質問主意書

第173回国会(臨時会)

質問主意書


質問第七一号

「緑のダム構想」の科学的検証による慎重な対応に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成二十一年十一月三十日

加藤 修一   


       参議院議長 江田 五月 殿



   「緑のダム構想」の科学的検証による慎重な対応に関する質問主意書

 前原国土交通大臣は本年十一月十七日の閣議後の記者会見で、「緑のダム」について、農林水産省と連携して法案提出準備をしていると述べているが、専門家の間では「豪雨の際、山には洪水を防ぐほど保水能力はない」などと指摘する意見も多くあり、緑のダムが、治水全体に対応できるかのごときイメージが国民に伝わることになるならば、国民の誤信と百年の計を誤りかねないため、慎重な対応を求めるものである。
 但し、森林整備をする意味がないことを主張しているのではない。森林の持つ多面的機能の発揮を認めるが故である。
 また、政府は民主党のマニフェストに則して政権運営を行っていること、更に、政府与党一体であるとの考えに基づいているということから、左記の項目について政府の見解を求めるものである。

一 森林の貯水機能と利水への活用について

 政府・民主党の「緑のダム構想」によれば、「我が国にある、およそ二六〇〇のダムの総貯水量は二〇二億トンである。これに対して、林野庁の試算に依れば、我が国の森林二五〇〇万ヘクタールの総貯水量は一八九四億トンであり、ダムの九倍にもなる。そして森林には貯水機能だけでなく、水源涵養機能や土砂防止機能もあり、その効用はダムをはるかに上回る」との見解を示しているが、「はるかに上回る」との根拠が十分示されていない。根拠とした情報を明らかにされたい。また、発表されている九倍に代替するとの意味を踏まえて考えてみると、森林における貯水機能は「利水」に対しどの様に生かせるのか、政府の見解を明らかにされたい。
 なお、森林の総貯水量は林野庁の試算によると一八六四億トンであり、民主党の表記は誤りであることを指摘しておく。

二 「緑のダム構想」の治水効果について

 政府・民主党は、「緑のダム構想」によって、「自然の防災力を活かした流域治水・流域管理の考え方に基づき、森林の再生、自然護岸の整備を通じ、森林の持つ保水機能や土砂流出防止機能を高める」としている。確かに一部その働きがあるが、我が国は国土の約七割を森林が占めており、森林整備が遅れていることから吸収力が低下していることは事実だとしても、未だに洪水被害が絶えない実態にある。「緑のダム構想」でどれだけの治水効果を期待できるのか、森林整備が十分進んだ場合を想定して、数字をもとに明らかにするとともに政府の見解を示されたい。

三 「緑のダム」の洪水緩和機能について

 これまで国土交通省は洪水緩和機能について、森林は中小洪水に一定の効果を有するものの、治水計画の対象となるような大雨の際には、森林域からも降雨のほとんどが流出することが観測結果からもうかがえ、必要な治水機能の確保を森林の整備のみで対応することは不可能であると説明している。このことは平成十三年十一月の日本学術会議の答申「地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価について」でも指摘されているところであり、科学的見地から政府の見解を明らかにされたい。

四 「緑のダム」の利水機能について

 日本学術会議の答申では同様に、森林の利水機能について、森林は水を生み出すわけではないこと、森林の増加は樹木からの蒸発散量を増加させ、むしろ、渇水時には河川への流出量を減少させることが観測されている。従って利水機能の代替を森林の整備だけに求めることは必ずしも適切とは考えられないが、科学的見地から政府の見解を明らかにされたい。

五 「緑のダム構想」と洪水対策に対する基本的認識について

 政府・民主党の「緑のダム構想」では、洪水対策として「日本人は長い年月をかけて、川の流域ごとに洪水を水害としない知恵と技術を蓄積してきた。その知恵とは洪水をやり過ごすという哲学であり、技術は遊水地や霞堤であった」としており、さらに「自由に氾濫させる事によって、洪水をやりすごすという、かっての日本がとっていた政策・・」と主張しているが、広大な洪積層の上に国土を形成する欧州などと異なり、狭隘な国土で、しかも急峻な山間地と急流河川の下流域のわずかな沖積層の上に過密都市を形成する我が国とでは、治水・利水対策の在り方は根本的に異なると考える。
 狭隘な地域に過密都市を形成する我が国にとって、「自由に氾濫させる」という認識は治水対策上、大きな難点があるものと考える。災害から国民の生命と財産を守るのが政治家の使命の一つという観点に立てば、おのずと欧米における治水・利水対策とは異なるべきであると考える。また、洪水をやり過ごすとしているが、農作物への影響や洪水被害に伴う補償等、あるいは、災害復旧に必要な資金調達をどの様に考えているのか、政府の見解を明らかにされたい。

六 欧米と我が国との治水対策の基本的認識の違いについて

 政府・民主党の「緑のダム構想」では、外国などの経験を踏まえ、新しい河川政策に取り組むべきとされている。それには河川行政の目標を「コンクリートのダム」から「緑のダム」に切り替えなければならないとして、米国におけるダム撤去の例を挙げて二〇〇〇年五月までに四六九のダムが撤去されたとしている。また、ヨーロッパでは堤防に穴を開けたり、あえて氾濫させて氾濫原に水を引きいれるという形で洪水を受け止めるというのである。
 しかし米国で撤去されたダムの約九割以上は、高さ一五メートル未満の我が国では「堰」と呼ばれるものであり、老朽化して使用不能になったものも多く含まれているのが実態であり、表現が適切とは言えないのではないか。
 また、利根川水系をはじめ狭隘な平野部に住宅地が密集する我が国において、氾濫原や遊水池がどこまで確保できるのか、はなはだ疑問である。対応するスペースをどの程度見積もっているのか、対策としての河川政策を含めた政府の見解を明らかにされたい。

七 「緑のダム構想」と森林整備事業の後退について

 政府・民主党の「新しい河川政策=緑のダム構想」では、河川行政の目標を「コンクリートのダム」から「緑のダム」に切り替えなければならないとして、緑のダムの効用と「間伐」の必要性に言及し、それを実施すれば、ダムをはるかに上回る効用を得る事ができると主張している。
 木材価格の低迷により民有林の整備が進まず、最近五年間で約一万八〇〇〇カ所以上の森林が山崩れや地すべり等の山地災害の発生により失われている現状にある。
 いつまでも間伐した樹木を山地に残す切り捨て間伐については、森林整備、災害対策上、適切ではないことから実施すべきでないことはいうまでもない。民主党の考えからすると路網整備や切り捨て間伐を除く、通常の間伐については緊急を要することでもあり、予算を増額することがあっても減額の対象とならないのではないかと考える。
 ところで、平成二十一年度第一次補正予算のうち、路網整備や間伐などを行う「森林整備事業」について、未着手を理由に二四六・四億円を執行停止にしたことは、いかなる理由か、従来から主張している「緑のダム構想」に大きく矛盾するのではないか、政府の見解を明らかにされたい。

  右質問する。