質問主意書

第154回国会(常会)

質問主意書


質問第四八号

米兵の「急使」の不逮捕特権に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成十四年七月二十九日

大田 昌秀   


       参議院議長 倉田 寛之 殿



   米兵の「急使」の不逮捕特権に関する質問主意書

 去る六月十六日の深夜、沖縄県那覇市内の飲食店で米カリフォルニア州の米軍基地所属の整備士(二十三歳)が酒などを飲食した帰り際に店頭に置かれていたライター一個を盗んだとして、同店主から通報を受けて駆けつけた沖縄県警那覇署員に緊急逮捕された。しかし、同容疑者は旧日米安保条約(一九五一年締結)に基づく行政協定にかかわる日米合同委員会の刑事裁判管轄権についての合意事項(一九五三年十月に合意)で、身柄を拘束されない特権を持つ「急使(きゅうし)」の身分証明書を持っていたため、即日釈放となった。
 地元沖縄の新聞報道によると、沖縄県警は、この規定と、刑事訴訟法に言う「身元がはっきりし、証拠隠滅や逃走の恐れがない場合は身柄を拘束しない」との規定を勘案して、同容疑者を即日釈放した。そして三日後の六月十九日に窃盗容疑で那覇地検に書類送検し、同地検は同月二十一日に起訴猶予処分にした。
 以上の事実から判明することは、容疑の罪状が軽微であったこと以上に、日米合意事項に係る不逮捕特権を持つ「急使」であることが主因で即日釈放となったということである。そのことは去る七月二十三日の参議院外交防衛委員会において政府側も認めている。
 この間、沖縄を始め日本に駐留する米軍兵士による幾多の犯罪事件をめぐって、日米地位協定に基づく刑事裁判権における不逮捕特権について、多くの批判が出され、同協定の改定を求める声が一段と強まっている。本件についても沖縄県民は容疑者が即日釈放されたことについて厳しい目で見ている。
 特に本件についての疑問点は、「急使」の身分証明書を持っていたこと自体が身柄不拘束の理由になっていることである。
 前述したように行政協定第十七条の適用に関して、日米合同委員会で合意した「刑事裁判管轄権に関する事項」の第二の(四)において、「権限を与えられた急使」には「特別の身分証明書」が支給され、「この身分証明書の所持者は、公務に従事しており公の機密文書又は資料の保持の責に任じているものである」と規定されている。したがって日米合意事項については、「公務中の急使」の不逮捕特権を謳っているのであって、身分証明書の所持如何というより、「公務中か否か」と解するのが正しいのではないか。
 日米合同委員会合意事項に出てくる「急使」は英語で言えば、米軍の Defense Courier Service で言う Courier(クーリエ)であるが、Courier は、そもそも Diplomatic Courier(外交上の急使=外交伝書使)に由来すると考えられる。外交上の「急使」(外交伝書使)の特権について、国際法の専門家の間では、「急使」が運搬する公文書、つまり、その公文書を運ぶ「公務」それ自体の保護に力点が置かれ、「急使」の身分はそれに従属するとの見解が主流となっているようである。また、「公務中である」ことを拡大解釈することには否定的な考え方が強まっているという(最高裁判所長官などを務めた国際法学者の故・横田喜三郎氏の著書『外交関係の国際法』参照)。
 本件の場合、同容疑者は夜中に酒を飲んでいたということであり、それは「公務中」と言えるのかどうか、疑問なしとしない。
 この点については、川口順子外務大臣も前述の国会審議の中で「(公務中であったというのには)疑問がある」と所見を述べている。さらに日米地位協定の第十七条「刑事裁判権」の規定において、米軍人・軍属に対する裁判権は、公務中であれば第一次裁判権は米軍にあって、公務外であれば日本にあるとしている。「第一次裁判権は米軍にある」としているのは「軍組織に対する」特権であって、公務外の軍人に特権は認められていないと解すべきではないか。「急使」による犯罪の場合も同様であり、「公務中か否か」が問われる。だとすれば、政府は改めて米政府との間でこれらの疑義についてより明確にすべく、直ちに協議すべきと思われる。
 そのことを要求し、次のとおり質問する。

一、旧日米安保条約に基づく行政協定第十一条に関する日米合同委員会の「刑事裁判管轄権に関する」合意事項が、現行の日米安保条約に基づく日米地位協定下の日米合同委員会に引き継がれていたとすれば、引き継ぎ交渉の際に、なぜ前に引用した「急使」について日米地位協定の条項に盛り込むことをしなかったのか。

二、「急使」の身分を持つ米軍人は現在、日本国内に何人おり、そのうち沖縄県内には何人いるのか。

三、政府は本件における窃盗容疑者の米兵は「『急使』として公務中であった」と、認識しているのか。

四、去る七月二十三日の参議院外交防衛委員会の審議の中で、川口外務大臣は本件の「急使」が「公務中であったかどうか疑義を感じている」として「どんな場合が日米合同委員会の合意で言う『急使』に当たるかについて米側と協議したい」との考えを示されたが、協議はすでになされたか、なされたのであればその結果を明らかにされたい。また、これから協議するのであれば、それはいつ、どこで誰と誰が行うのか。

  右質問する。