第141回国会(臨時会)
答弁書第三号
内閣参質一四一第三号 平成九年十二月十九日
内閣総理大臣 橋本 龍太郎
参議院議員竹村泰子君提出徳島県吉野川第十堰改築計画等に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。 参議院議員竹村泰子君提出徳島県吉野川第十堰改築計画等に関する質問に対する答弁書 一について 建設省において確認している資料からは御指摘の「第十堰が直接の原因となって川が氾濫した例があるか」否かを断定することはできないが、吉野川では現在の第十堰(以下「現第十堰」という。)が設けられて以降も洪水による被害が数多く発生しており、そのうち例えば明治二十一年七月に生起した洪水については、現第十堰の最も上流側の地点からわずか約二キロメートル上流の地点付近において同川の堤防が決壊したと推定されることから、洪水時における現第十堰による水位上昇も堤防の決壊の一つの原因として考えられるところである。なお、この明治二十一年七月の洪水に関し建設省において確認している資料によれば御指摘の「被害状況」は死者三十数名、家屋の流出四十三戸等であったとされているが、御指摘の「氾濫の規模や降水量、河川の流量」については当該資料からは具体的な数値を知ることはできない。 二の1について 吉野川の河口からの距離が零キロメートルから二十四キロメートルまでの区間の一キロメートルごとの各地点について、同川で昭和四十九年九月に生起した洪水に際して観測されたその地点における痕跡水位の値から昭和四十八年度に行った測量を基に算出した同じ地点の高水敷の横断方向における阿波工事基準面(東京湾平均海面マイナス〇・八三三三メートル。以下「基準面」という。)を基準とした平均的な高さの値を減じた値及びその地点における計画高水位の値から当該高さの値を減じた値を示すと、別表第一のとおりである。
二の2について 吉野川で洪水が生起した場合における粗度係数の値が、過去に現に生起した洪水における観測結果を用いて算出した値のうちの最大のものとなる可能性を否定できる根拠を有していないことから、御指摘の「包括する値を採用した」ものである。 二の3について 御指摘の「高水敷の粗度係数」は、平成七年十一月に建設省四国地方建設局が作成した「第十堰改築事業に関する技術報告書」(以下「技術報告書」という。)の五十九ページに記載されている「高水敷粗度係数と水深h・草の高さhv比との関係」に基づき、吉野川における高水敷の植生の状況等から算出したものであるが、この「高水敷粗度係数と水深h・草の高さhv比との関係」は、雄物川水系雄物川、利根川水系江戸川、円山川水系円山川、斐伊川水系斐伊川及び筑後川水系筑後川の高水敷の複数の地点における過去の洪水時に観測された流速及び水位の値、植生の状況等から求められたものである。 二の4について 御指摘の「計算の過程及び根拠」については、先の答弁書(平成九年七月十一日内閣参質一四〇第一二号。以下「答弁書」という。)一の2の(4)についてで述べたとおりであるが、更に詳細に述べると、吉野川において過去に生起した複数の洪水の観測結果、二の3についてで述べた「高水敷粗度係数と水深h・草の高さhv比との関係」等を基に、同川の水位が計画高水位となった状態を想定して同川の低水路及び高水敷における粗度係数をそれぞれ求めた上で、同川の流下断面を低水路部分並びに左岸及び右岸の高水敷部分に分割して、それぞれの流水の相互の干渉効果を加味しつつ、分割した各断面ごとの水理学上の径深(流下断面の面積の値を流水が河道に接する延長の値で除した値をいう。)の値等を用いて当該各断面に係る粗度係数の加重平均を行うことにより、流下断面を代表する合成粗度係数として御指摘の「〇・〇三八」の値を得たものである。 三の1について 技術報告書の五十八ページに記載されている御指摘の「過去の四洪水」それぞれについて算出した吉野川の河口から十六キロメートルの地点における「再現計算水位」の値から、それぞれの洪水において観測された同地点の左岸及び右岸における痕(跡水位の値を減じた値のうち最大のもの及び最小のものは、それぞれ約一・四メートル及び約〇・六メートルである。 三の2について 建設省において、御指摘の「水位計算資料」(以下「水位計算資料」という。)が「計画流量毎秒一万九千トンが流れたとしても計画高水位以下に収まることが明らかとなった」としていることが誤りであると判断したのは、水位計算資料において想定している吉野川の流水の状態が水位計算資料において用いたとされる「本間の式」の適用範囲を逸脱していると考えられること、水位計算資料等によれば上流における水理学上のエネルギー水頭(以下「エネルギー水頭」という。)が下流におけるそれを下回るという不合理が生じると考えられること等の理由によるものである。
三の3及び4並びに五の4について 現第十堰のように流下方向に対して斜めに設置されている構造物の存在が洪水時の水位に及ぼす影響を的確に予測するためには、水位の計算手法として一般に用いられている一次元不等流計算の手法では限界があることから、必要に応じ模型を用いた水理実験を行った上で総合的な判断を行うことが適切であると考えている。 四の1について 御指摘の「岩津から下流」の区間における百五十分の一の年超過確率については、昭和五十七年に吉野川水系工事実施基本計画を定めるに当たって、当該区間について、吉野川の大きさ、同川における洪水により被害を受けると想定される地域の社会的及び経済的重要性、当該洪水で想定される被害の状況等を総合的に勘案して比較的重要度が高い河川であるとの判断の下に採用したものであり、石狩川水系石狩川、天竜川水系天竜川等の一部の区間においても同様の考え方に基づいて百五十分の一の年超過確率を用いている。 四の2について 御指摘の「岩津地点」と吉野川の河口から四十二・二キロメートルの地点との間の区間においては、百分の一の年超過確率を用いて算出した毎秒一万七千二百立方メートルの流量を流下させることができるように河川改修を行うこととしているが、仮に当該河川改修が完了しているとすれば、御指摘の「岩津地点」において当該流量が流下する場合と比較して、同地点において御指摘の「百五十分の一規模の洪水」の流量に相当すると考えられる毎秒一万八千立方メートルの流量が流下する場合の方が、洪水による被害が発生する危険性の程度は高まるものと考えている。 四の3について 御指摘の「岩津のピーク流量が最大となる値を採用した」のは、吉野川水系工事実施基本計画における基本高水のピーク流量の決定に当たり用いた計画降雨の数を限定したことによるものである。
四の4について 現行の吉野川水系工事実施基本計画において用いられている計画降雨量の値は合理的なものであると考えており、御指摘の「その後の二十年間の資料も追加」した計算は行っていない。 五の1について 建設省四国地方建設局徳島工事事務所では、昭和四十八年度に測量した吉野川の河道形状を前提とした上で、吉野川水系工事実施基本計画において計画高水流量を定めるに当たって想定した洪水(以下「計画洪水」という。)が同川を流下する状態を想定した模型実験(以下「模型実験」という。)を平成八年に行ったところである。この実験で得られた計測値からは、当該状態において、同川の左岸と右岸の水位の平均値は計画高水位を最大で約六十センチメートル上回ること、河床は最大で約八メートル新たに洗掘されること等が予測されるという結果が、また、この実験において行った目視による観察からは、現第十堰を越流した流水は右岸側の堤防に向かうこと等が確認されたという結果が、それぞれ得られていることから、現第十堰は堰付近において複雑な水の流れを発生させ、同川における洪水による災害の発生を防止するに当たって大きな支障となっているとの評価を行うことが妥当であると考えている。 五の2について 模型実験は、御指摘の「時間の経過や流量の変化によって、地形や粗度係数が異なってくること」による影響も含めて洪水時の水位等を予測する必要があるとの観点から御指摘の「移動床実験」としたものであり、模型実験の予備的な実験として、模型実験に用いたものと同じ模型を用いて、吉野川で昭和四十九年九月に生起した洪水における時間の経過に伴う洪水の流量の変化の観測結果を基に流量を段階的に変化させたときの最大の水位を計測し、その値を同川の水位に換算したものが当該洪水において実際に観測された痕(こん)跡水位等とおおむね一致することをあらかじめ確認していること等から、模型実験から得られた結果について信頼性が低いとは考えていない。
五の3について 模型実験による検討以外に、模型実験から得られた数値を用いて新たに一次元不等流計算を行うことにより、実験と数値計算とを組み合わせた手法を用いた検討を行っている。 六の1について 平成九年八月十八日に開催された第七回吉野川第十堰(建設事業審議委員会において、建設省四国地方建設局は、徳島県から示された考えに基づき、現第十堰に代わる新たな可動堰(以下「新第十堰」という。)を利用して吉野川の流水を新たに水道の用に供することはしないこととしたとの趣旨を明らかにしている。 六の2について シギ・チドリ類重要渡来地域は、環境庁が、昭和六十三年からシギ・チドリ類の全国の主な渡来地において行ってきた観察調査の結果に基づいてシギ・チドリ類の渡来数が多いこと等の一定の基準を適用した結果その重要性が明らかになった地域を、我が国におけるシギ・チドリ類の重要な渡来地域として発表したものである。この一定の基準を超えるシギ・チドリ類の渡来が観察されている吉野川河口は、全国的に見てシギ・チドリ類の重要な渡来地域の一つであると考える。 六の3について 環境庁が行った自然環境保全基礎調査、シギ・チドリ類の定点調査及びガンカモ科鳥類生息調査並びに建設省が行った河川水辺の国勢調査の結果、吉野川河口干潟及びその周辺で確認している主な動植物は別表第三のとおりである。 六の4について 御指摘の「水質予測」を行うに当たっては予測のための計算の前提となる流量の条件を吉野川において実際の観測によって求められた流量の値(以下「観測流量値」という。)を基に設定することが適切であると考え、御指摘の「吉野川の流量」の設定については、近年において流水の状況が平均的なものであったと考えられる年である昭和六十三年及び代表的な渇水が発生したと考えられる年である平成六年におけるそれぞれの観測流量値等に基づいて行ったところであり、当該流量を御指摘の「旧吉野川の上流側」及び「下流側」である吉野川の河口からそれぞれ二十キロメートルの地点及び十三キロメートルの地点について示すと、別表第四から別表第七までのとおりである。 六の5について 平成四年度に測量した吉野川の河道形状を前提とした上で、現第十堰(ぜき)によって生じる貯水池の水位が基準面を基準とした高さ五・一メートルである場合の当該貯水池の湛(たん)水面積及び貯留量は、それぞれ約百三十ヘクタール及び約二百九十万立方メートルであり、当該湛(たん)水面積及び貯留量のうち、同川の河口から十五・六キロメートルの地点より上流の区間におけるものはそれぞれ約八十ヘクタール及び約百八十万立方メートル、同地点より下流の区間におけるものはそれぞれ約五十ヘクタール及び約百十万立方メートルである。
六の6について 吉野川第十堰建設事業は現在調査の段階であることから、基本的には同事業に係る事業費が御指摘の「調査費」に相当するものと考えて、当該事業費から工事諸費を除いた金額、その内訳及び実施した調査の内容を昭和六十三年度から平成八年度までにおける各年度ごとに示すと、別表第八のとおりである。
七の1、2及び4について 御指摘のような工事を行った事例はなく、また、現第十堰の下流の区間における吉野川の堤防がおおむね現在の形状となって以降は洪水によって当該堤防が決壊したことはないが、同川において昭和五十一年九月に生起した計画洪水と比べて規模の小さい洪水によっても通常時の水面から約二十メートルの深さに及ぶ河床の洗掘が発生したこと、当該洗掘が発生した箇所においては根固めブロックの投入等の対策を行った後にも河床の洗掘が再び進行していること等から、御指摘の「現位置固定堰改築案」においては、同川の洪水による被害を未然に防止するためには当該対策では不十分であり、御指摘の「ケーソン及びコンクリート擁壁」(以下「構造物」という。)による対策が必要であると考えたものである。 七の3について 御指摘の「設計計算書」がどのようなものを指すか必ずしも明らかではないが、構造物の設計に係る計算については、構造物が安定したものとなることを確認するという観点から建設省四国地方建設局徳島工事事務所において概略的に行っており、具体的には、構造物を一体のものと考え、洪水時における堤防の状況、構造物が設置される基礎地盤の土質条件等の計算の前提となる条件を仮定した上で、適切と考えられる構造物の形状を設定し、当該条件及び形状等に基づいて算出された構造物に作用する外力の値並びにその値等を用いて算出された構造物の変位の値等から、構造物の安定性を確認しているものである。 七の5について 御指摘の「現位置固定堰改築案」を採用すると仮定した場合には、現第十堰の上流の一定の区間の吉野川の計画高水位を上昇させる必要があることから、それに伴って当該区間の堤防について滑り破壊に対する安全率の低下を防止するための拡幅が必要となり、それに伴う荷重条件の変化に伴って第十樋門、神宮入江川樋門、神宮入江川排水樋門、飯尾川樋門、新飯尾川樋門、江川樋門、江川排水樋門及び六條樋門の改築が必要となると考えたものである。
別表第四 昭和六十三年「旧吉野川上流側」(吉野川の河口から二十キロメートルの地点) 別表第五 昭和六十三年「旧吉野川下流側」(吉野川の河口から十三キロメートルの地点) 別表第六 平成六年「旧吉野川上流側」(吉野川の河口から二十キロメートルの地点) |