質問主意書

第196回国会(常会)

質問主意書


質問第一八七号

コレステロール値と疾病に関する再質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成三十年七月十八日

伊藤 孝恵   


       参議院議長 伊達 忠一 殿



   コレステロール値と疾病に関する再質問主意書

一 わが国では、日本動脈硬化学会が発行する「動脈硬化性疾患予防ガイドライン」(以下「動硬GL」という。)および日本内科学会等が作成した「脳心血管病予防に関する包括的リスク管理チャート 二〇一五」(以下「包括リスク管理」という。)が、脳心血管病医療の拠りどころとして医療界では使われている。この動硬GLの策定委員に企業との利益相反問題はないか。また、この動硬GLはエビデンスに基づく医療の拠りどころとなると考えているのか、政府の見解如何。

二 血中コレステロール値と脳心血管病死亡率の関係は、従来、国立循環器病研究センターを中心とした研究(総コレステロール値と死亡率の相関を示すNIPPONDATA 80(Sugiyama D et al. J Atheroscler Thromb 2015; 22:95-107.)十七・五年追跡)による、「コレステロール値は低ければ低いほどよい」とする解釈を基本としている。そして患者の背景ごとにコレステロール値の上限を決め、それ以下に保つ医療がなされてきた。同研究については、最近、より長期の追跡調査結果が報告された(NIPPONDATA 80 二十四年追跡)。NIPPONDATA 80以外の他の多くの資料には、血中コレステロール値と心血管病死亡率の間には「低ければ低いほどよい」といわれるような関係はなく、コレステロール値の極めて高い少数の人(家族性高コレステロール血症のような遺伝因子をもつ人等)は心血管病死亡率が異常に高いが、集団中の大部分の人はコレステロール値が高くても低くても、心血管病死亡率はあまり変わらない。心血管病の場合と異なり、脳梗塞死亡率とコレステロール値の間に正の相関はみられず、多くの疫学調査でコレステロール値が高いほど、脳血管病発症率は低いことが知られている。これらは現在、医療の現場で拠りどころとしている包括リスク管理の記述とは合致しないが、他の多くの大規模疫学調査の結果と合致している。「低ければ低いほどよい」という説に沿った医療を続けることに問題はないか、政府の見解如何。

三 欧米では二〇〇四から二〇〇五年にかけて臨床試験の公明性を確保するための新規制が発効した。新規制の前後でコレステロール低下薬(スタチン)の評価は大きく変化した。この新規制以降、スタチンが心筋梗塞死亡率や総死亡率を下げたという報告は見当たらない。心筋梗塞死亡率へのスタチンの有効性について、政府はどのように評価しているか。過去十年間のスタチンを使ったコレステロール低下医療で、脳心血管病が予防できたという客観的指標(心筋梗塞死亡率の低下など)に基づく資料はあるか。また、当該資料がない場合、近い将来に客観的指標でスタチンの有効性が証明できる展望はあるか、政府の見解如何。

四 私が提出した「コレステロール値と疾病に関する質問主意書」(第百九十六回国会質問第二七号)に対する答弁(内閣参質一九六第二七号)の「三について」において、政府は「「スタチン」には、その服用後に副作用として糖尿病を発症させる可能性があることは認識しており、必要に応じ、医薬品の添付文書に当該副作用の内容を記載させる等、医薬品の適正な使用に資する情報が提供されるよう適切に対処しているところである」としているが、実際に、糖尿病あるいはその予備群の者に対するスタチンの処方が控えられていることを示すデータはあるか。糖尿病あるいはその予備群の者のうち、どれくらいの割合の人がスタチンの副作用で糖尿病が新規発症することをインフォームドコンセントとして知らされているか明らかにされたい。

五 包括リスク管理によると動脈硬化性脳心血管病のリスク因子として高血圧、糖尿病、脂質異常症などを挙げており、それぞれの管理目標以内に保つよう勧めている。スタチンが糖尿病を新規発症させるとする多くの論文および医薬品の添付文書の記載は、包括リスク管理の内容と矛盾しないか明らかにされたい。

六 昨年、糖尿病の者を対象に脳心血管病予防を目的とし、ほぼ包括リスク管理にそった大規模な臨床試験(厚労省支援、企業支援全国八一施設、八・五年介入)の結果が報告された(Ueki K et al. Lancet Diabetes Endocrinol 2017; 5:951-964)。この結果は、糖尿病の者の心血管イベントを予防するうえでの強力な治療法の有効性は示すことができなかったが、脳血管イベントを予防するうえでの治療法の有効性を示唆していると解釈し、治療が継続されている。しかし一方では、その手法の問題、解釈の問題などが指摘され、そのままの形での治療の継続を中止すべきであるとの指摘も出されている。政府はこのような最近の臨床試験の評価に対する論争の情勢を把握しているか、明らかにされたい。

七 日本脂質介入試験は、日本で最初に行われたスタチンの大規模介入試験である。研究担当者は、当時の日本動脈硬化学会の主要メンバーを含んでいる。同試験では、四万人余が六年間シンバスタチンで治療され、多額の医療費が費やされた。この研究結果は示唆に富んでおり、コレステロール低下医療の参考になるものであるが、動硬GLや包括リスク管理に正しく反映されているとは考え難い。政府はこの日本脂質介入試験の結果をどのように評価しているか、政府の見解如何。さらに、スタチンは心血管病予防に効いていないばかりか、動脈硬化や心不全を促進し、脳卒中を促進するとする報告が発表された(Okuyama H et al. Statins stimulate atherosclerosis and heart failure. Expert Rev Clin Pharmacol 2015 ; 8:189-99)が、どのように評価しているか、政府の見解如何。

八 コレステロール値と病因別死亡率・発症率についての大規模な一般集団の調査報告がある。茨城県での調査(Noda H. et al., J. Intern. Med., 267; 576-587 (2010).)は、冠動脈疾患および脳卒中の既往のない四十から七十九歳の男女計九万人以上(NIPPON DATA 80における調査対象者の約十倍)を十・三年追跡している。伊勢原市の調査(大櫛陽一、栗田由美子 Mumps, 24; 9-19 (2008).)は、一九八七年から二〇〇六年の十九年間に老人基本健診を受診した伊勢原市民で、早期死亡者を除くため二回以上健診を受診した男性九千九百四十九人(六十四・九±十一・三歳)、女性一万六千百七十二人(六十一・八±十三・六歳)を平均八年追跡している。それらの調査結果によると、冠動脈心疾患の者はLDLコレステロールの最高値群のみ他の群より発症率が高いが、それ以外の群の間には有意な差が認められない。前記二のNIPPON DATA 80 二十四年追跡や他の大規模調査の結果と合致しているが、動硬GLや包括リスク管理に基づく医療とは矛盾している。また、両調査ではLDLコレステロール値が高い群ほど癌死亡率が低く、総死亡率も低い。総コレステロールであれLDLコレステロールであれ、血中コレステロール値が高いことが長寿の指標となっていることを示す多くの報告があり、動硬GLや包括リスク管理の準拠する「コレステロール値は低ければ低いほどよい」とする説の根拠は、国内外で否定されている。コレステロールの「低値」が健康の指標になっていないことはあきらかであるが、メディア界では「低ければ低いほどよい」と錯覚させる情報が氾濫している。健康増進をめざした医療の逆の方向であり、サブリミナル効果として子供たちの頭に入り込んでいる。この情勢を放置しておいてよいのか、政府の見解如何。

  右質問する。