質問主意書

第174回国会(常会)

質問主意書


質問第五四号

福島沖地震発生時並びにチリ地震による津波警報及び注意報発令時における中井防災担当大臣の危機管理に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成二十二年四月八日

佐藤 正久   


       参議院議長 江田 五月 殿



   福島沖地震発生時並びにチリ地震による津波警報及び注意報発令時における中井防災担当大臣の危機管理に関する質問主意書

 本年三月十四日に発生した福島沖地震において、福島県楢葉町では震度五弱を観測するとともに、同県内各地では、ガラスのひび割れ、天井や屋根の一部破損などの被害が相次ぎ、列車の遅れや高速道路の通行止めなど交通機関にも大きな影響が出た。県では地震発生と同時に特別警戒態勢をとり、県警本部も災害警備対策室を設置し対応にあたった。
 また、本年二月二十七日にはチリでマグニチュード八・八の強い地震が発生した。これを受け、政府は同日午後七時に官邸に情報連絡室を設置して情報収集強化を図り、気象庁は青森県から宮城県の沿岸に「大津波警報」、それ以外の太平洋沿岸などに「津波警報」を発令し、市町村は避難指示を出すなど注意喚起を行っていた。
 さらに、津波の到来が予想されていた翌二月二十八日は、午前八時三十分に官邸対策室が設置されるとともに、午前中、総理公邸には菅副総理兼財務大臣、松野、松井両内閣官房副長官、伊藤内閣危機管理監、平野内閣官房長官、仙谷国家戦略担当大臣、古川内閣府副大臣らが参集し対応を協議していたとされている。
 しかしながら、三月十四日の福島沖地震発生時並びに二月二十八日の津波警報及び注意報発令時における中井防災担当大臣の当該事態に対する認識は希薄であったと考えざるを得ない。
 右の点を踏まえ、以下質問する。

一 中井防災担当大臣は本年三月二十九日の参議院災害対策特別委員会(以下単に「委員会」という。)において、三月十四日に福島沖で発生した地震に関して秘書官から第一報を受けた時間について、「一分後か二分後かは分かりませんが、大体そんな時間、直ちであったと考えております」と答弁しているが、一般的に、地震発生から二分後に被災地の被害状況等は確認出来うるものであるのか。地震発生後の余震や家屋倒壊、火災発生、崖崩れ等による人的・物的被害は、地震発生から若干の時間を経過した後に起きる可能性は否定できないと考えるが、見解如何。

二 委員会において、中井防災担当大臣は前述の第一報以降、「秘書官も連絡をしてこなかった」と答弁している。通常、被災地からは第一報に続き、第二報、第三報と被害状況が首相官邸に設置された情報連絡室に伝達されると考えるが、秘書官や内閣府は如何なる判断基準をもって、第二報以降を中井防災担当大臣に連絡しなかったのか。また、本当に連絡をしなかったのか。この間の通話の内容とともに明らかにされたい。

三 委員会において、中井防災担当大臣は秘書官からの第一報について、「何も被害が出ていないということ、また別に震度五でありますから招集が掛かるということでもないという確認を受け」と答弁しているが、震度五弱が観測されたという事実に対する政府の認識はどのようなものか。

四 委員会において、中井防災担当大臣は青森の原発視察に触れて、「私ども防災が原子力安全委員会を担当している」と述べた。三月十四日の福島沖地震で震度五弱を観測した福島県楢葉町では福島第二原発が運転中であり、また、その北部では福島第一原発が運転中である。中井防災担当大臣はそのことを認識していたか。

五 委員会において、中井防災担当大臣は「私もあっちこっち行きますし、時にはSP、秘書官、御遠慮いただくときもあります」と述べている。しかしながら、SPを帰して、それからプライベートで外に食事に行ったり映画に行ったことはないか質したところ、中井防災担当大臣は「宿舎に戻りましてコンビニへ、すぐそばにコンビニがございます、物を買いに行ったことが何回かございます。それ以外は余り記憶がありません」と答弁した。この二つの答弁には矛盾があると考えるが、見解如何。
 また、本年三月三十一日の党首討論において、中井防災担当大臣の三月十四日の警護官を同行させなかった行動について不適切であるとするわが党の谷垣総裁の指摘に対し、鳩山内閣総理大臣はその事実を認めるとともに、「二度とこのようなことがないよう注意した」と述べた。この総理発言に照らした場合、委員会における中井防災担当大臣の答弁は虚偽であると思わざるを得ないが、見解如何。

六 二月二十七日のチリ地震による翌二月二十八日の津波警報及び注意報発令に際して、午前八時三十分に官邸対策室が設置されたが、中井防災担当大臣は委員会において、宿舎で待機していた旨の答弁を行った。そこで、内閣府の防災担当政務三役の二月二十八日の登庁時間は、それぞれ何時何分であったか明らかにされたい。

七 報道によれば、二月二十八日午前中、総理公邸には菅副総理兼財務大臣、松野、松井両内閣官房副長官、伊藤内閣危機管理監、平野内閣官房長官、仙谷国家戦略担当大臣、古川内閣府副大臣らが参集して対応を協議していたとされる。中井防災担当大臣は担当大臣として登庁すべきであったと考えるが、如何なる理由で宿舎で待機していたのか。
 また、中井防災担当大臣の「宿舎待機」という判断について、政府は適切であったと認識しているのか。

八 二月二十八日、平野内閣官房長官は何時に登庁したのか。また、同日午前中に何回会議が開催され、その出席者は誰であったのか。

九 平野内閣官房長官は中井防災担当大臣に対して登庁を指示したか。また、指示しなかったのであれば、その理由を明らかにされたい。

十 中井防災担当大臣は二月二十八日午前中は宿舎で待機し、同日午後から官邸に入っている。それに関して、委員会において、緊急事態における対応マニュアルに書いていないとの説明がなされた。マニュアルに規定されていないため登庁しなかったというのは、杓子定規の対応であり、不適切であると思わざるを得ないが、見解如何。
 また、二月二十八日午前から総理公邸に参集していたメンバーは、マニュアルで規定されているメンバーであったのか。

  右質問する。