質問主意書

第173回国会(臨時会)

質問主意書


質問第三七号

八ッ場ダム事業の見直し・中止に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成二十一年十一月十六日

末松 信介   


       参議院議長 江田 五月 殿



   八ッ場ダム事業の見直し・中止に関する質問主意書

 前原国土交通大臣は、大臣就任直後に、関係自治体や地元住民への十分な説明や話合いの機会を持つことなく、八ッ場ダムの建設中止を一方的に宣言したが、これは公共事業の中止決定プロセスのあり方に大きな疑問を投げかけている。八ッ場ダムは現在国内で計画されている多くのダムの中でも費用対効果が極めて大きく、関係自治体からは必要性が高く評価されている事業である。仮に、八ッ場ダムが科学的かつ合理的な根拠に基づかない不透明な方法で中止されるとすれば、ダム事業のみならず社会資本整備のあり方がゆがめられてしまい、将来に禍根を残す重大な問題である。そこで、前原大臣による八ッ場ダム建設中止決定プロセスのあり方、中止を判断した根拠、今後の対応等について以下質問するので、真摯にかつ誠意を持って説明されたい。

一 八ッ場ダム建設中止決定プロセスについて

1 前原大臣は大臣就任直後に、関係自治体や地元住民への十分な説明や話合いの機会を持つことなく、八ッ場ダムの建設中止を一方的に宣言したが、これは特定多目的ダム法第四条第四項の「国土交通大臣は、基本計画を作成し、変更し、又は廃止しようとするときは、あらかじめ、関係行政機関の長に協議するとともに、関係都道府県知事及び基本計画に定められるべき、又は定められたダム使用権の設定予定者の意見をきかなければならない。」との規定に違反しており、公共事業の中止決定プロセスとして不適切なのではないか。
2 前原大臣は、ダムの必要性がないことについての合理的な説明を行うことなく、マニフェストに掲載されていたことを根拠として八ッ場ダム建設中止を宣言しているが、このことがダム建設予定地の住民の不安を高め、態度を硬化させたと言える。前原大臣は、住民とじっくり話し合いたいとの数々の発言を行っているが、言行不一致であり、責任ある国の行政機関の長として極めて不適切な行為ではないか。
3 八ッ場ダムは、河川法に定める河川整備基本方針及びそれに基づく河川整備計画(八ッ場ダムの場合は、河川法附則に基づき河川整備計画が定められるまでの間において河川整備計画とみなされる工事実施基本計画)に基づいて工事が進められているが、仮に八ッ場ダム建設を中止するのであれば利根川水系の治水システム全体に影響することとなるので、河川整備基本方針及び河川整備計画全体の見直しを行った後に決定する必要がある。今回の前原大臣の中止宣言は、このような河川整備基本方針及び河川整備計画全体の見直しを伴わない一方的かつ思いつき的な行為であり、国民の生命・財産を預る国の行政機関の長として極めて不適切ではないか。
4 自民党でも過去に公共事業の見直しを行っており、平成十二年八月の「公共事業の抜本的見直しに関する三党合意」では公共事業の中止基準を明示し、かつ、地方議会、地元住民に配慮することとした。現政権でも、明確な中止基準を示した上で中止宣言をすべきであったのではないか。
5 前原大臣は、ダム建設を中止した場合におけるダム建設予定地の地元住民の生活対策について代替案を示すことなく中止宣言を行ったが、これは国民目線に立った行政とは言えないのではないか。
6 民主党政権成立後に行われている各社の世論調査でも八ッ場ダム建設中止について賛否が拮抗(二〇〇九年十月五日付読売新聞)しているか、反対が多数(同年九月十九・二十日JNN世論調査、同年九月十八日(株)イクオリティ世論調査)となっており、国民は必ずしも八ッ場ダム建設中止に賛成というわけではない。そもそも今般の総選挙において、有権者は必ずしも民主党のマニフェストを支持して民主党に投票したわけではないにもかかわらず、それを民意として一方的に中止を押しつけようとするのは独裁的ではないか。

二 八ッ場ダム建設中止の根拠について

1 前原大臣は、本年九月十七日の就任記者会見では「我々は野党のときに何度も何度も八ッ場ダムには視察をして、地元の方々、或いは当該自治体の方々とお話をしてマニフェストにした」と発言しているが、十月二十七日の記者会見においてダムの必要性の再検証を行うと表明した。ここに来て再検証を行うということは、これまで主張してきた八ッ場ダム建設中止の検証は実際には行われていなかったということではないのか。行われているなら、当該検証結果についての政府の見解を示されたい。
2 民主党は、八ッ場ダムには治水・利水の効果が無いとしている。その根拠として、同ダム建設に異を唱える住民団体の意見を基に党としての検証をしていることを挙げているが、前原大臣は、この民主党の主張に基づいて中止を判断したのか。
 反対派の意見は、東京地裁、前橋地裁、水戸地裁で全て敗訴している意見である。司法の場で敗訴したダム建設の中止の根拠は妥当なものと言えるのか。
3 民主党は、「利根川の台風による洪水・漏水被害については、治水効果が希薄である八ッ場ダムを中止し、その予算を利根川の河川堤防強化に充てるべきだ」としているが、前原大臣もこの民主党の主張に基づいて判断しているのか。
 国土交通省が本年三月に行った費用便益比算定結果によれば、治水効果は五十七分の一を超える年平均被害軽減額の効果だけでもB/Cで三・四とされており、さらに、五十七分の一以下の年平均被害軽減額の効果を加えると十四・六となっている。この数字は利水の便益を含まない治水だけの便益で試算されたものであるが、これで効果が希薄と言えるのか。
4 民主党は、カスリーン台風の降雨シミュレーションでは吾妻川流域にたまたま降雨がそれほどなかったことから、八ッ場ダムが建設されなくとも治水対策上問題ないとしているが、前原大臣も国土交通大臣としてこの民主党の主張に基づいて判断しているのか。
 前述の地裁判決でも指摘されている所であるが、利根川上流部への降雨パターンは多種多様であり、カスリーン台風と同一の降雨分布では治水効果が無かったとしても、それをもって直ちに全ての降雨パターンで治水効果が無いとすることは不適切ではないか。
5 国土交通省の費用効果分析では様々な降雨パターンでの治水効果が検討されており、そのような分析が妥当なのではないか。地球温暖化などによる気候変動の影響によって台風の大規模化が懸念されているが、そのような大型台風が襲来し吾妻川流域に集中的に豪雨を降らせる場合も想定できるのではないか。それらを否定する根拠は何か。

三 八ッ場ダム建設中止による無駄の削減について

1 八ッ場ダム事業がダム本体の完成を前提とした工事であることを考えると、ダムの建設中止によって公共投資としての本来の目的を失うため、既に支出された三千二百十億円自体は完全に無駄な支出になるのではないか。結果として、八ッ場ダム建設中止で無駄を削減するという目的は達成できないのではないか。
2 前原大臣は、継続した場合より中止した場合の方がコストが高くてもダム事業は中止するとしているが、同じ費用を投下して最も効果のある使い方こそが無駄の無い予算の使い方であるとの考え方からすれば、中止した場合のコストの方が大きくなる政策は予算の無駄遣いと言えるのではないか。
 また、中止した場合に継続したときよりもコストがかかるのであれば、「中止によって浮いた予算を利根川の河川堤防強化に充てるべきだ」との民主党の主張を実現するために振り向ける財源はどこにあるのか。
3 河川堤防強化案について、平成二十七年度までにダム本体工事の六百二十億円に相当する支出の範囲で、八ッ場ダムの本体工事を実施した場合と同等あるいはそれ以上の堤防強化工事を行う具体的なプランがあるのか。

四 八ッ場ダム建設中止後の対応について

1 仮に、八ッ場ダム建設の中止が確定し、平成二十七年度のダム完成予定時期以降に大型台風が襲来して吾妻川流域に集中的に豪雨を降らせ、利根川水系で大洪水が発生し、多額の人的被害や物的被害が発生した場合には、これは完全な人災であり政策判断を誤ったということになる。前原大臣はそのような場合にどのような責任をとることができるのか。
2 八ッ場ダムの建設のために既に三百五十七ヘクタールという広大な土地が買収されているが、新しく作られた代替造成地及びダムに水没するはずの土地を今後どのようにするのか、ダム建設の中止に伴う対応について方針を速やかに示すべきではないか。

五 事業の再検証について

1 前原大臣は、予算編成の中でダム事業の中止か継続かの再検証の作業を進めると表明しているが、八ッ場ダムの必要性の再検証についてはいつまでにどのような検証作業を行うつもりか。
 その再検証作業には利根川水系の河川整備基本方針及び河川整備計画全体の見直しも含まれるのか。
2 前述のダム事業の再検証作業には治水基準の見直しも含まれるのか。仮に含むとすれば、それは河川整備体系のあり方全体を見直すことであり、しかるべき専門家を集め、河川管理に関わる技術者など関係者全ての英知を結集して行われなければならない大事業となる。そのような事業には、かなりの時間と費用をかける必要があると考えるが、来年度の概算要求でそれに必要な費用は計上されているのか。

  右質問する。