質問主意書

第156回国会(常会)

質問主意書


質問第六号

労働現場(製造業)における熱中症対策の改善に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成十五年二月十三日

八田 ひろ子   


       参議院議長 倉田 寛之 殿



   労働現場(製造業)における熱中症対策の改善に関する質問主意書

 近年、夏期に猛暑が続く際、屋外作業はもとより屋内生産現場においても、高温作業環境下における熱中症の発生が増加傾向にある。そのことは、一九九六年五月二一日付けの労働省の「熱中症の予防について」の通達で「平成六年及び平成七年の夏期における記録的な猛暑により、特に建設業などの屋外作業を中心に七月から八月にかけて熱中症による死亡災害が多発し、熱中症の予防対策の充実が求められている状況にある」(基発第三二九号)と指摘されていることや、あるいは『快適職場づくりガイドブック』(労働省環境改善室監修)で、夏期の快適温度条件として座業(非常に軽い)であれば二四~二七℃、軽作業であれば二〇~二五℃という目安を出していることからもうかがえる。また、厚生労働省監修による『産業医の職務Q&A』には、室温の許容基準が日本産業衛生学会の提案に基づいて取り入れられており、容温度条件(WBGT・湿球黒球温度指数)として極軽作業であれば三二・五℃、軽作業であれば三〇・五℃、中等重作業であれば二七・五~二九・〇℃、重作業であれば二六・五℃となっている。
 二〇〇〇年五月に確定した広島の「オタフクソース裁判」の広島地裁判決では、夏期の工場内温度が四〇℃に上る劣悪な作業環境をとらえて、労働者が体力を著しく消耗して死に至った(自殺)要因として、次のように認定している。「…平成七年八月の盆休み(八月四日から同月一一日ころ)には特注ソース等の製造量が増加し、おりからの熱暑に加えて作業が過密かつ長時間に及んだため、八月七日には同僚の伊藤が、翌八日には太郎がいずれも脱水症状で体調を崩して病院を受診していること、太郎は翌九月一三日にも同様の理由で体調を崩し、再度病院を受診していること、太郎が作業していた職場は夏場には四〇度を超えるほどの高温となり、体力を消耗しやすい作業環境にあったこと、平成七年の夏は猛暑が続き、作業環境は一層悪化していたことがいずれも認められ、これらのことからすれば、平成七年九月ころにおいては、太郎は日々の作業により慢性的な疲労状態にあったと推認することができる。」
 最近、熱中症対策のための作業環境の測定については、測定技術が向上し、従来の乾湿計による計測から国際基準(ISO七二四三)に採用されているWBGT(暑熱環境を温度、湿度、輻射熱で決める)方式へ切替えが広がっており、日本工業規格(JISZ八五四〇 一九九九)にも取り入れられている。既に、厚生労働省の外郭団体「産業保健推進センター」はWBGT測定器を備えて現物で指導を行っている。
 しかし、このように世界的な標準化が進んでいるにもかかわらず、日本では法律による明示的な作業環境標準を決めていないため、労働者の健康を害する高温下での長時間労働が放置される状況がある。
 労働安全衛生法では、第七十一条の二(事業者の講ずる措置)「事業者は、事業場における安全衛生の水準の向上を図るため、次の措置を継続的かつ計画的に講ずることにより、快適な職場環境を形成するように努めなければならない。 一 作業環境を快適な状態に維持管理するための措置 二 労働者の従事する作業について、その方法を改善するための措置 三 作業に従事することによる労働者の疲労を回復するための施設又は設備の設置又は整備 四 前三号に掲げるもののほか、快適な職場環境を形成するため必要な措置」、第七十一条の三(快適な職場環境の形成のための指針の公表等)「厚生労働大臣は、前条の事業者が講ずべき快適な職場環境の形成のための措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るため必要な指針を公表するものとする。 2 厚生労働大臣は、前項の指針に従い、事業者又はその団体に対し、必要な指導等を行うことができる。」等の定めがあるものの、労働安全衛生規則の中で具体的な温度規制が行われているのは、坑内労働の三七℃だけで、製造現場における具体的な温度規制の限度数値は一切存在しない。
 厚生労働省は熱中症問題に関するリーフレットなどを毎年のように事業所に配布するなど、意識改革は行っているものの、罰則規定を伴う法律で限度数値が定められていないため、実効ある熱中症対策が進んでいない状況である。
 一例を挙げると、住友軽金属(株)のアルミ板材の主力生産工場である名古屋製造所では、夏場はほとんどの製造現場が四〇℃を超え、四六℃(二〇〇二年)に達する現場もある。その結果、分かっているだけで同年夏に「五名の熱中症患者に点滴治療した」(産業医)という状況がある。この事態に対して、労働者が同工場の作業環境の改善指導を要請したが、所轄の労働基準監督署は「指導の基準がない」と放置し、労働者が測定記録の提示を求めたのに対しても、開示しないという態度をとっている。
 言うまでもなく、事業者は、労働者の不注意による事故発生も考慮して、労働者の健康を守る信義則(民法第一条)上の社会的義務を有している。同時に、労災死傷事故を予防するための万全の措置を講ずべき安全保護義務を果たさなければならない。
 政府は、日本国憲法第二十七条に基づく勤労の権利を保障する立場から、労働者が高温作業環境下で長時間労働を繰り返す中で、徐々に健康を損なっている現実を直視して、早急に有効な、規制力のある法令の整備を行うべきである。
 よって、以下のとおり質問する。

一、政府は、熱中症に関する作業環境についての全国的な調査を実施するとともに、求めに応じて測定記録等の開示を行うべきであるが、その用意はあるか。

二、労働安全衛生規則の高温下の作業基準値に、国際基準(ISO)及び日本工業規格(JIS)並びに中央労働災害防止協会等の基準を取り入れるなど関係法令の整備を行う必要があると考えるがどうか。

三、効率的で経済的な環境設備対策について研究開発を推進すべきであるが、政府の方針はどうか。

四、事例として挙げた、住友軽金属名古屋製造所の実態調査を行い、現行法の下で可能な改善措置を直ちに採らせるべきであるが、政府の見解を示されたい。

  右質問する。