質問主意書

第190回国会(常会)

質問主意書


質問第一四〇号

オバマ米大統領の広島での演説に対する評価と核兵器等の大量破壊兵器の使用についての憲法解釈を見直す必要性に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成二十八年五月三十日

白 眞勲   


       参議院議長 山崎 正昭 殿



   オバマ米大統領の広島での演説に対する評価と核兵器等の大量破壊兵器の使用についての憲法解釈を見直す必要性に関する質問主意書

 私は今国会において、一連の質問主意書(第百九十回国会質問第九七号、同第一〇一号、同第一〇六号及び同第一一四号)により、核兵器、毒ガス等の化学兵器、細菌・ウイルス等の生物兵器といった大量破壊兵器の使用に関する政府の憲法解釈を質してきたが、その答弁書(内閣参質一九〇第九七号、同第一〇一号、同第一〇六号及び同第一一四号)で示された政府見解は驚くべきものである。
 政府は、集団的自衛権の行使を認める武力行使の新三要件の下、「自衛のための必要最小限度」の範囲内であれば、核兵器、化学兵器、生物兵器等の大量破壊兵器を使用することも憲法上禁じられているわけではないことを明らかにした。また、公海上、さらには尖閣諸島を含む我が国の領域において、核兵器、化学兵器、生物兵器等の大量破壊兵器を使用することが憲法上認められる場合があることを政府は否定しなかった。
 政府は、非核三原則や、我が国が締結している条約及び国内法により、核兵器、生物兵器及び化学兵器の保有・使用等が禁じられていることから、我が国がそれらの兵器を使用することはあり得ないと説明しているが、憲法上は禁じられていないということであれば、それは時の政権の方針によって政策を変更することにより、現実に大量破壊兵器の使用を許すことになりかねない。
 大量破壊兵器を使用することは、その使用された地域の住民に甚大なる被害をもたらし、あるいは深刻な汚染を引き起こす可能性があり、憲法の基本原則である平和主義、とりわけ平和的生存権の考え方とは相容れないものであって、憲法上もその使用を一切認めるべきではないと考える。
 また、去る五月二十七日の広島平和記念公園におけるオバマ米大統領の演説(以下「広島演説」という。)では、核兵器について「人類が自らを破滅させる手段を手にした」と評価し、「核兵器のない世界を追求する勇気を持たなければなりません」との決意が表明されている。唯一の戦争被爆国であり、平和憲法を有する我が国は、こうした核兵器廃絶に向けての動きを主導すべき立場にあるにもかかわらず、その我が国が憲法上は核兵器を始めとする大量破壊兵器の使用が禁じられているわけではないとの見解を繰り返し示すことは、対外的にも誤ったメッセージを発信し続けていることとなり、核兵器廃絶に向けての国際的な動向に逆行するものと言わざるを得ない。
 以上の点を踏まえ、以下質問する。

一 広島演説においてオバマ米大統領は、核兵器について「人類が自らを破滅させる手段を手にした」と評価しているが、政府はこれに同意するか。

二 人類を破滅させる手段である核兵器について、政府の憲法解釈にいうところの「自衛のための必要最小限度」の範囲内でそれを使用するということが本当に可能なのか。

三 核兵器の使用が憲法上認められるというのはどのような状況か、政府の想定を具体的に説明されたい。

四 「広辞苑(第六版)」によれば、「大量破壊兵器」とは「核・生物・化学兵器など、大量無差別の殺傷や広い範囲に汚染を生じさせる兵器。運搬手段となる弾道ミサイルを含める場合もある。」と説明されている。大量無差別の殺傷等を目的とする兵器である大量破壊兵器を使用して、それが政府解釈にいうところの「自衛のための必要最小限度」の範囲内に収まるということはあり得ないのではないか。大量破壊兵器の使用と「自衛のための必要最小限度」の範囲内という考え方は相矛盾するのではないか。

五 大量無差別の殺傷等を目的とする兵器である大量破壊兵器の使用を認めることは、唯一の戦争被爆国である我が国の国民感情と相容れないものであることはもとより、憲法の平和主義、とりわけ憲法前文に規定する平和的生存権に反することは明らかである。よって、憲法の基本原則である平和主義の考え方に沿うように解釈を改め、核兵器、生物兵器、化学兵器等の全てのあらゆる種類の大量破壊兵器の使用は憲法上一切許容されるものではないと解すべきであると考えるが、政府として憲法解釈を変更する考えがあるか否かにについて明確に答弁されたい。

  右質問する。