質問主意書

第160回国会(臨時会)

質問主意書


質問第一三号

法律条文の過誤訂正の在り方に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成十六年八月五日

浅尾 慶一郎   


       参議院議長 扇 千景 殿



   法律条文の過誤訂正の在り方に関する質問主意書

 政府は、国民年金法等の一部を改正する法律(平成一六年六月一一日法律第一〇四号)の条文の過誤を、平成一六年七月二七日付け官報第三九〇〇号に正誤表を掲載することによって訂正したとしている。
 しかし、憲法第四一条は、国会は「国の唯一の立法機関」であると規定しており、国会が議決した法律を政府限りで訂正し得るとする政府の見解は憲法上大きな疑義がある。
 憲法第九九条により、公務員は憲法尊重擁護の義務を負うのであって、政府が行う行為の憲法上の疑義については、国民に対する不断の説明責任を果たすべきものと考えられる。
 このような観点から、標記について以下質問する。

一、政府は、本件条文の過誤を四〇箇所としているが、それは議案としての改め文の箇所数であって、両議院の議院運営委員会関係者等に配付された新旧対照表による実際の条文の訂正箇所数は、八七箇所と考えるがどうか。

二、両議院の議院運営委員会関係者等への配付資料によれば、政府は国会で可決成立、公布された法律の条文に過誤があっても、「立法趣旨から見て指し示す内容は明らかであり、本来の立法趣旨と規定上の表記に齟齬が生じており、これが表記上の誤りであることは明らかな」場合には、法律改正ではなく官報正誤で条文の過誤を訂正し得ると考えているようである。
 しかし、加給年金の根拠、繰下げ加算の根拠、標準賞与額の意味、厚生年金基金連合会の解散事由等が条文の過誤により不明確となっていることは、同資料で認めながら、「立法趣旨から見て指し示す内容は明らか」と認定しているのはいかなる理由によるものか。法律の解釈は社会通念に沿ってなすべきところ、社会通念上「明らか」と解釈するに至った理由も含めて明らかにされたい。

三、官報に正誤表を掲載する手続(以下「官報正誤」という。)は、官報の記載が「原稿誤り」となっていることからも分かるように、官報に掲載され公布された法律の条文が、国会で可決成立した法律の条文と齟齬のある場合にそれを訂正する手続に過ぎないのであって、国会で可決成立した法律の条文そのものを訂正する手続ではない。
 実際、内閣法制局の職員も執筆者に名を連ねている「ワークブック法制執務」(ぎょうせい・全訂三〇版)二八ページには、法令の公示に誤りがあった場合の措置に関し、「公布が、成立した法令について何物かを付け加えたり、削除したりできるものではない」、また、「成文と異なる公示がされても、成立した法令そのものは何らの影響を受けることがあるべきはずはない」と記載されており、かかる趣旨に基づく解説と考えられる。
 また、最高裁判所の判例(昭和二五年九月二八日第一小法廷判決)に、当時の農林省告示が官報によって過誤訂正された場合の告示の適用期日が問題となった事件に関し、「官報に掲載するがごとき公示手続上の過誤は、農林事務官においてこれが正誤の手続を執ることは当然その権限内にある」とされているのも、官報正誤は公示手続上の過誤を訂正するのであって、法令の条文そのものの過誤を訂正する手続ではないという官報正誤の法的性格に基づくものと思われる。
 政府は、どのような法的根拠により、官報正誤が国会で可決成立した法律の条文を訂正できると考えるのか。憲法上の根拠規定も含めて明らかにされたい。また、「表記上の誤り」であれば訂正できると考えるのであれば、「表記上の誤り」の定義を明確にした上で、その理由、法的根拠も示されたい。

四、過去に政府は、政府提出法案が国会で可決成立し公布された後に形式的な条文の過誤が見つかった場合、度々、法律改正を国会に求めることによってそれを訂正してきている。例えば、証券決済制度等の改革による証券市場の整備のための関係法律の整備等に関する法律(平成一四年法律第六五号)の条文過誤を、所得税法等の一部を改正する法律(平成一五年法律第八号)で訂正したもの、中央省庁等改革関係法施行法(平成一一年法律第一六〇号)の条文過誤を大気汚染防止法の一部を改正する法律(平成一六年法律第五六号)で訂正したもの、刑法の一部を改正する法律(平成一三年法律第九七号)の条文過誤を刑法の一部を改正する法律(平成一三年法律第一三八号)で訂正したもの等である。
 かかる先例にかんがみると、形式的かつ些細な条文過誤の訂正であっても、法律改正によって訂正する必要があるのだから、憲法第四一条にいう「国の立法」に当たる国家行為と考えられる。
 そこで、官報正誤により、国会で成立した法律の形式的な条文過誤を公布後に訂正し得ると考えるのであれば、官報正誤は「国の立法」に当たる行為となるものと考えるが、政府の見解はどうか。また、「国の立法」に当たらないと解するのであれば、同じ条文の過誤訂正が「国の立法」に当たる場合と当たらない場合があることになるが、その区別基準は何か。

五、憲法第四一条は国会が国の唯一の立法機関であることを規定し、これは、国会中心立法の原則と国会単独立法の原則を定めるものと解されている。そして、その二つの原則の例外は、憲法に明文規定がある場合(内閣の命令制定権、地方特別法等)のみ許されるとするのが通説的見解である。
 官報正誤が「国の立法」に当たるとすれば、憲法上内閣にその権能を付与する明文規定がない以上、憲法第四一条に反するのではないか。政府の見解はどうか。

  右質問する。