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国際関係

重要事項調査

重要事項調査議員団(第三班)報告書

       団長 参議院議員   泉  信也
           同         市川 一朗
           同         佐藤 雄平
           同         富岡由紀夫
           同         長谷川憲正
       同行 経済産業委員会次席調査員   神田  茂
           法制局第一部第一課     小野寺 理

 本議員団は、シンガポール共和国、マレーシア及びオーストラリアにおける経済連携及びエネルギー問題に関する実情調査並びに各国の政治経済事情等視察のため、平成十八年八月二十七日から九月二日までの七日間、当該三か国を訪問した。
 経済連携については、(ア)三か国の自由貿易協定(FTA)・経済連携協定(EPA)政策と締結に向けた取組、(イ)日本・シンガポール協定や日本・マレーシア協定の運用と今後の展望、(ウ)日本・オーストラリア経済関係強化に向けた共同研究と今後の課題、(エ)東アジア地域全体をカバーするFTA・EPA構想について調査を行った。また、シンガポールとオーストラリアにおいては、経済連携や経済統合の推進とともに論議が活発化している「東アジア共同体」についても、東アジアサミット、ASEAN+三、APECなどを踏まえ、その性格や構築への課題を調査する機会を得た。
 エネルギー問題については、シンガポールとマレーシアにおいて、我が国を始めとする東アジアの原油輸入の生命線であるマラッカ海峡の現状と海賊対策について、オーストラリアにおいて、日豪資源貿易の現状や今後の課題について、それぞれ調査を行う機会を得た。
 本議員団は出発に先立ち、関係省庁から調査事項に関する概況説明の聴取等を行った。訪問国においては、現地の日本大使館、総領事館、JETRO関係者等から政治経済事情の説明聴取等を行うとともに、担当閣僚や高官など政府関係者と会見し、意見交換を行った。
 このほか、シンガポールでは、港湾入港の手続やふ頭の運営に当たるPSA社を訪問し、コンテナ・ターミナル施設を視察した。マレーシアでは、マラッカ海峡の海上交通管制センター(VTS)を視察したほか、現地に進出した日系企業を訪問し、関係者との懇談や工場の視察を行った。オーストラリアでは、同国からの資源調達や資源を活用した事業を展開する日系企業等の関係者と懇談する機会を得た。
 訪問の日程及び主な面談相手や視察先関係者は次のとおりである。

 八月二十七日 東京発 シンガポール着(二泊)
 八月二十九日 シンガポール発 クアラルンプール着(一泊)
 八月三十日  クアラルンプール発(機中泊)
 八月三十一日 キャンベラ着(一泊)
 九月一日   シドニー着(一泊)
 九月二日   シドニー発 東京着

 シンガポール
  チョイ・シン・クォック運輸次官
  テイ・リムヘン海事港湾庁長官
  レイモンド・リム運輸大臣兼第二外務大臣
  リー・イーシャン貿易産業担当国務大臣
  バラジ・サダジバン外務担当上級国務大臣
  平井 澄仁日本貿易振興機構シンガポールセンター所長
 マレーシア
  アジズ・ビン・ユナン海上法令執行庁副長官
  タン・イー・キュー国際貿易産業省政務次官
  アハマッド・ノルディン・ビン・イブラヒム海事局航行安全部首席局長補
  田中 恒雄日本貿易振興機構クアラルンプール・センター所長
  石井 義美UMW TOYOTA MOTOR SDN.BHD.副会長
  瀬木 貞夫KYB-UMW Steering Malaysia SdnBhd社長
 オーストラリア(キャンベラ)
  ピーター・バクスター外務貿易省北アジア局第一次官補
  ボブ・ボールドウィン産業・観光・資源省政務次官
 オーストラリア(シドニー)
  小林 啓晃新日鐵オーストラリア社長
  金丸 義雄オーストラリア三菱商事シドニー支店長
  鈴木 英武国際協力銀行シドニー首席駐在員
  永井 正博石油天然ガス・金属鉱物資源機構シドニー事務所所長

 以下、調査の概要を報告する。


一、経済連携

(一)FTAとEPA
 自由貿易協定(FTA)とは二つ以上の国・地域間で締結される貿易上の取決めであり、加盟国域内での関税や非関税障壁の撤廃等を通じて、貿易の拡大、域内経済の活性化等を目指すもので、最恵国待遇による多国間の自由貿易を担保するWTOの例外として認められている。また、経済連携協定(EPA)とは、自由貿易協定の内容を基礎として、投資、人の移動の促進、政府調達、競争政策、知的財産権等におけるルールづくり、さらには諸分野での協力等を通じ各種経済制度の調和を図るなど、より幅広い対象分野について経済関係の強化を図ることを目的とした協定をいう。
 日本はシンガポール、メキシコ、マレーシアとのEPAが既に発効しているほか、本年九月にはフィリピンとのEPA署名に至り、タイやチリとは大筋で合意している。ASEAN全体との間では、個々の二国間協定を覆い累積原産地等を規定する協定の交渉を二○○五年四月に開始している。また、オーストラリアとの間では二○○五年十一月から、FTA・EPAの実現可能性やメリット・デメリットを含めた経済関係強化の在り方に関する政府間共同研究を行っている。
 東アジアではASEAN十か国に日中韓三国を加えた十三か国の枠組み(ASEAN+三)による東アジアFTA(EAFTA)について、二○○五年から専門家による研究が進められている。また、我が国の経済産業省は、これら十三か国にインド、オーストラリア、ニュージーランドを加えた十六か国(ASEAN+六)の「東アジアEPA構想」を提唱し、八月二十四日の十六か国経済大臣昼食会等において、学術レベルの研究会を二○○七年に発足させることが基本合意された。

(二)東アジア共同体
 東アジアでは経済分野を中心とする地域協力が進展し、域内諸国が広く参加するFTAの締結に向けた動き、さらに「東アジア共同体」を創設しようとする議論が活発化している。この背景には、(ア)域内貿易や投資の拡大による経済の相互依存の高まり、(イ)WTOの新ラウンド交渉やAPECの自主的・自発的な貿易自由化の取組の停滞、(ウ)一九九七年の通貨・金融危機を契機とする東アジア地域単位の行動の必要性の認識、(エ)台頭する中国に責任ある行動を促す必要性等が指摘されている。
 東アジアの地域協力で着実に実績を挙げているのが一九九七年に始まったASEAN+三である。既に十七分野で四十八の協議体が貿易・投資から国境を越えるテロや海賊問題に至る分野で協力を進めている。東アジアサミットはASEAN+三が掲げた中長期的目標で、二○○五年十二月にインド、オーストラリア、ニュージーランドの三か国が加わり十六か国首脳の参加により第一回会議が開かれ、「東アジア共同体」の形成に重要な役割を果たし得るものと位置付けられた。本年十二月にはフィリピンで第二回会議が開催される予定である。
 これら二つの枠組みの下、日本は「東アジア共同体」について、(ア)開かれた地域主義、(イ)機能的アプローチ、(ウ)普遍的価値の尊重やグローバルなルールの遵守という基本的な立場を表明し、地域協力に取り組んでいる。
(三)シンガポールとFTA・EPA
 シンガポールは、外国資本の導入を促進し、貿易立国として経済発展を遂げてきた。自由貿易体制確立の一環としてWTOなど多国間の貿易自由化交渉を進めるとともに、国際ビジネスのゲートウェー機能を高めるため、主要貿易相手国との二国間FTA締結を加速している。既に発効しているFTAには、ASEAN自由貿易地域(AFTA)を始め、ニュージーランド、日本、欧州自由貿易連合(EFTA)、豪州、米国、インド、ヨルダン、韓国との協定のほか、ASEAN全体として中国と結んだFTAが挙げられ、また、ブルネイ、チリ、ニュージーランドと締結した環太平洋四か国FTAも一部でその運用が開始されている。
 日本・シンガポールFTAは、我が国が初めて締結した二国間FTAであり、二○○二年十一月三十日に発効した。両国の往復貿易額の九八%(二○○○年ベース)を超える産品の関税を撤廃するほか、サービス貿易の幅広い自由化や投資のルール整備による促進を図っている。また、金融分野や人材育成等の分野で二国間の協力関係促進を目指しており、締結後、関税撤廃品目の貿易額増加、投資額の増加、電気製品分野の相互承認等の成果が生じている。なお、協定発効後の状況を踏まえ、本年六月、物品貿易、金融サービス等の分野を対象に改正交渉が開始された。 (四)シンガポール貿易産業担当国務大臣との会見
 泉団長より、協定の見直しを通じて更に良いものにしていくべきとの意向、東アジアEPA構想にシンガポールが賛同していることへの謝意が述べられ、協定見直しに対する要望事項がただされた。
 これに対し、リー大臣より、協定は二国間の利益にとどまらず、ASEAN全体を域外国とのFTA締結に向かわせる触媒のような役割を果たしているとの認識が示される一方、協定による日本との二国間貿易の伸びは、他国との貿易の伸びに比べて低いことが指摘された。また、協定の原産地規則について、一部品目の原産地規則に適用される付加価値基準の付加価値率を現行の六○%から四○%へと変更し、日本・メキシコEPAや日本・マレーシアEPAのみならず、シンガポールの締結した他のFTAと同水準にするよう求められ、協定の刷新により日本のASEANへのコミットメントが明らかになる旨が強調された。
 派遣議員から、アジアでつくられる経済共同体は開放的であるべきとの指摘がなされたのに対し、リー大臣からは、ASEANは現在ASEAN+一のFTA締結を優先しており、域外国との統合は域内の統合を促進するので、ASEAN+三やASEAN+六のいずれの枠組みにも賛成するが、進ちょくの早いものから実現すべきことが強調された。このほか、シンガポール国内の金融市場と金融サービスの外資への開放について意見交換が行われた。
(五)シンガポール外務担当上級国務大臣との会見
 泉団長より、日本・シンガポール協定がその見直しにより効力を一層増すことへの期待が述べられ、日本の提案するASEAN+六EPAに対する考え方がただされた。サダジバン大臣より、東アジアではASEAN+三やそれより規模の大きな枠組みが存在するが、戦略的観点からはより包括的な枠組みが望ましく、東アジアサミットにインド、オーストラリア、ニュージーランドが参加することに賛成したとの回答がなされた。また、「東アジア共同体」はアメリカなど域外国を排除せず開放的・包括的であるべきとの意見に対し、サダジバン大臣から、APECはアメリカが関与しているが故に重要であるとの認識、ASEANにとっては東アジアと南アジアとを結合させる枠組みに価値があるとの認識が示された。
 このほか、派遣議員とサダジバン大臣との間で、貿易自由化の包括的な枠組みとしてWTOは重要であり、交渉の妥結は特に途上国にとって重要であるとの認識が共有された。さらに、外交関係樹立四十周年を迎えた両国の政治関係、地球温暖化問題への取組と原子力発電、食糧や感染症など緊急事態への対応について意見交換がなされ、サダジバン大臣より、今後両国は特に薬品やデジタルメディアの研究開発分野で協力を進めていくべきとの考えが述べられた。
(六)PSA社訪問と港湾施設の視察
 シンガポール港は、優れたインフラや効率の良いオペレーションで国際ハブ港湾としての地位を獲得し、国際物流の中継基地として、活発な東アジアの貿易を体現している。一九九七年、政府は港湾管理組織を民営化しPSA社を設立(株式はすべて政府が保有)、物流管理や営業機能をゆだねる一方、港内の船舶運航管理や安全対策を海事港湾庁(MPA)に担わせている。
 本議員団は、同社を訪問しパシル・パンジャン・ターミナルを視察し、一隻のコンテナ船に七基のクレーンが次々と積込作業を行う状況を視察するとともに、関係者から説明を聴取した。
(七)マレーシアとFTA・EPA
 マレーシアは当初、WTOによる貿易自由化を支持し、二国間FTAには消極的であったが、タイやシンガポールによるFTA推進や自国の産業界からの要請もあり、近年積極姿勢に転じた。AFTAによる関税引下げを二○○二年に実施したほか、米国、オーストラリア、ニュージーランド、パキスタンとの間でも締結交渉を開始し、韓国、インド、チリとの間でも検討を始めている。
 日本・マレーシアEPAは、マレーシアにとって初の二国間EPAであり、本年七月十三日に発効した。この協定は両国の往復貿易額の九七%の産品の関税を撤廃し、サービス貿易規制や投資ルールの透明性・安定性を向上させ、その自由化や促進を図っている。また、知的財産、競争、基準認証、ビジネス環境等に係るルールを整備し、教育・人材養成等の二国間協力を規定している。
(八)マレーシア国際貿易産業省政務次官との意見交換
 泉団長より、日本・マレーシアEPAによる二国間貿易の活発化のみならず、ASEAN+六EPAの可能性についても討議したい旨が述べられた。これに対し、タン政務次官より、二国間EPAの締結による日本の大規模市場へのアクセス、日本から幅広い技術的な協力が得られることへの期待が述べられ、二国間協定がASEAN全体と日本とのFTA締結を促進することに期待するものの、日本がASEAN全体とのFTAで双方向の貿易額の八%近くを自由化の対象から外すべきとしている姿勢は受け入れられないとの見解が示された。また、ASEAN+六EPAにオーストラリア等三国を含むことに賛同するものの、ASEAN+三の下で進められている東アジアFTA(EAFTA)に関するフィジビリティ・スタディの結論も踏まえる必要があり、ASEAN+三というグループとして行動していきたいとの意向が示された。
 泉団長からは、二国間協定においては、自動車や農産物などお互いにセンシティブな問題を抱えながらも、投資や知的所有権などより幅広い分野を規定するEPAに発展させていきたいとの意向が示された。また、インドや中国の巨大市場、オーストラリアの資源が十六か国EPAを活性化させ、長期的な利益があるとの説明がなされた。派遣議員から、ASEANリージョナルや農業大国オーストラリアとのFTAを進める際の農業問題の深刻さが指摘され、WTO交渉においてもある程度の農業品目で例外扱いを求める日本の主張への理解が求められる一方、タン政務次官の言及した農業バイオ分野における協力の可能性がただされた。タン政務次官より、農業分野だけを理由にWTO交渉を遅らせてはならないとの認識が示され、熱帯天然資源が豊富なマレーシアでは薬草を用いた薬品開発の成長が期待でき、こうした分野の産業を育成・振興していきたいとの見解が示された。さらに、日本・マレーシア協定に定められた自動車産業協力で十のプログラムが早急に実施されることへの期待が示された。このほか、派遣議員から、為替問題の今後の展望や「東アジア共同体」を視野に入れたマレーシアの産業構造の在り方がただされたのに対し、タン政務次官より、当面現行の管理変動相場制度を変更することはないとの見方が示され、バランスのとれた知識集約型経済構造を築いて二○二○年までに先進国入りしたいとの見解が述べられ、国会議員による意見交換には政府間の公式交渉にはない意義があることが強調された。
(九)カヤバ・マレーシア社訪問
 東アジア諸国では貿易や投資の自由化に応じて完成車や部品を相互に供給する分業体制の構築が進められている。本議員団はカヤバ・マレーシア社を訪問し、同社の工場を視察するとともに瀬木社長を始めとする関係者から事業活動の現状と課題、マレーシアのFTA締結が事業に及ぼす影響、同社の現地化の進展等について意見交換を行う機会を得た。
 カヤバ工業株式会社(通称・KYB工業株式会社)は、油圧緩衝器(ショック・アブソーバ)、油圧機器、システム製品の製造企業であり、世界では五台に一台の自動車が同社の製品を装着している。一九八三年に設立されたカヤバ・マレーシア社は、現在油圧緩衝器やパワーステアリング・システム等を生産し、現地で操業するトヨタや日産等の企業への販売と日本への輸出も行っている。
(十)オーストラリアとFTA・EPA
 オーストラリアは隣国ニュージーランドとの間で一九八三年に二国間の経済関係緊密化協定(CER)を締結したものの、一九九○年代半ばまではWTOにのっとったグローバルな自由貿易体制の構築を大原則とし、地域FTAには否定的な姿勢をとっていた。しかし、WTO新ラウンド交渉の停滞、貿易や経済だけでなく他の要因も含めた相互補完的な二国間FTAへの関心が高まり、一九九九年までに二国間協定重視の政策への転換が確立された。シンガポール、タイ、米国との二国間協定が発効しているほか、中国、マレーシア、アラブ首長国連邦との間で、また、ニュージーランドやASEANとの多国間FTAで二○○七年の妥結を目指し、それぞれ交渉が進められている。
 日本との間では、二○○五年四月の首脳会談により、FTAのメリット・デメリットを含めた経済関係強化の在り方を以後二年間かけて政府間で研究していくことが決められ、農業の取扱いに難しい問題があるとの認識を共有したものの、これまでに五回の会合を行っている。
(十一)オーストラリア外務貿易省における意見交換
 外務貿易省では、経済連携と「東アジア共同体」との双方について意見交換を行った。
 経済連携や日豪関係について、バクスター第一次官補より、五十年間にわたって前向きであった両国関係の中核に経済・貿易関係があり、オーストラリアの対日輸出は対米・対中輸出の合計を上回ること、オーストラリアの天然資源や食糧供給が日本にとって、日本の直接投資がオーストラリアにとって極めて重要であることが強調された。また、両国は安全保障や戦略面においても、民主主義、開放経済、対米同盟などで多くの共通点を有し、イラクや北朝鮮の大量破壊兵器などの問題に共同で取り組んでいるとの認識、日米豪戦略対話など戦略的関係に新たな発展がみられるとの認識が示された。さらに、今後の東アジア協力は、開かれかつ包括的であるべきで一国が地域を支配すべきでなく、政経両面での高度なコミットの一つが二国間EPAの共同研究の開始に表れているとの見方が示され、最終段階にある共同研究を踏まえれば、センシティブな問題はあるが質の高い協定の検討が可能であるとの展望が示された。
 泉団長から、オーストラリア軍によるイラク派遣自衛隊の安全確保等に謝意が示されるとともに、八月末のASEAN+六による経済大臣昼食会で日本の東アジアEPA構想をベール貿易大臣が支持してくれたことへの謝意が表明された。また、東アジアにとって二国間FTA、日本とASEANリージョナルのFTA、さらにオーストラリアやインドの存在が重要であり、民主主義、人権、自由な市場という共通な基盤の上に立って東アジアを築いていくべきとの認識が示されるとともに、日本はセンシティブな農業問題を抱えているものの、EPAの可能性を政府間共同研究に沿って探っていきたいとの見解が述べられた。
 派遣議員から、WTO交渉やEPA交渉と農業問題とのかかわりについて、すべての国に一律に上限関税を適用せよとの主張に対する懸念、食糧輸入国がセンシティブ品目を決めるに当たってある程度幅を持った配慮をすべきとの主張が述べられた。また、日本では零細農家に対する補償が減り不安が高まっており、交渉に農業問題が提起されることへの理解が求められた。これに対し、バクスター第一次官補より、オーストラリアにも自動車貿易のようなセンシティブな問題があるが、相手国の事情に応じて現実的な対応をとってきたとの認識、知的所有権、競争政策、投資保護などで似通った価値観を共有する両国は、より広い視野に立って多くの分野で早急な合意ができるはずとの見方が示された。また、オーストラリアも過去三十年間にわたって農業部門で痛みを伴う改革を行い、商品・輸出志向の農業経営に転じてきたこと、EPA締結が日本に食糧やエネルギーへのアクセスを一層確実にするだけでなく、これらの分野への投資も促進されることが強調された。
 このほか、オーストラリア側より、オーストラリア、ニュージーランド、ASEANによる三か国FTAは課題の多い交渉になるとの見方、東アジアEPAは画期的な提案だがASEANはASEAN+一のFTA締結を優先しており、賛同を得るには課題が多いとの見方が示された。
 「東アジア共同体」や東アジアの地域的枠組みについて、オーストラリア側から、APECは自国が主導的に設立した最も重要な枠組みであり、米国をアジア太平洋に関与させる上でも重視しているとの基本姿勢が述べられた。また、オーストラリアは他の地域主義フォーラム、例えば東アジアサミットも支持しており、日本の提案した「東アジア版OECD構想」は、APECの事務局強化や調査機関の設置という自国の主張と共通するとの認識が示された。このほか、APECの政策課題としてWTOと補完的な形で進める貿易促進、FTAの相互一貫性の確保、エネルギー協力、テロ対策などが挙げられ、オーストラリアと日本とが基礎を作ったAPECを、機構や手続の改革により強化できるとの見解が示された。
 また、東アジアサミットについて、オーストラリア側より、日本が加盟を支持してくれたことへの謝意が表明され、サミットが地域の重要な枠組みとなる可能性を有するとともに、APECやASEAN地域統合など既存の枠組みの妨げとならないようにすべきとの見解が示され、本年に優先すべきは、現在の参加国を維持し、参加国首脳のリーダーシップにより課題に取り組むべきこと、東アジアサミットを含めた地域的枠組みで日本と協力していきたいことが述べられた。
 泉団長より、西オーストラリア州政府による天然ガス輸出規制問題について、州政府の意向にかかわらず当初の契約どおり日本に供給するよう要望がなされ、日本の田中候補の国際エネルギー機関(IEA)事務局長選出への協力が求められた。これに対し、バクスター第一次官補より、この問題に関する日本側の懸念を理解し国内の論議に臨みたいとの意向、田中候補支援の要請を重く受け止めたこと、さらに、オーストラリア・日本通商協定締結三十周年に当たる明年におけるEPA交渉入りへの期待が表明された。

二、エネルギー問題

(一)マラッカ・シンガポール海峡の現状と海賊対策
 マラッカ海峡は、マレー半島とスマトラ島(インドネシア)を隔て、シンガポール海峡と併せ、太平洋とインド洋を結ぶ全長約千キロの海峡である。同海峡を通過する船舶は年間約九万四千隻に上り、うち日本の関係船舶は約一万四千隻、輸入原油の九○%以上がこの海峡を通過している。仮に同海峡を航行できず南側のロンボク海峡の利用を余儀なくされれば、一隻当たり三日の日数と三千万円の経費が余分にかかるとの指摘もある。
 マラッカ海峡は、海底地形が複雑で船舶の可航幅が数キロしかない箇所もあるため低速航行を強いられ、複数国の領海が入り組んでおり取締りが困難であること等から海賊行為が発生しやすい。世界全体では二○○四年に海賊や船舶への武装強盗事件が三百二十九件発生、うちマラッカ・シンガポール海峡では四十五件(比率は約一四%)が発生、翌二○○五年には件数は減少したものの、それぞれ二百七十六件、十九件(同約七%)に上っている。
 海賊問題は日本の海上輸送に対してのみならず、近年資源輸入国となった中国を始め東アジア地域全体の経済・社会の安定に対する大きな脅威であり、海峡の安全確保や海上警備体制の強化は、海上テロ防止や兵器拡散防止のための武器密輸阻止の観点からも重要な課題である。
 このため、海賊対策は東アジアの地域協力の重要な柱の一つとされ、我が国は、海賊対策国際会議の開催等による関係国との協力の強化、海上保安庁と関係国海上保安機関との連携訓練、研修員の受入れや専門家の派遣、巡視船の供与等を通じ、地域の協力の強化に取り組んでいる。また、小泉総理の提唱により、ASEANと日中韓三国等十六か国が交渉に参加し、二○○四年十一月にアジア海賊対策地域協力協定が作成された。協定は、海賊に関する情報の共有体制や協力網の構築を通じ、海上保安機関間の協力強化を図ることを目的とするもので、我が国を含む十一か国の締結により九月四日に発効した。今後、総務会会合が十一月に開かれ、シンガポールに設置された情報共有センターが十二月に稼働する予定である。
(二)シンガポールにおける説明聴取と意見交換
 泉団長より、日本の輸入原油の九○%以上が通過するマラッカ・シンガポール海峡の重要性に関する認識が示され、海峡の安全を守るため解決すべき課題を議論したい旨の発言がなされた。
 続いて、海事港湾庁より、(ア)シンガポール港の安全に係る課題、(イ)港湾と船舶の安全確保策、(ウ)将来に向けた多角的な取組に関する説明が行われた。海賊対策協定担当者より、情報共有センターの役割について、(ア)海賊事案に係る情報交換、(イ)加盟国の海賊対策に係る能力形成、(ウ)他の国際機関との協力、等の説明がなされ、警察海上保安部からは、(ア)四つの海域に区分した領海の管理、(イ)不法移民や海上警備などの課題、(ウ)レーダーや船艇など陸上・海上からの警備手段、等の説明が行われ、日本の海上保安庁と実施した海賊対策共同訓練への言及がなされた。
 泉団長や派遣議員より、領海を接するマレーシアやインドネシアとの間で海賊対策についてどのような調整が行われているかがただされ、チョイ運輸次官は、これらの国との間では協定や合意に基づいて取締実施機関の間で良好な関係が築かれ、危険や緊張を強いられる事態は発生していないとの回答がなされた。また、海賊事案発生の背景や最近の発生件数の減少、今後の推移がただされ、チョイ運輸次官より、マラッカ・シンガポール海峡全体での件数減少は、インドネシアの法執行機関による対策の強化に負うところが多いとの見方が示され、英国ロイズ保険組合が二○○五年に行った戦争危険地域としての指定は誤った情報に基づくもので本年八月に取り消されたのは妥当との認識が示された。
(三)シンガポール運輸大臣との会談
 泉団長より、マラッカ・シンガポール海峡の安全確保に係るシンガポールの尽力に謝意が述べられ、同海峡が日本だけでなく中国など他の東アジア諸国にとっても生活を守る重要な海峡で、航行の安全を守ることが重要であるとの認識が示された。リム大臣より、泉団長の認識への同意が示され、情報共有センターの初代センター長を日本から輩出し、海峡の安全へのコミットを示してほしいとの要望がなされた。泉団長より、要望を国に持ち帰りたいとの回答がなされた。
 このほか派遣議員より、海峡の安全確保に要するコスト負担の責任は協定締約国以外の国にもあるとの意見が述べられ、リム大臣より、協定は開放的かつ包括的な性格を持っており、発効後はいずれの国も加入できるとの回答がなされた。
(四)マレーシアにおける説明聴取と意見交換
 マレーシアでは、一九八五年に海上法令執行コーディネーションセンターが設立され、海難事故や事件で複数の行政組織を束ねる任務が課せられたが、実体として法令執行機能がなく事故や事件への対応が不十分だったこともあり、二○○五年三月、海軍や海上警察を始めとする八省庁の人員や装備が集められ、海事関連の問題を一元的に管理する海上法令執行庁(MMEA)が設置された。我が国はJICA専門家として海上保安官を派遣し、機能強化や人材育成の支援を行っている。
 本議員団は同庁を訪問し、アジズ副長官と会見したほか、同庁を中心とするマレーシア政府の海賊問題への取組に関する説明を聴取した。
 アジズ副長官との会見において、泉団長より、マラッカ海峡は日本の輸入原油の九○%以上の輸送路であるだけでなく、中国や他の東アジア諸国にとっても重要な輸送路であり、海峡の安全確保にマレーシアの払っている努力に対し謝意が述べられるとともに、MMEAに対し日本として可能な協力を考えていきたい旨が述べられた。アジズ副長官からは、日本が一九六○年代から行ってきたマラッカ海峡の航路の安全確保に対する資金援助、マレーシアの海上保安組織の能力形成に対する専門家派遣等への謝意が述べられ、沿岸国の国家主権を尊重する日本の姿勢が高く評価された。
 MMEA関係者より、(ア)創設の背景、(イ)役割と機能、(ウ)任務と戦略、(エ)組織・機構、(オ)人員、船舶その他装備、(カ)不法移民、国境を越える犯罪、海賊行為などの課題、(キ)二国間や多国間の地域協力、(ク)能力向上のための計画、等に関する説明が行われ、MMEAに対する日本政府、海上保安庁、JICAのほか民間機関に対する謝意が述べられた。
 派遣議員からは、政府におけるMMEAの位置付けがただされ、MMEA側から、複数の省庁の資源を集める形で創設された経緯もあり強い権限を有する首相府の下に設置されたとの回答がなされた。このほか、海賊事案発生時の行動権限、海賊事案への対処における近隣諸国との協力等がただされ、MMEA側より、マレーシア海域におけるMMEAや現場指揮官の行動権限、近隣諸国との二国間協定に基づく犯人逮捕の要請等について説明が行われた。
(五)海上交通管制センター(VTS)の視察
 本議員団は、首都クアラルンプールの西方、マレー半島西岸のポート・クランに所在する船舶交通管制センター(VTS)を訪問し、施設を視察するとともに関係者から説明を聴取した。
 マラッカ・シンガポール海峡では、世界海事機関(IMO)により承認された強制的な船舶通報制度が一九九八年十二月より運用されている。この制度は、総トン数三百トン以上、長さ五十メートル以上の船舶が、指定された海域内の港又はびょう泊地を離れ分離通航帯に入る前に船位を通報するものである。関係者より、船舶から通報を受けるため海峡には九つのステーション(うちマレーシアには六つ)が設置され、システムの一部は首相府国家安全保障局により、一部は海事局により運営されているとの説明、現行のレーダーシステムの能力を補うため、将来はAISトランスポンダーシステムと統合するとの説明がなされた。
(六)オーストラリアの資源
 オーストラリアの鉱業は二○○四/五年度においてGDPの四%、全雇用の一%を占めるに過ぎないが、産業投資の一八%、全輸出額の四一%を占め、農林水産業を大きく上回る最大の輸出セクターとなっている。鉱物資源は、ボーキサイトやニッケル等(世界第一位)を始め、金、鉛、鉄鉱石の埋蔵量が豊富であり、生産量でも、ボーキサイト、鉄鉱石等(世界第一位)のほか、ニッケル鉱石、ウラン鉱、金などは世界有数である。豊富な埋蔵量と低いカントリーリスクを背景に、世界の探鉱予算の約一四%が同国に投資されている(いずれも二○○四年)。エネルギー資源についても、石炭、天然ガス、ウランなどの埋蔵量が豊富で、天然ガスやLPガスは産出量も豊富である。
 我が国はエネルギーの太宗を占める石油の九○%を中東に依存しているが、オーストラリアからは主として液化天然ガス(LNG)(一七%)、ウラン(三三%)、石炭(五七%)を輸入している。また、鉱物資源として、鉄鉱石(六一%)のほか、銅、鉛、亜鉛などの精鉱、アルミニウム、銅、金などの地金を輸入しており、経済や生活に欠かせない基盤となっている(シェアは二○○五年)。
 オーストラリアでは、連邦政府は石油・天然ガス等の探鉱開発権を管理し、州や準州の政府が探鉱権や採掘リース権を事業者に許可する。また、ウラン鉱山については、一九八四年に連邦政府の労働党政権が開発を三鉱山以内に留める「三鉱山政策」をとり、鉱業に関する権限を有する州政府が現在も労働党政権であるため新規の鉱山開発は進んでいない。
 二○○五年は、中国向けを中心とした需要の伸びに対応し、非鉄金属、鉄鉱石、石炭等の輸出が拡大している。また、原油価格が高騰する中でウランの中国への輸出解禁やインドからの輸出要請等、ウラン鉱山開発への関心が高まっている。しかし、鉱物・エネルギー資源の輸出拡大には、インフラストラクチャーの整備や鉱山における技能労働者不足への対応が課題となっている。
(七)オーストラリア産業・観光・資源省政務次官との会見
 本議員団は、両国の資源貿易の現状と今後の展望についてオーストラリア産業・観光・資源省においてボールドウィン政務次官を始めとする高官と意見交換を行う機会を得た。
 ボールドウィン政務次官より、(ア)日本は貿易全般、資源エネルギー、直接投資の分野で大きなパートナーである、(イ)両国の協力は二酸化炭素の排出抑制や固定化などにも及び、豪日資源エネルギー協議会のような二国間の場にとどまらずIEA、APEC、クリーン開発と気候変動に関するアジア太平洋パートナーシップなど多国間の場にも及んでいる、(ウ)本日の意見交換が政府間やビジネスレベルの交流に良い影響を及ぼすとの認識が示された。さらに、同省担当者より、(ア)オーストラリアの資源産出と輸出状況、(イ)両国の貿易・投資関係、(ウ)二国間、多国間の協力について詳細な説明がなされた。
 泉団長より、石炭やウランなどの持続的な活用について、また、派遣議員より、日豪EPAにおいて日本への資源エネルギー長期安定供給に何らかの確約がなされる可能性についてただされたが、ボールドウィン政務次官からは、オーストラリア政府は探鉱・開発・基礎インフラにおける追加的投資により生産量の増加や輸出の継続に努めているとの説明がなされ、二○○八年以降に到来するLNGやウランの長期供給契約の更新に当たり、政府や産業界が協議を行っていくべきで、日本にも輸出や取引の相手国として重要な役割を果たしてほしいとの期待が表明された。さらに泉団長より、西オーストラリア州政府による天然ガス輸出規制問題について懸念が表明されたが、ボールドウィン政務次官からは、同州政府の動きは承知しており、LNGの供給は市場により決定されるもので、国内使用分も輸出用も十分な量が確保されているとの認識が示され、連邦政府は国際的な信頼関係の維持に責任を負うが、まずは当事者間の協議で解決すべきとの見解が示された。このほか、日本観光の魅力を高める方途、イラク派遣自衛隊の安全確保等によるオーストラリアの存在感の高まりなどについて意見交換がなされた。
(八)オーストラリア戦争記念館
 本議員団はキャンベラにおいて、オーストラリア戦争記念館を訪問し、館内を視察するとともに無名戦士の墓に献花した。同記念館は、第一次世界大戦で戦死したオーストラリア軍約六万人の将兵の追悼を目的とするもので、建物は一九四一年にしゅん工した。以後、第二次世界大戦や国連平和維持活動での戦没者が追悼の対象に加えられ、戦争に関する展示が加えられ、現在に至っている。
(九)在シドニー日系企業関係者との懇談
 オーストラリアには同国からの資源調達や同国の資源を活用して事業を展開する日系企業が多数進出しており、本議員団はシドニーでこれら企業等の関係者と意見交換する機会を得た。
 日系企業等関係者からは、オーストラリアに対する資源外交について、中国が鉄鉱石の産出地帯を訪問するなど首脳レベルで活発な資源外交を展開しているのに比べ、日本はオーストラリアによる資源の長期安定供給を余りにも当然視しているとの認識が示され、資源採掘の探鉱権や採掘リース権を許可する各州政府の首脳を、資源問題の観点からは一国の首脳と同等に扱うべきであるとの意見が述べられた。LNGの確保について、現在、日本は世界のLNG貿易の約半分に当たる六千トンを輸入しているが、今後輸入国が増え二○一○年から二○一五年にかけ、日本の需要量に対し千七百トン分が不足するとの見方が示され、インドネシア産LNGの輸出の落ち込みも踏まえて西オーストラリア州産天然ガスの果たす役割が強調された。このほか、資源戦略の観点からみた南太平洋諸国の重要性、オーストラリアの非鉄金属の産出状況と市況低迷の長期化による日本企業の撤退、各州政府による三鉱山政策の継続によるウラン新規鉱山開発の遅れ、レアメタル産出国としてのオーストラリアの重要性等が指摘された。

三 終わりに

  今般の調査を通じ、我が国と訪問各国との経済連携の現状、協定締結に向けた取組と課題のみならず、東アジア地域全体の経済連携の在り方、「東アジア共同体」の性格やその形成に向けた課題に関する訪問各国の姿勢や取組について理解を深めることができた。また、我が国だけでなく東アジア全体の経済活動を左右するマラッカ・シンガポール海峡の重要性、海賊対策におけるシンガポールとマレーシアの取組や我が国による支援・協力の果たす役割について理解することができた。さらに、鉱物・エネルギー資源の安定供給国としてのオーストラリアの重要性や今後の対オーストラリア外交の在り方について認識を新たにすることができた。また、日本・シンガポール外交関係樹立四十周年や日豪修好三十年という節目の年に両国を訪問できたことも感慨深い。
 本議員団による各訪問国における調査の主な概要は以上であるが、報告を終わるに当たり、この度の本議員団の各訪問国における調査に際し、多大な御協力・御尽力をいただいた在外公館を始め、関係各省、訪問・視察先の関係者各位に対し、心からの感謝の意を表する次第である。