に日本経済脅威論を起こしたことにかんがみると、中国が急激な高度成長をしたときには脅威となるのではないかとの意見が述べられた。

 参考人から、北朝鮮のように援助を必要とする状況になると大変であるが、中国という隣国である大国がけなげに高度成長を記録していることは基本的に歓迎すべきであるとの意見、水不足や環境問題などを抱える中国が、将来このまま成長し続けるとは思えないため、中国を脅威ととらえるのではなく、日本としては、特定の分野に安住せずに常に新たな分野を求めて努力することが必要であるとの意見が述べられた。

 政府からは、中国の経済成長がこのまま7、8%のスピードで続いていくことは考えにくく、不良債権問題や国営企業の問題、沿海部と内陸との格差、教育問題、人口問題、環境問題等のあらゆる問題を抱えることは間違いないとの意見、中国が強国として非常に伸びてきていることは間違いないが、政府としては「座して死を待つ」と考えているわけではなく、日本が成り立っていく産業、特にサービス業に資源を集中することで十分闘っていくことができるとの意見が述べられた。参考人から、中国を単に脅威としてとらえるのではなく、いかに中国の競争力をグローバル事業戦略に生かすかという視点が大事であるとの意見が述べられた。

 FTAの枠組みと中国経済の日本に対する位置付けについて、委員から、FTAの様々な枠組みによって日本にとっては中国経済が脅威か好機か、それとも競合関係か分業関係かということが変わってくるとの意見が述べられた。

(日本経済の活性化・競争力強化のための方策)

 政府から、中国などの巨大市場の出現はチャンスであり、これを最大限生かさなければならず、日本の産業の競争力強化に向けた改革を進めていくことが重要であるとの説明がなされた。また、政府から、喫緊の重要な課題と対応策をまとめた六つの戦略を提言したところであり、現在の日本経済が置かれた厳しい環境を克服するため、この戦略を確実に実行していくことが重要であるとの説明がなされた。

 参考人から、日本経済を活性化させるためには、衰退産業の海外への移転と新しい産業の育成という組合せで空洞化なき高度化政策を推進すべきであるとの意見が述べられた。

 委員から、資源が全くない日本にとり、最も付加価値の高い分野は製造業か情報通信関係分野であると考えるが、これらの分野は米国に押さえられているため、今後日本が東アジア地域において主導権を取る上での軸になる経済的な柱がなければ、影響力を与えていくことは不可能ではないかとの危惧が示され、今後の日本経済の柱となるべき分野が問われた。政府からは、環境・エネルギー、情報通信技術(IT)、バイオ、ナノテクを中核として政策資源の集中投入を図り、それを支援するための税制、投資環境を整えることが政府の方針であるとの説明がなされた。

 委員から、政府の政策を公的規制から自由競争に転換していくべきではないかとした上で、日本の国家戦略として望ましい産業政策が問われた。参考人からは、税や省庁間の様々な問題、規制緩和等を解決し、外国の企業が日本で投資して事業を拡大できるようなハードとソフト、インフラを作れば、日本は非常に強い国家成長戦略を描けるのではないかとの意見が述べられた。

 委員から、日本では構造改革がなかなか進まないとした上で、日産自動車のカルロス・ゴーン社長を例に挙げ、日本人が日本を改革できないのであれば外国人に頼んだ方がよいのではないかとの意見が述べられた。参考人からは、外国人であるか否かを議論しているのはまだ日本がグローバル化していないからであり、ゴーン社長のような経営者が立派に経営を立て直すのであれば積極的に受け入れたらよいとの意見が述べられた。

3 東アジアにおける通貨・金融危機の教訓と再発防止

 1997年のアジア通貨・金融危機は、東アジア経済の成長メカニズムの脆弱性を露呈させたが、同時に、通貨・金融分野において、国際通貨基金(IMF)を中心とするグローバルな枠組みのみならず、これを補完する域内協力がいかに有用であるかを認識させた。

 域内金融市場の緊密化に伴う金融協力の枠組みとしては、既に新宮澤構想による資金支援、チェンマイ・イニシアチブを始めとする域内金融安定化メカニズムの導入などが実現しているが、さらに、今後の持続的成長を見据えて、アジア資本市場の活性化、域内為替レートの安定化に向けた協調体制作りなども検討されている。

 調査会においては、通貨・金融危機の再発防止に向けた具体策、域内金融協力における日本の貢献の在り方、円の国際化などについて、議論が展開された。

(一)東アジア経済の成長メカニズム

 アジア通貨・金融危機の教訓を考える前提として、参考人から、東アジアの多くの国が共通して取ってきた成長戦略について、次のような所見が示された。

 一般に、経済成長の要因として、労働の増加、資本の増加、技術の進歩が挙げられるが、このほかに、生産された財・サービスへの需要が重要である。これらの成長要因を手掛かりに東アジア経済を概観すると、次のような指摘ができる。

 まず、労働については、開発初期の段階において、国内で低賃金労働の供給が可能であった。しかし、経済発展が軌道に乗るにつれ、一部の国では労働力不足が成長の制約要因となり、外国人労働者の導入などの対策が必要とされた。資本については、豊富な国内貯蓄を動員して対応したが、それ以上に旺盛な資金需要が生じ、外国からの借入れにも依存せざるを得なくなった。技術の進歩については、先進国の製造技術を導入する政策が中心となった。新興工業国・地域(NIES)は独自技術の開発にも取り組んだが、ASEAN諸国は専ら海外からの直接投資に依存した。さらに、生産された財への需要は、当初、コスト面での優位を生かすことで確保できたが、経済発展に伴う高コスト化により、新製品開発の必要性も高まった。

 以上のような参考人の所見に対し、委員から、ASEAN経済がテークオフした際の条件が整えば、アフリカ諸国も同様に成長するかが問われた。参考人からは、ASEAN経済には、政府の過剰介入や内戦といった発展の阻害要因が余り見られないことが前提となっており、これらの条件が満たされれば、アフリカ経済の発展も可能であるとの見解が示された。

(二)アジア通貨・金融危機の原因

 アジア通貨・金融危機について、政府から、資本勘定を通じた急激な流動性危機と国内の金融システム危機が複合した双子の危機であったとの見解が示された。また、危機に見舞われた国には、(1)金融取引がグローバル化する中での大規模かつ急激な国際資本移動、(2)不動産部門への過剰投資、企業の高い債務・資本比率と低い資本収益性などの企業・金融部門における構造的脆弱性、(3)実質的にドルに連動した為替制度、(4)貿易・投資を通じた経済の相互依存の高さ、(5)アジア経済に対する過度の楽観論といった共通要因があるとの見解が示された。

 アジア通貨・金融危機の背景について、参考人から、(1)アジアには、財・サービスの輸出額がGDPを越えるほど輸出依存度の高い国があり、そもそも貿易相手国の景気動向に左右されやすい経済状態にあった(貿易への依存)、(2)危機の直前には、一部の国で純輸出が大きなマイナスになったが、そのファイナンスを巨額の資本流入に頼っていたために、資本の急激な逆流が生じた(外国資本への依存)、(3)外資系企業の技術に頼ってきたASEAN諸国については、危機後の直接投資の減少が、中長期的な経済成長に悪影響を及ぼす懸念がある(外国技術への依存)というように、外国に対する三つの依存があるとの意見が述べられた。

 また、参考人から、為替相場と資金調達の両面における過度のドル依存が、危機の一因になったとの見解が示された。

(三)危機に見舞われた国の対応と国際社会の支援策
(危機に見舞われた国の対応)

 通貨・金融危機への対応について、政府から、IMFへの支援を要請した国としてタイ、インドネシア、韓国の事例、また、独自の政策で対応した国としてマレーシアの事例が報告された。

 前者の3か国はいずれもIMFとの間で合意した政策を基に対応したが、経済の急激な収縮が起こり、危機が深刻化した。そのため、IMFが当初求めた緊縮的な財政・金融政策や危機時における構造改革措置が、危機への対応として適切だったか、また資本自由化の進め方に問題はなかったかが、国際的な議論となった。他方、マレーシアは、IMFの処方せんに頼らずに、資本取引規制や固定相場制の導入、企業や銀行の不良資産の整理等を実施して危機を脱した。一般的に資本規制は、長期的な資源配分をゆがめるおそれがあるので、常に適切な政策であるとは言えない。しかし、この時の資本規制は、固定相場制度とも相まって、外部環境からの危機の伝播を制限し、経済回復のための時間を与えるものだったとの評価が与えられている。

(IMFを中心とする国際社会の支援策)

 委員から、タイ、マレーシアの視察経験を基に、IMFの画一的な処方せんを受け入れた国が、かえって危機の後遺症に悩まされているとの指摘がなされ、その上で、IMFの処方せんに対する評価、IMF自身が得た教訓、改革の動きなどについて問われた。

 政府からは、(1)IMFによる金融支援がアジア通貨・金融危機の克服に貢献したことは事実だが、過度の引締め策が必要以上に経済を収縮させた可能性はある、(2)IMFプログラムが、金融政策だけでなく経済全般の改革にも言及したことについても、危機国の経済構造の違いなどに配慮すべきであり、一律の実施には慎重であるべきであった、(3)危機国への対応の在り方については、2000年9月にIMFの融資条件に関するガイドラインが採択され、各国特有の状況や構造に配慮しつつ、分野を絞りより限定的な融資条件を設けるべきであるとの規定が設けられた、(4)これまでに危機国に対して提示された処方せんについても、独立評価機関による事後評価を行う動きが見られるとの見解が示された。

 参考人からは、(1)IMFは、危機のパターンが異なる中南米の通貨危機を念頭に、アジア通貨危機に対処したと思われる、(2)IMFの処方せんのうち、財政引締め策については、危機当初の経済の落ち込みを楽観視し過ぎたとの反省から、IMF自身による政策修正が行われている、(3)他方、資金流出の防止策として採用された高金利政策は、実際に通貨の切下げを防げなかったのであり、これにこだわり続けるIMFの姿勢には疑問が残る、(4)資本の流出入の影響を受けやすい小国が、金融面での自由化を進め過ぎることは危険であるとの意見が述べられた。

 参考人から、IMFの支援策には、米国の財務省や大手金融機関の考え方が反映されやすい面があるものの、IMFが原則として掲げる資本市場の発展と自由化は長期的に見て正しいとの意見、資本取引の自由化の前提としては、国内の体制整備が重要であり、自由化を進める際には、プログラムを策定し順序立てて行う必要があるとの意見が述べられた。

 このほか、政府から、国際機関を通じた支援策において日本が主導的役割を果たしたこと、日本が独自の支援策である新宮澤構想によって大規模資金を機動的に提供したことが、アジア諸国の危機克服に役立ったとの認識が示された。

(四)通貨・金融危機の教訓と再発防止策
(通貨・金融危機の教訓)

 アジア通貨・金融危機の教訓について、参考人から、次のような意見が述べられた。

 通貨危機は外国資本への依存が主因となったが、この点について現状では大きな問題はなくなっている。アジア各国は貯蓄率が高いので、国内資金を有効活用すれば、外国資本への過度の依存を招かずに開発資金を調達することもできるであろう。しかし、外国技術への依存は、アジア経済の発展を妨げる可能性がある。ASEAN諸国については、直接投資の減少による経済開発の停滞が懸念され、直接投資に関する規制緩和や投資環境の整備、良質な労働力を供給するための人材育成などの対策が必要である。また、NIES諸国はある程度独自技術の開発能力を持つが、それをコスト削減だけでなく高付加価値製品の開発に向けることが望ましい。さらに、貿易への依存傾向は今後も強まることが予想されるので、自由貿易体制の維持にも注意を払うべきである。

 以上のような参考人の意見に対し、委員から、高付加価値製品の開発能力を向上させるための具体策が問われた。参考人からは、技術教育や多様な産業政策を進めるべきであるとの見解が示された。

 委員から、アジア通貨危機再発の可能性について問われた。参考人からは、世界全体で見れば通貨危機の発生頻度は高いが、アジアについてはしばらく平穏期が続くとの見通しが示された。

(域内金融協力の進捗状況)

 アジア通貨危機以降の金融自立化の動きについて、参考人から、次のような報告がなされた。

 アジア危機の直後には、アジア域内における円の基軸通貨化と、アジア通貨基金構想が検討されたが、いずれも具体的な成果を上げるには至らなかった。こうした金融協力の試みが難航した原因としては、(1)変動相場制の導入、融資や投資の復調、金融改革の進展によるアジア経済の回復、(2)日本経済の長期停滞によって拡大した日米両国の経済格差、(3)日本の金融機関の弱体化と規制緩和の遅れ、(4)ユーロの登場が挙げられる。ただし、アジア金融協力の機運が消えたわけではなく、今日では、二国間中央銀行スワップ網の構築(チェンマイ・イニシアチブ)、アジア共通通貨導入の検討、債券市場育成の研究などが着実に進展している。

 政府からは、チェンマイ・イニシアチブの進捗状況が説明された上で、通貨スワップ網の構築に加え、各国の日常的な政策対話が重要であるとの見解が示された。また、世界各地で経済危機が相次いだことから、経済のグローバル化がもたらす大規模な国際資本移動が、マクロ経済や国際金融システムに対する攪乱要因になっているとの見解が示された。

 これに対し、委員から、中央銀行スワップ網の整備がアジア通貨基金構想に結び付くかが問われた。参考人からは、金融協力の長期的な発展段階を展望したときに考えられる青写真の一つであって、両者が直接結び付くわけではないとの見解が示された。また、委員から、アジア通貨危機の経験から、実体経済に基づく資本取引と投機資金の移動を判別することが重要であるとの意見、中央銀行スワップ網の構築においては、巨額の外貨準備を持つ日本のイニシアチブが問われるとの意見が述べられた。

(金融協力の強化に向けた構想)

 委員から、豊富な国内貯蓄をアジアのためにどう使うかが各国共通の問題意識であるとの意見が述べられた上で、タイのタクシン政権が提唱するアジア・ボンド構想についての所見が求められた。

 政府からは、開発資金調達における期間と通貨のミスマッチを回避し、国内貯蓄を直接、国内の長期投資に向けるというのがアジア・ボンド構想の発想であるが、このうち、タクシン政権が提唱するものは需要サイドに着目したものであって、この構想では必ずしも通貨のミスマッチは解消されないので、ASEAN+3は、これとは別に、供給側のボンド構想についての検討を始めているとの説明がなされた。参考人からは、タクシン構想について、アジア域内の投資資金の増大とドル依存の減少の二つのねらいが考えられるとの意見が述べられた。

 委員から、欧州経済圏、北米経済圏と並ぶアジア経済圏を構想する場合、共通通貨の問題が重要であるとの意見が述べられた上で、その実現可能性が問われた。政府からは、何らかの共同経済圏ができた場合には、共通通貨がある方が望ましいとの意見、現状においてもアジア域内における通貨の安定は重要であり、通貨バスケットの試みもそうした考えに沿ったものであるとの意見、アジア域内の経済格差が大きいことから、アジア通貨単位の実現は長期的課題になるとの意見が述べられた。

 委員から、アジア通貨単位のバスケットに域外通貨であるドルが含まれることについて見解が求められた。参考人からは、アジア各国の関心は、円・ドル・ユーロ、3通貨間の為替の安定にあるので、現状を踏まえたバスケット通貨としては妥当な選択であるとの意見、将来、アジアの経済統合が深化した際には、域内通貨のみによるバスケットという発想も必要になるとの意見が述べられた。

(五)円の国際化への取組
(円の国際化推進の必要性)

 過度のドル依存がアジア通貨危機の一因になったとの反省から、円の国際化が改めて注目されている。この問題について、政府から、通貨危機以降、アジア各国通貨と円との相関が高まっていることから、円の国際通貨としての役割を強化することがアジアの為替市場安定に資するとの見解、国際取引における決済通貨としての円の使用が高まれば、アジア域内での国境を越えた為替取引の決済において、決済時間のずれから生じるリスクの低減にも資することになるとの見解が示された。

 委員からは、情報、軍事、外交など、対外政策の裏付けがあって初めて、円の基軸通貨化は現実的な政策になるとの意見、日本は製造業の国際競争力を持つにすぎず、円の国際化は疑問であるとの意見が述べられた。政府からは、円は軍事力を背景にしていないが、そもそもそうした背景が求められる時代ではないとの見解、日本経済の安定的な強さや多額の経済援助、アジア各国との貿易量などから、円がアジアで相当程度信認される見込みがあるとの見解、アジアでは、円に対して、ドルが持つ利益追求型の価値観とは異なるイメージがあるとの見解が示された。

 委員から、財務省の円の国際化推進研究会最終報告を例に挙げて、円の国際化の可能性、最終報告にある方策の妥当性が問われた。参考人からは、現在の日本の経済状態、将来の成長スピードを考えるとき、円がアジアの単一基軸通貨になるというのは幻想にすぎないが、円の国際的利用を拡大することは可能であるとの見解、円の利用を促進するには、日本国内の制度やインフラの整備等の環境作りが必要であり、同報告書もこうした考えに沿ったものであるとの見解が示された。

 委員から、将来の方向性として、政府はアジア共通通貨と円の国際化のどちらを志向しているのかが問われた。政府からは、ユーロの経験から考えて、域内諸国の経済力や発展段階が多様なアジアにおいては、共通通貨は長期的な検討課題であり、現実的にはまず円の国際化を推進すべきであるとの見解が示された。

(日本が取るべき具体的方策)

 委員から、円の国際化の手段として、貿易決済の円建て化や米国債の円建てでの購入が重要であるとの意見、二国間のスワップ協定やODAにおいて円資金を供与することが、円の国際化に役立つとの意見、円の国際化が進展しない背景には、日本の政治経済システムの構造的な問題があるのではないかとの意見が述べられた。

 参考人から、円の国際的な利用の向上には、円の国際化が中長期的に見て国益にかなうとの判断と、その判断を国民的合意に高め、個々の企業レベルに浸透させることが必要であるとの意見が述べられ、そのためには、政府と企業経営者、双方が意識を変えるべきであるとの指摘がなされた。また、参考人から、米ドルに強い慣性が働いている状況であり、円の信認を高めるにはそれ自体相当な努力を要するとの意見、貿易や資金取引における通貨の選択は、最終的には個々の企業の判断にゆだねられるものであるとの意見、既得権益を守ろうとする意識が円の国際化のための環境作りを妨げているとの意見が述べられた。

 参考人からは、円の国際化のために日本がすべきことは、国内体制の整備に尽きるとの認識が示され、その上で、(1)邦銀の体力や能力を回復すること、(2)資本市場の自由化、効率化、有利化を推進するために、規制撤廃、税制改正、決済制度・会計・監査等のインフラ整備、人材育成を行うことであるとの意見が述べられた。

 委員からは、邦銀の体力や能力を回復するための手だてが問われた。参考人からは、バランスシートの健全化と収益力の向上という基本路線に立ち返るべきであるとの意見、銀行自身の努力に加えて、景気回復による不良債権の負担軽減が必要であるとの意見が述べられた。また、委員から、海外の投資家にとって、日本の国債市場の利便性を高めることが必要であるとの意見が述べられ、政府からは、非居住者、外国法人が受け取る国債の利子についての非課税措置等を実施しており、税制面での障害は少ないとの見解が示された。

4 情報化の進展と東アジアのIT

 今日、インターネットの発展に伴い、世界中の情報は瞬時に発信、受信され、情報の共有化が可能となった。このようなITの普及は、世界的規模での社会構造の変化を生み出しており、今後も様々な分野に影響を与えていくことが予想される。東アジアにおいてもその影響は大きく、IT機器の生産基地としてだけでなく、近年急速に情報化が進展している。

 こうした状況の中で、ITを経済発展の機会ととらえ、東アジアが持続的成長を達成するにはどうすればよいか、日本の今後のIT政策の在り方とも関連して、戦略的構想が求められている。

 調査会においては、日本のIT産業の活性化のための方策、東アジアにおける日本の国際貢献策などについて、様々な観点から議論が展開された。

(一)ITとグローバル化

 参考人から、ITの評価について、沖縄IT憲章では、ITを21世紀を形作る最大の潜在力であり、世界経済の成長を実現する原動力と評価しているとの説明、IT産業の発展に伴う経済構造の変化について、米国では、経済の常識を破るような生産性上昇率が登場し、ニューエコノミー論が盛んに議論されるようになったとの説明がなされた。

 ITの持つ意味について、政府から、ITの普及は、(1)持続可能な経済成長の実現に寄与し、かつ、アジア地域の発展が日本経済を活性化させるという経済的側面、(2)民主主義の強化や透明性の確保など政治面での改革に貢献する政治的側面、(3)相互の寛容性や多様性を尊重し、国際社会の安定性を増進する安全保障的側面を持つとの説明がなされた。

 IT革命への期待と懸念について、参考人から、新技術は人間の能力を拡張するが、常にプラスとマイナスの面があり、その欠点をいかに克服し恩恵を拡大するかが重要であるとの認識が示された上で、(1)ITはニューエコノミーの推進力であるが、ニューエコノミーそのものに対する疑問が現在出てきている、(2)ITは新たな格差を生み出す、(3)ネットワーク社会の脆弱性とセキュリティー問題が登場している、(4)ITはデジタルオポチュニティーを創出する、(5)ITは異文化交流を活発化させる、(6)ITは固有の文化を破壊し独自性を喪失する可能性を持つ、(7)ITは新しいライフスタイルと文化を創造するとの意見が述べられた。

 情報格差(デジタルデバイド)の要因とその解消について、参考人から、先進国と途上国、人種、ジェンダーなど、様々な起因に基づくデジタルデバイドがあるが、特に途上国の都市部と地方との間にある大きな格差が最大の課題であるとの意見が述べられた。委員から、異文化交流におけるデジタルデバイドの影をどのように光に変えていくかが問われた。参考人からは、固有の文化を破壊せず、異文化交流を活発化させることが重要であるとの認識が示された上で、日本のODAを活用し、例えばアジアの世界文化遺産のデジタルアーカイブを作るなど、ローカルな文化をインターネットによる情報内容にし世界に発信してはどうかとの意見が述べられた。

 途上国においてはIT推進より水や電気が必要との考え方について、委員から、インターネットは水、食料、医療と同様に、基本的ニーズであるとの認識が不可欠になっているとの意見が述べられた。参考人からは、ITの分野は飛躍的な発展が可能であるとして、国づくりを進めていくのに必要な専門職の人々が、先端の技術を効率的に身に付けるためにも、ネットワークにつながっていることが重要であるとの意見が述べられた。

 委員から、グローバリゼーションとIT革命との関連について問われた。参考人からは、IT革命はグローバリゼーションの非常に大きな潮流で、目に見える最大の表れの一つであるとの認識が示された。

(二)アジア地域のIT戦略
(東アジアにおけるITインフラの整備)

 政府から、東アジアでは様々な段階でデジタルデバイドの是正が課題となっているとの認識が示された上で、(1)日本、韓国などITインフラ整備の進んだ国々については、情報内容の充実等、高速大容量通信(ブロードバンド)の利用促進、(2)中国、マレーシアなど都市部のインフラ整備が比較的進んでいる国々については、地方を含む均衡の取れたインフラ整備、(3)ベトナム、ラオスなど電話回線すら十分に敷設されていない国々については、基本的な情報通信インフラの敷設が課題であるとの意見が述べられた。

 北米、欧州、アジアの3地域における情報流通量について、政府から、現在、アジア-北米間、アジア-欧州間は、北米-欧州間に比べて情報流通量が少ないが、アジアの大きなポテンシャルを発揮するために、政府はアジア・ブロードバンド計画を策定しているとの説明がなされた。

 韓国のブロードバンド普及率急増の背景について、参考人から、政策というより、社会制度や文化、国民性が大きな影響を与えたとの認識が示された。

 インターネットがアジア社会に与える影響について、参考人から、ゲームやアニメなど日本や韓国などで共通に流行しているものがあり、このような文化やビジネスは、市場や市民の動きに同調して生まれてくるというのが今後の東アジアの流れになるとの認識が示された。

(東アジア諸国の国家戦略)

 委員から、東アジア諸国がIT国家計画を極めて明確に打ち出している中で、国家が主体性を取ってIT振興を図ることの是非について問われた。政府からは、IT分野は民間主導が原則であるが、国家戦略の構築、法整備や行政サービスの提供などは公的主導に頼らざるを得ず、また、これからITを発展させていこうとしている国での民間主導は難しいとの説明がなされた。

 マレーシアのIT政策について、参考人から、もし「マルチメディア・スーパーコリドープロジェクト」がなければ、経済危機の時、より厳しい状況に陥ったことは明らかであるとの意見、マレーシアは周辺のASEAN諸国に対して、競争しながら協力していくという関係を作ろうとしており、非常に大きな影響を与えているとの意見が述べられた。

(東アジア地域の連携)

 東アジアにおけるIT国際協力の枠組みの在り方について、参考人から、多国間方式の枠組みや、台湾を考慮に入れた多角的な取組、沖縄の国際情報通信ハブ化などをいかに組み合わせるかが重要であるとの意見が述べられた。

 委員から、ITでアジアが連携して何を目指すのかが問われた。参考人からは、ハード面ではアジアの国の中でトラフィックを交換し合う基幹的なネットワークの構築が、ソフト面では地域の情報内容の充実が重要であるとの意見、アジアの連携協力を進める中でITも使えるかを考えていくべきであり、ITの次元とは違う政治的なリーダーシップも必要であるとの意見が述べられた。また、参考人から、アジア各国から、IT分野における日本のリーダーシップに対する期待があるが、日本にそれだけの体制や人材があるかについては悲観的であるとの意見が述べられた。

 委員から、ITの進展に格差があるASEAN諸国がIT化を共通して進める際の問題点とそれをいかに克服すべきかが問われた。参考人からは、ASEAN内の先進グループと途上グループとの協力について「e-ASEANフレームワークアグリーメント」の中で合意されたが、この実施に際しては相当な資金が必要となるので、日本のODAが重要な役割を果たすとの意見が述べられた。

 「ネティズン(ネット+シティズン)」と多様性を重視した統治方式について、委員から、アジア地域においては、「多数から一つを」ではなく、「多数は多数のままに」という発想の中で新しいルールを作るのが日本の国際貢献であるとの意見が述べられた。参考人からは、途上国も含めてアジアの中の協調体系を作り、そこで合意を形成してから世界ルールに持ち込むべきであるとの意見が述べられた。

(三)日本のIT戦略
(東アジアにおける日本の位置付け)

 韓国、中国及び台湾のIT産業が急成長している中で、日本のIT発展の見通しについて、委員から、中国やインドのIT産業は目覚ましい発展を遂げており、日本は支援した国に早晩追い付かれる可能性があるとの懸念が示された。参考人からは、日本は、インド、中国、ASEANをうまく組み合わせてアジア全体の発展を考える必要があるとの意見、学べるところはアジアの国からでも積極的に学ぶ必要があるとの意見が述べられた。政府からは、現在のままでは日本は中国などに追い抜かれる可能性があるとし、日本は孤立しないよう東アジアの国々と組み、特に中国とともに繁栄していくことが必要であるとの見解、日本はより高付加価値の分野に進出する戦略を考えるべきであるとの見解が示された。

(e-Japan戦略の推進)

 日本では、世界最先端のIT国家になることを目標にe-Japan戦略が策定されたが、参考人から、e-Japan戦略の基本理念である「既存の制度、慣行、権益にしばられず、早急に革命的かつ現実的な対応を行わなければならない」を早急に実現すべきで、改革の実行こそ最大の課題であるとの意見が述べられた。

 日本の情報戦略について、委員から、総花的な話ばかりで、底流を流れる強烈なインセンティブが見付からず、現在の世界潮流から取り残される危険性を感じるとの意見、参考人からは、次世代の人たちが考える仕組みを取り入れ、彼らとともに考えることが必要であるとの意見が述べられた。

 IT政策に関連した官僚機構や政府プロジェクトについて、委員から、日本の場合はIT産業がカネと時間の掛かり過ぎる公共事業になっていることから、急速に変化するITの常識から外れており、現在の政府の取組に焦燥感を感じるとの意見が述べられた。参考人からは、情報社会と産業・工業社会の構造は違うので、従来のトップダウン型の組織決定を行うとそごが出るとの意見が述べられた。

(IT技術の開発促進)

 委員から、米国がインターネット技術で世界を制覇しているが、その技術は日進月歩であることから、日本は、ハード、ソフト両面から更に改善を進めることで、後れを取り戻す可能性は十分残されており、IT関連産業が日本の産業の旗振り役となることを期待するとの意見が述べられた。

 日本が比較優位として温存すべきIT分野について、政府から、次世代ディスプレーとして期待される有機ELディスプレー、デジタルテレビ、半導体の製造装置などについては優位を残したいとの見解が示された。

 委員から、標準化の問題を戦略的に展開することが日本のITにおける大きな課題であり、その中でも、IPv6は、(1)米国がまだ興味を持っていない、(2)アドレスの枯渇に関して同じ環境下にある日中が手を握れる可能性がある、(3)現在日本が技術的に優位性を持っている、という点で重要であるとの意見が述べられた。今後のIPv6の戦略と展開について、政府から、米国の影響力の強いコンピューターから情報家電にプラットフォームを移して通信方式をIPv6にすることにより、現在と違う路線で新しい技術開発を行い、日本のIT産業の逆転の手段にしたいとの説明がなされた。

 電子商取引について、参考人から、電子政府を道具として使うことが電子商取引普及のための戦略的アプローチになるとの意見が述べられた。委員からは、アジアにFTAを始めとした広域経済圏を作るときに、電子商取引をどう生かしていくかという視点が重要であり、電子商取引と自由貿易は車の両輪であるとの意見が述べられた。

 携帯電話やブロードバンド分野でのデファクトスタンダードの獲得について、委員から、まず近くのアジアを固めていくことが最も現実的であるとの意見が述べられた。

(IT技術者の育成と産官学の連携)

 日本のIT技術者育成における基礎教育の重要性について、参考人から、インド人の優れた計算能力は長い歴史の中で育てられてきたものであり、インドのソフト産業発展の理由として無視できないとの意見が述べられた。委員からは、日本は基礎的計算力を付けることが小学校教育の中で現在後退しているとの懸念が示された。

 委員から、日本における外国人IT技術者の現状とビザ発給上の優遇措置の有無について問われた。政府からは、今のところ日本ではビザの優遇措置はないが、入国規制緩和措置が取られているとの説明がなされた。

 委員から、日本は産官学の連携が弱く、特に、大学における研究のバックアップを強固に推進するべきであるとの意見が述べられた。政府からは、大学の中で研究開発の特許を事業化できる技術移転機構(TLO)制度などが確立され、産官学の連携は間違いなく進んでいるとの説明がなされた。

 官民の連携について、参考人から、官民の新しい戦略的提携を具体化していく必要があるとの意見、従来のように役所が政策をまとめるだけではなく、NGOやNPO的発想を強めてプロジェクトを進めていくべきであるとの意見が述べられた。

 委員から、沖縄の情報通信産業特区の位置付けについて問われた。参考人からは、日本のITセンターを沖縄に置くという意味ではなく、日本全体の基幹網に沖縄が組み込まれていることが重要であるとの意見、中核になるのは制度ではなく人であり、ボトムアップで支えていくことができる力が産業界、教育界、市民社会の中にあることが重要であるとの意見が述べられた。

(四)日本の国際貢献
(IT支援の在り方)

 ITに関する国際貢献策について、政府から、二国間協力を縦糸にし、APECやASEANなどでの域内協力の枠組みを横糸にして、途上国における情報社会への移行を促進していくとの説明がなされた。

 委員から、ITのインフラ状況が異なるASEAN各国へのIT支援の際の心構えが問われた。参考人からは、日・ASEAN賢人会議では、従来の援助する側、受ける側という立場を超え、お互い対等の立場で議論し合うべきであるとの提言を行っているとの説明、政府からは、ITは普及するほど便益も拡大するという特性を持っているので、日本にとっても有益であるとの説明がなされた。

(IT技術開発と人材育成支援)

 日本が優位にあるIPv6技術の中国への技術供与について、委員から、今後、対中ODAの中で戦略的に位置付けていくべきであるとの意見が述べられた。政府からは、IPv6を直ちにODAで裏打ちし推進していくことは今のところ考えられていないが、日中の共同研究開発の成果を両国がいかに利用し、普及していくかが重要であるとの認識が示された。

 日本発の独自技術であるトロンの持つ役割や可能性について、政府から、コンピューターのOSはマイクロソフトが高いシェアを維持している中で、競争促進の必要性やセキュリティーについての問題意識がアジア各国にあり、共同で開発、発展、普及させることで意見の一致を見ているとの説明がなされた。

 人材育成支援について、政府から、ITを有効に活用するためには、政策立案者やソフト開発者を育成する高等教育、一般のIT利用者の知識の向上など様々な人づくりの取組が必要であるとの説明がなされた。

 情報化の進展と言語・文化との関連について、委員から、情報が英語に偏っている状況の中で、日本を含むアジア各国は自国の言語や文化を積極的に伝えていく必要があるとの意見が述べられ、そのための日本の施策について問われた。政府からは、自国の文化を自国の言葉でインターネット上に表現できるよう、ODAをこれらの分野に一部シフトしていくことも検討したいとの説明がなされた。

 委員から、高齢者や障害者など情報弱者に対するデジタルデバイド解消のための取組について問われた。政府からは、だれもが使いやすい機械の開発に関する助成等を行っており、国際的にも共同研究開発を提唱していきたいとの説明がなされた。

(IT分野におけるODAの在り方)

 委員から、日本はODAの先進国として人材育成も含めIT支援の先頭に立つべきであるとの意見、日本のODAは基本的に相手国からの要請主義に基づいており、ITの優先順位が低い中で、要請主義を抜本的に見直すべきであるとの意見が述べられた。参考人からは、(1)案件決定に時間が掛かり過ぎる、(2)従来型の人材育成では対応できない、(3)長期にわたるローン返済期間はITの現実に合わない、(4)二国間方式ではなく、多国間方式の援助枠組みが必要、(5)積極的かつ戦略的な援助案件の形成が必要として、ODA改革が不可欠であるとの意見が述べられた。

 委員から、IT面でアジアにどう貢献するかが次世代をにらんだ日本の東アジアへ向けての最も重要な役割であり、それが日本の大きな国益につながるとの意見、光ファイバー関係のネットワーク技術等、日本がオリジナリティーを持っている技術が要素的にもあるが、先端的なIT分野での日本の存在感がアジア諸国においてなかなか見えてこないとの懸念が示された。

 委員から、アジアにおけるITインフラの整備促進が、予防外交の面でも、経済戦略の面でも重要であるとの意見が述べられ、アフガニスタンと東チモールで新しく国をつくろうとしているアジアの国々に対し、日本はどのようなIT戦略を展開するかが問われた。政府から、ODAを地域の安定に使うという観点から、放送機材の提供や技術協力などの援助を進めているとの説明がなされた。参考人からは、国際社会がIT分野の復興支援にまで手が回らない状況の中で、日本の率先したプロジェクト推進が日本の国益につながるとの意見が述べられた。

 委員から、ハード型のプロジェクトが先行しがちであり、ソフト型のプロジェクトがうまくいかない理由が問われた。参考人から、日本は工業社会、産業社会を作るノウハウは多く持っているが、情報社会をどのように作るかについては理解しておらず、そのギャップがあるとの認識が示された。

 沖縄サミットで表明された5年間で150億ドルの日本の支援について、参考人から、少なくとも現場の実感としては数字が目に見えず、日本の体制は無責任であるとの意見が述べられた。政府からは、目標数に比べて実績が少ない原因は、各国の通信事業体の民営化がかなり進み、ODA対象案件が縮小していることにあるとの説明がなされた。

三 「イスラム世界と日本の対応」に関する海外派遣議員からの報告と委員間の意見交換

 平成14年8月25日から9月7日までの14日間、中東諸国等におけるイスラムの政治、経済、社会及び文化に関する実情調査のため、本院から、本調査会の調査会長、理事及び委員の6名が、トルコ、シリア、レバノン、エジプト及び英国に派遣された。

 同年11月16日、調査会において、団長を務めた調査会長による報告及び委員間の意見交換が行われた。

1 調査会長による報告

 本派遣中、シリアのミロ首相、レバノンのハリーリ首相、エジプトのワーリ副首相を含む19名の方々と、「新しい共存の時代における日本の役割」の調査テーマの下、「イスラム世界と日本の対応」について、具体的には、いかに世界が共存すべきか、いかに文明間の対話を実現すべきか、いかに中東和平を実現すべきかについて、積極的な対話を行った。

 まず、新しい共存、文明間の対話については、イスラム教は寛容な宗教であり、他の宗教を認めるという点が印象的であった。例えば、イスタンブールの宗教指導者タシュ氏は「イスラム教は、世界を大切にし、自分の望むものを兄弟に、余ったスープを他人に与えよ、と教えている。原理主義はイスラムの教える寛容、融和とは根本的に異なる」と述べた。また、カイロにあるイスラムの最高学府アズハルの総長タンタウィ氏は「文明は協力するものであり、文明が衝突することはない。なぜなら、すべての文明は他の文明から有益なものを得ているからである。我々は時代の変化は歓迎するが、不変の価値である宗教的価値観を否定するものは拒否する」と述べた。

 これに対し、派遣団からは、「政治、経済、宗教、文化などの違いを認め合うことが重要である。物質的に豊かになれば、精神面での堕落が起こりやすくなるのではないか。パレスチナによるジハードは認められるのか」といった質問が行われた。特にテロとジハードとの関係について、タンタウィ氏は「自己の生命、土地、財産等を守るのがジハードであり、無実の人々、女性、子供を傷付けることはテロである。したがって、他人の土地、生命、財産を侵害する者はテロリストである。テロとジハードを区別すべきである」と述べた。

 次に、パレスチナ問題についての中東各国の認識は、イスラエルの行動こそテロであり、それは国連決議を踏みにじるものであり、非難されるべきものである、というものであった。例えば、シリアのミロ首相は「軍隊を使ったイスラエルの行為は国家テロである。我々はテロを非難し、テロとそれに対する抵抗運動の定義付け、そしてテロ対策について国連で提案を行っている」と述べた。また、エジプトのマーヘル外相は「現在のイスラエルの行動がパレスチナ問題の原因であり、これを停止すれば和平は可能である」と述べた。

 また、米国のイラク攻撃の可能性については、意見が分かれていた。例えば、エジプトのワーリ副首相は「攻撃はないと思う。米国経済界も反対であろう。米国が強硬姿勢を示すのは、11月の中間選挙までイスラエル支持の姿勢を崩せないからである」と述べた。一方、同じエジプトのフェッキ外交委員長は「攻撃するだろう。米国は査察で満足はしない。米国の戦略は、イラクを親米政権にし、そしてパキスタンまでその影響力を及ぼすことである。その裏にはイスラエルが存在するからである」と述べた。

 最後に、今回の派遣を通じて感じたことは、冷戦後の世界秩序維持の難しさである。サミュエル・ハンチントンは「文明の衝突」を、フランシス・フクヤマは「歴史の終焉」を、そしてアラン・マンクは「新しい中世」を唱えた。冷戦後の世界が決してバラ色ではなく、新たな衝突や混乱が生ずるという彼らの指摘は当たっているかもしれない。しかし、今、我々がなすべきことは、猛烈な勢いで進むグローバリゼーションの中で起こる様々な摩擦を、いかに有益なものに変えていくかである。これが人類の英知であろう。私は、そのかぎを握るのは日本であると考える。なぜなら、外から入ってくるものを見事に消化し、付加価値を付けて外に送り出すという能力において、我が国に勝る国はないからである。その源は、内にも外にも発揮できる「融和」という能力である。本調査会の3年間のテーマである「新しい共存の時代における日本の役割」とは、正にこれを指すものである。

2 委員間の意見交換

(イスラム世界に対する認識)

 派遣議員から、世界の大宗教と言われるものすべてが寛容性を持っていることを改めて確認できたとの意見、イスラム世界では政教分離を目指していても、国民の大多数には宗政一致の感覚が強く、このバランスをいかに保つかというところにイスラム国家の指導者の苦悩があるのではないかとの意見、人間の存在は精神面と物質面の両面があるとして宗教と実際の生活との結び付きが強く、また、宗教間の対話の必要性が強調されていた点が印象的であったとの意見、イスラム国家の多様性、寛容という点に関して、宗教、政治、社会とのかかわり方がそれぞれ異なるということが現地を訪問して初めて実感できたとの意見が述べられた。

 委員から、21世紀はイスラム教文化、キリスト教文化、儒教・仏教文化による三大宗教間に大きな争いがあると言われているが、イスラム圏において将来リーダーシップを取る国はどの国と考えるかと問われた。派遣議員からは、文明は融合することで成り立っているのであり、ハンチントンの言うような「文明の衝突」は余りに政治的に過ぎるとした上で、世界が寛容な文化、特に多様性を持つ中で、平和の構築は可能であると考えるとの意見、中東で中心となるのは大国であるエジプトであろうとの意見が述べられた。

(テロとジハード)

 派遣議員から、イスラムとテロを結び付けて考えることがどれほど危険で、それが誤解であるかということが十分理解できたとの意見が述べられた。

 委員から、自爆テロもジハードだとすると、それは自己の生命、財産を守るのではなく、他の人の生命、財産を侵すという暴力ではないかとの懸念、ジハードの名の下での自爆行動は結果的に無実ではあり得ないということになり、自己撞着に陥るのではないかとの懸念が示された。派遣議員からは、話合いで解決するという発想は余りないのではないか、神の教えによれば取り返すことがジハードではないか、話合いで自分の権利を譲るという行為は宗教的に許されないのではないかとの意見、テロとジハードが異なるとの回答はあったが、手段としての正否については回答はなかったとの意見が述べられた。

 委員から、自爆テロは、イスラエルの軍人に対してであればそれなりの理解もできるが、無実の人たちが巻き込まれるのであり、そうしたことがイスラエル軍によるパレスチナの議長府占拠という事態を招いてしまったのではないかとの懸念が示された。派遣議員からは、一般住民であれ軍人であれ、自分たちの土地、財産を奪った集団、民族、国家に対するジハードであり、イスラエル軍なら許される、一般民衆なら許されないという発想は、ジハードの中にはないのではないかとの意見、ジハードで死んだ者は天国に行けるというコーランの教えに従い、自分たちの行為を最終的にアラーの神が判断してくれるものと考えているからではないかとの意見が述べられた。

 委員から、ある者にとってはテロであっても、その反対側から見れば独立運動であり、革命の志士とテロリストとの区分けは、見る立場によって逆転するので大変難しく、それゆえ、テロの定義付けができないのではないかとの意見、中東で唯一の民主主義国家であるイスラエル側から中東問題を見るとまた違った考えが生まれるのではないかとの意見、本来ジハードは相手を倒すのではなく、苦しい自分に打ち勝つという極めて高い精神性を持つものであるが、過激派の活動により、いつしかテロの代名詞になってしまったのも事実であるとの意見が述べられた。また、派遣議員から、テロや暴力を憎むとともに、なぜそれが起こるのかという原因も含めて両者の視点を持つことが今求められているのではないかとの意見が述べられた。

(イスラエルとの関係)

 派遣議員から、イスラエルには選民思想があり、平和の価値を理解できないとのレバノン外相の発言もあったが、別の機会にイスラエルに出向いて対立の原因について考え方を聞いてみたいとの意見、イスラム世界からすれば、十字軍戦争後も200年、300年間は宗教戦争がなかったと同様に共存を維持してきたが、イスラエルには共存という意識が薄いことが紛争の原因ではないかとの非難があったとの意見が述べられた。また、イスラエルの対応がかつてのレバノン内戦に大きな影を落としていたことに関連して、派遣議員から、25年ぶりにレバノンを訪れたが、内戦の傷跡は残っているものの、見事に復興しており、国が繁栄するためには平和が前提であり、戦争下では豊かな国にはなれないということが実感でき、共存共栄の道を模索することの重要性を感じたとの意見が述べられた。

(中東支援)

 派遣議員から、カイロ大学特殊小児病院では医者も看護婦も日本で研修を受け、現地で活躍していることに感激し、人道的支援、特に女性、子供に対する支援こそが、文化の違いを乗り越え、融和の道を開くことができると感じたとの意見、日本が医療部門で大変立派な協力を行っているが、すべての患者に対応しきれないなどいまだ大きな問題を抱えているという実情が理解できたとの意見が述べられた。

 委員から、かつて日本のODAで建設した病院を調査した時、施設、機材は供与したものの、医師はドイツ人、看護婦はフィリピン人であって日本の顔が見えなかったとの認識の上で、カイロ大学の特殊小児病院の状況はどうであったかと問われた。派遣議員からは、当初は日本から医師が派遣されていたが、現在、医師、看護婦、看護士は皆エジプト人であり、リーダーの何人かは日本で3年程度研修を受け、その経験を普及させており、病院も別名でジャパン・ホスピタルと言われているので日本の顔は見えているとの意見が述べられた。

あとがき

 今期調査会の3年間のテーマ「新しい共存の時代における日本の役割」の下で、本調査会は、第1年目の「イスラム世界と日本の対応」に引き続き、第2年目は「東アジア経済の現状と展望」を取り上げ、FTA等の経済統合の動き、中国のWTOへの加盟等市場経済化の影響、通貨・金融危機の教訓、情報化の進展など多角的観点から東アジア経済の将来について本格的調査を進めてきた。

 本報告書は、これら第2年目の調査において行われた議論を整理し、中間報告として取りまとめたものである。

 経済のグローバル化に伴い、各国経済の相互依存が深まり、世界経済の一体化が進んできている。特に、東アジアでは、北米、欧州に次ぐ第三の経済地域化への取組が模索されている。しかし、東アジア諸国の経済は、国によってそれぞれ特徴を持ち、発展の度合いも様々である。このように多様な東アジア経済の中にあって、日本はどのような役割を果たすべきかが問われている。第2年目の調査では、この点について活発な議論が行われたが、結論を得るまでには至らなかった。

 最終報告では、「イスラム世界と日本の対応」及び「東アジア経済の現状と展望」の中間報告の取りまとめを踏まえて、更に調査を進め、内外に向けた提言を発信したい。