質問主意書

第151回国会(常会)

質問主意書


質問第三七号

タイ国ヒンクルート石炭火力発電所への経済協力問題に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成十三年六月二十一日

中村 敦夫   


       参議院議長 井上 裕 殿


   タイ国ヒンクルート石炭火力発電所への経済協力問題に関する質問主意書

 ヒンクルート石炭火力発電所(以下「プロジェクト」という。)は、タイ国プラチュアップキリカン県バンサパーン郡トンチャイ区に建設が計画されている発電能力千四百メガワットの大規模な発電所である。プロジェクトに投資している独立発電事業者のユニオン電力開発社(以下「UPDC」という。)への最大出資者は、日本商社のトーメンである。また、国際協力銀行がプロジェクトへの融資打診を受けている。
 プロジェクトにおいては、温排水や埠頭建設による漁業被害、石炭による大気汚染、地球温暖化問題、観光への悪影響、電力供給過剰に関連した電力料金問題、珊瑚礁への影響、住民無視の開発プロセスなど、様々な問題が懸念されている。また、投資企業による反対派への切り崩し活動によって、地域社会に深刻な亀裂が生じている。
 旧日本輸出入銀行は、一九九八年に融資契約直前までいったものの、住民の激しい反対とタイ政府の見直し決定によって、事実上の融資撤回を余儀なくされた。現在、タイ上院がプロジェクトの中止を含めた大幅な見直しを検討している一方、本年四月二十四日にタイ国家汚職防止委員会が事業予定地の取得をめぐる汚職の訴えを受理した。
 こうした状況であるにもかかわらず、赤尾信敏在タイ日本国大使館特命全権大使が、プロジェクトの推進をタイ政府に働きかけていると現地新聞で報道された。そこで、事実関係について外務省へ問い合わせたところ、本年六月十四日に外務省南東アジア第一課から回答書面(以下「回答書」という。)を受け取った。回答書の中で、外務省は、在タイ日本国大使館がプロジェクトの早期実施をタイ政府に働きかけてきたと認めた。
 プロジェクトについては、タイ上院が慎重に見直しを行っている最中である。タイの主権をないがしろにしかねない在タイ日本国大使館の行動については、強い疑問を感じざるを得ない。
 以上の観点から、次の事項について質問する。なお、同様の文言が並ぶ場合でも、各項目ごとに平易な文章で答弁されたい。

一、回答書の中で、外務省は「スムーズな実施が望ましいと考え」、「早期実施に向けて働きかけをしてきた」と述べている。これは、国際協力銀行など政府系金融機関によるプロジェクトへの融資について、前向きに検討することを意味するのか。

二、回答書によると、外務省が本プロジェクトを推進する理由として、「日本企業が全体の約六〇%以上出資する見込み」であることと「タイのエネルギーの多様化に資する」ことを挙げている。国際協力銀行が審査を始めていない段階であるにもかかわらず、プロジェクトの早期実施をタイ政府に働きかけるほどの推進根拠を、外務省はどのようにして得たのか。

三、プロジェクトについては、環境影響評価や開発プロセスなどに対して、最も影響を受けるバンクルート市住民や一部の専門家から、厳しい批判がなされていると聞く。外務省は、プロジェクトにおける社会環境面での問題をどのように把握し分析しているのか、具体的に示されたい。

四、本年四月十六日の国際協力銀行-NGO定期協議会において、国際協力銀行はプロジェクトへの融資を検討するかどうかも決まっていないと述べ、ほぼ白紙の状態であると公言した。しかし、回答書によると、外務省はプロジェクトの早期実施に向けてタイ政府へ働きかけてきたと認めている。政府部内で、プロジェクトへの取組に相違があると考えられる。政府のプロジェクトに対する姿勢を明らかにされたい。

五、一九九八年に旧日本輸出入銀行が融資をほぼ決定しようとしていた際、現地住民の激しい反対運動などを背景にタイ政府がプロジェクトの見直しを始め、旧日本輸出入銀行が融資を白紙に戻した経緯がある。それを受けてタイは上院において、プロジェクトの中止を含めた大幅な見直しを検討している。しかし、回答書によると「在タイ日本国大使館がタイ政府関係者と接触する機会をとらえて、同計画の早期実施に向けて働きかけをしてきた」ということである。これは、問題案件を在タイ日本国大使館が積極的に推進しようと、タイ政府に圧力をかけていることにほかならない。プロジェクト実施の是非は、明らかにタイ国内の問題であり、在タイ日本国大使館の行動には内政干渉の疑いがあると考えられるが、政府の見解を明らかにされたい。

六、本年四月三十日に赤尾大使がタイ国副首相を表敬訪問した際、プロジェクトの推進を進言したと現地の新聞が報じている。また、回答書によると、本年五月十四日、プロジェクトの最大出資企業であるトーメンなどの日本企業代表者がタイ国首相府大臣を訪問した際、在タイ日本国大使館の経済担当官が同行したとされている。その会合に関しては、日本企業側がタイ政府に対し、プロジェクトの承認を要請したと報道されている。一方、在タイ日本国大使館は反対派住民との会合に出向いたこともない。
 こうした状況の中で、直接の利害関係者である企業の陳情に在タイ日本国大使館の経済担当官が同行するというのでは、日本政府が影響住民を無視して企業寄りの偏った立場をとっていることになる。こうした赤尾大使及び在タイ日本国大使館の行動について、政府の見解を明らかにされたい。

七、現地の住民グループ等の話によると、投資企業側は高給で現地事務所長を採用し、反対派の切り崩しを任せているという。ライフル銃を肩にかけた警備員がピックアップの荷台に乗り、反対派住民の多いバンクルート市周辺を回っている。本年一月には、反対派住民リーダーの自宅へ銃弾が打ち込まれた。現地の住民グループ等の話によると、投資企業側が関係する行政機関に地域開発の名目で資金を提供する見返りとして、プロジェクトを支持する旨のレターを要求してきたという。投資企業側のこうした行動によって、地域社会は分断され、親戚同士の人間関係までが大きく歪められたと影響住民は非難している。
 赤尾大使を始めとする在タイ日本国大使館がこうした活動を続ける投資企業側に協力的な姿勢をとることは、日本の外交姿勢の根本を問われるものであり看過し得ない。政府は、プロジェクトによって地域社会が分断されていることをどのように考えているのか。また、在タイ日本国大使館が反対派住民から直接に意見を聞くべきだと考えるが、どうか。住民から直接に意見聴取しないとすれば、その理由も併せて明らかにされたい。

八、プロジェクトをめぐっては、事業予定地の取得をめぐる汚職疑惑が持たれており、本年四月二十四日付けで、タイの国家汚職防止委員会が訴えを受理している。こうした状況で、赤尾大使や在タイ日本国大使館がプロジェクトの推進をタイ政府に促したり、経済担当官が投資企業と一緒に主要閣僚を訪問したりすることは、日本政府の見識を疑われる行為である。国際協力銀行が融資の検討すら白紙の段階で、汚職調査のための国家機関が訴えを受理したプロジェクトを、その真偽が明らかにならないうちに在タイ日本国大使館が推進していることは問題ではないのか。政府の見解を明らかにされたい。

九、タイ国家汚職防止委員会の結論が出る前に、国際協力銀行など政府系金融機関がプロジェクトへの融資審査に入ることがあってはならないと考えるが、政府の見解を明らかにされたい。

  右質問する。