質問主意書

第168回国会(臨時会)

質問主意書


質問第一〇七号

治験・臨床研究における被験者保護と適正な研究の推進に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成二十年一月七日

川田 龍平   


       参議院議長 江田 五月 殿



   治験・臨床研究における被験者保護と適正な研究の推進に関する質問主意書

 近年、国際標準薬の日本での治験の遅れからこれらの医薬品を患者が入手できないという問題がある一方、薬害肝炎など、患者の安全確保の面で重大な問題が頻発している。厚生労働省は、治験・臨床研究の推進策を策定する一方で、被験者保護のための法律の必要性を訴える患者・研究者双方からの声を退けている。さらに、いわゆる混合診療問題に関する規制改革担当大臣と厚生労働大臣による協議では、治験のような厳格な枠組みとは言えない「先進医療」の枠組みにおいて、未承認薬の使用を認める方針を示すなど、医薬品の安全性確保の観点からは強く懸念される拙速な判断がなされている。
 有効で安全な医薬品を患者が迅速に手にするためには、治験・臨床研究の被験者の保護を確実にした上で、信頼できる研究成果が得られるように、法的な枠組みを明確にすべきであり、その制度設計については、国会の場で審議し国民的合意形成をすべきであると考える。ところが、厚生労働省では、審議会・検討会などで一部の有識者のみによる検討を進め、後ろ向きな合意形成を図ろうとしている。
 こうした実情を正確に把握するため、私は、臨床現場の医師、厚生労働省担当官を招いた勉強会(以下「勉強会」という。)を、昨年九月十一日、十月十日、十二月十四日と三回にわたり開催してきた。その結果判明した被験者保護にかかわる重要な疑問点をただす観点から、以下質問する。

一 総合科学技術会議報告書に対する厚生労働省の対応について

 第二回・第三回勉強会では、厚生労働省の医薬食品局審査管理課長と医政局研究開発振興課長が、治験・臨床研究とかかわる審議会・検討会での検討結果・検討状況について説明を行った。しかし、これらの説明の中では、内閣府総合科学技術会議の二〇〇六年十二月二十五日付け報告書「科学技術の振興及び成果の社会への還元に向けた制度改革について」(以下「本報告書」という。)で触れられている「臨床研究における健康保険の併用及び被験者への補償を可能にする被験者保護制度の確立を平成十八年度以降実施すべきもの」とされていることについて検討した様子は見られなかった。
 本報告書には、「治験のみならず臨床研究全体についてICH-GCPへの準拠を原則とした法律に基づいた実施基準を策定すべき」とも記載されている。この点について、担当大臣又は審議会・検討会等による検討がどのように行われてきたか、検討経緯・検討結果を明らかにされたい。また、具体的な検討を行っていない場合には、その理由を明らかにされたい。

二 金沢大学「同意無き臨床試験」裁判事例について

1 第一回勉強会では、国立大学法人金沢大学医学部附属病院で一九九八年に行われた「同意無き臨床試験」裁判(以下「本裁判」という。)に、被験者遺族の証人としてかかわった打出喜義医師を招いた。打出医師は、二〇〇五年九月二十七日付けで、当時の内閣総理大臣、厚生労働大臣、厚生労働省の治験のあり方に関する検討会委員、同省の未承認薬使用問題検討会議委員、同省の先進医療専門家会議委員、その他厚生労働省や文部科学省における医学研究・生命倫理とかかわる検討を行っている委員会等に向けて上申書を提出している。ところが、この上申書はこれら委員会等で検討された形跡はなく、現在「臨床研究に関する倫理指針」の見直しを行っている厚生労働省医政局研究開発振興課では、その事実さえ把握していない様子であった。各種委員会又は府省庁内で、同上申書について検討を行ったか明らかにされたい。また、行っている場合は、その検討経緯と結果の概要を明らかにするとともに、行っていない場合はその理由をそれぞれ示されたい。
2 前記上申書は、「既承認薬のランダム化比較試験は臨床研究ではないので被験者のインフォームドコンセントは必要ない、とする国および治験の権威者の見解を問い、被験者保護法の確立を求める上申書」という標題であり、裁判における国の準備書面、有識者による意見書等において、標題の趣旨の見解が述べられていることについて、具体的な記述を引用して示しているものである。同上申書は、一九七九年に批准された市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「国際人権自由権規約」という。)第七条が、同意のない科学的・医学的実験をいかなる場合にも禁じていることも述べている。当該ランダム化比較試験の研究計画書には同意取得義務が規定されていたにもかかわらず、国は、薬事法上の同意取得義務がないことから、インフォームドコンセントは必要ないとしているのは、国際人権自由権規約第七条は、本件について無効であるとの解釈を示すものか明らかにされたい。また、同条文と本裁判事例における国の見解との関係を明らかにされたい。

三 臨床研究におけるその他の逸脱事例について

1 神戸市立医療センター中央市民病院、神戸市立医療センター西市民病院及び財団法人神戸市地域医療振興財団(西神戸医療センター)の各病院で、平成十六年度以降に実施された臨床研究における、研究の件数及び患者からの同意書の取得状況について、神戸市保健福祉局病院経営管理部経営管理課では、昨年八月十三日付けで調査結果を発表している。第三回勉強会では、厚生労働省の厚生科学審議会科学技術部会臨床研究に関する倫理指針見直しの専門委員会(以下「本専門委員会」という。)では、この調査結果について検討していないとの報告であったが、検討していない理由を明らかにされたい。また、今後検討すべきであると考えるが、政府の見解を示されたい。
2 本専門委員会では、読売新聞大阪本社が実施した「臨床研究に関する倫理指針」に対する適合性についての「大学病院など倫理委全国調査」(二〇〇七年三月十三日大阪版掲載、同年四月二十八日全国版に論説掲載)が話題となり、問題提起されたものの、この調査結果が配布され検討されたわけではないと聞く。しかし、委員から問題提起があった以上は、具体的な調査結果に基づき検討すべきであると考えるが、政府の見解を示されたい。
3 本来、このような実態調査を厚生労働省が行うべきであると考えるが、第三回勉強会での医政局研究開発振興課長の回答では、五病院に対して予備調査を行ったのみということであり、系統的な調査は行っていないということであった。系統的な実態調査を行わずに、指針の見直しを行い、本年春までに結論を出しても、それは有識者(利害関係者)による合議の結果にすぎないと考えるが、今後、実態調査を行う計画があるか明らかにされたい。また、計画がある場合は、いかなる権限に基づき、いかなる方法で実施するのか明らかにされたい。
4 欧米諸国では、過去の非倫理的な人体実験の反省を、詳細かつ膨大な報告書としてまとめた上、生物医学研究に関する法的規範を作成してきた。一方、日本における「臨床研究に関する倫理指針」の策定過程では、このような過去の事例に対する反省、近年の逸脱事例に対する系統的な調査が一切行われていない。このことは、国民の医学研究に対する不信感の原因となり、研究推進にも大きな阻害要因となっていると考える。なぜ、欧米諸国では当然のこととされる、過去の逸脱事例に対する反省・調査を日本では行わないのか、その理由を明らかにされたい。また、審議会・検討会などで今後行う可能性がある場合は、いつまでにどのように行うのか明らかにされたい。

四 欧米諸国その他と日本との制度の落差について

1 欧米諸国、オーストラリア、カナダ、さらにアジア、アフリカのうち臨床研究を推進している地域では、研究の推進のためにも法律が必要であるとの考え方から、少なくとも、医薬品を用いる臨床試験については、日本のように新薬承認申請を目的とする「治験」に限らず、法的根拠のある規制を制定している。少なくとも医薬品を用いる臨床試験については、法律があることが、研究推進のためにも不可欠であると考えるが、政府の認識を示されたい。
2 第三回勉強会において医政局研究開発振興課は、医薬品を用いるもの以外についても法律があるのはフランスだけであると回答した。しかしながら、アメリカ、スウェーデン、デンマーク、オランダ、オーストラリア、台湾などにおいても、医薬品を用いるものに限らず、法律又は法律に基づく規則が存在する。また、ヒト受精胚についての研究、細胞移植、遺伝子治療などの先端技術については、日本よりも広範囲の法律又は法律に基づく規則が存在する国がある。医薬品を用いるもの以外についても法律があるのはフランスだけ、という認識は誤りであることを認めるべきではないかと考えるが、政府の認識を示されたい。

五 混合診療問題について

 昨年十二月十七日、いわゆる混合診療問題について、厚生労働大臣と規制改革担当大臣の合意により、先進医療において薬事法で承認されていない医薬品・医療機器を用いた医療技術は認めないとする通達を撤回することとされた。しかし、現在のところ、先進医療では医療技術そのものが有効性・安全性の未確認な実験段階の医療技術であることに加えて、未承認の医薬品・医療機器を患者に使用することの安全性確保の枠組みが存在しないので、昨年十一月七日の、いわゆる混合診療にかかわる東京地裁判決を受けてこのような判断をするというのは余りに拙速である。保険併用を認めるからには、未承認の医薬品・医療機器の使用における患者の安全確保・被験者保護・信頼性確保の仕組みは、前記四の1に述べたような諸外国の「臨床試験」の制度に匹敵する仕組みを構築するのでない限りは、「臨床的な使用確認試験」といった諸外国に理解困難な制度ではなく、現行制度の「治験」に匹敵する取扱いが求められると考えるが、政府の認識を示されたい。また、この点について、両大臣の合意の論拠となった判断を示されたい。

  右質問する。