本調査会は、第百三十三回国会の平成七年八月四日に、国際問題に関し長期的かつ総合的な調査を行うため設置された。
以来本調査会は、三年間にわたる調査活動のテーマとして設定した「アジア太平洋地域の安定と日本の役割」の下、参考人からの意見聴取及び質疑、委員の意見表明及び委員間の意見交換、委員派遣等を行い、調査を進めてきた。
その間、第百三十六回国会の平成八年六月十二日に第一年目の調査結果を、また、第百四十回国会の平成九年六月十一日に第二年目の調査結果を、それぞれ中間報告として取りまとめ、議長に提出した。
この度、三年間の調査を踏まえ、「アジア太平洋地域の安定と日本の役割」を次のとおり取りまとめた。
なお、本報告の取りまとめに入った時期において、インド、パキスタンの核実験にみられる核拡散の動きが生じ、また、インドネシアでは政治・経済の混乱をみた。これらの問題については日程の都合上調査するに至らなかったが、今後とも注視していかなければならない。
アジア太平洋地域は、我が国がその一員として緊密な関係を築いてきた地域である。また、同地域は民族、文化、社会・経済体制、発展段階等の多様性を特色としながらも、近年目覚ましい経済発展を遂げ相互依存関係が深まっている。一方、域内諸国の軍事力の拡充・近代化、領有権問題等の不透明・不確実な要素の存在、さらには最近の通貨・金融危機の波及による困難な経済情勢等同地域の安定に向けた課題は山積している。
本調査会は、三年間にわたる活動のテーマとして設定した「アジア太平洋地域の安定と日本の役割」の下、アジア太平洋地域の安定に向けた取組に対し、我が国はどのような役割を果たしていくべきかについて、安全保障、経済・経済協力の分野を中心に調査検討を行うこととした。
アジア太平洋地域では、東西冷戦の終結後、地域の平和と安定を構築するため、諸国間の安全保障対話、信頼醸成の取組が進められ、また、軍縮と軍事同盟との関係を含め新たな安全保障の在り方が模索されている。
平成七年に本調査会が発足したときには、アジア太平洋地域、とりわけ東アジア地域は「世界の成長センター」と呼ばれ、経済発展を評価され期待を集めていたが、昨年後半以降、通貨・金融危機を契機に厳しい経済情勢にある。他方、同地域の経済の基礎的条件は良好であり、引き続き高い潜在成長力を有していると認識されており、さらに、同地域の経済を安定させていくために、日本経済の活性化、金融システムの改革等が求められている。
二十一世紀が間近に迫り、相互依存関係が進む中、世界総人口の過半を占めるアジア太平洋地域の安定を確固たるものとしていくことは国際社会の重要課題である。また、我が国が同地域の一員として地域の安定と繁栄に寄与することは、我が国の平和を維持し活力を持続させる上からも緊要な課題である。我が国は、同地域との絆を一段と固くするとともに、日本ならではの寄与の道筋を示し積極的な役割を果たしていかなければならない。
本調査会はこのような問題意識の下、まず、アジア太平洋地域における安全保障の在り方、多国間による安全保障体制の構築、我が国の安全保障の在り方を軸に調査を進めた。
また、広く同地域の安定に資する観点から、経済を中心とする分野における協調・協力、人口・食糧・環境・エネルギー等の中長期的な諸課題への対処、人的・知的交流を通じた相互理解の増進等に向けた取組に対して、我が国がどのような役割を果たすべきかについて調査を行った。
さらに、同地域の経済発展に役割を果たした我が国の政府開発援助(ODA)が大きな転換期を迎えていることにかんがみ、対外経済協力に関する小委員会を設置するなど、二十一世紀に向けた我が国の経済協力の在り方について、国民参加型援助の推進、ODAに対する国会の関与強化等の視点から調査を重ねた。
調査は参考人を招いての意見聴取・質疑等を踏まえ、委員の意見表明、自由討議を中心に行った。これを委員の発言を軸にまとめると、「アジア太平洋地域の安全保障と我が国の対応」「アジア太平洋地域の安定と繁栄のための方途と我が国の対応」及び「二十一世紀に向けた我が国の経済協力の在り方」に集成することができる。
本調査会としては、本報告において、広範な角度から論議が行われたことを示すとともに、意見の集約を図り三十項目の提言を掲げて、関係各方面の検討に供することとした。
本調査会では、アジア太平洋地域の安全保障情勢に対する認識を踏まえ、同地域における安全保障の在り方、我が国の安全保障の在り方等について論議がなされた。
アジア太平洋地域では、東西冷戦の終結後も、域内諸国の軍事力の拡充・近代化、領有権問題等の不透明・不確実な要素が存在する一方、日本、米国、中国、ロシアの間で対話を通じて安定した相互関係に向けた努力がなされ、また、朝鮮半島に関する四者会合の開催、東南アジア諸国連合(ASEAN)の拡大等の動きが見られ、さらに、ASEAN地域フォーラム(ARF)等の場で信頼醸成の取組が進められている。
アジア太平洋地域全般の安全保障情勢と我が国の対応については、委員から、アジア太平洋地域は東西冷戦体制清算の過渡的段階にあり、不安定・不透明な要素が存在しているが、対話、協調の流れが生まれ、日米中ロの交流、動向が中心的問題となりつつあるとの意見、ロシアも視野に入れ、まず日米中トライアングルの関係を構築すべきであるとの意見、アジア地域の持続的発展、相互協力についての大戦略を日米中ロによる多国間フォーラムでつくり、将来は拡大した諸国間で実行していくことが重要であるとの意見が述べられた。
さらに、アジア太平洋地域の安定について、日本は受け身でなく、国家としての総合政策、理念を明確に持ち、自主的、能動的な姿勢で取り組むべきであるとの意見、日本は自主性がなくどこにでも追随しているが、これを直さない限りアジアの安定に役割を果たそうとしても難しいとの意見、日本は自主性を確立し、憲法の平和原則、被爆国としての立場を貫くことがアジアの安全保障のために重要であるとの意見が表明されたほか、日本国民の意識に自主外交への明確な指針が見られない現状の下では、日本はアジアに関わる安全保障でみだりにイニシアチブをとるべきではないとの意見も示された。
中国は、外交面では、経済建設に必要な安定的な国際環境を求める全方位外交を展開し、また、軍備の近代化を継続している。委員からは、中国は当面全方位的協調外交を展開しようが、中長期的には、軍事力近代化を始め総合国力を高め、大国として意図する国際秩序を目指すと見られる、中国の動向はアジア太平洋地域の安全保障の最大の問題であるとの意見、中国が国際社会に関与する方向がアジアの安定に寄与する方向に向かうよう我が国として多方面の協力が必要であるとの意見、未来志向で日中の交流、協力関係を推進し、中国の安定的発展、台湾問題の平和的解決を求め、政治改革、民主化、人権問題等にも関心を持って対処するとともに、防衛交流を進め中国の軍備の透明性を図るべきであるとの意見が述べられた。
朝鮮半島では、軍事的緊張が続く一方、韓国、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)、米国、中国による四者会合が開催され、また南北対話が再開されたが、進展は見られていない。北朝鮮では、金正日労働党総書記が選出されたが、食糧難等の深刻化、政府高官の亡命等不透明な状況が続いている。委員からは、朝鮮半島では、四者会合、南北対話の不調に見られるように進展は乏しい、北朝鮮の意図は憶測が難しく、体制の行き詰まりや崩壊も視野に入りつつあるのではないかとの意見、北朝鮮の動向を注視し不測の事態に備える体制を整備すべきであるとの意見、北朝鮮の冒険主義を抑制するため節度ある人道援助が必要であるとの意見、北朝鮮が国際社会に対し柔軟姿勢への転換を示すことが重要であり、四者会合に日ロも参加する六者協議を検討すべきではないかとの意見、韓国とは未来志向を目指す健全な両国関係の樹立に努めるべきであるとの意見が表明された。
極東ロシア軍は核戦力を含む大規模な戦力を蓄積しているが、量的には削減傾向にある。ロシアは中国との「戦略的パートナーシップ」を唱える一方、日米関係についても評価している。委員からは、ロシアはアジアに深く関与しており、相互の安定的発展を求めていくため無視するわけにはいかないとの意見、ロシアは外貨獲得のため、軍事技術や武器を輸出しており、看過できない国として見守っていくべきであるとの意見が示された。
東南アジア諸国では、経済力の増大を背景に軍備の近代化が進んでいる。他方、ASEANの拡大や東南アジア平和・中立・自由構想の実現を目指す動きが見られ、ARFにおいて信頼醸成の取組が進められている。委員からは、軍事力を世界で一番強化している地域であることから、一抹の懸念が残るとの意見が述べられた。
米国は、日米安全保障共同宣言の発表、「国防計画の見直し」における十万人程度の前方展開戦力の維持確認等アジア太平洋地域への関与を明確にしている。これについて、委員からは、アジアの現況を見ると、米軍のプレゼンスは必要であるとの意見、前方展開の維持、日米安保体制等の二国間同盟の重視、関与政策による中国の国際社会への参加の促進等米国の戦略に基本的に賛成であるとの意見が述べられ、米国の関与に対する肯定的な捉え方が多かった。一方、米軍の存在と日米安保体制の強化が同地域の最大の脅威であるとの意見も表明された。
平成七年十一月の「平成八年度以降に係る防衛計画の大綱」の閣議決定、平成八年四月の「日米安全保障共同宣言」の発表、平成九年九月の新たな「日米防衛協力のための指針」の策定等の動きを背景に、日米安保体制の在り方、集団的自衛権の問題を含め、我が国の安全保障の在り方について論議がなされた。
安全保障政策に対する基本的な考え方については、委員から、安全保障を考える場合、狭義の軍事面に限らず食糧、資源問題等も考える総合的安全保障、市民の視点から災害等も含む脅威への対応を考える人間の安全保障、安全保障を共通のものとし信頼醸成等を重視する協調的安全保障が重要であるとの意見、国際紛争を力により封じ込めようとしても限界があり、紛争の背景にある資源問題、貧困等の根本原因を取り除くことが大切であるとの意見、総合的安全保障は重要であるが、同時に、軍事力を無視することはできないとの意見、予防外交をスタートとし、紛争発生の場合における和平への取組、終結後の平和維持活動、復旧・復興への支援を一連の流れとする平和プロセスへの貢献とも言うべき包括的な外交戦略の構築に努めるべきであるとの意見が述べられた。
我が国の安全保障の在り方について、委員からは、我が国は自ら力の空白となることなく不安定要因とならないとともに、日米安保体制を堅持し我が国独自の外交・防衛努力により安全を確保すべきであるとの意見、日本は日米安保体制の一方の極として、米国、中国、ロシアと協調し地域の平和と安定の推進役となるべきであるとの意見、日本は目に見える軍縮を進め、アジア諸国から見て分かり易い専守防衛の姿を示すことが必要であるとの意見等我が国自らの外交・防衛努力、日米安保体制の堅持を基本とする考え方が多く述べられた。一方、憲法の平和原則にのっとり非核非同盟の日本として努力すべきであるとの意見も示された。
国連平和維持活動(PKO)への対応については、委員から、日本はPKOに積極的に参加すべきであり、国際平和協力法で凍結されている国連平和維持隊の本体業務について自衛隊の実績を踏まえ、早期に解除すべきであるとの意見、日本はPKOはもとより、国連決議に基づく平和に対する活動に対しても積極的に参加すべきであるとの意見が示された。他方、PKOは軍事力の威嚇機能に依拠することから、日本はPKOには参加せず、全く非軍事的な貢献を行うことが最もよいとの意見も述べられた。
日米安保体制について、委員からは、日米安保体制は様々な不安定要因が存在するアジア太平洋地域の安全保障の枠組みの根幹をなすものであるとの意見、日本の平和と繁栄が維持できたのは日米安保体制があったからであり、経済摩擦の中でも、日米の友好信頼関係の基盤をなし、専守防衛という日本の防衛の在り方を可能にしているとの意見、日米安保体制はアジアの平和、安定のため力強く機能してきたし、今後もそのような力を発揮させる必要があるとの意見、日米安保体制は狭義の軍事同盟的性格は持ちつつも、自由民主主義体制を広げていく一つのシンボリックな存在として位置付けられる、我が国は日米安保体制を中核とし、その下で積極的な対話の推進を図っていくべきであるとの意見等日米安保体制を是認する考え方が多く示された。他方、日米安保条約の廃棄、米軍基地の撤去がアジア太平洋地域の安全保障のため不可欠の課題であるとの意見も述べられた。
日米防衛協力のための指針の改定等を背景とする周辺事態への対応については、委員から、周辺事態への対応は日米安保体制の一歩踏み込んだ姿である、日本の平和と安全に重要な影響をもたらすような事態である周辺事態への対応や法制化は国際的な責任、自主的に選ぶ道として踏み出すべきであるとの意見、日本は周辺事態の生起について、総合政策としてこれを防止し抑止する役割があることを認識する必要があるとの意見が表明された。一方、新たな日米防衛協力のための指針は、憲法前文、第九条を蹂躙する自動参戦装置の仕組みであるとの意見も示された。
日米安全保障共同宣言の発表、日米防衛協力のための指針の改定等を背景に集団的自衛権について論議された。
委員からは、集団的自衛権は自然権であり、国家が当然有するものとの認識に立ち、その行使を認めるべきであるとの意見、集団的自衛権の行使に踏み切ることは日米安保体制、アジアの安定から考えると最終的に必要なことではないか、憲法も見直しを始める時期に来ているとの意見が述べられた。他方、国連憲章第五十一条に基づく集団的自衛権は軍事同盟を前提とし、戦争と武力行使を否定した憲法と相容れないとの意見が表明された。
また、集団的自衛権の行使を認めると、日本が国益を自主的に決定できないまま、米国の軍事行動に巻き込まれる危険があるとの意見が示されたのに対し、集団的自衛権の行使を認めた場合でも、日本は国益に基づいて行動するのであり、日本が米国の戦争にすべて加わるような安易なものではないとの意見が述べられた。
集団的自衛権と憲法との関わりについては、委員から、現憲法にも集団的自衛権を行使してはならないとは全く書かれていない、政府解釈を変えることを明確にすればよいとの意見、国家固有の権利である集団的自衛権が憲法第九条により行使できない現実を打破するため憲法を改正することが日本の国益にかなうとの意見が表明された。一方、日米安保体制を更に危険なものにする集団的自衛権や憲法改正には反対であるとの意見も示された。
アジア太平洋地域では、ARF等において地域の諸国間で安全保障対話、信頼醸成の取組が進められている。
このような多国間の安全保障への取組について、委員からは、アジアで地域的な集団安全保障が構築されることが理想であるとの意見、ARFを多国間の信頼関係構築の場として積極的に盛り立てるべきであるとの意見、ARF等の場で信頼醸成、予防外交に努めるべきであり、東アジア諸国が国防政策をオープンにしながら「東アジア戦略概観」のようなものを共同して作成する努力を払うべきであるとの意見が示された。一方、将来は集団安全保障体制をつくることが可能であろうが、当面は日米等の二国間条約を中心に、それを多国間の協議システムにより補完していくことがよいとの意見、ARFはあくまで協議の場であり、二国間同盟に代替することはできないとの意見が述べられた。他方、米国はARFを利用した多国間安保協議が二国間の同盟関係を補完するものと位置付けているとの意見も示された。また、日米同盟を軸に緩やかな集団安全保障へ発展していくべきであるとの意見に対し、国連の理想とする集団安全保障は軍事同盟と対立するとの視点から異論も示された。
以上本調査会におけるアジア太平洋地域の安全保障と我が国の対応をめぐっての論議は広範多岐にわたったが、本調査会は次の提言を行うものである。
本調査会では、アジア太平洋地域の経済情勢に対する認識を踏まえ、経済を中心とする分野における地域協力や、同地域の安定と繁栄に向けた人口・食糧・環境・エネルギー等の諸課題への対処、人的・知的交流を通じた相互理解の増進等の取組に対し、我が国の対応はいかにあるべきかについて論議がなされた。
アジア太平洋地域は近年、日本、米国等から新興工業国・地域を経て、ASEAN諸国、中国等に雁行型に経済発展が波及し、地域全体として高い経済成長を遂げ、貿易・投資を通じて相互依存関係が深まる一方、地域経済圏の形成も進んでいる。他方、昨年後半発生した通貨・金融危機の波及により、アジア経済は困難な状況に陥り、関係国、国際機関の協調により金融支援等が実施され、また、経済構造改革等の取組がなされている。アジア経済は外部依存度が高く、実需の六○倍もの資金流動に揺さぶられ、金融システムの安定化が急務とされている。一方、アジア経済の基調は変わっておらず、金融システムの改革に成功し市場経済が機能すれば成長は元に戻るであろうと見られている。日本経済の動向がアジアの貿易動向を変え、アジア諸国の貿易収支悪化を招いたとの見方もあり、日本経済の回復、構造改革、アジア諸国からの輸入拡大が求められている。
アジア経済全般については、委員から、脱工業化時代のソフト分野中心の経済開発がアジアの経済発展に結び付いたとの意見、アジア経済が順調に発展していくためには、人口・食糧・環境・エネルギー等の中長期的課題に適切に対応する必要がある、また、国際分業化の促進が大きなポイントになろうとの意見が述べられた。
昨年来のアジア経済の困難な状況について、委員からは、東アジアの経済危機は、ドル・ペッグ制のマイナス面が顕在化したものであるとの意見、多国間、二国間の協調・協力の取組、経済構造改革等により、アジア経済が安定軌道に回復することが地域の安定にとり重要であるとの意見、米国の意向を反映した国際通貨基金の処方箋は、内需不振、実体経済の回復困難等の厳しい現実をもたらしているとの意見、アジア地域の通貨危機は世界経済の重大な構造変化であり、無秩序な国際投機に対し共同の規制を行う必要があるとの意見が示された。
アジア太平洋地域では、貿易・投資、経済・技術協力等の各般の分野で、アジア太平洋経済協力(APEC)等の場において域内諸国・地域による地域協力の取組が進められている。
APECを始めとする地域協力の取組について、委員からは、我が国はAPECを十分活用して、アジア太平洋地域の経済発展を促進し、貿易の拡大に貢献していくべきであるとの意見、アジア太平洋地域の経済成長を制約する問題解決のためにAPECの活用が図られるべきであり、我が国はAPECの安定的発展のため、インフラ整備、技術者・企業家養成等官民の枠を超えた協力体制を構築すべきであるとの意見が述べられた。他方、APECは設立当時の緩やかな協議体から貿易・投資の自由化を目指す機構となっている、日本はアジア太平洋諸国の自主的な発展、日本経済と国民を第一とする自主性を確立すべきであるとの意見も示された。
アジア太平洋地域が安定的な経済発展を持続していくためには、人口・食糧・環境・エネルギー等の諸課題、さらに、富の格差、貧困、地域間格差、都市化等の諸問題に適切に対処していく必要がある。これらの諸問題についてはAPEC等の場で地域協力の取組が進められるとともに、我が国も積極的な対応を求められている。
我が国の対応姿勢については、委員から、我が国はアジア太平洋地域の発展により自らの経済発展が保障されることを念頭にリーダーを務めるべきであるとの意見、我が国は経済協力を含めたソフトパワーでの協力、教育、文化を始め非軍事的、人道的分野で大きな役割を果たし得るとの意見、日本は科学技術、環境分野、社会的仕組み、問題対応能力についての発信に努めるべきであるとの意見、我が国はアジア経済の自主的な発展に対し貢献するという視点が重要になっているとの意見が表明された。
最近のアジア経済の困難な状況に対する我が国の対応について、委員からは、日本は内需主導型の景気回復を図り輸入促進に努め、東アジアの外貨獲得に貢献すべきであるとの意見、過度の短期資金の流動を監視する等金融システムの整備を図るべきであるとの意見が述べられた。また、減税、中小企業への支援等の本格的な政策転換を図り、アジア地域からの輸入拡大の要望に応えるべきであるとの意見も示された。
貿易・投資を始めとする分野における我が国の役割について、委員からは、経済開発に最も効果がある直接投資の促進、カントリーリスクに対処する上から多数国間投資保証機関への支援を強化すべきであるとの意見、我が国は物づくりの基盤強化、大企業と中小企業の関係見直し等産業構造の見直しの中で、アジアとの分業体制を考えるべきであるとの意見、我が国は環日本海経済圏等地域経済圏の進展を推進すべきであるとの意見が表明されたほか、多国籍企業による野放図な経済活動に対する民主的規制を検討すべきであるとの意見も示された。
人口・食糧・環境・エネルギー等の諸課題に対する取組については、委員から、環境破壊、貧富の格差の拡大、エネルギー資源の調達等日本は経済成長の制約課題を解決するためリーダーシップをとるべきであるとの意見、天然ガスパイプラインの敷設、国際河川の総合開発等経済社会基盤の整備を図る多国間プロジェクトを進めることは、関係国の相互信頼感を高め、安全保障の増進にも寄与するとの意見が述べられた。
ソフト面における我が国の役割について、委員からは、アジア太平洋地域の安定と繁栄に向けて、諸国民の相互理解の増進が重要であることから、留学生交流を始め知的・人的交流を一層推進すべきであるとの意見、日本で教育を受けた人々がアジアの指導層になることが重要であり、教育投資との視点から、日本の大学の国際化を一層進め、アジアの将来の指導者研鑽の場を築く努力が必要であるとの意見が表明された。
以上本調査会においては、アジア太平洋地域の安定と繁栄のための方途と我が国の対応について様々な視点から論議が行われたが、本調査会は次の提言を行うものである。
本調査会では、長期的視野に立ち対外経済協力の在り方等について調査検討するため、対外経済協力に関する小委員会を設置するなど、二十一世紀に向けた我が国の経済協力の在り方について調査を行った。これは、ODAを中心とする我が国の経済協力がアジア太平洋地域の経済発展に寄与してきたが、世界的な「援助疲れ」の傾向、経済協力開発機構開発援助委員会における「新開発戦略」の策定や、国内では、財政構造改革の推進に関する特別措置法の成立に伴うODA予算の削減、外務大臣の諮問に係る「二十一世紀に向けてのODA改革懇談会」の報告を始めとするODA改革の動き等現在ODAが大きな転換期にあることから調査を行ったものである。
なぜ援助を行うのかというODAの理念については、委員から、被援助国国民の立場に立ち、人道的立場を重視する援助が重要であるとの意見が示される一方、人道主義は必要であるが、同時に、ODAは外交政策の重要な柱の一つであり、日本の国益、世界の安定に結び付ける援助も大切であるとの意見が述べられた。また、国民のODAへの理解を深め、地球規模問題の解決に寄与する観点から、援助は豊かな国が人類共通の問題に対処するある種の義務的なものであるとの考えを政府開発援助大綱の基本理念に加味すべきであるとの意見が表明された。他方、米国の世界戦略に追随するような援助等を是正し、開発途上国の人間中心の開発、発展の権利、その自助努力への支援を自主的に行うという方向に理念をうたう必要があるとの意見も示された。意見交換を通じて、ODA大綱の運用の透明性の向上を図ること、大綱の見直しを検討することについて共通の認識が形成された。
ODAの在り方については、ODAの量の確保と質の向上、援助案件の形成過程、援助実施体制を始め、国民参加型援助の推進、NGOとの連携の強化、国際協力に携わる人材の育成等広範な角度から論議がなされた。
ODAの量の確保と質の向上については、委員から、ODAは地球市民としての義務かつ責任であることから、先進国として応能負担を行うとの視点について国民の理解を得た上で増大させていくべきであるとの意見、ODA予算の効率的配分と被援助国の安定的な経済発展を阻害している既得権益構造を改革していくべきではないかとの意見が示された。他方、日本の援助は米国の戦略援助に追随するようなもの等がかなり含まれており、人道的援助を中心に抜本的に改革すれば、巨額の予算は要らないのではないかとの意見も述べられた。また、ODAの質的向上を図るとともに、技術協力、政策支援や開発途上国の人材育成が大切であるとの意見が表明された。
援助案件の形成過程については、委員から、案件発掘に関しては相手国政府、現地の国際機関、NGO等と綿密に協議する体制をつくるべきであるとの意見、プロジェクトの要請内容をつくる技術協力をオープンに行うことにより、援助要請の過程で腐敗の土壌を生まないようにしていくべきであるとの意見が述べられた。
円借款に関する四省庁体制、技術協力に関する多数省庁の関与という現行の援助実施体制については、委員の意見交換を通じて、縦割り行政の弊害をなくし、政治がリーダーシップを持って実施体制の一元化の方向に努力すべきであるとの認識で一致した。一元化の具体化については、委員から、組織を一元化するかどうかはともかくコントロールタワーとなる組織をつくる必要があるとの意見が述べられた。さらに、援助体制の一元化は外交の一元化と密接に関連し、外交との関係を考えると、外務省の下にあるのが自然であるとの意見に対し、各省庁を束ねて一元化し、効果的な体制をつくっていくには総理府の下に置く形もあり得るとの意見が示された。
意見交換を通じて、二十一世紀に向けたODAの在り方を示すため、国民参加型援助の推進を強化すべきこと、援助実施体制について一元化の方向で見直しに向けて検討に着手すべきこと等について意見の一致をみた。
貴重な税金等を原資とし、国際貢献の重要な柱の一つとなっているODAについて、国会の外交・財政に対する監督機能を発揮するとの視点やODAの透明性の向上を図り、国民の理解・支持・参加を得たものとしていくなどの観点から、国会とODAとの関わりについて論議が展開された。
国会の関与の強化については、委員から、国会自らが予算、決算審査の充実を図るほか、「ODA委員会」といった常設の審議の場をつくるべきであるとの意見、ODA担当の常設の委員会としては、外交・防衛委員会、決算委員会の中に、小委員会をつくるような形が望ましいとの意見、政府に対し各省庁にまたがるODA予算の全体像が分かるような資料の国会提出、国会に対するODAの実施状況の報告を充実するよう求めるべきであるとの意見が述べられた。意見交換を通じて、今後、恒常的にODAに対する国会の関与を強め、政治のリーダーシップを発揮すべきであるとの方向で共通の認識が形成され、国会審議の更なる充実、ODA大綱の運用改善など現行のシステムを拡充強化していくことについて認識の一致をみた。
国会とODAとの関わりを一層明確化していくため、ODA基本法の制定に進むべきかをめぐって論議がなされた。基本法の立法化について、国会で具体的に踏み込んだ論議をすべき時期に至っているとの共通の認識が形成された上で、委員からは、国会として基本法に基づいて国民にODAの役割を理解してもらう必要がある、外交の機動性、柔軟性を縛るような基本法ではなく、理念法としてODAに対する日本の姿を世界に見せる意義のある基本法の作業を進めるべきであるとの意見、国会の関与を強め、実施体制の一元化を行うためにも基本法の制定が必要であるとの意見、現在基本法をつくるとすれば、基本理念、国会に対する報告等にとどめた「基本法の基本法」「簡潔な基本法」とし、理念、基本原則を明確にするとともに、政府から年次報告の国会提出を求めてODAの透明性を高めることが大切であるとの意見等の基本法の立法化に向けた積極的かつ具体的な意見が述べられた。他方、基本法の必要性については十分理解し得るが、現行システムの拡充強化による国会の関与の強化の方がODA政策全体から見てベターであるとの意見も表明された。
意見交換を通じて、国会とODAとの関わりを更に明確化していくため、国際開発協力の本旨、国際開発協力の基本原則、国会に対する報告等から成るODA基本法案の骨子を立法化に向けての論議のたたき台として提起することを提言することについて共通の認識が形成された。
以上本調査会においては、二十一世紀に向けた経済協力の在り方について広範な角度から論議が行われたが、本調査会は次の提言を行うものである。
本調査会は、我が国がその一員として緊密な関係を築いてきたアジア太平洋地域の安定と繁栄に寄与することは、我が国の平和を維持し活力を持続させる上からも緊要な課題であるとの問題意識の下、「アジア太平洋地域の安定と日本の役割」とのテーマを設定し三年間にわたる調査活動を行った。
本報告に示した提言については、関係各方面において十分な検討の上、諸施策に反映されるよう要望する。
ここに、調査を終えるに当たり、アジア太平洋地域における平和と安定に向けて、安全保障対話、信頼醸成の取組が一層促進されるべきこと、アジア太平洋地域の安定的な経済発展を持続していくために、協調・協力の仕組みが強固となるよう努力されるべきこと、国民参加型援助の推進、NGOとの連携の強化、援助実施体制の一元化等二十一世紀に向けた経済協力の在り方について検討が深められ具体化されるべきこと、国会のODAに対する関与が恒常的に拡充強化されるべきこと、本調査会が提起したODA基本法案の骨子を論議のたたき台としてODA基本法の立法化が図られるべきことを記して本報告の結びとする。
第百三十三回国会 | |
平成七年八月四日 | (国際問題に関する調査会を参議院本会議において設置) 調査会長互選及び理事選任 |
第百三十四回国会 | |
平成七年十月十九日 | 今期調査会のテーマを「アジア太平洋地域の安定と日本の役割」に決定した旨の報告 |
十一月八日 | 「アジア太平洋地域を中心とする最近の国際情勢」について外務省総合外交政策局長川島裕君から、「アジア太平洋地域を中心とする最近の国際軍事情勢」について防衛庁参事官小池寛治君から、説明聴取、質疑 |
十二月六日 | 「APEC大阪会議とアジア太平洋地域の安定」について、外務省経済局長原口幸市君から説明聴取、参考人青山学院大学教授渡辺昭夫君及び東京工業大学教授渡辺利夫君から意見聴取、質疑 |
第百三十六回国会 | |
平成八年二月七日 | 「アジア太平洋地域の安定と我が国の防衛の在り方」について防衛庁防衛局長秋山昌廣君から説明聴取、質疑 「アジア太平洋地域における安全保障の在り方」について、参考人帝京大学教授志方俊之君、明治学院大学教授浅井基文君及び京都大学教授中西輝政君から意見聴取、質疑 |
二月十四日 | 「北東アジア地域における安全保障の在り方」について、参考人東京国際大学教授前田哲男君、防衛研究所第二研究部第三研究室長茅原郁生君及び防衛研究所第二研究部第一研究室長武貞秀士君から意見聴取、質疑 |
二月十九日 ~二十一日 |
自衛隊の現状、経済協力及び国際研究交流等に関する実情調査のため、愛知県及び石川県に委員派遣 |
二月二十八日 | 「アジア太平洋地域における安全保障の在り方」について委員間の自由討議 |
四月十五日 | 東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟七カ国駐日大使とASEAN地域の安全保障及び経済問題等について懇談 |
五月十五日 | 派遣委員の報告を聴取 「東アジア地域における安全保障の在り方」について、参考人元駐タイ大使岡崎久彦君、青山学院大学教授阪中友久君及び一橋大学教授山内敏弘君から意見聴取、質疑 |
五月二十二日 | 「アジア太平洋地域における安全保障の在り方」について、[1]アジア太平洋地域の情勢認識、[2]アジア太平洋地域の平和と安定のための方途、[3]我が国の安全保障の在り方の項目ごとに委員間の自由討議 |
六月十二日 | 議長に対し国際問題に関する調査報告書(中間報告)の提出を決定 |
第百三十六回国会閉会後 | |
平成八年八月二十二日 ~九月四日 |
アジアにおける安全保障及び経済協力等に係る諸問題の調査並びに各国の政治経済事情等の視察のため、調査会長及び理事を中心として、ベトナム、タイ、マレーシア、インドネシア及びフィリピンへ議員派遣 |
第百三十九回国会 | |
平成八年十二月九日 | アジアにおける安全保障及び経済協力等について海外派遣議員から概要報告聴取、報告に基づき委員間の自由討議 |
十二月十六日 | 「APECマニラ会議とアジア太平洋地域の経済情勢」について外務省経済局長野上義二君から報告聴取、質疑 |
第百四十回国会 | |
平成九年二月五日 | 「アジア太平洋地域における安全保障の在り方」について、参考人神戸大学教授五百旗頭真君、法政大学教授鷲見友好君及び東京大学助教授田中明彦君から意見聴取、質疑 |
二月十二日 | 「アジア太平洋における経済と経済協力の在り方」について、参考人日本経済新聞アジア部長長谷川潔君、成蹊大学教授廣野良吉君及び慶應義塾大学教授竹中平蔵君から意見聴取、質疑 |
二月十七日 ~十九日 |
安全保障、経済協力等に関する実情調査のため、沖縄県へ委員派遣 |
二月二十四日 | 「アジア太平洋地域における安全保障の在り方」及び「アジア太平洋地域における経済と経済協力の在り方」について委員間の自由討議 |
三月三日 | 「アジア太平洋地域の安定と日本への期待」について、参考人タマサート大学準教授プラサート・チチャイワタナポン君及び中京大学教授リム・ホァシン君から意見聴取、質疑 |
四月七日 | 沖縄県への派遣委員から報告聴取、報告に基づき委員間の自由討議 |
四月二十一日 | 「東アジアの安全保障と米軍のプレゼンス」について、外務省総合外交政策局長川島裕君から説明聴取、参考人野村総合研究所主任研究員森本敏君及び軍事評論家田岡俊次君から意見聴取、質疑 |
五月七日 | 「我が国の今後の経済協力」について、外務省経済協力局長畠中篤君から説明聴取、参考人早稲田大学教授西川潤君及び経済団体連合会常務理事藤原勝博君から意見聴取、質疑 |
五月十九日 | 「我が国の今後の経済協力」について委員間の自由討議 |
五月二十一日 | 「アジア太平洋地域における安全保障」について委員間の自由討議 |
六月十一日 | 議長に対し国際問題に関する調査報告書(中間報告)の提出を決定 |
第百四十回国会閉会後 | |
平成九年七月十四日 ~十六日 |
安全保障等に関する実情調査のため、第一班広島県及び山口県、第二班北海道へ委員派遣 |
第百四十一回国会 | |
平成九年十月二十二日 | 対外経済協力に関する小委員会の設置を決定 派遣委員から報告聴取 |
十月二十九日 | 「朝鮮半島情勢とアジア太平洋地域の安定」について、参考人慶應義塾大学教授小此木政夫君及び毎日新聞論説委員重村智計君から意見聴取、質疑 |
十一月五日 | 「中国情勢とアジア太平洋地域の安定」について、参考人政策研究大学院大学教授高木誠一郎君及び慶應義塾大学教授小島朋之君から意見聴取、質疑 |
十二月十二日 | 対外経済協力に関する小委員長板垣正君から小委員会中間報告を聴取 |
第百四十二回国会 | |
平成十年一月二十九日 | 対外経済協力に関する小委員会の設置を決定 |
二月四日 | 「アジア太平洋地域の安定と日本の役割」について、参考人大和総研特別顧問宮?勇君及び三井物産総合情報室長寺島実郎君から意見聴取、質疑 |
二月二十五日 | 「アジア太平洋地域の安定と日本の役割」について、参考人専修大学教授岡部達味君及び日本経済新聞論説主幹小島明君から意見聴取、質疑 |
三月十一日 | 「アジア太平洋地域の安定と日本の役割」について委員間で自由討議 |
四月十五日 | 対外経済協力に関する小委員長板垣正君から小委員会最終報告を聴取、報告に基づき委員間で自由討議 |
四月二十日 | 「アジア太平洋地域の安定と日本の役割」について委員間で自由討議 |
六月三日 | 議長に対し国際問題に関する調査報告書の提出を決定 |
第百四十一回国会 | |
平成九年十月二十七日 | 「ODAの理念」について小委員間で自由討議 |
十月三十一日 | 「ODAの実施体制、政策決定過程等のODAの在り方」について小委員間で自由討議 |
十一月十日 | 「ODAの検証と改革の方向」について、外務省経済協力局長大島賢三君から説明聴取、参考人東京大学社会科学研究所助教授中川淳司君から意見聴取、質疑 |
十一月十七日 | 「実施現場から見たODAの状況」について、参考人国際協力事業団国際協力専門員杉山隆彦君及び前海外経済協力基金理事山本海徳君から意見聴取、質疑 |
十一月二十一日 | 「国会とODAとの関わり」について小委員間で自由討議 |
十二月一日 | 「国会とODAとの関わり」について、外務省経済協力局長大島賢三君から説明聴取、参考人上智大学教授村井吉敬君から意見聴取、質疑 |
十二月五日 | 「臨時国会における中間取りまとめ」について小委員間で自由討議、調査会長に対し調査報告書(中間報告)の提出を決定 |
第百四十二回国会 | |
平成十年二月二十七日 | 「二十一世紀に向けたODAの在り方」について、外務省経済協力局長大島賢三君から説明聴取、参考人読売新聞解説部次長杉下恒夫君から意見聴取、質疑 |
三月九日 | 「二十一世紀に向けたODAの在り方」について小委員間で自由討議 |
三月十六日 | 「二十一世紀に向けたODAの在り方」について小委員間で自由討議 |
四月八日 | 「最終報告に向けた取りまとめ」について小委員間で自由討議、調査会長に対し調査報告書(最終報告)の提出を決定 |