質問主意書

第168回国会(臨時会)

質問主意書


質問第五三号

「先住民族の権利に関する国連宣言」採択を受けた政府対応に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成十九年十一月九日

紙 智子   


       参議院議長 江田 五月 殿



   「先住民族の権利に関する国連宣言」採択を受けた政府対応に関する質問主意書

 「先住民族の権利に関する国連宣言」(以下「国連宣言」という。)は今年九月の国連総会において圧倒的多数で採択され、我が国も賛成した。先住民族の権利問題は一九八〇年代から国連での議論が本格的に開始され、作業部会の設置、国連先住民の国際年など二十年以上の議論の積み重ねを経て宣言に結実させたことは、世界七十数箇国にわたり三億七千万人といわれる先住民族の人権保障にとって、またそれを包摂する諸国民にとって極めて重要である。
 我が国では、アイヌ民族への施策として「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律」が一九九七年に制定され、種々の文化振興策がとられているが、今回の国連宣言を受け、我が国でも国際水準に沿った対応が求められる。
 そこで、以下質問する。

一 国連宣言採択と政府の対応について

1 国連宣言が採択された歴史的意義と我が国が賛成した理由及び国連宣言が各国政府、我が国政府に与える効果について、政府の見解を示されたい。
2 政府は賛成の態度を示すに当たり、先住民族をどのように認識して判断したのか明らかにされたい。

二 アイヌ民族が先住民族であることについての政府の認識について

 政府はアイヌ民族について、福田内閣総理大臣の衆議院本会議における答弁にみられるように、国連宣言に「先住民族」の定義に関する規定がないことを理由として先住民族とは認めないとの態度をとり続けている。しかし、アイヌ民族の先住性については一九九六年の「ウタリ対策のあり方に関する有識者懇談会報告書」が明確に言及し、かつ政府も認めていること、また一九九七年の二風谷ダム訴訟札幌地裁判決がアイヌ民族を先住民族と認定しているなど数々の歴史的経過、あるいは国際機関の評価などに照らし、政府の姿勢は明らかに説得力を欠くものである。
1 日本が一九一一年に批准した「膃肭獸保護條約」では第四条で「印甸人、アイノ人、アリュート人 其ノ他ノ土人(other aborigines)」にオットセイ海上猟獲を認め、また第十三条では「土人(the natives)ノ生計ニ必要」な場合にオットセイ猟を認めていた。国立国会図書館「先住民族問題の現在」(調査と情報第二〇七号)が「先住民族(Indigenous People)と呼ばれる人々は国や地域によってaboriginal people, native people, tribal peopleなどと呼ばれることがある」と示していることをみれば、この条約の規定は、当時の明治政府がアイヌ民族を他の例示された種族とともにaborigines, nativesなど今日の概念でいう「先住民族」と見なしていたことを示すものではないかと考えるが、政府の見解を示されたい。
2 日本が一九三八年に批准したILO五十号「土民労働者募集條約」(特殊ノ労働者募集制度ノ規律ニ関スル條約)では、「土民労働者」(indigenous workers)として「本土ノ非自立土民ニ属シ又ハ之ニ類似スル労働者」(第二条ロ)も包含していた。当時「北海道旧土人保護法」の下にあったアイヌ民族はこの規定に該当するのではないかと考えるが、政府の見解を示されたい。
 一方、政府がこの条約について一九五三年にILOに報告した文書では、「第二次世界大戦で日本は従属させた領土をすべて失ったため、その領土の先住民に属すか、或いは同化した労働者も、国内で従属する先住民の労働者ももはや存在しない」とする趣旨の回答をしている。アイヌ民族はこの当時も「北海道旧土人保護法」の対象であり、かつ「旧土人」の英訳は「Indigenous Persons」であったが、政府が「本土の非自立土民労働者」は存在しないと見なした根拠は何か、明らかにされたい。
3 政府は一九五六年、ILOの「独立国における先住民(indigenous populations)」についての質問に対し、「アイヌ民族は完全に日本国民に同化しており、言語、習慣、文化、生活状態の特殊性は存在しなくなっている。アイヌ民族は文書8(1)にいう先住民族ではない」等の理由を挙げ「アイヌ民族に関する限り先住民の保護や統合のための国際的文書は必要ない」と表明している。具体的に何を根拠としてこうした回答となったのか明らかにされたい。
 また、今日では、ILOも過去の同化政策を明確に否定し、他の国連機関とともに先住民族の人権伸長に注意を払っている。「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律」採決の際の全会一致の衆参委員会附帯決議、アイヌ民族の言語、習慣、文化、生活状態の歴史的、社会的背景等からみて先住民族と認めるべきではないかと考えるが、政府の見解を示されたい。
4 北海道ウタリ協会の野村義一理事長(当時)が一九九二年の国連総会「世界の先住民の国際年」で記念演説を行っている事実は、国際社会がアイヌ民族を先住民として認めている証左と考えられるが、政府の認識を示されたい。
5 我が国が批准している人種差別撤廃条約、市民的・政治的権利に関する条約他の実施状況に関する日本政府報告書に対し、関係する国連諸機関から、アイヌ民族の先住性若しくは先住民族であることを認め、対策を求める勧告が数度にわたり出されているが、この事実と勧告内容について、政府の認識を示されたい。
6 前記の歴史的経緯を踏まえ、政府は先住民族をどのようにとらえているのか明らかにされたい。

三 国連宣言に反対した四箇国の国内法について

 今回の宣言には米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの四箇国が反対したが、これらの国々では自国内に多くの先住民族を擁し、それぞれの国内で既に先住民族の財産権の保障、生活保障を含む立法措置がなされている。例を挙げるならば、カナダでは先住民の権利は憲法上の規定であり、米国ではインディアン人権法により自治権限等が認められていること、ニュージーランドではマオリ語は公用語でありワイタンギ条約、土地法などにより土地政策が積み上げられていること、オーストラリアではアボリジニ土地法があり、先住権保護の方向で検討が進んでいることなどである。政府はこうした他国の現状を承知しているか明らかにされたい。また宣言採択を受け、今後、各国の先住民族に関する法制度を更に研究する必要があるのではないかと考えるが、政府の見解を示されたい。

四 アイヌ民族の現状について

 我が国のアイヌ民族に関する立法は「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律」のみであり、一九九七年当時、制定の意義は大きかったが、一方、国連での先住民族に関する議論の動向にかんがみアイヌ民族を明確に先住民族とは認めなかったこと、また「生活保障」などの各点で限界があったことも事実であり、立法当初から不十分さが指摘されてきた。北海道が二〇〇六年に実施した「ウタリ生活実態調査」において、アイヌ民族の生活保護率は三八・三パーミルと全国平均より高い全道(二四・六パーミル)と比較しても一・五倍の高率であること、大学進学率は全道三八・五パーセントに対しアイヌ民族は一七・四パーセントと半分に満たないなど依然として厳しい状況が明らかにされている。また一九七二年の初めての全道調査で、アイヌ民族の高校進学率は四一・六パーセントと全道七八・二パーセントに比べ著しく低位だったがこの人々は現在五十歳代を迎えている。政府はこうした現状についてどのような認識を持っているか。また現在の施策で十分と考えるかそれぞれ明らかにされたい。

五 アイヌ民族の位置付け等を審議する機関の設置について

 北海道ウタリ協会は、政府に対し国連宣言にも盛り込まれている「国内審議機関」設置を求めており、北海道議会も十月五日、全会一致で「『先住民族の権利に関する国際連合宣言』に関する意見書」を採択し、アイヌ民族の位置付けや権利を審議する機関を設置するよう要望している。我が国における先住民族の概念規定を始め、宣言に盛り込まれた数々の権利を我が国にどのようにいかし実現するのかを審議する審議会の設置は政府として最低限の責務である。早急に政府内に機関を設置し、先住民族の問題を抜本的に議論し、新たな対策に向けた対応をとるべきではないかと考えるが、政府の見解を示されたい。

  右質問する。