質問主意書

第155回国会(臨時会)

答弁書


答弁書第一三号

内閣参質一五五第一三号
  平成十五年一月二十八日
内閣総理大臣 小泉 純一郎   


       参議院議長 倉田 寛之 殿

参議院議員櫻井充君提出日本の戦後処理問題に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。



   参議院議員櫻井充君提出日本の戦後処理問題に関する質問に対する答弁書

一の1について

 御指摘の平成十四年十一月十九日に言い渡された大阪高等裁判所平成十三年(ネ)第一八五九号損害賠償等請求控訴事件の判決(以下「御指摘の大阪高裁判決」という。)は、原告である控訴人らの請求に係る債権は、財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(昭和四十年条約第二十七号。以下「日韓請求権協定」という。)第二条3に定める財産、権利又は利益に該当し、財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定第二条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置に関する法律(昭和四十年法律第百四十四号。以下「措置法」という。)の適用によって昭和四十年六月二十二日をもって消滅したものと解するのが相当である旨判示したものである。日韓請求権協定第二条3に定める財産、権利及び利益に該当する債権が措置法によって消滅したことについては、政府が従来から明らかにしているところであり、平成四年二月二十六日の衆議院外務委員会においても、柳井俊二外務省条約局長(当時)は、我が国が措置法において大韓民国(以下「韓国」という。)の国民の財産権を消滅させる措置をとったことにより、「韓国の国民は我が国に対して、私権としても国内法上の権利としても請求はできない」旨述べている。
 これに対し、お尋ねの平成三年八月二十七日の参議院予算委員会における同条約局長の答弁は、措置法について説明したものではなく、日韓請求権協定による我が国及び韓国並びにその国民の間の財産、権利及び利益並びに請求権の問題の解決について、国際法上の概念である外交的保護権の観点から説明したものであり、日韓請求権協定に関するこのような政府の解釈は一貫したものである。

一の2について

 お尋ねの未払賃金の供託については、御指摘の訴訟において、当該訴訟の原告である御指摘の方々を被供託者としてされたものであるかどうかについては、その時点において確認することができる諸資料のみによっては判断することができない旨主張していたところ、御指摘の大阪高裁判決の理由中において、御指摘の方々を被供託者として大阪法務局に供託されたとの事実認定がされたものと承知している。

一の3について

 供託所においては、お尋ねの「朝鮮半島出身の元日本軍人・軍属及び民間の被徴用者」の「未払賃金」の弁済供託事件も通常の民事紛争に関する弁済供託事件の一つとして取り扱われており、このうち政府がした朝鮮半島出身の元日本軍人及び軍属に係る未支給給与等の未払金についての供託は、延べ十一万千二百六十人分で総額九千百三十六万四千一円であるが、お尋ねの「民間の被徴用者」の分を含めた「未払賃金」についての被供託者の総人数及び総供託額は把握していない。
 韓国との間では、日韓請求権協定第二条1において、御指摘の「未払賃金」の問題を含め「両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、(中略)完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認」している。また、政府として、お尋ねのような調査や関係資料の公表を行う法的義務があるわけではない。
 また、北朝鮮との間では、日朝平壌宣言において「双方は、国交正常化を実現するにあたっては、千九百四十五年八月十五日以前に生じた事由に基づく両国及びその国民のすべての財産及び請求権を相互に放棄するとの基本原則に従い、国交正常化交渉においてこれを具体的に協議する」ことが明記されており、御指摘の「未払賃金」の問題も、右のとおり日朝平壌宣言に明記されているところに従い、日朝国交正常化交渉において協議されるべきものである。

二の1について

 お尋ねの要請書については、内閣官房において内閣総理大臣あての請願としてこれを受理した後、その記載に係る事項についての主管省である外務省に回付し、現在、同省においてその処理の在り方について検討しているところである。

二の2及び5について

 政府としては、いわゆるシベリア抑留者に対し、当該抑留中の労働に係る賃金の支払を行う法的義務を負うことはないと考えている。
 また、いわゆるシベリア抑留問題等に関し、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言(昭和三十一年条約第二十号。以下「日ソ共同宣言」という。)第六項は、「日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は、千九百四十五年八月九日以来の戦争の結果として生じたそれぞれの国、その団体及び国民のそれぞれ他方の国、その団体及び国民に対するすべての請求権を、相互に、放棄する。」と規定しているところ、これについて、国に法的な補償の責任はないというのが従来からの政府の見解であり、また、平成九年三月十三日に言い渡された最高裁判所第一小法廷平成五年(オ)第一七五一号各損害賠償請求事件の判決等も同様の判断を示していると承知している。

二の3について

 御指摘の「労働証明書」につき政府として「公式文書と認めていない」とのお尋ねの趣旨が必ずしも明らかではないが、当該文書については、ロシア連邦政府がいわゆるシベリア抑留者個人の要請に基づいて発給したことは承知している。当該文書に関する政府の基本的立場は、このような文書を発給するか否かは第一義的には抑留国側の問題であり、当該文書に基づき抑留者の所属国たる我が国が当該抑留者に対し労働賃金の支払を行う国際法上の義務を負うことはないというものである。

二の4について

 いわゆるシベリア抑留は、人道上問題であるのみならず、当時の国際法に照らしても問題のある行為であったと認識しており、「日本国軍隊ハ完全ニ武装ヲ解除セラレタル後各自ノ家庭ニ復帰シ平和的且生産的ノ生活ヲ営ムノ機会ヲ得シメラルベシ」とするポツダム宣言第九項に違反したものであったと考える。
 しかしながら、日ソ共同宣言第六項は、日ソ両国は「千九百四十五年八月九日以来の戦争の結果として生じたそれぞれの国、その団体及び国民のそれぞれ他方の国、その団体及び国民に対するすべての請求権を、相互に、放棄する」旨を規定しており、また、我が国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間のすべての条約その他の国際約束はロシア連邦との間で引き続き適用されることから、いわゆるシベリア抑留に係る請求権の問題は、同国との間においては既に解決済みである。

二の6について

 戦後処理問題については、昭和五十七年から二年半にわたって戦後処理問題懇談会が検討を重ね、昭和五十九年に報告を出したところであり、政府としては、この報告の趣旨に沿って、「平和祈念事業特別基金等に関する法律」案を提出し、昭和六十三年に同法の成立をみたところである(昭和六十三年法律第六十六号)。いわゆるシベリア抑留者に対しても、同法に基づき、慰労金の支給、慰労品の贈呈等を行ってきたところであり、政府としては、今後とも、同法に基づいて慰藉事業を適切に推進することにより、関係者の心情にこたえてまいりたい。

三の1について

 平成十一年以降、先の大戦に係る損害賠償請求権の問題等に関し、アメリカ合衆国(以下「米国」という。)において、日本国を被告として提起された訴訟は二件である。日本企業を被告として提起された訴訟については、政府は、当事者ではないので、これらの訴訟の件数及び被告の数について正確に知り得る立場にはないが、訴訟の件数は三十以上であり、被告の数は二十以上であると承知している。

三の2について

 旧日本軍の捕虜となった米国人二名が先の大戦中の日本の戦争行為により死傷したすべての米国人を代表して各人が被った被害に対する損害賠償の支払を求めて日本国を被告として提起している訴訟において、政府は、原告の請求権は日本国との平和条約(昭和二十七年条約第五号。以下「サン・フランシスコ平和条約」という。)により完全かつ最終的に解決済みである旨の主張を行っている。お尋ねの海老原紳外務省条約局長(当時)の答弁は、我が国の国内の訴訟において、政府は、サン・フランシスコ平和条約により個人の請求権又は債権に基づく請求に応ずべき法律上の義務が消滅し、その結果救済が拒否されると主張している旨説明し、サン・フランシスコ平和条約により先の大戦にかかわる日本国と連合国の請求権の問題は個人の請求権に係る問題を含めてすべて解決済みである旨を述べたものであって、右の米国での訴訟における政府の主張とその趣旨において同一のものである。

三の3について

 平成十四年十一月に閉会した第百七回米国連邦議会においては、旧日本軍の捕虜となった元米国軍人等に関連して、上院及び下院の合計で十二の法案及び二の決議案が提出されたと承知している。平成十五年一月に開会した第百八回米国連邦議会において同様の法案又は決議案が提出されたとは承知していない。これらの法案及び決議案に関し、政府としては、先の大戦に係る日米両国及びその国民の間の財産及び請求権の問題についてはサン・フランシスコ平和条約により完全かつ最終的に解決済みであると考えている。

三の4について

 日本政府及び米国政府は、先の大戦に係る両国及びその国民の間の財産及び請求権の問題についてはサン・フランシスコ平和条約により完全かつ最終的に解決済みであるということで完全に見解が一致しており、旧日本軍の捕虜となった米国人が戦時中の労働等に係る損害賠償等を求めて日本企業を被告として提起した訴訟及び当該訴訟に関連して米国連邦議会に提出された法案等の問題についても、緊密に情報を交換するなどしてきている。

三の5について

 平成十四年九月二十五日に開催された米国連邦議会下院司法委員会入国管理、国境警備及び請求権小委員会の公聴会において、クリス・カノン同委員会委員が、旧日本軍の捕虜となった米国人が戦時中の労働等に係る損害賠償等を求めて日本企業を被告として提起した訴訟を日本政府の支援も得て和解によって解決することにより当該米国人が当該日本企業から謝罪及び金銭を得られるようにするため国務省が支援することにつきただしたのに対し、ウイリアム・タフト国務省法律顧問は、国務省は日本政府及び一部の日本企業と接触を図ったが、これらの者が当該訴訟を和解によって解決する用意がある旨の反応は得ていない旨の発言を行ったと承知している。政府としては、米国政府から同顧問の発言に係る接触を受けたことはあるが、その詳細については、米国との外交関係にかかわる事項であることから、答弁を差し控えたい。また、日本企業の国務省に対する具体的な対応については、承知していない。