質問主意書

第156回国会(常会)

質問主意書


質問第三七号

改正道路運送法施行後のタクシー行政の改善に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成十五年六月十八日

富樫 練三   
井上 美代   
大沢 辰美   
西山 登紀子   
畑野 君枝   
八田 ひろ子   
宮本 岳志   


       参議院議長 倉 田 寛 之 殿



   改正道路運送法施行後のタクシー行政の改善に関する質問主意書

 昨年二月一日より道路運送法及びタクシー業務適正化臨時措置法の一部を改正する法律(以下「改正道路運送法」という。)が施行され、タクシー事業の規制緩和が行われて、一年余りを経過したが、タクシーの供給過剰状態は施行当時と比べて、より一層深刻化している。特に、供給過剰状態が進む中で、安い自動認可枠を下回る運賃認可は運賃値下げ競争に拍車を掛け、安全をないがしろにした熾烈な売上獲得競争が行われている。また、タクシー労働者の労働条件の劣悪化が進み、タクシーの利用者の安全とサービスを脅かす重大な事態となっている。
 国土交通省のまとめによると、本年一月末日現在のタクシーの新規許可申請・区域拡張申請・増車届出等は、大都市を中心に合計六千五百台を超え、運賃の値下げ申請等は三千七百二十三者(個人タクシーを含む)にもなり、上限運賃より一八ないし二四%も安い自動認可枠を下回る運賃が既に認可、実施されている。
 このような事態を予測して、輸送秩序の確保や運賃の認可等に際して、政府に必要な措置を求めた衆参両院の附帯決議(二〇〇〇年四月二十六日衆議院運輸委員会及び同年五月十八日参議院交通・情報通信委員会)が改正道路運送法の採決の際に、議決されている。しかし、この附帯決議がタクシー行政に十分にいかされているとはいえない。
 ついては、附帯決議の履行状況及びタクシー行政にかかわる緊急に解決すべき問題点について、以下質問する。

一、タクシー車両増大による悪影響について

 大都市を中心に新規参入・増車された大量のタクシーは、駅前やタクシー乗り場からあふれ出し、道路に二重三重に駐車したり、長蛇の列で交通渋滞を引き起こしたり、バス停の乗降を阻害するなどの悪影響を与えている。
 さらに、タクシー車両から排出される排気ガスの二酸化炭素等により、地球環境の保全及び大気汚染の防止という点からも重大な問題を生じさせている。
 自動車から排出される窒素酸化物及び粒子状物質の特定地域における総量の削減等に関する特別措置法(以下「自動車NOx・PM法」という。)に基づき、国土交通大臣は昨年四月三十日に自動車の排出物による大気汚染の防止を図るための「自動車運送事業者等の判断の基準となるべき事項」を告示している。それによれば、事業者は、「一般乗用旅客自動車運送事業における車両走行量の削減」、「需要動向に応じた車両管理」及び「無駄な走行を削減」すべきとされている。ところが、この告示の三か月前に施行された改正道路運送法は正にこの告示と正反対の「無駄な走行」を急速に増大させているのである。
1 政府は、客待ちタクシーによる交通渋滞等の問題を改善するための方策をどのように考えているのか。タクシー台数そのものを削減しない限り、問題は改善されないのではないか。
2 国土交通大臣告示「自動車運送事業者等の判断の基準となるべき事項」にあるタクシーの「車両走行量の削減」、「需要動向に応じた車両管理」及び「無駄な走行を削減」とは具体的に何を指しているのか。また、その基準を明らかにされたい。また、需要動向を見極めずに安易に増車することは同告示に反すると考えるがどうか。
3 自動車NOx・PM法の趣旨にかんがみ、少なくとも同法の対象地域である三大都市圏については、供給過剰となっているタクシーの削減を図るための行政指導及び事業者間の協議が行えるよう法整備を図るべきではないか。

二、タクシー労働者の労働時間と交通事故について

 タクシー事業においては安全性が何よりも優先されなければならないことは言うまでもない。警察庁の統計によると一九九一年に一万六千五十四件であったタクシー・ハイヤーが第一当事者となった交通事故は、二〇〇〇年には二万五千件を超え、その後も高水準で推移している。
 警察庁交通局が本年二月二十七日に発表した「平成十四年中の交通事故の発生状況」でも「最近十年(間)では、事業用乗用車は自動車保有台数(平成四年の一・〇二倍)は横ばい、自動車走行キロ(平成十三年は平成三年の〇・八五倍)が減少したにもかかわらず、交通事故件数(平成四年の一・五八倍)、自動車走行一〇〇万キロ当たりの交通事故件数(平成四年の一・九〇倍)が大きく増加した」とされており、このように事業用乗用自動車の走行距離当たりの事故件数は突出している。
 この背景には、タクシー労働者の賃金は運賃収入に比例する歩合給であり、運賃収入が下がれば自動的に賃金も下がる関係にあるからである。最近十余年間の経済不況がタクシー一台当たりの運賃収入の低下をもたらし、それが賃金低下となり、労働者は何とか収入を確保しようとして労働時間を延長した結果、長時間労働・過労運転を余儀なくされている。さらに、乗客の奪い合いからくる無理な運転、スピードアップなどの要因も加わり交通事故増加に拍車を掛けていることは明らかである。そして、昨年以降の増車と運賃値下げにより、この交通事故増加傾向が更に加速されるのではないかとの不安と危惧がタクシー運転者の間で広まっている。
1 政府は、タクシー労働者の賃金・労働時間等の労働条件の悪化と交通事故増大との関連をどのように認識しているのか。その関連を認め、交通事故防止及び長時間労働の防止を図る実効ある措置を採るべきと考えるがどうか。
2 先に指摘した附帯決議では「自動車運転者の労働時間等改善基準の遵守について・・・指導監督を徹底」とされているが、同改善基準は厚生労働大臣告示であり、罰則規程がないなど実効性に乏しい。このことは、大臣告示となった一九八九年以後十四年が経過しても違反率が一向に改善されないことからも明らかである。同告示を法制化し、強制力を持たせて実効性を確保すべきではないのか。
3 同告示については、その労働時間にかかわる部分が昨年二月から国土交通大臣告示ともなり、事業者に対して国土交通行政の面からも遵守が求められることとなった。違反の場合に行政処分が課せられるので一定の実効性が図られたところであるが、国土交通省は本年四月より同違反にかかわる行政処分基準を引き下げ、最初の処分は十日車から警告に、再処分は三十日車から二十日車にするとしている。この措置は、「自動車運転者の労働時間等改善基準の遵守について・・・指導監督を徹底」するとした附帯決議に反し、労働時間遵守を軽視するものであり、再検討すべきではないか。

三、タクシー労働者の賃金について

 タクシー労働者の賃金は、過去十年間にわたって低下を続けている。厚生労働省の「賃金センサス」によれば二〇〇一年度の年収は全国平均で二百九十九万円(四十七都道府県の単純平均)にまで下がり、全国最低の沖縄県では百九十六万円にしか達していない状況であった。増車と運賃値下げが相次いだ昨年二月一日以降は、急速な賃金低下の結果、最低賃金法違反が各地で発生したり、労働基準法に定める時間外等の割増賃金の未払いなどについても違反が蔓延している。
 タクシー労働者を組織している労働組合・全国自動車交通労働組合総連合会の調べによると、その傘下の三十四都道府県の組合すべてから、明らかに最低賃金を下回っている例が報告されており、そのうち労働組合に加入している者については、労働基準監督署に申告して是正された例もあるが、未組織労働者の場合などは、申告すれば使用者から報復的に解雇等がされることを恐れて、法違反と認識していても我慢せざるを得ない例も多数ある。したがって、違反が表面化して是正された事例は、全体のごくわずかにとどまっており、その背後には膨大な違反の存在が想定される。
 タクシー事業の場合は、賃金が低下すれば、生活に必要な賃金を確保するために、営業収入を増やして、長時間労働が迫られることになる。このような長時間労働がタクシーの安全運行にも影響を与えている。附帯決議でも「輸送の安全確保と適正労働条件の確立を図るため」として「過重労働を強いることとなる累進歩合やノルマの排除」をうたい、あえて賃金制度の問題にも言及して改善を求めている。
 最低賃金法違反の蔓延という事態に至っては、もはや労使の自主的な交渉にゆだねるだけでは事態の改善は望めず、労働関係法の遵守という厚生労働行政の面からはもとより、タクシーの安全性・信頼性を損ねるという点で交通運輸行政の面からも看過できない問題として、特段の行政上の配慮を行うべきと考える。
1 政府として、タクシー業界に最低賃金法違反が広範に存在している事態を把握しているのか。違反があっても自ら申告しにくい労働者の状況に配慮して、全国的な調査を行い実態把握に努めるとともに、違反の是正に特段の努力をするべきではないかと考えるがどうか。
2 国の許可事業であるタクシー事業について、事業者が最低賃金法や労働基準法違反を犯している事態は、「事業を自ら適確に遂行するに足る能力を有するもの」という道路運送法の許可基準の趣旨に反するものではないのか。政府として、各種法令を遵守した上で事業が遂行されるように、国土交通省や厚生労働省など各方面から促していく方策を検討すべきであると考えるがどうか。
3 附帯決議で指摘されている「累進歩合やノルマの排除」について、現実はほとんど改善がみられていないが、政府として、排除すべき「累進歩合」と「ノルマ」の基準を明確に示すとともに、排除のために、どのような措置を採ったのか明らかにされたい。

四、運転者の選任について

 タクシー供給過剰状態の下で、車両数に比べて、運転者数が足りない状態で、運行を確保するために稼働率を引き上げることを余儀なくされ、在職の運転者に長時間の時間外労働や休日労働連続勤務などを強いることになるのは明らかである。このように安全の面からも問題が生じるために、旅客自動車運送事業運輸規則第三十五条は、事業者は事業計画の遂行に十分な数の運転者を常時選任しておかなければならないとしている。しかし、新規許可や増車によってタクシー車両が増えているにもかかわらず、車両数に見合った運転者が確保されていない例が増えている。
 また、同運輸規則第三十六条では禁じられている、いわゆるアルバイト運転者も現実には多数存在している。さらに事業者の中には、不安な雇用形態を、専ら社会保険の事業者負担を免れるために活用して、社会保険にも加入させずに労働者を雇用しているという悪質な例も多く見受けられる。
1 政府は、十分な数の運転者を常時選任していないタクシー事業者に対してどのような指導を行っているのか。運転者が確保されないのであれば保有車両数を減らすように指導すべきではないか。
2 いわゆるアルバイトや日雇又はこれに類する雇用形態については、安全確保の面からも放置できない問題である。政府として実態把握のための調査を行い、違法な雇用形態の一掃を図るべきと考えるがどうか。
3 社会保険未加入については、国民が広く公平に負担するという保険制度の趣旨にも反するので、タクシー事業におけるその実態を調査して厳しく取り締まるべきではないか。

五、運賃値下げの問題について

 昨年二月以降、各種の割引運賃や運賃の値下げが申請されて、既にかなりのものが実施されている。特に運賃の多様化が進んでいる大阪では二十数種類の運賃が混在し、利用者はどれが安いのか判断が難しい事態になっている。このことは利用者とって、運賃が多様化されても決して利便性が向上したとはいえない状態にある。
 例えば近畿運輸局が昨年七月四日付けで認可したファイブスターキャブとワンコインタクシー両社の運賃値下げは一八%ないし二四%にも及ぶ値下げとなっている。このような運賃認可は、附帯決議の「運賃認可基準には、人件費等費用について適正な水準を反映させるとともに、他の事業者との間で不当競争を引き起こす恐れのある運賃を排除する」との趣旨に反する疑いが極めて濃厚なものである。
 この運賃認可の際に、近畿運輸局は「経営の効率化による経費の削減と輸送回数の増や実車率の伸びにより収支を償おうとするものであり、経営努力によれば、そのような経営の効率化や需要の伸びを見込むことができるものと判断される」との見解を発表しているがその査定内容は公表していないため、人件費等の適正な水準が反映されたものかどうかは客観的な判断はできない。
 このような運賃値下げ認可審査の場合は、個別の査定内容を公表すべきではないか。仮に認可したとしても、一定期間後に人件費の適正な水準が反映され、かつ収支が償えているのかどうかを再度査定・公表し、附帯決議の趣旨に反する場合は認可を取り消すべきではないのか。

六、悪質事業者対策について

 附帯決議は「悪質事業者排除・・・について、関係行政機関の協力・連携の強化を図る等所要の措置を講ずること」としている。
 この点に関し、昨年五月八日に衆議院国土交通委員会では、第一交通グループの悪質な組合つぶし攻撃について、政府は「道路運送法上の具体的な問題がある場合には、重点的な監査を実施するなど適切に対処する」「(厚生労働省と)両省連携してそういう問題の解決に当たっていきたい」(政府参考人・洞駿国土交通省自動車交通局長)と答弁しているが、その後も、悪質行為は止まらないばかりか、事態は悪化している。四月十五日付けで組合員五十五人の全員解雇という厳しい争議となっている大阪の佐野第一交通の場合、二〇〇一年三月の会社買収以来、二年間で三十三件(二〇〇三年三月三十一日現在)にも及ぶ裁判・労働委員会の係争事件や暴力行為等の刑事事件が発生している。
 同グループの道路運送法違反だけでも、昨年二月以来、静岡県・沼津第一交通(二〇〇二年三月二十八日)、広島県・広島第一交通(同年五月十四日)、兵庫県・第一交通(同年九月十七日)、大阪府・大阪第一交通金剛営業所(同年十二月五日)、同和泉営業所(同日)、山口県・第一交通(二〇〇三年一月十四日)、大阪府・堺第一交通住之江営業所(同年二月二十日)と七件が摘発されている。同グループの企業には、一部を除き労働組合は存在せず、内部から告発・情報提供が困難であることを考えれば、実際に処分にまで至った違反件数は氷山の一角にすぎない。
 全国で五千台を超えるタクシー車両を保有する業界トップ企業である第一交通グループは、本来タクシー業界全体の輸送秩序の確立や業界全体の健全な発展に、大いに貢献すべき立場にあるはずである。にもかかわらず、同グループは数々の法違反を犯し、それに対する判決や命令が行われていることは、企業としての最低の社会的責任をないがしろにして、これを改善する意図さえもないことを示すものである。しかも、道路運送法違反による処分を数多く重ねながらも、同グルーブの規模は、いまだに拡大し続けている。
 このような現状について、輸送の安全や最低限の労働条件等を確保するために認可等の公的規制を行っている政府として、どのように考えているのか。また、同グループを対象に、全国的規模で道路運送法、労働関係法など各法令違反の実態を調べ改善を図るために特別な監査等を行うべきではないのか。

七、タクシーの福祉・介護輸送の充実について

 附帯決議は「タクシー等を活用したSTS(スペシャル・トランスポート・サービス)の充実を図るため、所要の支援措置を講ずること」としている。心身障害者や高齢者など移動制約者にとってドアツードアのタクシーは非常に便利な交通機関である。タクシーは移動制約者の行動の自由を広げ、社会的参加の機会を増すことにつながるなど、ますます重要な移動手段となっている。
 移動制約者の移動を確保・充実させるために、政府はタクシーを積極的に活用すべきであると考えるがどうか。また、タクシーを活用したSTSの充実のために、今後どのような具体的な施策を行おうとしているのか明らかにされたい。

  右質問する。