質問主意書

第129回国会(常会)

質問主意書


質問第二号

市民的政治的権利に関する国際規約第二十七条にいう「種族的、宗教的、言語的マイノリティ」の在日韓国・朝鮮人への適用に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成六年三月四日

竹村 泰子   


       参議院議長 原 文兵衛 殿


   市民的政治的権利に関する国際規約第二十七条にいう「種族的、宗教的、言語的マイノリティ」の在日韓国・朝鮮人への適用に関する質問主意書

 日本政府が一九七九年六月二十一日に批准し、一九七九年九月二十一日、本邦において発効した「市民的政治的権利に関する国際規約(以下「自由権規約」と略す)」の第二十七条は「種族的、宗教的、言語的マイノリティが存在する国において、当該マイノリティに属する者は、その集団の他の構成員とともに自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰し、かつ実践し、または自己の言語を使用する権利を否定されない」と規定している。
 本条項と日本国内の状況との関連について、一九九一年十二月十六日国際連合に提出された「市民的政治的権利に関する国際規約第四十条一項(b)に基づく日本政府の第三回定期報告書(CCPR/C/70/Add. 1 30 March 1992)」のなかで、日本政府はアイヌ民族に関して「独自の宗教及び言語を有し、また文化の独自性を保持していること等から本条にいうマイノリティであるとして差し支えない」と認められるに至った。しかしながら、アイヌ民族と同様に一九八一年の第一回報告書審議の際から問題となっている韓国・朝鮮人マイノリティについては、未だ公式に規約第二十七条にいうマイノリティであるという認識を出すに至っておられない。
 この点に関し、日本政府第三回報告書を審議した規約人権委員会(Human Rights Committee)は、一九九三年十一月四日に採択した意見書の中で「主要な懸念事項」のひとつとして「委員会は、日本政府によるマイノリティの概念が、在日韓国・朝鮮人を排除していることについて懸念を抱いている。規約はマイノリティの概念を当該国の国籍所有者に限定してはおらず、この点は規約上正当化されるものではない」と明示した。昨年規約人権委員会によって明示された同見解、及び過去三度にわたる審議に関連し、以下質問する。

一、在日韓国・朝鮮人が自由権規約第二十七条にいうマイノリティであるか否かをめぐる問題

 在日韓国・朝鮮人がマイノリティであるかどうかに関し、規約人権委員会第四十九会期において國方政府代表は「『マイノリティ』の定義は国際的に確立されていないと認識している」と答弁された。また第二回報告書審議の際に国枝政府代表も「『マイノリティ』という言葉は普遍的に認められた解釈はない」とされている。しかしある特定の集団が本条にいうマイノリティであると当該国政府が個別的に認定することは十分可能なことであり、これは日本政府が今回アイヌ民族を本条に規定するマイノリティであるとの認識を示されたことがまさに示すところである。今回、規約人権委員会第四十九会期は在日韓国・朝鮮人に関し明確に前記の規準を示した。この規約人権委員会の見解を受けて、現在日本政府は在日韓国・朝鮮人を自由権規約第二十七条にいうマイノリティであるとの認識をもつに至られたのか否かお答え願いたい。

二、日本国籍を取得した韓国・朝鮮系日本国民及び在日韓国・朝鮮人と日本民族との間に出生した子どもが自由権規約第二十七条にいうマイノリティであるか否かをめぐる問題

 日本国政府は前記第三回定期報告書において、日本国籍を有しない在日韓国・朝鮮人の状況について第二条の下で「外国人の地位、権利」のひとつとして報告されたが、帰化又は父母の一方が日本国籍者であることから、日本国籍もしくは二重国籍を有するに至っている二十万人以上の韓国・朝鮮系日本国民に関しては、第一回、第二回報告書同様何の言及もされていない。これは日本政府がこれらの人々は、第二十七条にいうマイノリティには当たらないというお考えに立脚するものなのか否か、またその理由も明らかにされたい。

三、“minority”の邦訳として「少数民族」が適切であるか否かに関する問題

 日本政府は自由権規約第二十七条にある“monority”の邦訳として「少数民族」という用語を使用しておられる。しかしながら“ethnic minority”を「少数民族」と訳すことには議論の余地があるとしても“religious minority”を「宗教的少数民族」、“linguistic minority”を「言語的少数民族」とする訳は、この二つの範疇のマイノリティが別段マジョリティと異なる民族、種族であることを必要としていないことから判断されるように、適当ではないと思われる。また現在“minority”という用語を使用する西欧諸国等において、単に“minority”といった場合、この用語が障害者など社会的に弱い立場におかれている人々に対して用いられている状況があるが、これらの人々を「少数民族」とは呼べないであろう。日本政府も近年国連人権委員会の下にある“Sub-Commission on Prevention of Discriminationand Protection of Minorities”を「差別防止・少数民族保護小委員会」とは呼んでおらず「差別防止・少数者保護小委員会」と呼んでいるのである。「少数者」という用語は数年来民間においても使用されておりかなり定着した用語といえ、この「少数者」という用語の方が原意に近いと思われる。このような状況を踏まえ、自由権規約の日本政府による公訳が原文の“minority”を「少数民族」としていることが現在なお適切であるとお考えなのか否か明らかにされたい。また日本国政府として、同規約第二十七条の現政府訳にある「少数民族」を「少数者」もしくはその他適当な用語に置き換える必要があると認識されるのか否かお答えいただきたい。

四、自由権規約第二十七条に定める締約国の義務をめぐる問題

 日本国政府は第三回報告書の第二十七条の部分で「我が国においては、自己の文化を享有し、自己の宗教を実践し、又は自己の言語を使用する何人の権利も否定されていない」と記された。
 この記述からは、規約が本条において、すべての者の思想、良心、信教の自由及び表現の自由を規定する第十八条、第十九条とは異なる権利の尊重並びに確保を、締約国に課していることを日本政府がどのように認識されているのか疑問が残る。ここで改めて日本政府が、本条に規定される権利が、第十八条、第十九条に規定されるすべての者を対象とした思想、良心、信教の自由及び表現の自由などの権利を享受した上でさらに付加的な権利として、マジョリティに囲まれて生活する中で自己の文化を実践し、自己の宗教を信仰し、実践し、自己の言語を使用することに困難を抱きやすい、種族的、宗教的、言語的マイノリティに属する者に与えられた特有の権利であると認識されているのか否か、明確にされたい。
 また日本政府は、規約第二十七条に関する締約国の義務を、締約国政府自身が法律や行政指導によって主体的に当該権利の享受並びに行使を禁止するといった積極的な否定を行なわないことのみを課すものと解しておられるのか、或いは本条にいう「否定されない」の意味するところを当該マイノリティに属する者がマジョリティの文化、宗教、言語に囲まれて生活する中で、その意に反して、自己の文化、宗教、言語を喪失していくのを傍観するといった消極的な否定をも含むとする認識に立たれるのか、明らかにされたい。

  右質問する。