質問主意書

第142回国会(常会)

質問主意書


質問第二一号

医療行政に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成十年六月十一日

阿曽田 清   


       参議院議長 斎藤 十朗 殿


   医療行政に関する質問主意書

 憲法第二五条は生存権を規定する。その内容は国民の福祉増進を図る国の使命、国民の権利の確認である。社会保障制度の整備、完全雇用をはじめとする各種の経済福利政策を進めることを国の責務として定めている。その目的は侵すことのできない人権をもつ国民一人一人の生活の充実である。互いの尊厳を認めあえる生活を送り、社会の充実に努める姿勢と行動を確かめあえる社会の創造である。我が国医療制度は、この生存権確保に向け、加入率一〇〇%の社会保険制度を築き、「いつでもどこでも、誰でもアクセスのよい良質の医療を受けられる」体制を着実に築いてきた。
 次なる課題は急速に近づきつつある少子高齢社会への対応である。心身の弱りがちな老人患者の求める介護医療の受入体制を早急に築き、社会負担への合意を着実に形成することである。
 しかし、政府の医療施策、社会保障制度の運営は、ビジョンの欠如と財政的観点を過度に意識することにより、医療の持つ役割についての社会合意を歪めかねない要素をはらんでいる。
 現行医療保険制度については、費用給付の在り方について見直しが進められているところである。しかし、医療者をとりまく状況や加入者とりわけ勤労者の置かれている社会環境の認識について、制度運営にあたる保険者と国との違いは日々に深まっていると考えられる。これが私の属する自由党が抜本改革を主張する現状認識の基礎でもある。
 政府の認識と、各界の改善への努力との溝が埋められるよう願い、右の観点から以下質問する。

一 医療保険財政の悪化傾向が顕著であるが、とりわけ政府管掌健康保険については積立金の取り崩し等が著しく、加入者である中小企業勤労者の不安を高じさせている。
 かつて一六・四%であった国庫負担は一三%となり(老人保健部分を除く)さらには一般会計からの負担の繰り延べもなされている。厚生保険特別会計健康勘定の財政状況の悪化原因の一つとして、金融問題への公的資金投入などの失政のしわ寄せによるものではないのかとの疑念が生じている。
 国庫負担率を一六・四%に戻すことについて、これまで厚生省は財政当局へどのような働きかけを行ったのか。
 また、働きかけをなさなかった場合には、その理由を明らかにされたい。

二 医療費削減を図る試みの一つとして定額払い方式の導入が、政府だけでなく、日本医師会、各政党などから打ち出されている。
 定額払い方式は、本来病院経営のマネジメント手法である疾患と各種医療資源との関係分析(DRG)を医療費の社会保険負担による診療報酬認定にあたって流用する(PPS)ものであるともいわれているがその内容は不明確である。

1 定額と言う場合、報酬支払いにあたり区切りの単位を設けるものであろうが、この区切りの単位として、何をとることを念頭において検討を表明したのか。慢性・急性疾患の別のさらなる区別として、学術上の医療的分類、治療経済上の経済的分類など、どのような関心において定額払い制度の対象を区分することを予定しているのか。
 また、国際的標準化を考慮しているのであれば、基準の国際標準の形成状況について政府の認識を示されたい。
2 定額払い方式導入にあたっては、医療技術の共有と事務手続き効率化により医療費削減の効果がもたらされることになろうが、個々の症例の記載などの医療上の報告事項と、診療状況に対応した保険審査の上での報告事項をどのように結合するかにより、制度運営の巧拙が大きく分かれよう。
 分野は異なるが、フランスではかつて国立医療評価法開発機関において四〇〇名の医師を含む一二〇〇名の専門家が二七部会に分かれて薬療法適正化を図り、著しい効果を上げた経緯がある(RMO)。我が国では診療、処方、事務処理、経営効率評価等々各種の現場の事情をどのように反映させるのかその方針を示されたい。
3 定額払い方式は、患者側からみれば同じ病気ならどう診療されようと医師側が同じ報酬を得られるので手抜きで診療されるという誤解も招きかねないと考えられるが、この点について政府はどのように配慮することとしているか示されたい。

三 医療効率化の問題として、薬剤費に関心が集まっている。
 医療費に占める薬剤費の比率が三割にものぼるなかで、個々の薬剤の価格が高く設定されており、これに起因して医療費の高騰が生じ、過度の国民負担につながっているとの疑念である。
 薬の内外価格差については、厚生省では米・独・仏・英先進四カ国と比較して日本は中位の薬価と報告しているが(九六年国民生活白書)、これは品目調査であり、市場規模を勘案した大阪府保険医協会のより広い調査では全く異なる最上位の高価格薬剤国となっている。これはよく施用される新薬が高いためである。現在、医薬の分離を図る試みが実施に移されつつある。その前提は利益追求型の株式会社が生産する薬剤を非営利の医療機関が用いて患者に施術するしくみは維持されることである。施術にあたっての医薬分離である。課題とされているのは薬生産と医療のそれぞれの事業分野で、互いの制度の良さを引き出すことであろう。これがため、薬業界には透明な基準に基づく競争原理を社会的に明確に認知されるまで徹底的に導入する必要があると考えられている。現行の薬価基準方式の運用の不透明さの改善は喫緊の課題である。

1 現行の公定価格は、大半の新薬の薬価が類似薬効比較方式によって、既存類似薬との効果比例換算で算定されている。類似品なき新薬は原価計算方式によっており、利益の確定が保証されている仕組みとなっている。
 中医協の平成七年建議が最新の算定ルールとなっているが、ここで算定にあたっての類似薬効比較方式における補正加算の妥当性の検証はどのようになされているか。また、原価計算方式による業界利益率(日本開発銀行算出)を一律に適用した理由は何か。更に、諸外国価格を参考にした調整の具体的判定例を示されたい。
2 保険対象となっている薬の認定において、漢方薬を対象からはずすことを検討しているとの指摘がある。漢方薬は一九七六年薬価収載され、九七年四月現在処方数は一五七にまで達している。漢方薬の収載については保険適用の経緯から安全性、有効性に関する製造承認の手続きが「超法規的」であり、中央薬事審議会の漢方製剤再評価調査会が、後回しにされた臨床評価を行っているとの報道がある。評価の進展と、評価対象の選定状況、副作用と処方との関係、漢方独自の客観的な評価方法について、具体的に調査及び審議状況を示されたい。
3 薬価基準方式が適用になる薬については、処方にあたり医師の診断と患者との間に接点を持つものであるが、OTC(薬局取り扱い)薬品の対象が拡大され、劇薬扱いで医師の診断を要するとされた薬品の一般販売が始められ、対象数の拡大が進んでいる。こうしたスイッチOTCと呼ばれる薬剤政策の方針転換は医療費負担の軽減の狙いを持つとの指摘もあるが、対面販売処方の危険性も指摘されている。なかでも、危険性の高さがつとに報道されているイブプロフェンなど、医師処方医薬のOTC認可の件数の推移と発売以来の報告のあった医薬事故の具体的状況について示されたい。
4 現行薬価制度について厚生省は、一九九七年八月七日に薬価基準制度を廃止する考えを示している。新方式は市場の実勢価格を基本に新薬の卓越性等を認めることを示唆しているが、市場とはどこをさすのか、参加者が誰であるのかといった説明がなされていない。
 本来保険償還認定の権限は保険費用を支払った保険加入者自身にある。現行薬価制度にあっては、加入者を差し置き、一部関係者のみが承認認定、薬価設定するという統制構造に問題がある。とすれば、まず、患者への使用薬剤の種類、価格等についての明細書発行を義務づけ、保険加入者に監視の道を開くこと及び薬業界各社の創意を市場で正しく認められるように新薬の特許性を時限的に認め、評価を広く学界、業界、世論に求める仕組みを早急に講する必要があると考える。検討中の新方式にこの考え方がどのように考慮されるのかを示されたい。また、今後のスケジュールを明らかにされたい。

四 政府は所得税、法人税など税制の抜本改革の検討を表明している。消費税導入にあたって、社会保険診療報酬について免税を定めたことにより、転嫁ができなかった事務経費等が、損税として、医師側の負担となっている。その総額は税率三%の場合、一〇〇床のモデル病院(売上げ年一二億円、五〇%課税経費、一〇%課税売上げ、見なし仕入れ率六〇%)で、一五三八万円の負担、これを一二〇万床に敷衍すると年約一八〇〇億円の負担になるとの試算もある。

1 税務当局は、こうした医療機関経営にあたる開業医の立場をどのように考慮したのか示されたい。
2 税の転嫁分は、診療費算定にあたって物価上昇に吸収されるとの税理論上理解しかねる主張に折れたとの指摘もあり、また診療報酬の概算経費算入の特例措置が議論の妨げになるとの指摘もある。これらの指摘について政府はどのように評価されるか、見解を示されたい。

五 昨年度からの患者の医療費負担増で診療受け控えの傾向が顕著となっている。熊本県保険医協会の昨年五月の一四四七名に対するアンケートでも、改定に対し五九・四%が反対し、対応方法として、受診回数の抑制を四〇・八%が選択し、八%が自分で治すという回答を寄せている。そして、医科、歯科ともに外来の受診率は昨年九月より対前年度比で減少したままである(厚生省『メディアス』)。
 政府はこの実態をどのように評価しているのか、具体的な動向についての評価を示されたい。また、急激な受診低下現象が医療技術等の発展に起因するものでなければ制度変更による保険医療の後退を招いたものと評価されるであろうが、この場合は、従来制度への回復をもって対応する姿勢はないか、政府の見解を示されたい。

  右質問する。