質問主意書

第169回国会(常会)

質問主意書


質問第一六号

治験・臨床研究における被験者保護と適正な研究の推進に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成二十年一月三十一日

川田 龍平   


       参議院議長 江田 五月 殿



   治験・臨床研究における被験者保護と適正な研究の推進に関する質問主意書

 本年一月十日、参議院厚生労働委員会における薬害C型肝炎救済法案の審議で厚生労働委員会における初めての質問の機会を得た。その最後に、欧米諸国では非倫理的な人体実験に対する調査、反省に基づき、広範囲な臨床試験・臨床研究における被験者保護法制を確立した上、これら研究を推進しているのに対し、日本では、第二次世界大戦中の人体実験にかかわった人たちが、ミドリ十字など製薬会社や研究機関で権力を維持してきたことが、薬害エイズ事件につながったこと、これらの反省に基づき、承認申請目的の治験だけではなく、広く治験・臨床研究を法制化することの必要性を指摘したところ、舛添厚生労働大臣からは、「どういう形で人権を守りながら今の臨床実験であるとか治験がやれるかということを早急に検討してまいりたい」との回答を得た。
 ところが、本年一月七日付質問第一〇七号「治験・臨床研究における被験者保護と適正な研究の推進に関する質問主意書」(以下「質問第一〇七号」という。)において、平成十九年中に行った三回の勉強会を踏まえ、治験・臨床研究における被験者の保護と適正な研究の推進のための法整備に関する政府の対応の疑問点を質したのに対し一月十五日に受領した答弁書第一〇七号(以下「答弁書第一〇七号」という。)では、舛添大臣の答弁を裏切るかのような、政府の後ろ向きの姿勢が示された。
 そこで、答弁書第一〇七号に対する疑問を質すため、以下質問する。

一 総合科学技術会議報告書に対する厚生労働省の対応について

1 答弁書第一〇七号「一について」でいう、「国内未承認の薬物・機械器具を用いた先進的な医療技術による診療と保険診療との併用について検討を行っている」というのは、総合科学技術会議報告書に対応するものではなく、平成十九年十一月七日東京地裁判決でいわゆる混合診療の法的根拠が危うくなり、規制改革会議が全面解禁を求めたことに対する対応であると思われるが、そうではないか。
2 もし、そうではなく、総合科学技術会議報告書に対応したものであるのだとしたら、なぜ、臨床研究全般の中で、「国内未承認の薬物・機械器具を用いた先進的な医療技術」のみを検討対象としたのか、また、この表現がどのような「先進的な医療技術」を包括するものなのか、規制改革会議の要望に対応して検討対象としている「臨床的な使用確認試験」とは異なる範囲のものなのか、異なる場合にはその範囲について、明らかにされたい。
3 被験者に対する補償については、厚生科学審議会科学技術部会臨床研究の倫理指針に関する専門委員会(以下「専門委員会」という。)において検討しているということであるが、本年一月十七日「日刊薬業」紙では、専門委員会において、研究者に民間保険に加入することを義務づける案が十六日に提示されたと報道された。臨床研究には厚生科学研究費補助金等公費が使われる場合もあり、こうした研究費から民間保険会社に保険料が支払われるとすれば、税金の適正な使途として、応分の割合で障害に対する補償金が保険会社から支払われるよう公的管理体制が必要であると考えるが、現行の民間保険に対してそのような管理体制は無い。このため、これまでの治験における民間保険において適正な割合で障害に対する補償金が支払われているかどうかを推測するための調査が必要であると考えるが、そのような調査は行ったか。
4 民間保険に比して、過去の薬害問題を経て設立された医薬品医療機器総合機構における副作用被害救済制度は、一定の割合で救済金が支払われるようにするための公的管理体制が存在するが、同制度を拡大し、臨床研究にも適用するという選択肢は検討されてはいないのか。検討されたのであれば、その概要を示されたい。

二 金沢大学「同意無き臨床試験」裁判事例について

1 答弁書第一〇七号「二の1について」では、質問第一〇七号で指摘した上申書は臨床試験における被験者保護法制定の必要性を上申しているものとみなし、「治験のあり方に関する検討会」等は臨床試験における被験者保護についての検討を目的としていないため、同上申書について検討していない、と述べている。しかしながら、同上申書及び同上申書の指摘する同検討会第五回で提出された三つの意見書は、法的管理の対象を治験のみならず臨床試験または臨床研究にまで広げるべきとするものであり、同検討会の検討対象を狭く限定すること自体に対する疑義である。さらに、同日の資料7「事務局論点整理」には、「⑧被験者保護と臨床研究新興の観点からの法律の制定」として、「治験と研究者主導の臨床試験の区別をせず、(中略)法律を制定することも、被験者保護ならびに臨床研究振興の両者の観点から必要ではないか(被験者の権利を守る制度の整備)。」とある。論点として挙がっているにも関わらず、治験以外の臨床試験・臨床研究は検討対象から除外してしまった理由を明らかにされたい。
2 右意見書等が、検討会の対象範囲を治験のみではなくそれ以外の臨床試験・臨床研究にも広げるべきであると述べていることに対し、その意見が検討に値するか否か、同検討会で話し合われた結果、検討に値しないと判断されたのであれば、その概要を明らかにされたい。
3 同検討会で、治験以外の臨床試験・臨床研究についても検討すべきという意見が複数提出され、「事務局論点整理」においても検討対象として挙げられていたにも関わらず、同検討会では検討対象から除外されてしまったのであれば、この課題を検討することを目的に含む「臨床研究に関する倫理指針」見直しの専門委員会でこれら意見書・上申書を配布し、その記述内容について検討すべきであると考えるが、いかがか。特に、打出医師の関連する事例は、臨床研究に携わる研究者らによっても公開シンポジウム等の場で議論されてきているので、厚生労働省による公式な検討の場で取り上げるべきであると考えるが、いかがか。
4 金沢大学の事例についての高裁判決では「本件クリニカルトライアル」について「実験的ないしは試験的な側面があるのであり,そのことによる他事目的のために最善医療義務の履行が阻害される危険がある」とし、このため「他事目的説明義務に基づき,Eに対し,本件クリニカルトライアルの目的,本件プロトコールの概要,本件クリニカルトライアルに登録されることがEに対する治療に与える影響等について説明し,その同意を得る義務があった」としており、医師には「他事目的説明義務違反」があったと結論している。答弁書第一〇七号「二の2について」は、この判決を踏まえた上で、本件の如き事例であったとしても、一般的な診療契約上の説明義務を果たせば足りるのであって、本件が実験的ないし試験的な側面を含むことから他事目的説明義務に基づく説明事項として裁判所が判示した事柄までをも説明する必要はない、と主張するものか。もしくは判決を踏まえずの主張か。
5 国際人権規約の趣旨についても、診療に実験的目的が追加される行為について、診療契約上の説明義務のみを果たせばよいのであって、実験的ないし試験的な側面についての説明は必要ない、という解釈か。
6 臨床研究に関する倫理指針は、この答弁にあるような認識のもとに策定されたのであり、現在の見直しにおいても厚生労働省のこのような解釈に基づいて検討しているのか。
7 金沢大学は、平成十八年一月十七日付けで、正式に「同意なき臨床試験」をしたとの発表をしているが、政府は、大学の発表に反し、同意なき臨床試験ではなく、診療契約上の説明義務を果たしたことから、臨床試験であることの同意は必要ではなかったという主張を、これからも維持するのか。

三 臨床研究におけるその他の逸脱事例について

1 答弁書第一〇七号「三の1について」では、質問第一〇七号で指摘した神戸市の事例について、倫理指針の内容の妥当性に疑義を生じさせるものではない、としている。しかしながら、諸外国では、医薬品の臨床試験については法律に基づき行政当局の許可を得て実施され行政当局の査察や調査が行われるので、書面による同意取得が履行されているのに対し、臨床研究に関する倫理指針は法的規制ではなく、同意取得の履行が調査されないために書面が作成されなかった可能性が大きい。このため、倫理指針見直しにおいて法制化の是非が検討されているのであれば、具体的な検討の対象とすべきと考えるが、いかがか。
2 答弁書第一〇七号「三の2について」では、質問第一〇七号で指摘した読売新聞全国調査について、「当該調査の内容について議論がなされている。」とあるが、当該調査結果が配布されておらず、委員の中にはその内容を知らない者もおり、読売新聞社社員である委員さえ、直接調査に携わっていないので発言できないとの趣旨のことを述べていた。これをもって「当該調査の内容について議論がなされている。」とは言い難いことは明らかである。専門委員会における審議とは、調査対象とすべき資料を委員に配布することもなく議論をすることが当然とされているものなのか。
3 委員から、本調査結果について議論すべきとの要請があったにも関わらず、読売新聞社社員である委員が、直接調査に携わっていないので発言できないと述べたのであるとすれば、直接調査に関わった社員が参考人として検討会に出席した上、資料を配布して議論すべきであると考えるが、いかがか。
4 以上述べた金沢大学、神戸市、読売新聞調査の三件は、いずれも、大きく報道され、研究者および一般社会においても関心を呼び、議論が重ねられてきた事柄であるが、これらの事柄について厚生労働省の専門委員会で検討しないままに、臨床研究に関する倫理指針の見直しが行われたとしても、そのような審議の結果は社会の信頼を得ることが出来ず、ひいては臨床研究に対する社会の不信感を助長するおそれがある。臨床研究を推進するためにも、これら逸脱事例について、資料を委員に配布した上での検討は必要不可欠であると考える。これら三件について、資料を委員に配布した上、関係者を参考人として専門委員会に招き、社会に開かれた形で議論していただくことを求めたいが、いかがか。
5 右三件につき検討する際に、質問第一〇七号、答弁書第一〇七号、本質問主意書及び専門委員会開催時までに答弁がなされていればその答弁書も、あわせて委員に配布いただきたいが、いかがか。
6 専門委員会議事録は開始より五ヶ月経過した現在も全く公開されていない。地理的・時間的・空間的条件から傍聴可能な人はごく僅かに限られていることから、本課題に関心を持つ人々に情報開示せず、本課題について議論を深める機会を与えないまま、予定された審議期間の半分を経過して得られる結論は、妥当性、信頼性を欠く。ここで指摘した観点について、議事録を五ヶ月余り公開せずにいることについて、正当性があるとみなすならば、その考えを示されたい。
7 答弁書第一〇七号「三の3について」では、質問第一〇七号で、今後の実態調査の計画につき尋ねたところ、「できるだけ多くの病院について調査を行うための方策について検討を行ってまいりたい。」と希望を述べるだけであって、具体的な計画について述べていない。具体的な計画は未だ立てられていないということか。
8 諸外国では少なくとも医薬品・医療機器を用いた臨床試験については、行政当局が法的権限に基づき査察又は調査を行っており、複数の国で、手術方法などの臨床研究においても当局の調査が行われる。これに対し、日本では、「また、当該調査に応ずるか否かについては、対象病院の任意による」という状況では、著しく遅れているといわざるを得ない。臨床試験・臨床研究の推進のためには、法的整備を諸外国と同水準にすることを先行して検討すべきであると考えるが、いかがか。
9 答弁書第一〇七号「三の4について」では、質問第一〇七号で、欧米諸国のように、過去の非倫理的な人体実験の反省や、近年の逸脱事例についての調査を、なぜ行わないのか、理由を尋ね、また、今後行う可能性がある場合は、いつまでにどのように行うか、尋ねたのに対し、「倫理指針は、過去の非倫理的な人体実験の反省に基づき、医学研究の倫理規範として、世界医師会において取りまとめられた『ヘルシンキ宣言』及び医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令(平成九年厚生省令第二十八号)等を踏まえて制定されているものである。」と述べている。しかしながら、倫理指針の策定過程では、ヘルシンキ宣言とICH(日・米・EU医薬品規制調和国際会議)-GCP(医薬品臨床試験の実施に関する基準)を、表に並べて規律事項を比較対照しただけであり、これらの規範が策定される過程で過去の非倫理的な人体実験の反省がいかにして行われたか、また日本ではいかなる歴史に基づき現在があるか、一切検討されていない。自ら反省を行わず、国際社会が過去の反省に基づいて作成した倫理規範のみを、表を作って比較対照することをもって、国際社会における倫理規範の根本理念を理解し踏襲したと偽ってはならない。「なぜ、欧米諸国では当然のこととされる、過去の逸脱事例に対する反省・調査を日本では行わないのか、その理由を明らかにされたい。」と質問しているので、これに直接回答を示されたい。

四 欧米諸国その他と日本との制度の落差について

1 答弁書第一〇七号「四の1について」では、「臨床研究を法的規制の対象とすることにより、患者のニーズに柔軟に対応した研究の円滑な推進に支障が生じる」とあるが、臨床研究を法的規制の対象としているアメリカ、フランス、オランダ、スウェーデン等では、日本のようなドラッグラグ問題は生じておらず、先進的な医学研究が積極的に行われている。これらの国で、法律の存在が研究の円滑な推進の支障となっているとみなす論拠があるのであれば、示されたい。
2 法律によって研究推進に支障が生じるのが日本の特殊な事情によるのであるとみなすならば、その事情を示されたい。
3 「患者のニーズに柔軟に対応した研究」とあるが、研究の本質とは、研究を実施する者の科学的な目的に対応して行われるものであり、研究推進のためには、第一に、そのような研究の本質を社会が認めることが必要である。その上で、科学的な目的が患者のニーズに対応するものとなるようにするために、倫理原則や医学研究の法制度がつくられてきたのが国際的な倫理規範の成立経緯であると理解している。その顕著な例がヘルシンキ宣言の第十九条である。政府は、法律で規制することが患者のニーズに対応した研究推進に支障を生じさせると懸念するのであれば、その論拠を、右に述べたような、国際的な倫理規範や、医学研究の法制度の成立過程との対比において示されたい。
4 国際社会は、広範な医学研究についての法制度を設計することにより、患者のニーズに対応した研究を推進しているのに対し、日本は、承認申請目的の治験という狭い領域にしか法的規制を適用していないのにも関わらず、研究を推進できず、ドラッグラグや薬害の問題を解決できず、国際共同研究にも十分に参加できず、国際社会から孤立した状態にある。このような国際社会と日本の落差の根本的な原因はどこにあるのか、政府の見解を示されたい。
5 答弁書第一〇七号「四の2について」では、「米国、英国及びフランスに関する調査結果に基づき、これら三か国のうち、臨床研究に対する包括的な規制を行う法律が存在するのはフランスのみであることを述べた」とある。しかしながら、米国は、国家研究法に基づき連邦行政規則45CFR46「被験者の保護」により包括的に法的規制を行っていると考えるが、そうではないという認識か。
6 臨床研究に関する倫理指針の専門委員会では、三か国のみしか調査対象としないのか。その他の国々についての調査を行って、認識が変更されたのであれば、現時点での認識を示されたい。
7 臨床試験・臨床研究の実情としては、三か国だけでなく、世界の様々な国々との国際共同研究が行われており、また、現在以上に国際共同研究を推進すべきであると考える。それにも関わらず、三か国のみの調査に基づく見解しか述べられないような状態で、世界の様々な国々との国際共同研究の推進にふさわしい国内の制度を構築することが可能であると考えているのか。

五 混合診療問題について

1 答弁書第一〇七号「五について」では、質問第一〇七号における「保険併用を認めるからには、未承認の医薬品・医療機器の使用における患者の安全確保・被験者保護・信頼性確保の仕組みは、前記四の1に述べたような諸外国の『臨床試験』の制度に匹敵する仕組みを構築するのでない限りは、『臨床的な使用確認試験』といった諸外国に理解困難な制度ではなく、現行制度の『治験』に匹敵する取扱いが求められると考えるが、政府の認識を示されたい。」という質問に直接回答していない。この質問に直接回答されたい。
2 平成十九年十二月十七日の厚生労働大臣と規制改革担当大臣の合意では、先進医療において薬事法で承認されていない医薬品・医療機器を用いた医療技術は認めないとする通達を撤回することとされたが、この場合に、薬事法で承認されていない医薬品・医療機器を、医療機関外の者が、医療機関に販売または譲渡することは、薬事法第五十五条に抵触しないのか。

  右質問する。