質問主意書

第164回国会(常会)

質問主意書


質問第七一号

シベリア抑留及び旧ソ連邦による漁船だ捕・抑留に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成十八年六月九日

谷 博之   


       参議院議長 扇 千景 殿



   シベリア抑留及び旧ソ連邦による漁船だ捕・抑留に関する質問主意書

 戦後、旧ソ連邦・モンゴルの酷寒の地において、六十万人以上の日本人が、長期間にわたって劣悪な環境の下で強制抑留され、多大の苦難を強いられた。その間過酷な強制労働に従事させられ、帰国後も社会的差別を受けた。最後の帰還船が舞鶴に入港して半世紀を経ても、これらの問題はなお全面解決していないとして、高齢の元抑留者とその家族が渾身の運動を続けている。
 シベリア抑留による被害は、その規模及び期間を考慮すれば、その他の戦争被害と比べ特別な配慮が必要である。この観点から、歴代内閣総理大臣の中でも特段にこの問題に対する理解の深い小泉内閣総理大臣に対し、以下質問する。

一 日ソ間の戦争状態は、一九五六年の日ソ共同宣言第一項にあるように、日ソ共同宣言が効力を生じた一九五六年一二月一二日に終了しているが、ここでいう戦争状態とは、いつから始まったものか。
 また、戦争状態にあった間の両国関係には、基本的にハーグ陸戦条約やジュネーヴ条約などの国際的な戦争法規が適用されたと認識してよいか。

二 政府見解では、旧ソ連邦によるシベリア抑留は戦争に起因したものであり、それによる日本国民の被害については、その後旧ソ連邦との戦争状態を解消した日ソ共同宣言で、国としての請求権(外交的保護権)を放棄しているという。
 この外交的保護権とは、「国際違法行為により自国民の利益が侵害された場合、その私人を保護し、侵害国に対し救済を求めることができる権利」と定義され、特別な国家間の取り決めがない限り、国家はその基本的権利として常に有していると理解してよいか。

三 一九四六年から日ソ漁業協定が結ばれる一九七七年まで、公海上や北方領土の領海内で、数多くの日本漁船が旧ソ連邦によってだ捕され抑留された。
 水産庁は、一九七五年に補正予算で「ソ連邦によるだ捕漁船船主乗組員等特別給付費七十七億六千二百九十二万円」を組んだ。その給付対象は合計七千七百六十一人に上るが、このうち一九四六年四月三〇日から一九五六年一二月一二日までにだ捕された人は何人か。

四 今年二月二八日、外務省国際法課は、私の照会に対して、日ソ共同宣言以前にだ捕された方々(以下「日ソ戦争状態下の抑留漁民」という。)には、旧ソ連邦によって戦争状態下の敵国である日本のスパイとみなされてだ捕・抑留されたケースもあると回答している。
 つまり、このようなケースは、旧ソ連邦が戦争によって北方領土を占領したことに起因する問題であると理解してよいか。もし、戦争に起因していないと主張するのであれば、その主張は当事者である日ソ政府間で共有されていなければならないと考えるが、旧ソ連邦及びロシア政府の見解はどのようなものと承知しているのか。

五 日ソ戦争状態下の抑留漁民の被害については、一九五六年の日ソ共同宣言で国としての請求権を放棄したのかとの私の照会に対し、今年二月二八日外務省国際法課は、個別に判断されるべきで、一概に放棄しているとはいえないと回答している。日ソ戦争状態下の抑留漁民のうち、外務省が旧ソ連邦政府に対して、国としての請求権を留保しているとの口上書を提出している例はあるか。あるのであればその件数を明らかにするとともに、だれがいつどこでだ捕された件についてのものか、また、今でも留保しているのか、この間に旧ソ連邦政府に提出した口上書の内容をすべて示した上で明らかにされたい。

六 日ソ戦争状態下の抑留漁民に対しても、一九七五年の補正予算で、自立や生活基盤の再建の名目で、抑留一日につき三千円の特別給付金、死亡者には八百万円を加算支給している。これらのケースは、これまでの私の質問主意書に対する答弁書で示された「戦争犠牲ないし戦争損害として、国民のひとしく受忍しなければならなかったところ」に該当しないものと理解してよいか。その理由とともに見解を示されたい。

七 日ソ戦争状態下の抑留漁民の被害のうち、口上書を提出しているケースについては、少なくとも日本政府が支給した特別給付金額相当を旧ソ連邦ないしロシア政府に請求すべきではないのか。

八 日ソ戦争状態下の抑留漁民の被害のうち、口上書を提出していないケースについては、基本的に戦争の結果生じたケースと日本政府が判断したものであり、その件についての外交的保護権は日ソ共同宣言によって放棄されたと理解してよいか。

九 シベリア抑留者の中には満蒙の開拓農民も含まれており、帰国後の生活再建、あるいは御遺族のその後の生活再建に大変な苦労をされた方々は数知れない。一方、漁船の乗組員は日本政府の警告を無視してだ捕を覚悟した上での出漁したケースも多く、抑留中に食うや食わずの生活で強制労働を強いられたわけでもない。旧ソ連邦と戦争状態にあった同じ時期に、陸と海で拉致・抑留された日本の農民と漁民で、これだけ日本政府の支援内容が結果的に異なるのは、憲法第十四条に反しており不公平ではないか。

十 一九七五年三月二八日の参議院沖縄及び北方問題に関する特別委員会で、当時の水産庁長官は「ソ連邦に対して請求権を留保している」と答弁している。この請求権は現時点でも留保していると理解してよいか。留保しているならば、なぜ未だに行使しないのか。留保していないならば、いつ、どんな理由で放棄したのか。

十一 十で示した答弁は文脈上、かつ国会答弁の性格からして、当然に主語は日本国政府であり、日本国政府としての請求権、つまり外交的保護権のことを指していると理解してよいか。仮にそうであれば、日ソ共同宣言と矛盾するのではないか。

十二 今年二月水産庁は、私の照会に対し、十で示した答弁は「外交的保護権のことではなく漁船主・乗組員個人の物的人的損害に対する賠償請求権のことである」と回答している。それならば、水産庁は、個人の請求権を留保させ又は放棄させることができるのか。そのようなことは憲法第二十九条に反することではないか。

十三 今年二月二八日外務省国際法課は、私の照会に対して、一九五六年一二月一三日以降一九七七年までの間に旧ソ連邦にだ捕された漁船については、請求権を留保しているとの口上書を外務省から旧ソ連邦政府に提出しているケースがあると回答している。ここでいう「請求権」とは、個人の損害賠償請求権のことか、それとも外交的保護権のことか。また、その口上書の件数を明らかにするとともに、だれがどこでいつだ捕された件か、また、今でも留保しているのか、この間に旧ソ連邦政府に提出した口上書の内容をすべて示した上で明らかにされたい。

十四 一九五六年一二月一三日以降一九七七年までの間に旧ソ連邦にだ捕された漁船に関する外交的保護権は、口上書を出しているか出していないかにかかわらず、基本的に留保されていると理解してよいか。

十五 日ソ戦争状態下の抑留漁民に関して、なぜ今日に至るまで外交的保護権を行使しないのか。

十六 日ソ共同宣言後の旧ソ連邦による日本船のだ捕・抑留に関して、なぜ今日に至るまで外交的保護権を行使しないのか。

十七 相沢英之衆議院議員提出「シベリア抑留者に関する質問主意書」に対する一九九七年一一月二八日付の政府答弁書において、「日ソ共同宣言で放棄したのは日本国家としての賠償請求権で、個人の請求権は放棄していない」という政府見解がある。これは「国際法上、個人の外国に対する戦争被害に係る直接の損害賠償請求権は認められない」という従来のアジア諸国民の戦争被害に対する政府見解と矛盾するのではないか。しないのであれば、その理由を明らかにしていただきたい。

十八 今年の一月から二月にかけ、全国抑留者補償協議会が厚生労働、総務、外務の各大臣にシベリア抑留の真相究明等を求めた要請書を提出している。一方、もう一つの抑留者団体である全国強制抑留者協会中央連合会も、ロシアの相互理解協会会長と連名で二〇〇二年八月三一日に小泉内閣総理大臣及びプーチン大統領あての形で共同要請書(以下「本共同要請書」という。)を出している。今年二月に政府に問い合わせたところ、外務省が受け取ったが、外務省から内閣総理大臣には届いていないし、内閣総務官室も総務省も受け取っていないとのことであった。小泉内閣総理大臣が本共同要請書を読んでいないのは事実か。

十九 本共同要請書の中では、未払い労働賃金の補償要求について研究するための日ロの合同委員会の設置が要請されているが、政府はどのように対応するつもりか。

二十 今年二月韓国政府は、日本の植民地統治下で日本企業や軍隊に徴用された韓国人のうち、死亡・負傷した人やその遺族に対して実質的な個人補償をする方針を固めたという。日本企業からの未払い賃金約二億三千万円についても韓国の国費で肩代わりし、政府レベルでは日本側に支払いを要求しない一方、日本政府に対して、企業からの未払い賃金供託金名簿など被害者特定のための資料提示で協力を求めるとしている。この韓国政府の施策についての日本政府の見解と対応はどのようなものか。

二十一 一九六七年六月二七日に政府・与党間の「あらゆる戦後処理は終結した」との了解事項がある。しかし、その後一九八二年に「戦後処理問題懇談会」が設置され、一九八四年に報告がなされた上、平和祈念事業特別基金等に関する法律が制定された。そして、一九八六年一二月二九日に再び政府・与党間で「戦後処理問題は全て終結させる」との合意が再び行われている。
 この事実について、国費四千万円余をかけて独立行政法人平和祈念事業特別基金が発行した『戦後強制抑留史』という書籍には、一九七四年になって、一九六七年の了解事項では納得できないとして、当事者による抑留補償要求運動が起こったから、一九六七年の了解事項はくつがえったと記されている。この前例を見る限り、一九八六年の政府・与党合意も、国民の世論の動向によっては再度くつがえることがありうると理解するが、このような理解でよいか。

二十二 そもそも、政府・与党の了解事項とは、立法府及び行政府、そして国民に対し、なんらかの拘束力を持つのか。持つとすればどのような拘束力か。

二十三 現在、与野党からそれぞれ独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する法律の廃止法案が国会に提出されている。このいずれかの法案が成立した際には、再度の政府・与党合意を行って、一九八六年の合意をくつがえすものと理解してよいか。

二十四 シベリア抑留者・引揚者・恩給欠格者らの展示施設として、総務省所管の独立行政法人平和祈念事業特別基金の展示室が新宿にある。しかし、その内容は充実しているとは言えず、さらに毎週月曜定休であるなど、元抑留者の間でも税金の無駄遣いとの声が強い。
 一方、舞鶴市が運営する引揚記念館は、元抑留者を含む年間十五万人もの方々が訪れているが、ここには国の補助は一切ない。地方自治体の財政はどこも大変厳しい中、わずか十二名の職員体制で、学芸員もおけず、展示室以外にセミナーや会議をする部屋もなく苦労しながら、年末年始以外、毎日開館している。
 独立行政法人平和祈念事業特別基金の展示室の年間の利用者は何人か。また、事務所と展示室の家賃は年間いくらか。さらに、独立行政法人平和祈念事業特別基金へは内閣府から二名の天下り役員がいて、内閣府、総務省、財務省、厚生労働省から合計十五名の出向者がいると聞いているが、それら十七名の人件費総額は年間いくらか。

二十五 独立行政法人平和祈念事業特別基金とは別に、厚生労働省所管の法人が運営している「昭和館」及び「しょうけい館」がある。似たような趣旨、目的の展示や資料室にそれぞれ別々に税金を投じる無駄遣いをやめ、統合して充実した運営・展示にしたほうが利用者にも便利ではないか。

二十六 本年一二月二六日は、シベリアからの最後の引揚船「興安丸」が舞鶴港に入港してから五十年目になる。このような歴史の節目に当たり、国の責任において、京都府や舞鶴市と共同で記念の式典を開催し、シベリア・モンゴル抑留問題の歴史的意味を内外に広く伝えるべきではないか。

  右質問する。