質問主意書

第193回国会(常会)

答弁書


答弁書第一六八号

内閣参質一九三第一六八号
  平成二十九年六月二十七日
内閣総理大臣 安倍 晋三   


       参議院議長 伊達 忠一 殿

参議院議員糸数慶子君提出いわゆる共謀罪法に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。



   参議院議員糸数慶子君提出いわゆる共謀罪法に関する質問に対する答弁書

一、七及び八について

 個別具体的な事件の内容に関わる事柄についてはお答えを差し控えるが、国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約(以下「国際組織犯罪防止条約」という。)は、テロを含む組織犯罪を防止し及びこれと戦うための国際協力を促進する上で重要な法的枠組みを定めるものであるところ、我が国は、国際組織犯罪防止条約を締結していないため、国際組織犯罪防止条約を活用した犯罪人引渡し、捜査共助その他の刑事司法上の相互協力ができない。
 平成二十九年六月二十一日に公布された組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律(平成二十九年法律第六十七号。以下「改正法」という。)は、国際組織犯罪防止条約第五条1(a)(i)に規定する行為を犯罪化するものとして、過去の国会における議論において示された懸念を踏まえて、処罰の対象を明確に限定した改正法による改正後の組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(平成十一年法律第百三十六号。以下「改正後組織的犯罪処罰法」という。)第六条の二第一項又は第二項の罪(以下「テロ等準備罪」という。)を創設するなど、国際組織犯罪防止条約が定める義務を誠実に履行するための法整備を行うことを内容とするものであり、政府としては、改正法が施行された後、速やかに条約の締結手続を行う方針である。

二について

 御指摘の東京高等裁判所平成元年三月三十日決定は、いわゆる双罰性の要件について、「犯罪構成要件の規定の仕方は国によって異なる場合が少なくないので、単純に構成要件にあてはめられた事実を比べるのは相当でなく、構成要件的要素を捨象した社会的事実関係に着目して、その事実関係の中に我国の法の下で犯罪行為と評価されるような行為が含まれているか否かを検討すべきであると解される」と判示しており、政府としても、このような考え方に従って犯罪人の引渡しに関する事務を行っている。

三について

 逃亡犯罪人引渡法(昭和二十八年法律第六十八号)第一条第三項に規定する引渡犯罪に係る行為が、日本国内で行われたとしたならば、テロ等準備罪に当たり、他の罪には当たらないものである場合については、テロ等準備罪が設けられていなければ、いわゆる双罰性の要件が満たされず、逃亡犯罪人の引渡しを行うことができない。

四について

 平成二十九年六月十六日現在、我が国が二国間において犯罪人引渡条約を締結している国は、アメリカ合衆国及び大韓民国である。

五について

 平成二十九年六月十六日現在、我が国が二国間において犯罪人引渡条約の交渉を行っている国は、中華人民共和国である。

六について

 平成二十九年六月十六日現在、我が国は、アメリカ合衆国、大韓民国、中華人民共和国、ロシア連邦、香港及び欧州連合との間で、刑事に関する共助に関する条約又は協定を締結している。

九から十二までについて

 我が国は、国際連合のホームページのテロ対策関連のページに掲載されている、特定の態様のテロ行為の防止等に係る国際約束のうち十三の国際約束を締結しているところ、政府は、一般に国際約束の締結に当たっては、誠実にこれを履行するとの立場から、国内法制との整合性を確保することとしており、国際約束が締約国に対し一定の行為を自国の国内法上の犯罪とすることを義務付けている場合であって、当該義務について現行の国内法制で必ずしも担保されていないと判断されるときには、これを履行するための法整備を行った上で締結している。
 その上で、御指摘の「我が国がテロ防止関連諸条約を締結するに当たって、国内法に処罰規定を新設した例」の意味するところが必ずしも明らかではなく、網羅的にお答えすることは困難であるが、これらの国際約束のうち、その締結に当たって新たに罪を設けることを内容とする法整備が行われたものとしては、例えば、テロリズムに対する資金供与の防止に関する国際条約(平成十四年条約第六号)又は核によるテロリズムの行為の防止に関する国際条約(平成十九年条約第七号)の締結に際し、それぞれ公衆等脅迫目的の犯罪行為のための資金の提供等の処罰に関する法律(平成十四年法律第六十七号)又は放射線を発散させて人の生命等に危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律(平成十九年法律第三十八号)を制定した例がある。

十三及び十四について

 国際連合のホームページのテロ対策関連のページに掲載されている、特定の態様のテロ行為の防止等に係る国際約束のうち、平成二十九年六月十六日時点で我が国が未締結のものは、国際民間航空についての不法な行為の防止に関する条約、航空機の不法な奪取の防止に関する条約の追加議定書、航空機内で行われた犯罪その他ある種の行為に関する条約の改正に係る議定書、海洋航行の安全に対する不法な行為の防止に関する条約の二千五年の議定書及び大陸棚に所在する固定プラットフォームの安全に対する不法な行為の防止に関する議定書の二千五年の議定書と呼称しているものである。
 これらの国際約束は、締約国は少数にとどまっており、その多くは現時点で発効していないが、我が国としては、国際社会でテロ対策を主導してきた主要国首脳会議参加国をはじめとする各国の動向を見極めつつ、また、それぞれの国際約束の目的や内容、国内法制との整合性等も踏まえ、これらの国際約束の締結について引き続き検討していく所存である。

十五について

 お尋ねの「直接関係していない」の意味するところが必ずしも明らかではなく、お答えすることは困難である。

十六について

 改正後組織的犯罪処罰法第七条の二の罪(以下「証人等買収罪」という。)の法定刑については、刑法(明治四十年法律第四十五号)第百五条の二の罪及び組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(以下「組織的犯罪処罰法」という。)第七条第一項第三号に掲げる者に係る同条の罪等の法定刑との均衡等を考慮して立案したものである。

十七及び十八について

 かつて国会に提出した犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案において新設することとしていた同法律案による改正後の組織的犯罪処罰法第七条の二の罪は、同法第六条の二の罪の対象犯罪とするものとはされていなかったが、改正後組織的犯罪処罰法第七条の二第二項の罪は、改正後組織的犯罪処罰法別表第四第二号に掲げられ、テロ等準備罪の対象犯罪とされている。
 改正後組織的犯罪処罰法第七条の二第二項の罪については、その未遂又は予備を処罰する規定はない。

十九及び二十一から二十三までについて

 お尋ねの「教唆の前段階で行う」及び「処罰の前倒し」の意味するところが必ずしも明らかではないが、証人等買収罪は、改正後組織的犯罪処罰法第七条の二第一項各号に掲げる罪に係る自己又は他人の刑事事件に関し、虚偽の証言等をすることの報酬として、金銭その他の利益を供与し、又はその申込み若しくは約束をした場合に、実際に虚偽の証言等が行われたか否かにかかわらず成立するものであり、その処罰の対象は、御指摘の偽証等の教唆に該当する行為以前の行為に限られるものではない。
 国際組織犯罪防止条約第二十三条は、「この条約の対象となる犯罪に関する手続において虚偽の証言をさせるために、又は証言すること若しくは証拠を提出することを妨害するために、・・・不当な利益を約束し、申し出若しくは供与する」行為であって故意に行われたものを犯罪化することを締約国に義務付けているところ、我が国では従来このような行為が処罰の対象とされていなかったことから、この犯罪化の義務を履行するために、証人等買収罪を新設することとしたものである。

二十について

 証人等買収罪の実行行為が同時に「人を教唆して」偽証を「実行させた」行為にも当たると認められる場合には、証人等買収罪と偽証罪の教唆とは、いわゆる観念的競合の関係に立ち、科刑上一罪として処理されることになるものと考えられる。

二十四及び二十五について

 国際組織犯罪防止条約第二十三条の規定による犯罪化の義務のうち、「この条約の対象となる犯罪に関する手続において虚偽の証言をさせるために、又は証言すること若しくは証拠を提出することを妨害するために、暴行を加え、脅迫し若しくは威嚇」する行為であって故意に行われたものに係る部分については、刑法第二百二十三条等の規定によって担保されているものと考えている。

二十六及び二十七について

 改正後組織的犯罪処罰法第七条の二第一項にいう「報酬として」とは、「証言をしないこと、若しくは虚偽の証言をすること、又は証拠を隠滅し、偽造し、若しくは変造すること、若しくは偽造若しくは変造の証拠を使用すること」と供与された金銭その他の利益とが対価関係にあることを意味するものである。
 この「報酬」の語は、十九及び二十一から二十三までについてで述べた犯罪化の義務の履行に当たり、刑法及び組織的犯罪処罰法の規定との整合性等を考慮し、国際組織犯罪防止条約第二十三条(a)にいう「不当な利益」を国内法上適切に捉えるために用いることとしたものである。

二十八から三十四までについて

 犯罪の成否については、収集された証拠に基づき個別に判断されるものであるため、一概にお答えすることは困難であるが、二十六及び二十七についてで述べたとおり、改正後組織的犯罪処罰法第七条の二第一項にいう「報酬として」の意義は明確であり、金銭その他の利益を供与する行為は、当該金銭その他の利益が「証言をしないこと」等の行為と対価関係にあるのでない限り、証人等買収罪による処罰の対象となることはない。したがって、証人等買収罪を設けることにより、弁護士の活動について御指摘の「萎縮的な効果」が生じることはないと考えている。