質問主意書

第125回国会(臨時会)

質問主意書


質問第一号

従軍慰安婦に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成四年十一月六日

吉川 春子   


       参議院議長 原 文兵衛 殿


   従軍慰安婦に関する質問主意書

 政府の行為によってひき起こされる戦争は、戦場で銃を持って直接戦わない女性や子供たちに対しても過酷な犠牲を強いるものであることは、満蒙開拓団の引揚げや、今日まで続く中国残留孤児、同残留婦人などの例でも明らかである。
 女性なるがゆえにとりわけ過酷な犠牲を強いられたいわゆる「従軍慰安婦」問題については、政府がこれまでひた隠しにしてきたが、元朝鮮人「従軍慰安婦」の証言がきっかけで、日本軍が前線にまで多くの女性を連れ歩き、強制的に売春をさせていたという驚くべき野蛮な行為の実態が、多くの人々の知るところとなり、怒りと批判が巻き起こっている。
 本年五月十三日国連人権委員会の現代奴隷問題作業部会は、戦時下に置いて強制的に売春に従事させられた女性についての情報を特別報告官に提供するように国連事務総長に要請すると明記、この報告を採択し、国連も「従軍慰安婦」の調査に乗り出した。
 「従軍慰安婦」の数は、日本兵三十五人に慰安婦一人で動員計画がたてられたり、外地に動員された日本軍は総数で三百二十万人であったことからして八万四千人であった(千田夏光著「従軍慰安婦・正篇」での試算)とか、占領地でかり集めた場合、病気、逃亡、死亡による減じた場合の補充等を考えると実数は更に増える(日弁連人権擁護委員会シンポジウム第二部資料「補償処理の課題」)などいろいろあるが、いずれにしても相当多数の動員が行われたことは明らかである。また「従軍慰安婦」の国籍は判明しているだけでも、朝鮮、日本、中国、台湾、フィリピン、インドネシア、オランダ、オーストラリアその他に及んでいる。
 政府はこれまで「従軍慰安婦」問題について、「民間業者が連れ歩いたもの」として、自らの関与を否定していたが、元朝鮮人「従軍慰安婦」の証言や、防衛庁資料室より当時の資料が発見されたことなどによりようやく政府の関与を一部認めるに至った。以下具体的に質問する。

一、日本政府の責任について

 本年七月六日政府は、昨年十二月よりこの問題について政府が関与していたか、関係資料が保管されている可能性がある省庁を対象に関連資料の調査を行った結果について公表し、「いわゆる従軍慰安婦問題に政府の関与があった事が認められた」としている。

1 北支軍参謀長が昭和十三年六月に出した「軍人軍隊の対住民行為に関する注意の件」で、「日本軍人の住民に対する強姦事件により反日感情を醸成しているのでなるべく速やかに性的慰安の設備を整える事が緊要」としている点や、台湾軍司令官の東條英機陸軍大臣宛電報などからもわかるように、「従軍慰安婦」を集め、慰安所を経営したのは日本軍の上層部の判断のみでなく、政府自身が戦争遂行のためとった政策であり、犯罪で言えば正犯であったということではないのか。政府は実行主体としての責任についてどう認識しているか。
2 日本政府は今回の調査により「従軍慰安婦」の存在が確認された国に対し謝罪したというが、その国別に、謝罪した相手の役職名と氏名、謝罪の内容、また謝罪に対する相手方の反応を明らかにされたい。

二、強制連行について

 加藤官房長官は今回の調査の結果、強制連行を裏づける資料はなかったことを強調している。しかし、当時の政府は一九四四年の勅令、女子挺身勤労令によって朝鮮の女性を強制的に戦争に動員できる法的根拠を整備した。だまされたり強制連行されたりして「従軍慰安婦」にさせられた当事者の証言もたくさんある。従って「従軍慰安婦」が本人の意志と関係なく強制的に連行されたことについての調査を真剣に行う必要がある。

1 強制連行された朝鮮人の実数はいまだに把握されていないが、確認された約十二万六千人の名簿には従軍慰安婦の可能性の高い朝鮮人女性だけの名簿もあった(前掲「補償処理の課題」)。彼女達が「従軍慰安婦」として徴用されたのではないかについてなぜ調査しないのか。
2 何人かの元朝鮮人「慰安婦」が勇気を持って自らの体験を語っている。韓国政府の聞き取り調査に元「従軍慰安婦」百五十五人からの申告があったことについて、加藤官房長官は「大変な気持ちで名乗り出たと思う。その事実を心にしてそういう人たちの受けた心の傷に十分思いを致さなければならない」と述べながら(七月四日付各紙)、彼女らの聞き取り調査を行おうとしていないのはなぜか。
3 山口県労務報告会下関支部動員部長の吉田清治氏はその著書(「私の戦争犯罪」三一書房刊)で国家総動員体制の下、軍需工場や炭坑に送り出された朝鮮人の中に慰安婦約一千人も含まれていると証言している。かつて従軍慰安婦をかり出した側の担当者からも聞き取り調査を行うべきではないのか。
4 オランダのハーグ公文書館保存の裁判記録によると、ジャワ島のスマランでオランダ人女性を「従軍慰安婦」として強制的に働かせていたことが確認された。この点について政府は資料を入手して調査したと思うが少なくともオランダ人女性については強制的に「従軍慰安婦」にさせたことは否定できないのではないか。

三、補償について

 「従軍慰安婦」であった多くの人々は、ある者は命をおとし、運よく助かっても、故郷にも帰れず、健康面でも精神的にも大きな傷を負い、生活も困窮している。日本政府の当然の責任として、もはや若くないこれらの人々に早急に援助の手を差し伸べなくてはならない。

1 韓国人「従軍慰安婦」問題は日韓条約で決着ずみとの姿勢をとってきたが、宮澤総理、加藤官房長官、渡辺外相らは「何らかの措置」をとるとの見解を示した。現在どういう方法が検討され、いつまでに具体化されるのか。
2 そのほかの国籍の従軍慰安婦については、どのような補償を考えているのか。

3 日本人「従軍慰安婦」について

 私のところには、元日本人「従軍慰安婦」からも救済を訴える手紙が寄せられている。日本人については、政府の従来からの主張である「条約で決着ずみ」というわけにはいかない。また、強制的に「従軍慰安婦」にしたことを認めない政府も、外国人「従軍慰安婦」に対しては、「何らかの措置」を云々しているのであるから、元日本人「従軍慰安婦」についても別だということにはならない。実態の把握、補償措置をどのように行うのか明らかにされたい。

四、今後の調査、資料の保存公開について

1 いままで政府の調査対象には法務省保存資料が入っていなかった。前記のように裁判記録から「従軍慰安婦」の資料が新たに発見されたことを考えると、今後の調査には法務省はもちろんだが、すべての省庁を調査の対象に含めるべきではないかと考えるがどうか。
2 政府の調査によって各省庁から発見された「従軍慰安婦」関係の資料を一カ所にまとめ、保存し国民の閲覧しやすいようにする措置をとるべきではないか。
3 これまで生々しい戦争資料の保存は、広島平和記念資料館、沖縄県立平和祈念資料館など各県で行われており、また計画中の自治体もある。もし政府が戦争資料の収集、保存を行っていれば今回の件についても調査が容易に進んだことは明らかである。今まで政府自身は戦争資料館を一つも作ってこなかったがその理由はなぜか。
 今後は従来の方針を変えて、戦争関係の資料の発掘保存を行い、侵略戦争を反省し平和のための資料館を建設すべきではないか。

  右質問する。