質問主意書

第145回国会(常会)

質問主意書


質問第三三号

「油汚染事件への準備及び対応のための国家的な緊急時計画について」に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成十一年八月十三日

加藤 修一   


       参議院議長 斎藤 十朗 殿


   「油汚染事件への準備及び対応のための国家的な緊急時計画について」に関する質問主意書

 「油汚染事件への準備及び対応のための国家的な緊急時計画について」(平成九年十二月十九日閣議決定。以下「緊急時計画」という。)は、「一九九〇年の油による汚染に係る準備、対応及び協力に関する国際条約」をうけて、油による汚染に係る準備及び対応に関する我が国の体制を体系的にとりまとめたものであり、海洋環境の保全並びに国民の生命、身体及び財産の保護のための油汚染事件に我が国が迅速かつ効果的に対応することを目的」としている。
 この緊急時計画では、関係省庁が事前に海岸の自然状況を調査し、緊急時には海上保安庁が海上災害防止センターとともに防除にあたり、事故後は防除の効果や生態系の回復を長期にわたって調査するよう定めている等、事故対策の効果的な実行のみならず、環境保全に関しても配慮がなされている。この計画通り各海域ごとに情報図が整備されており、その他の対応がなされるならば、たとえナホトカ号事件であっても、海上での油の回収量が増え、様々な混乱が少なかったであろうといわれている。
 一方、本年七月、ロシア極東・サハリン島北東部の大陸棚鉱区で石油天然ガス開発(サハリンII石油開発プロジェクト)が始まった。
 この開発プロジェクトにおいては、その石油流出緊急防災計画(OSCP)において環境対策が不十分であるにもかかわらず、日本輸出入銀行が融資を決定し、本年七月に事業が開始されていることから、とりわけ採掘油の輸送タンカーの航路となっている北海道沿岸、東北地方の水産業関係者の不安は大きく、早急な対応が求められている。また、これらの地域に限らず、事故発生の地点、規模によっては我が国のどこにでも、さらには東アジア地域にまで深刻な被害を及ぼすことがあり得るのである。
 このプロジェクトにおける石油流出事故対策等に関しては、別途提出した「サハリンII石油開発プロジェクトにおける石油流出事故対策等に関する質問主意書」において質しているところであるが、とりわけ次の三点の理由から、緊急時計画の実効性について、再度確認したい。

1 サハリンIIプロジェクトは、日本近海に影響を及ぼす初めての大規模海底油田開発事業であり、ここでの事故は相当量の油流出の可能性があること
2 油流出事故の起こりうる地点がロシア領海内である可能性が高く、とりわけ経済的にも政治的にも不安定なロシア政府、サハリン州政府との対応を想定する必要があること
3 オホーツク海は大変に豊かな自然に恵まれている反面、その自然環境は非常に厳しく、環境に配慮した開発を行うには特段の注意が必要とされること

 これらの点を踏まえ、緊急時計画のとりわけ適切な運用を求めるとともに、サハリンII石油開発プロジェクトに関連して、緊急時にどのような対策がなされるのか確認してまいりたい。
 以下、このような観点から質問する。

一、緊急時計画第一章第二節「他の計画との関係」について

 本計画が災害対策基本法に基づく防災基本計画、防災業務計画及び地域防災計画等と調和を保ったものであることが規定されているが、なかでも地域防災計画は各都道府県が防災基本計画を参考にしてそれぞれの特殊性を考慮して策定しているものである。

1 防災基本計画の第一編第四章には「国、指定公共機関及び地方公共団体は、・・・相互に密接な連携を図るものとする。また、地方公共団体は他の地方公共団体とも連携を図り、広域的な視点で防災に関する計画の作成、対策の推進を図るよう努めるものとする」とある。しかし、例えばナホトカ号による油流出事故が発生した地域には「山陰沿岸・若狭湾海域排出油防除計画」(第八管区海上保安本部)と「北陸沿岸海域排出油防除計画」(第九管区海上保安本部)があり、海域が隣接しているにもかかわらず、両者の具体的な協力体制は何も触れられていない。このようなことからすると、防災基本計画の実効性に問題があると思われる。国は、油流出事故対策の観点も含め、早急に各防災計画の相互の連携体制を見直すべきであると思われるが、政府の見解を示されたい。
2 海岸を持つ都道府県の地域防災計画には、基本的に油流出事故対策を含めるべきと考える。現在、地域防災計画の中に油流出事故対策を含めている都道府県はどこであるか示されたい。
 油流出事故に関する具体的な記述が少ないのは、各自治体の流出油に対する認識不足もあるとされている。今後政府は、関係都道府県に対し、油防除の中心的機関となっている海上災害防止センター(以下「海防センター」という。)の指導のもと、関係都道府県が共同して、海岸管理の枠を超えて流出油対策を実行できるよう、統一的対策を講じるよう、積極的に働きかけていくべきと考える。
 また、地域防災計画の油流出事故対策を充実させるためには、防災基本計画に数値目標を盛り込み、「海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律」上での位置付けを明らかにする必要があると思われる。以上について政府の見解を示されたい。
3 防災業務計画は各省庁が定める計画であるが、油流出事故対策は海上保安庁の計画にのみ策定されている。我が国の海岸は、一般の海岸が建設省、港湾を運輸省、漁港を水産庁、農林海岸を農林水産省、国立公園を環境庁が所管するなどして、分割管理されているが、これらの省庁の防災業務計画の中には油流出事故対策がない。本緊急時計画の第二章第二節において、関係行政機関等の対応体制及び相互の協力体制を整備することとなっている点からしても、政府は関係省庁の防災業務計画に油流出事故対策を含めるよう取り図るとともに、それぞれの計画の間において協力体制を明示し、緊急時に対応できるようにすべきであると考えるが、政府の見解を示されたい。
4 さらに、防災業務計画、地域防災計画における油流出事故対策の実施においては、地域の特性に従ってボランティア等を募り対策を講じるのであるが、様々な利害関係者がいるため、緊急対策の円滑な実施が図られるよう特段の注意が必要であると思われる。そのため、地域の自然保護団体等、様々な利害関係者に対し計画策定時から参加の要請をすべきであると考える。政府は指定行政機関、指定公共機関、都道府県等に積極的に働きかけるべきであり、さらには防災基本計画における該当部分を改正すべきであると考えるが、見解を示されたい。

二、緊急時計画第二章第一節「油汚染事件に関する情報の総合的な整備」について

1 「油汚染事件に対する準備及び対応に関する関係省庁連絡会議」は常設の会議であるか。また同会議がこれまで開催されてきた日時、場所、参加者、会議の内容、議事は公開されているか、非公開であるならば公開されたい。
2 関係行政機関により油汚染事件対策に参考とすべき各海域ごとの自然的・社会的・経済的諸情報を収集・整理することとなっているが、各省庁により収集・整理される情報の内容は何か、各省庁ごとに示されたい。また、それぞれの情報の共有化、地方公共団体の有効利用の体制について、その実態を示されたい。
3 ここで示されている情報の整備について、関係諸団体が自身の所掌範囲のみを調査してESI(環境脆弱性指標)等としてまとめているが、相互の連携がきちんとしていないため、情報の内容、定義等の相違が生じ、網羅されていない地域や項目が出るなど、様々な矛盾が予想される。最悪の場合には、相反する情報によって緊急時の対策がまったく異なるものとなることも考えられる。
 このような弊害を防ぐには、関係省庁による縦割り分担を改め、海防センターを中心として、必要であれば海防センターに各省庁から職員を派遣するなどして統一的な作業を行うべきである。さらに、海防センターにとりわけ生物、化学的知見を有した職員を増強することも必要である。以上の点につき、政府の見解を示されたい。
4 油汚染の環境に与える影響額の算定に資するため、北海道網走支庁と宗谷支庁、さらに北海道全体の年間漁獲高、売上高及び水産加工業の売上高を過去五年分示されたい。

三、緊急時計画第二章第二節「対応体制の整備」について

 本緊急時計画では、海防センターにおける防除措置の実施に関する対応能力の一層の確保に努めるとしている。現在、日本で流出油の防除対策についての総合的な経験を持っているのはこの海防センターのみであるが、現場で指揮を執れるものは同センター内に数名しかおらず、大規模な事故に対処するには少なすぎるといえる。海防センターの財政基盤を整え、人員を増強するとともに、経験に基づいた高い防除能力と環境に対する配慮とを兼ね備えた人材を育成するためにも、長期的に在職する体制を整える必要がある。さらに、これらの職員を地域ごとに現場指揮官として任命し、関係省庁や地方公共団体に対して必要な作業や協力を要請できる権限を与えることが必要である。これらの措置には海防法の改正が必要であるが、油流出対策という緊急時に実効性のある対策をとるためには、必要な法改正を積極的に行っていくべきである。これらの点について政府の見解を示されたい。

四、緊急時計画第二章第三節「通報・連絡体制の整備」について

1 「海面に大量の油が広がっていることを発見したもの」とあるが、官民の衛星の管理者もこれに該当すると思われる。とりわけ衛星は、油流出事故の早期発見に資することもあると考えられるため、その利用を検討すべきである。わが国の官民所有の衛星のうち、油流出事故を発見する可能性のあるものを示すとともに、連絡体制を確立すべきであると考えるが、政府の見解如何。
2 関係行政機関、地方公共団体等は、それぞれの機関内部及び機関相互間における夜間、休日の場合等を含めた連絡体制の整備を図ることとされているが、とりわけサハリンIIプロジェクトが開始されたことにより影響を受けると考えられる北海道、東北、北陸地方の夜間・休日等の場合を含めた連絡体制はどのように整備されているかを示されたい。

五、緊急時計画第二章第六節「近隣諸国等との協力体制」について

1 外務省は近隣諸国との間で、油汚染事件発生時の連絡体制強化等に努めることとされているが、サハリンIIプロジェクトのように、わが国領海内でも、公海上でもない海域で油流出事件が発生した場合、連絡体制、資機材の提供等の協力体制はどのように強化されるのか、政府の見解を示されたい。
 とりわけ、サハリンIIプロジェクトにおいて万が一油流出事故が起きた際、連絡体制は確立されているのか。当方としては、サハリン行政府対外経済関係局長ヴタリー・ニコラエヴィッチ・エリザリエフ氏等がコンタクトパーソンの例として挙げ得ると考えているが、日本国政府、北海道、ロシア政府及びサハリン州政府の連絡窓口はそれぞれどこであるか示すとともに、夜間・休日等を含めた連絡体制がどのように整備されているかもあわせて示されたい。夜間・休日等の連絡体制が整備されていないとすれば、今後どのように整備する予定であるかを示されたい。
2 ロシア、サハリン州政府との間で、石油開発における生産安全基準、事故対策について二国間協議を積極的に推進すべきであると考えるが、政府の見解如何。とりわけ、一定規模以上の事故発生時においては、緊急連絡を義務づけることとし、ロシア領海内であっても日本の資機材を投入することが出来るよう取り決めておくべきである。国連海洋法条約では、各国に排他的経済水域の独占的利用権を認めるとともに、海洋保全の義務を求めており、ロシア領海での油流出事故対策は一義的にはロシア政府がその義務を負うものと考えられるが、ロシア政府当局による対応の遅れが我が国の漁業資源、環境資源に甚大な影響を及ぼすことも考えられ、リスク回避の観点からすれば原則論に固執すべきではないと思われる。環境安全保障の観点からも、早急に上記のような協定、取決めを交わすべきであると考えるが、政府の見解を示されたい。

六、緊急時計画第三章第二節「対応体制の確立」について

 油汚染事故が発生した際、警戒本部を海上保安庁内に設置し、大規模な被害が発生したと認められる際には、非常災害対策本部を運輸省内に設置することとされているが、警戒本部から非常災害対策本部への移行に際して、業務の継続性はどのように確保されるのか明らかにされたい。

七、緊急時計画第三章第五節「油防除対策の実施」について

1 排出油の防除作業を行うにあたっては、まず排出油の拡散及び性状の変化の状況について確実な把握に努め「状況に応じた適切な防除方針を速やかに決定」し「迅速かつ効果的に排出油の拡散の防止、回収及び処理を実施する」とされている。これに関連して、海上保安庁による「北海道沿岸海域排出油防除計画」(以下「防除計画」という。)の第二編第一章7(2)では、「北海道近海で見る流氷は、主にサハリン東岸で結氷したものが風や海流によって運ばれてくるもの」であり、一月下旬には「北海道北岸、国後島北岸に接岸するようになり、一部は根室海峡及び国後水道を南下して太平洋に流出し、また一部は宗谷海峡に流入して時には日本海にも出現する」とある。
 サハリンII石油開発プロジェクトは、夏期のみの操業であるが、冬期の突然の油田噴出による大規模な油流出事故等を想定すると、現在の防除計画では不十分である。つまり、事故による流出油は流氷内に取り込まれ、サハリン南部や北海道の海岸線・千島列島で氷解して、この地域一帯を汚染するおそれがある。流氷が取り込む油は多量になると考えられるが、実際にこれが起こると流出油の量を把握することは困難になり、対応策もとれなくなる。
 例えば、流氷海ではあらゆる機器の使用が困難になり効果が著しく低下する。流氷に閉じ込められてやってくる油には、オイルフェンスの効果は期待できないし、また海上焼却による油処理も流氷に付着した油には効を奏しないと考えられる。さらに分散剤は流氷海では凍ってしまって効果がないと思われる。
 このような状況を想定したとき、海上保安庁による防除計画は不十分なものであると思われる。緊急時計画に定められている「状況に応じた適切な防除方針」の意を十分にくみ取り、防除計画を見直すべきと考えるが、政府の見解を示されたい。
 同様に、防除計画において流氷海で作業の訓練を行った油除去チームといったものの編成が全く検討されていないことも問題である。この点に関しても緊急時計画に基づき防除計画の見直しが必要であると思われるが、政府の見解を示されたい。

  右質問する。