質問主意書

第156回国会(常会)

質問主意書


質問第五一号

我が国の環境政策における「予防原則」の適用に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成十五年七月二十八日

加藤 修一   


       参議院議長 倉田 寛之 殿



   我が国の環境政策における「予防原則」の適用に関する質問主意書

 これまで、環境行政における「予防原則」について国会審議で十回にわたり取り上げ、平成十四年五月には質問主意書も提出し、政府の見解と取組をただしてきた。また、環境省によって平成十年から開催されている「環境ホルモン国際シンポジウム」においても「予防原則」の考え方を取り上げるなど、あらゆる機会を通じて「予防原則」の制度化、並びに子どもの環境・健康リスクの削減を目指す「子ども環境リスク削減法(仮称)」の制定を提案してきたところ、最近になってようやく取組開始の兆しが見えつつあり、政府としての前向きな対応について一定の評価をしたいと思う。
 しかし、ヨハネスブルク・サミットを振り返るまでもなく、「予防原則」「予防的取組方法」は国際社会においても主要なテーマとして議論が重ねられており、マイアミ・サミットへの対応に関する子どもの環境基準、WTOとの関連など、「予防原則」「予防的取組方法」の適用について検討すべき課題は山積みしており、環境先進国を目指す日本政府としては、この分野における取組をさらに強化・加速すべきと考える。
 平成十四年に発表された公明党の重点政策には「予防原則」の確立と、我が国独自の「予防原則の適用の指針」を作成することが提案されている。そこで主張されている「予防原則」とは、平成四年の地球サミットにおいて採択されたアジェンダ21の第十五原則を示しており、「人の生命・健康や環境に多大な悪影響を及ぼす可能性が懸念される物質や活動について、科学的な因果関係の解明が不十分であっても、対策をとるべきであるとする考え方」を意味しており、とりあえずこの質問主意書においても同様の意味で「予防原則」の用語を使用するものとする。
 「とりあえず」の限定付きの意味するところは、リオ宣言第十五原則の内実を、更に整理・敷衍する必要があること、またこれを踏まえ、社会の仕組みとして効果的に導入をする必要があるということであり、今後議論を展開し一層の充実を図るべき諸点を残しているとの考えによるからである。
 したがって、「予防原則」の本来的意義、内実については、今後の議論を待つことになる。
 このような観点から以下、質問する。

一、前回の質問主意書について

 平成十四年五月二十三日「我が国における『予防原則』の確立と化学物質対策等への適用に関する質問主意書」を提出し、この質問主意書の冒頭の質問において、約十年間における「『予防原則』に関する日本の取組の経緯」を確認しているが、同六月二十八日に受領した答弁書では、環境基本計画についての審議会で議論されたことを答えるのみとなっている。
 ところが、平成十四年五月十四日に開催された経済産業省製造産業局次長の私的諮問機関、化学物質総合管理政策研究会の第二回研究会において、「資料2-3『予防』についての考え方」として資料を配付し、検討を加えた様子が見られる。この件を答弁書に盛り込まれなかったのはなぜか。また、このほか、各省庁において「予防原則」を検討した研究会・審議会等があるか。日時と検討内容、資料の表題、参加者、審議回数、議論の方向性、設置背景、予防的取組方法と比較して何を議論のテーマに盛り込もうとしているのか、示されたい。

二、「未然防止」と「予防的取組方法」との異同

1 平成十五年四月十六日に開催された経済産業委員会と環境委員会の連合審査の席上、平沼経産大臣の答弁では「関係する施策の内容にそごが生じないよう、関係省庁と十分協議をして、共同して行っていく」旨、また鈴木環境大臣の答弁では「各省とよく連携を取って協議を進め、対応を決めていく」旨、述べられている。
 平成十四年五月二十三日に質問主意書を提出してからちょうど一年間、担当者との意見交換の場も含めて、機会のあるごとに「予防原則」に関する定義の混乱について指摘してきたが、その後、環境省、経産省、農水省、厚労省等関係省庁間で「予防原則」に関して協議・検討を行った経緯はあるのか。さらに、政府部内で各省庁が単独で「予防原則」等の定義について検討を行ったことがあるか。日時と内容、参加者を示されたい。また、今後行う予定があれば示されたい。
2 平成十五年四月十六日の連合審査の席上、政府が、化学物質総合管理政策研究会の中間報告において「未然防止」とされているのは、「予防的取組方法」と読み替えると答弁している。
 答弁のこの意味は、同中間報告は定義の統一前であり、用語としては「未然防止」を使用しているが、内容はすべて「予防的取組方法」を意味するものであり、今後は用語法を統一する、との見解と理解している。この点、政府の見解を示されたい。
 また念のため確認するが、「リオ宣言」の第十五原則でうたわれているのは「未然防止」ではなく「予防的取組方法」と理解しているが、政府の見解を示されたい。
 さらに重ねて確認するが、「未然防止」(prevention)と「予防的取組方法」(precaution aryapproach)のそれぞれの定義とその違いを示されたい。定義に違いがないとすると、「予防的取組方法」を採用する以前と以後との施策の違いはどこにあるのか。政府の見解を示されたい。
3 一般的に、「未然防止」との用語は、因果関係が科学的に証明されている場合にのみ適用されるととらえられ、「予防」とは別の概念であると理解している。有害なことが分かっている物質を使用しないのは、何ら「不確実性」とは無関係であり、「未然防止」と断る以前に、有害性を回避するための対応を執るのが当然である。化学物質管理において問題にしているのは、「不確実性」が含まれる際に規制するか否かの判断をする基準として「予防原則」や「予防的方策」の概念を明確にし適用する必要があるという点である。
 昨年五月に提出した質問主意書でも指摘したが、「未然防止」、「予防的取組(方策)」、「予防原則」など、専門用語の使用法について政府内でも混乱しており、統一した用語法にするよう、直ちに検討すべきである。政府の見解を示されたい。
 また、化学物質総合管理政策研究会の中間報告の用語法は正確さを欠き、今後の議論の混乱を来すもととなり得るため、用語法の検討の後、具体的に修正・訂正をすべきである。政府の見解を示されたい。

三、我が国の「化学物質総合管理」について

1 昨今、国内においても、海外においても、化学物質政策における戦略性が問われるようになっており、例えば、欧州委員会作成の「将来の化学物質政策の戦略」では「政治的目的」として、(1)ヒトの健康及び環境の保護、(2)EU化学産業の競争力の維持と強化、(3)域内市場分裂の回避、(4)透明性の強化、(5)国際的な取組との統合、(6)非動物試験の促進、(7)WTOの下でのEUの国際的責務との適合の七つを挙げている。
 一方、経産省産業構造審議会化学・バイオ部会化学物質管理企画小委員会における「化学物質管理政策の基本的事項についての審議」では、中間報告「化学物質総合管理のための体制整備について-人材育成と教育のあり方-」(平成十四年六月二十日)において、「化学物質総合管理」を「化学物質の製造・使用・消費・廃棄に至る全ライフサイクルに渡り個々の化学物質のハザード(有害性)とエクスポージャー(曝露状況)等を加味してリスク(危険性)を評価し、そのリスク評価に応じた適切なリスク管理を行うこと」と定義している。
 同様に、化学物質総合管理政策研究会の中間とりまとめにおいては、「化学物質総合管理」を、「化学物質の有害性と曝露を併せリスクを評価し、そのリスク評価に応じた適切なリスク管理を行う」こととしている。
 これら経産省のいう「化学物質総合管理」は、単に化学物質を「リスク分析手法」を用いて管理することを示しているに過ぎず、これが我が国の「化学物質総合管理」だとすると、非常に貧弱なものと言わざるを得ない。
 我が国の「化学物質総合管理」の基本的方針とはどのようなものか。また、化学物質総合管理において「予防原則」「予防的取組方法」はどのように位置付けられているのか。政府の見解を示されたい。
 また、この際、「予防原則」「予防的取組方法」を適用した「化学物質総合管理に関する我が国の戦略」を作成し、戦略的目標とその手段、達成までのスケジュールを明らかにすべきであり、政府の積極的な見解を示す時期にあると考える。政府の見解を示されたい。
2 平成十五年四月十六日の連合審査での政府答弁には、「環境基本法におきまして科学的知見の充実の下に環境の保全上の支障が未然に防がれることを旨として環境保全を行うべきことが規定」されたとあるが、言うなれば、環境基本法には「科学的知見の充実の下に環境の保全上の支障が未然に防がれることを旨として環境保全を行う」との言葉が規定されているのみであり、施策の展開方針、具体的な取組方法などは個々の政策に任されている。
 一方、「予防的取組方法」の具体的施策への展開方法としては、同日の審議における平沼大臣の答弁に「EU等のように予防的取組方法の考え方の適用に関する一般的な方針を検討するのではなくて、必要に応じて個別の施策の中に予防的取組方法の考え方を反映させることについて具体的な検討を行うことが重要」であり、「関係各省が連携をしまして、そういったワーキンググループ、そういうようなものも設けて検討をする」と答弁されている。
 個々の化学物質政策の見直しにおいて、「予防原則」「予防的取組方法」を盛り込んでいくスケジュール、ワーキンググループの設置についてのスケジュールについて、政府の見解を示されたい。同時に、右記の「化学物質総合管理に関する我が国の戦略」において、このスケジュールを明記すべきと思われる。政府の見解を示されたい。
 また、必要に応じて個別の施策の中に「予防原則」「予防的取組方法」の考え方を反映するとの答弁であるが、個別的対応の積み重ねは、一定の考え方により貫かれているべきであり、そう考えるのが論理的である。すなわち個別性とはいえ合理性を持っているものであり、それは全体的には共通性を持っているといえ、私はこの共通性についても明確に示すべきであることに言及しているのである。政府の見解を示されたい。
3 右記小委員会の最終報告「今後の化学物質の審査及び規制の在り方について」では、OECD(経済協力開発機構)における非関税障壁防止の観点からの化学物質評価制度の国際標準化への取組や、平成四年の国連環境開発会議や平成十四年の持続可能な開発に関する世界首脳会議などの国際的動向を受けて、(1)化学物質の環境中の生物への影響に着目した対応を検討する、(2)さらに効果的かつ効率的な化学物質の評価・管理を行うことを目的として現行制度を見直したとある。
 言うなれば、国際的な状況の変化に対応することを示すものの、本報告書からは我が国として「化学物質政策をどのように進めていくか」という理念や戦略を見いだすことはできない。
 平成十五年四月十六日の連合審査での環境大臣の答弁に「国際的動向を注視する」とあるが、「環の国」を掲げ、環境先進国・技術立国を標榜する我が国としては、「国際的動向をリードする」化学物質政策の構築を目指すべきである。政府の決意の程を示されたい。

四、我が国環境政策における「予防原則」「予防的取組方法」の採用について

1 私自身、平成十年三月、経済・産業委員会における子どもの環境基準についての議論で「予防原則」を取り上げて以来、十回に及ぶ質問で「予防原則」について言及しつつ五年を経た本年、環境省においてようやく検討が始まると報告を受けている。非常に喜ばしいことではあるが、具体的な政策への反映は全くこれからであり、今後とも政府の取組を注視していきたい。
 環境省の「予防原則」の検討における具体的な内容、取りまとめのスケジュールはどのようなものを想定しているか。
2 これまでも様々な機会を通じて紹介してきたとおり、欧州では平成十二年二月の「予防原則に関する欧州委員会報告書」の中で、予防原則適用の前提、予防原則の一般原則、予防原則を適用するきっかけ(引き金Trigger)、予防原則を適用したときの措置などを盛り込み、極めて具体的である。またカナダでは、政府における「予防的アプローチ」若しくは「予防原則」の適用に関する研究を、保健省、環境省、産業省、農務・農産食品省、食品検査庁、外務国際貿易省など関係省庁間のワーキンググループによって開始し、平成十三年九月に「予防原則適用に関する十一の指針」を発表している。双方ともに、政府自らが説明責任を果たそうとの努力が見られるものとなっている。
 翻って我が国の対応を省みると、個々の施策において「予防原則」若しくは「予防的取組方法」の考え方を盛り込んでいくための見直しを随時行っていくとの見解は見られるものの、以前より指摘しているとおり、政府部内での「予防原則」「予防的取組方法」の定義なり、要素なりについての整合性の検討は正にこれからであり、政府の施策に対して「予防原則」「予防的取組方法」を導入する際に、一般化される部分も当然ながら必要と思われる。
 平成十五年四月二十二日環境委員会での鈴木環境大臣の答弁に、五年に一度の環境基本法の点検に際し、「本法案でありますとか化審法でありますとか、こうした予防的取組方策の考え方が採用されております施策の進展の評価を行う、また今後取り組むべき問題点の洗い出しも行う、そして環境政策全般、全体についてこの予防的取組方法の議論を更に深める。さらに、先生からも再々御指摘のございます各国での取組の状況の把握等もいたしまして、適用に当たっての考え方の整理を行うために専門家の意見を聴く機会、こういうのも設ける必要」がある、とされているとおり、環境政策に関して「予防原則」「予防的取組方法」の観点から、体系的に見直す必要があると考える。政府の見解を示されたい。
 同時に、環境省内での取組を踏まえた上で、至急、関係省庁を交えて政府として「予防原則」「予防的取組方法」の体系的な施策検討の場を設置する必要があると思われる。政府の見解を示されたい。

五、子どもの環境基準の策定及び「子ども環境リスク削減法(仮称)」の法制化について

1 東京都でも「子どもの環境基準」の策定に取り組み始めているなど、「子どもの環境基準」を策定することに関する社会的合意は得られつつある。平成十五年三月の環境委員会でも確認したことだが、環境省による子どもの環境リスクに対する取組も平成十四年度からようやく予算化され、私も国会審議の中でも何度か取り上げて来た経緯があり、喜ばしいことと思う。しかし、国による取組はまだ始まったばかりとはいえ、来年以降も継続して予算化し、子どもの環境リスクを削減するために機敏に取り組んでいくべきと考えるが、政府の見解を示されたい。
 また、我が国の「子どもの環境基準」に関する取組についても、一つ一つ単発の事業で終わらせることなく、戦略性を持ち「目標、手段、スケジュール」を明確にした事業達成計画を明示し、国際的イニシアティブを取るとの姿勢で、継続的な施策として取り組むべきと思われる。政府の見解を示されたい。
2 例えば、米国環境保護局には、「子ども保健保護部」という機関が存在し、平成八年秋以降、環境の脅威から子どもの健康を守るため七段階の全国アジェンダを策定し、幼児と子どもの環境上の健康リスクを考慮に入れた施策(環境健康情報の提供・医療専門家の能力向上支援・関連ツール提供・看護教育提供など)に取り組んでいる。具体的には、環境分野において、大気、水、食物など、保健分野においては、ぜん息/呼吸器病、神経発達と神経毒性、小児がんなどを対象としている。
 改めて指摘するまでもないが、子どもは社会にとっての宝であり、我が国においても幼児・子ども、また胎児の環境としての妊婦などの環境リスクを削減するための専門機関とプログラムが必要である。これらを踏まえ、「子ども環境リスク削減法(仮称)」の法制化を含め、早急な対応を講ずるべきである。政府の見解を示されたい。
 また、NGOによって同様の趣旨で「子ども環境保健法(仮称)」の立法提案があったと聞いているが、重要なテーマ・提案であり、政府は誠実に検討すべきと考える。この提案への今後の対応について、政府の見解を示されたい。
3 平成十四年一月、カナダ保健省は、医療器具で使用されるフタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)に関して専門委員会を設立し、医療器具における安全性について最近報告された十三のリスクアセスメント結果を検討した。その結果、成人に対するリスクは小さいが、胎児・新生児・乳幼児・病気の子どもなどに対しては、論理的に高いリスクが生じることから、特定の医療器具に対して、DEHPを含まない製品の奨励、代替手段の早期導入などを勧告した。
 この報告書では、検討に用いたデータが限定的であることから、人に対する実際のリスク水準を緊急に確認する必要があるとしながらも、カナダ保健省がすべての医療器具の規制に関して「予防原則の適用」を明言することを支持するとし、具体的な予防原則の適用においては、すべての医療器具に対するリスク便益解析が「乳幼児や子どものリスクに対する不均衡性を常に考慮すべき」としていると聞く。
 公明党が重点政策の中で提案している「子ども環境リスク削減法(仮称)」とは、カナダ保健省の例のとおり、政府のあらゆる施策に対して「予防原則」「予防的取組方法」を採用するとの立場から、現在の法体系下における子どもの環境リスクに係る分野、関係省庁を網羅的に見直し、かつその改善を勧告する機関「子ども環境リスク削減検討委員会(仮称)」の創設等を盛り込んだものを想定している。この提案への今後の対応について、政府の見解を示されたい。

  右質問する。