質問主意書

第164回国会(常会)

質問主意書


質問第七六号

ベトナム中部の水力発電事業への国際協力銀行融資に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成十八年六月十二日

谷 博之   


       参議院議長 扇 千景 殿



   ベトナム中部の水力発電事業への国際協力銀行融資に関する質問主意書

 政府関係機関である国際協力銀行(以下「JBIC」という。)が二〇〇三年一〇月に施行した『環境社会配慮確認のための国際協力銀行ガイドライン』(以下「本ガイドライン」という。)は、銀行内外の多くの関係者の知恵と経験を結集して策定された、国際的にも評価の高い環境社会配慮政策である。
 現在JBICは、ベトナム電力公社がベトナム中部クアンナム省ドンジャン(Dong Giang)郡に建設するアーヴオン(A Vuong)水力発電事業(以下「本事業」という。)に融資するための審査を行っていると承知している。これは、国際金融等業務としては本ガイドラインを適用する初めてのダム事業であり、これまでJBICによる複数のダム建設が環境社会配慮に欠けるとして内外から批判されてきた経緯を踏まえれば、きわめて慎重に環境審査を進めるべきである。そのような観点から私は本年六月五日に、本事業について現地報道等で指摘されている問題点などについて、JBICに照会を行ったところである。
 この照会への回答等を踏まえ、JBICの本事業への融資に関して、以下質問する。

一 JBICの担当者の説明では、本事業のプロジェクト承認は二〇〇三年一〇月であるが、環境影響評価報告書の審査及び承認はその十か月後の二〇〇四年八月であるという。
 ベトナムの国内法「環境保護法」(財団法人地球・人間環境フォーラムの仮訳による。)第十八条は「環境影響評価報告書の審査結果は、管轄当局によるプロジェクトの承認、あるいは事業実施認可の要件の一つとなる」と定めており、環境影響評価報告書の審査はプロジェクト承認の前に完了することを前提にしている。したがって、本事業は「環境保護法」に抵触していると考えるが、ベトナム政府の見解をどのように承知しているのか。また、日本政府及びJBICの見解はいかがか。

二 仮に本事業が「環境保護法」に抵触するおそれがあるのであれば、本ガイドライン第二部十三頁に「プロジェクトの実施地における政府が定めている環境社会配慮に関する法令・基準を遵守しなければならない」とあることから、本ガイドラインにも抵触していると言わざるを得ないが、JBICの見解はいかがか。

三 JBICの担当者の説明及び現地新聞報道によれば、本事業の起工式が行われたのは二〇〇三年八月で、環境影響評価報告書が承認されるより実に一年も前である。
 JBICは、環境影響評価報告書が承認された二〇〇四年八月までに、ダム本体、発電所、転流工、鉄管路、取水口、導水路などについて、どの程度の工事が行われたと承知しているか。

四 JBICは、二〇〇四年八月までの工事自体や掘り出された土砂の処理が及ぼす自然・社会影響について、ベトナム電力公社が、環境影響評価報告書以外に、どのようなベトナム国内法上の根拠に基づいて評価して緩和策を講じたと承知しているか。

五 JBICの担当者の説明では、本事業の建設地にはもともと現地の少数民族であるカトゥー(Co Tu)族約三三〇世帯が住んでいたが、三つの再定住区に移転させられたという。アジア開発銀行やベトナムの研究機関などの資料によれば、カトゥー族は伝統文化を守りながら、水田に加え、休耕地を含む十ヘクタール以上の移動焼畑耕作、牛や水牛などの放牧、漁労、それに非木材林産資源の採取によって半自給的な生活を営んできた。
 JBICの担当者は、ベトナム電力公社による生計回復プログラムによって彼らの移転後の生活は保証されると説明している。しかし、現地新聞のトゥオイチェ紙(二〇〇六年五月八日付)は、一月に移住が終了したパチェパラン(Pachepalanh)再定住区では、未だ代替農地での耕作が開始できない状況にあると報じており、計画が絵に描いた餅になっていないか懸念される。JBICは、ベトナム電力公社による最新の生計回復プログラムの実施状況をどのように把握しているのか、具体的に説明されたい。

六 JBICの担当者は私に対し、三つ目のアルア(A Lua)再定住区への七十世帯の移転が本年四月下旬に完了したが、現時点においてもアルア再定住区は急峻な傾斜地で、依然土砂災害の危険があり、対策が必要との見解を示した。しかし、約七十世帯もの人々が密集して居住し始めてからでは、家屋の周辺に迫る斜面やその斜面に建つ家屋自体の崩落防止対策は極めて困難であるが、ベトナム中部の台風シーズンが目前に迫っている中、万が一にも人命にかかわることがないよう、住民を一時避難させてでも早急に斜面崩落防止対策を実施すべきではないかと考える。
 ベトナム電力公社がいつまでにどのような斜面崩落防止対策を実施する予定であるのか、また、そのための予算を確保しているのか、JBICの把握しているところを示されたい。

七 本ガイドライン第二部十五頁では、「環境アセスメント報告書の作成に当たり、事前に十分な情報が公開されたうえで、地域住民等のステークホルダーと協議が行われ、協議記録等が作成されていなければならない」と定めている。ところが、先般JBICから環境影響評価報告書を入手した日本のNGOによると、それには協議記録は添付されていないという。JBICは、本ガイドラインに基づく協議記録を入手しているのか。入手している場合はその内容をすべて示した上で、住民協議はいつ、だれが参加して実施され、どのような情報が事前に提供されたのかを明らかにされたい。

八 七で示した環境影響評価報告書によると、事業地周辺には、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストに掲載されているサオラ(ベトナム・レイヨウ)、ヒマラヤグマ、クロテナガザル、オオマメジカ、ブチリンサン(ジャコウネコ科)、ホエジカ及びベトナム政府作成のレッドデータブック記載のオオウナギなどが生息しているとあるが、それらの絶滅のおそれがある野生生物の保護、生息地保全対策等は何ら記述されていない。
 ベトナムの『環境保護法実施のための政令一七五/CP』(財団法人地球・人間環境フォーラムの仮訳による。)では、環境保護対策は環境影響評価報告書に含まれるものと定めている。絶滅の恐れがある野生生物の保護対策が含まれていないこの環境影響評価報告書をもとに進めている本事業は、『環境保護法実施のための政令一七五/CP』に違反していると考えられるが、ベトナム政府の見解をどのように承知しているのか。また、日本政府及びJBICの見解はいかがか。

九 五で示したトゥオイチェ紙の記事によれば、再定住区の新造家屋は、トタン屋根が低すぎるなど構造設計が不適切であることにより、酷暑の中で住民がとても居住できる状況ではないという。また、ずさんな施工のために、早くも壁や扉に亀裂が入りシロアリの被害に遭うなど、すでに家屋自体が劣化しているとされている。さらに、別の現地新聞タイニエン紙(二〇〇六年四月一二日)によれば、工事の開始による大量の労働者の流入により、今まで伝統的な生活様式を守ってきた無防備な少数民族の女性が、外からの工事労働者にだまされて身ごもったり、性的暴行を受けたりするなどの被害が続発している。
 こうした報道が事実だとすれば、深刻な社会問題だと考えるが、これまでの現地調査などでJBICはこれらの事実をどのように確認しているか。また、その対策をベトナム電力公社や現地自治体等に求めているのであれば、その内容を具体的に明らかにされたい。

十 本ガイドラインはその本文のあちこちで、事業計画段階における代替案の検討を要件に定めているが、七で示した環境影響評価報告書にはそれが記されていない。本事業において代替案検討は行われたのか。行われたのであれば、その時期、内容及び住民協議の有無についてJBICの承知しているところを明らかにされたい。

十一 本事業においては、ダム下流に放水を行わない設計となっており、十三キロメートルの断流区間が出現する。一方、七で示した環境影響評価報告書には「(本事業は)下流域の自然生態系に甚大な影響をもたらし、緩和策が必要である」ことや「河川生態系の維持のためには毎秒四・一六立方メートルの放流が必要」であることが示されている。環境影響評価報告書の指摘が事業の設計に反映されていないと考えるが、JBICの見解を示されたい。

十二 本事業を進めることで、河川の土砂がダムの中に堆積するため、下流域において土砂供給が阻害され、土壌浸食や河床低下などが予測される。七で示した環境影響評価報告書においては、ベトナムでの他のダムにおける経験として、下流への土砂供給が九十パーセントから九十五パーセント減少することを指摘し、このような土砂の流動変化が「深刻な結果をもたらす」としている。
 JBICは、本事業による下流への土砂供給量の減少及びそれに伴う自然生態系や周辺住民の生活への影響についての調査が行われたか否かを把握しているのか。把握しているのであれば、その内容を明らかにされたい。

  右質問する。