質問主意書

第183回国会(常会)

質問主意書


質問第一一九号

平城宮跡の保全と継承に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成二十五年六月十日

山下 芳生   


       参議院議長 平田 健二 殿



   平城宮跡の保全と継承に関する質問主意書

 平城京は奈良時代の政治・文化の中心として栄えた都であり、その中央北部に位置する平城宮跡は、八世紀の律令制度に基づいた政治支配の中核として当時の政治・経済・社会・文化などさまざまな分野・領域の到達点を現す古代の宮殿遺跡である。
 国の特別史跡でもある平城宮跡は一九九八年に「古都奈良の文化財」八つの資産の一つとして世界遺産に登録された。文化庁は登録申請に際しての「価値の証明」として、地上の構造物の大半は失われているが、「完全に保存されている地下遺構」や土器・瓦はもちろん、木簡などの「良好な保存状況のもとに埋蔵された文字史料に関する豊富な遺物」がもつ「極めて高い歴史的・考古学的価値」をあげている。
 国においては、こうした掛け替えのない価値をもつ平城宮跡の保全と継承を図ることに万全を期すことが求められる。
 ところが、平城宮跡では二〇〇八年から「国営平城宮跡歴史公園事業」として国交省による整備が進められることとなり、そのもとで、平城遷都一三〇〇年祭を契機とした第一次大極殿院内庭のアスファルト舗装と史実と異なる修景柵の設置、朱雀門付近の仮設駐車場の造成が国、奈良県によって行われた。
 昨年九月には第一次朝堂院広場の舗装工事が突然発表され、県民の抗議の中で着工された。これら一つ一つの事業が宮跡の価値を脅かし、長い年月を経て形成された景観や自然環境を大きく損なっている。また、これらの舗装が雨水の浸透を阻害することで、埋蔵文化財の消滅が懸念されている。
 朝堂院広場の舗装の中止を求めて約三万五千人分もの署名が国内外から寄せられているにもかかわらず、国は工事を再考する姿勢もない。よって、以下質問する。

一 平城宮跡の保存は地域の人々の生活に密接に関わっており、保存運動にも多くの県民・国民が参加してきた。今後の保存・整備を進める上でも、そうした人々や専門家が整備の構想段階から参加し、意見を反映させるシステムを構築することが必要と考えるが、政府の考えを明らかにされたい。
 また、国民参加の条件整備の一つとして、文化庁の文化審議会(分科会を含む)を原則公開とし、個々の現状変更許可の審議内容も公表すべきと考えるがどうか。

二 平城宮跡は、木簡など埋蔵文化財の調査・研究を進めるフィールドであり、古代都城文化に触れ、学ぶ場であるとともに、市街地の貴重な緑のオープンスペースとして散策や野鳥観察などのレクリエーションに活用されている。
 宮跡の地下遺構と遺物、草原・湿地はそれぞれ宮跡の重要な価値を構成する要素となっている。これらの平城宮跡の価値と構成要素を明確にした上で、その自然・歴史環境を含めて保護し、管理するための「保存管理計画」を県民や研究者などの意見を十分に生かして策定することが急がれる。
 文化庁は平城宮跡の「保存管理計画」がいまだに策定されていない現状をどう考えているか。

三 一九七八年に文化庁が策定した「平城宮跡保存整備基本構想」では平城宮跡全域を「遺跡博物館」と位置づけ、整備の基本方針として、①静かで落ち着いた、古代に思いを馳せるにふさわしい独自の環境をつくりだすこと、②地下遺構を傷つけず、これを守るような整備手法や施設配置の工夫を行うこと、③長期にわたる整備の各段階において、無駄と混乱のない土地利用を図り、建設事業を進めること、④関連遺跡の保存、関連用地の確保、道路、鉄道、排水路等の実施を地域的な整備計画の一環として効果的に行うこと、を定めている。基本構想の理念にたちもどり、国営公園としての整備を抜本的に見直すべきではないか。

四 世界遺産委員会が定めた「世界遺産条約履行のための作業指針」(第七十八節)では登録資産の完全性(integrity)と真正性(authenticity)の条件を満たし、国内法によって確実に保護を担保する適切な管理体制を求めている。
 世界遺産の完全性と真正性の要件を保持する立場から以下の三点について実施すべきと考えるが、政府の見解を明らかにされたい。
1 すでに施行された第一次大極殿院内庭の舗装は撤去すること。
2 莫大な税金を注ぎ込む第一次大極殿院の築地回廊「復元」は一つの案しか提示することができず、他の可能性を排除することになる。「復元」整備は見直すこと。
3 第三十五回世界遺産委員会(二〇一一年)で決議された大極殿正殿を囲む「修景柵」、及び朱雀門西北側の仮設駐車場の撤去を早急に実施し、決議を履行すること。

五 国交省は整備の基本方針に「奈良時代を今に感じる公園を目指す」を掲げているが、実際行われている事業は、往時の平城宮跡とは異質のイベント会場の条件整備といわざるをえない。現代の建物を無秩序に増やすことは、宮跡の歴史的・文化的景観を壊すと考えるがどうか。
 平城宮跡は、朱雀門から大極殿への空間の広がりとともに、東西に春日山、生駒山などの緩やかな山並を望み、北側には古墳群・湖沼が多数分布し、緑豊かな景観を残している。こうした周辺環境と一体となった宮跡の歴史的・文化的景観を保全することが大切である。計画されている第一次朝堂院付近での「東屋」などの設置は、地方自治体などの史跡整備の指針として文化庁が発行する「史跡等整備の手引き」で便益施設は「史跡中核部でない周縁地域」を選択するという基準にも反するものではないか。

六 奈良文化財研究所がまとめた「平城宮発掘調査十七」(二〇一一年)には、第一次大極殿地区、内裏地区、第二次大極殿地区の調査成果が報告されており、同書では、大極殿地区全体の検討から「奈良時代の前半と後半期で著しく変じるこの地区の歴史過程を明晰にしえたが、なお課題が多く残されている。今後、中央区(第一次)朝堂院、東区(第二次)朝堂院についての分析を進め、中枢部の周辺に展開する未発掘部分の発掘調査研究を推進することによって平城宮史、奈良時代史の解明を期したい」と記述されている。
 宮跡中枢部やその周辺でも未解明で未調査の部分を残しており、公園整備が今後の調査・研究を阻害し、史跡を変質させるものであってはならない。こうした点からも、環境への影響調査や発掘調査ぬきに行われている第一次朝堂院広場の舗装と調整池設置の工事は直ちに中止すべきと考えるが、政府の見解を示されたい。

七 昨年十一月に文化庁記念物課の矢野和彦課長は「平城宮跡の保護-国家一〇〇年の国民的プロジェクト」と題する文書を発表し、その中で第一次朝堂院広場の土系舗装整備は「地下遺構には問題のない計画となっています」と説明している。しかし、広場の舗装は四万五千平方メートルもの広大な面積であり、舗装による地下水位の低下が懸念されている。
 文化庁として「地下遺構には問題のない計画」だと判断した根拠と理由を明らかにされたい。
 国交省は昨年十一月の公園事業説明会で、土系舗装の透水性について「実証実験します」と約束している。実証実験を行ったのであれば、その透水性について明らかにされたい。
 また、この舗装工事は真砂土に四パーセントのセメントを混ぜるものであり、約三百三十トンのセメントが使用されることになる。雨に溶けてセメントの灰汁が流れ出し、地下遺構や木簡、生態系への影響が懸念されるが、政府として影響調査を行ったのか。

八 公園基本計画は平城宮跡約百二十二ヘクタールのうち、三分の二を緑地保全するとしている。そうすると、残り三分の一、面積にして約四十ヘクタールの広い緑地を失うことになる。
 平城宮跡の草地・湿地は、都市の中の貴重な自然環境を保持してきた。舗装予定地は半湿地で希少種を含む多様な生物の生息が確認されている。今回の第一次朝堂院広場の舗装や調整池設置工事は、面として機能する生態系に大きな打撃を与えるものである。一方、COP10での国際約束である「愛知目標」では「二〇二〇年までに、自然生息地の損失速度及びその劣化・分断を顕著に減少させる」ことが求められており、その達成にむけて策定された「生物多様性国家戦略」では「緑地における生態系ネットワークを形成し、都市における生物多様性の確保を図る」としていることから、まったく逆行している。
 奈良文化財研究所が二〇〇四年にまとめた利用者アンケートでは、整備について「あまり手を加えず、現在の自然や歴史環境を保存する」が五十一・二パーセントと最も多く、半数を超えている。現在に至る宮跡の自然や歴史環境が、市民の憩いの場として半世紀以上親しまれ、評価されていることを政府はどう考えているのか。
 調整池の工事の際、国交省側は「堤をつくるだけなので自然への影響はない」と市民に説明している。しかし、実際には猛禽類の飛来が確認されていた林の木が二十六本以上伐採されており、近畿有数の「ツバメのねぐら」となっている当該エリアから道路が素通しとなり、生息環境が脅かされている。
 奈良県のレッドデータブックで希少種に指定されているカヤネズミなどの生育環境への影響調査を行ったのか。

九 第一次大極殿院の舗装と第一次朝堂院広場の土系舗装など、平城宮跡の大幅な現状変更により、木簡など埋蔵文化財を保護している地下水位の低下を引き起こすことが懸念されている。六十年ほど前の平城宮跡とその周辺では、自噴井戸が見られた。しかし現在は、国の委託調査(二〇〇〇年)で地下水位が地表から平均約一・五メートルにまで低下しており、専門家からは地下水の涵養が必要であることが指摘されている。
 しかし政府は、計画する公園整備が地下水位に与える影響について事前の調査をしていないのではないか。
 また今後、地下水位の低下が起こった場合に水位回復を図る実効ある措置が用意されているのか明らかにされたい。

十 国交省近畿地方整備局・事業評価監視委員会において二〇一〇年十二月に開かれた第四回目の委員会資料で、国営飛鳥・平城宮跡歴史公園の費用便益が計算されている。
 このうち、平城宮跡歴史公園の費用設定の施設費としてあげられている建物復元整備と公園施設整備の施設費、用地費について第一次、第二次整備各々の費用と整備内容を明らかにされたい。

十一 平城宮跡の保全に関し、第三十五回世界遺産委員会(二〇一一年六月)決議に基づきユネスコ世界遺産センターに行った回答と資産の保全状況の報告を公表することを政府は拒否している。
 国の特別史跡でもある平城宮跡の保全状況の評価を国民に公表する措置をとるのは当然である。
 世界遺産条約や同条約履行のための作業指針などの関連法規に、この種の報告書の当該政府による公表を禁ずる規定はないと考えるがどうか。

  右質問する。