質問主意書

第174回国会(常会)

質問主意書


質問第九一号

原爆症認定却下処分の取消を求める訴訟に関する再質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成二十二年六月十日

糸数 慶子   


       参議院議長 江田 五月 殿



   原爆症認定却下処分の取消を求める訴訟に関する再質問主意書

 原爆症認定却下処分の取消を求める訴訟に関する質問に対する答弁書(内閣参質一七四第六八号。平成二十二年五月二十一日閣議決定。以下「答弁書」という。)に関して、以下再質問する。

一 放射線起因性の立証の程度について

1 国は、答弁書において、松谷長崎原爆訴訟の最高裁判決について、放射線起因性の立証の程度に関し、「平成十二年七月十八日最高裁判所第三小法廷判決(中略)において、原告の疾病については、通常の物理的打撃で生じる脳損傷の発生とは異質な経過をたどった特異な負傷であったという個別事情に基づき放射線起因性があるとの認定を導くことも可能であって、それが経験則上許されないものとまで断ずることはできない旨を判示している一方、原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(中略)第十一条に規定する認定(中略)の要件である放射線起因性については、「相当程度の蓋然性」さえ立証すれば足りるという原告の主張を退けており、「高度の蓋然性」の証明の必要性を示したものと認識している。」とし、さらに、「最高裁判決においては、原爆症認定の要件である放射線起因性については高度の蓋然性が必要であるという国の主張が認められたものと認識している」としている。
 しかし、国と最高裁の放射線起因性の立証の程度についての認識は、「高度の蓋然性が必要である」とする部分は同じであったが、結果は、まったく逆である。
 原告・松谷英子さんは一九七七年に原爆症認定の申請をしたが、国は却下、以後、国への異議申し立て、棄却、原爆症認定の再申請、却下、国への異議申し立て、棄却となる。一九八八年に提訴し、長崎地裁、福岡高裁と松谷さんが勝訴した。国は、原告の疾病について、放射線起因性を否定し続けたが、二〇〇〇年に最高裁は原告の主張どおり放射線起因性を認めて、国の認定却下を違法と判決した福岡高裁の判断を認め、国の上告を棄却した。
 憲法において最高位の司法権を有する最高裁の判決は憲法に則ったものであり、当然、被爆者援護法やその他の法に基づいてなされたものである。つまり、原告に対する最高裁の判決のすべてが、法の要求する「高度の蓋然性」に基づいて行われたものであると解釈される。
 したがって、国の主張する「高度の蓋然性」の考え方は、最高裁の判断を曲解し、最高裁を蔑ろにしたものであり、明確に憲法に反していると考えられる。国は、このことについて、どのように考えるのか、明らかにされたい。
2 国は、答弁書の中で、前記最高裁判決において、放射線起因性については、高度の蓋然性が必要であるという国の主張が認められたものと認識しているとして、「原爆症認定に係る審査をより科学的で透明性の高いものにするため、疾病・障害認定審査会原子爆弾被爆者医療分科会(中略)において「原爆症認定に関する審査の方針」を定めたものであり、御指摘のように医療分科会の決定が誤ったものとは考えていない。」としている。
 しかし、この「原爆症認定に関する審査の方針」は、最高裁で認定を勝ち取った松谷英子さんの申請した疾病を当てはめると、却下されてしまうような内容であった。
 このことは、「原爆症認定に関する審査の方針」は憲法において最高位の司法権を有する最高裁が出した前記最高裁判決に反していることを意味している。判決に反しない内容ならば、当然、その原告であった松谷英子さんが却下されるような内容になるはずがないのである。
 憲法は、最高裁にすべての法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限(合憲性審査権)を与えており、さらに、憲法の条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない(憲法の最高法規性)ことも定めている。
 このことから、最高裁の判断と全く異なる「原爆症認定に関する審査の方針」は、最高裁に与えられた合憲性審査権及び憲法の最高法規性によって、無効であると判断される。このことについての国の考え方を明らかにされたい。
3 国は、松谷長崎原爆訴訟の最高裁上告理由書(平成十年一月十四日付け)の「民事訴訟と証明の程度」の中で、概略、次のように述べている。
 「行政訴訟における事実の証明の程度については定めがないので、民事訴訟の例に従う。民事訴訟において「証明」とは、「裁判官が事実の存否について確信を得た状態」をいう。通説は、「合理的な疑いをいれることができないほど高度の蓋然性のあるものでなければならないが、自然科学者の用いる実験に基づくいわゆる論理的証明(反証をいれる余地のない証明)ではなく、歴史的証明であり、通常人ならだれでも疑いを差し挟まない程度に真実らしいとの確信で足りる」としており、判例は「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである」としている。」
 なお、この上告理由書の判例についての引用部分は、前記最高裁判決文においても、ほぼ同様の内容が引用されている。
 しかしながら、二〇〇八年の原爆症認定集団訴訟、大阪高裁判決文中の「原爆症認定と審査の方針」の項目によると、国は、「高度の蓋然性」について、概ね次のように主張している。
 「当該申請疾病の原爆放射線起因性に係る高度の蓋然性の有無を判断することとし、放射線起因性の判断は、科学的・医学的知見に基づいて行わなければならず、審査の方針において、放射線起因性の判断をするために用いられる、原因確率、被曝線量などは、いずれも、原子物理学、放射線学、疫学、病理学、臨床医学などの高度に専門的な科学的・医学的知見に基づくものである。」
 この内容は、判例と前記最高裁判決文による判例の引用部分とはまったく異なるものである。
 このことは、国が「高度の蓋然性」について民事訴訟法上の解釈と最高裁の判断をまったく曲解していることを意味しており、したがって、「原爆症認定に関する審査の方針」も誤っていると考えられる。再度、国の考えを明らかにされたい。

二 DS八六としきい値について

 国は、答弁書において、松谷長崎原爆訴訟の最高裁判決について、「最高裁判決は、DS八六及びしきい値については、当該原告の事案についてその適用を躊躇せざるを得ない旨を判示したものであり、DS八六及びしきい値そのものを否定したとは認識していない。」としている。
 確かに、最高裁はそのすべてを否定してはいない。しかし、最高裁は、国の上告を棄却した前記最高裁判決の理由三において、概略、次のように述べている。
 「しきい値理論とDS八六とを機械的に適用する限り、被上告人(松谷さん)の現症状は放射線の影響によるものではないということになり、放射線起因性があるとの認定を導くことに相当の疑問が残ることは否定し難い。しかし、DS八六もなお未解明な部分を含む推定値であり、現在も見直しが続けられていることも、原審(福岡高裁)が適法に確定しており、DS八六としきい値理論とを機械的に適用することによっては、前記事実(昭和二十年(一九四五年)の日米合同調査団が行った調査と昭和四十年(一九六五年)と昭和六十年(一九八五年)に厚生省が行った被爆者調査)を必ずしも十分に説明することができない。例えば、脱毛について、DS八六としきい値理論を機械的に適用する限りでは、発生するはずのない地域で発生した脱毛の大半を、(国の主張のように)栄養状態又は心因的なものなどと放射線以外の原因によるものと断ずることには、躊躇を覚えざるを得ない。」
 このように最高裁は、しきい値理論やDS八六は未解明な部分を含む推定値であり、それらを「機械的に」適用する限り、原爆を受けた人間の異変について十分に説明することができない、としたのである。このことの最も強力な証言は、放射線影響研究所の大久保利晃理事長の発言である。大久保理事長は、「長期間経過してから現れる「晩発影響」で分かっているのは、まだ五パーセント程度かもしれない。最終的な答えが出るのは、いま被爆者の四割の人が生存されている対象集団の追跡調査がすべて終了する時点だろう」(二〇〇六年八月六日付け中國新聞)とし、原爆症認定集団訴訟、大阪高裁判決においても、大久保理事長の「半世紀に及ぶ被爆者調査で、被爆後の比較的早い時期に起きる健康影響は、ほぼ明らかになったが、最近、新たな疾病について、統計学的に死亡リスクの増加が認められている」という発言を判決文に採用している。
 最高裁は、しきい値理論とDS八六そのものを否定してはいないが、否定しているのは、被爆者に起きた放射線の影響について、分かっていることはまだわずかであるという、最も、肝心要の部分であることは、紛れもない事実である。
 したがって、国は、最高裁の判断を遵守していたならば、しきい値理論やDS八六に基づいた「原爆症認定に関する審査の方針」は作ることはできなかったはずである。最高裁の判断を無視した「原爆症認定に関する審査の方針」は被爆者援護法に反し、さらに、憲法にも反しており、無効であると言わざるを得ない。言うまでもなく、二〇〇八年三月に改定された「原爆症認定に関する新しい審査の方針」も同様に、被爆者援護法にも、憲法にも反しており無効である。このことについて、国の考えを明らかにされたい。

三 医療分科会の審査について

 前回質問主意書において、一か月に一回しか行われない医療分科会の審査を、七千名を超える被爆者が待っていることから、申請者が生存中に公正な答申を受けるために、医療分科会の委員を専門に任命し、毎日でも会議を開いて丁寧で誠意のある認定審査を行うことが急務であるとの考えに対する見解を求めたところ、国は、答弁書中の「一の7の(2)について」の項目で、申請者の負傷又は疾病の放射線起因性と要医療性について、適切な審査を行うことが可能な高度の専門的知見を有する専門家の人数は限られているため、指摘したような運用では、現行の審査の水準を確保することができなくなると考える、旨の回答をした。
 しかし、三百六名の原告が二〇〇三年から提訴した原爆症認定集団訴訟では、六年も経たないうちに七十名近い人々が亡くなっている。専門家の人数不足のせいで、結果を待ちながら亡くなっていく被爆者が多数存在することは、被爆者援護法の「国の責任において、高齢化の進行している被爆者に対する保健、医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じる」という趣旨からも許されない。また、憲法第十三条の「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」という規定からも許されることではない。
 原爆症認定集団訴訟の原告側の証人の中に、高度の専門的知見を有する専門家は幾人もあったことは明らかである。そういう方々に参加を求め、一刻も早い審査結果を出すようにすることは、「時間のない被爆者」のために急務であり、この国にふさわしい人道的な行いと考える。国の考えを明らかにされたい。

  右質問する。