質問主意書

第120回国会(常会)

質問主意書


質問第三一号

我が国の河川行政の閉鎖的体質が招いた長良川河口堰に係る諸問題に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成三年五月八日

清水 澄子   


       参議院議長 土屋 義彦 殿


   我が国の河川行政の閉鎖的体質が招いた長良川河口堰に係る諸問題に関する質問主意書

 昭和四十三年に閣議決定された長良川河口堰の建設は、二十五年後の昭和六十三年になって本体工事が開始されたが、その間、地元では昭和四十八年に漁業組合等によって建設差止めの訴訟が提起され、また、現在では流域住民による新たな差止め訴訟が争われている。
 長良川河口堰については、このような長い経緯の中で数々の問題が指摘されてきたが、着工後もその疑問は氷解しないばかりか、十分な説明もせずに建設を強行しようとする建設省・水資源開発公団に対する不信感は、全国的に、しかも専門家にとどまらず一般市民の間にまで広がっている。
 不信感の根底には、必要な資料が事前に公表されてこなかったために有意義な議論の成立が妨げられてきたことがある。しかも、産業構造の変化、高齢化の急激な進展、地球的規模での環境問題の深刻化など、公共投資の方向に大きな影響を与える社会経済的変化が進行しつつある現在、長良川河口堰問題は、ただ一河口堰事業の問題にとどまらず、広く公共事業全般の在り方の議論に発展する問題を内包している。従って、長良川河口堰の建設がたとえ進行中の事業といえども、国民の知る権利の参政権的意義に留意することなく、また、疑問点を現在の科学的知見で十分に解明しないまま、このような公共事業を進めることは、我が国の民主政治の健全な発展に重大な支障となるものである。国民が長良川河口堰問題に接するとき、今後の公共事業の在り方に大きな懸念を抱くゆえんである。
 我が国の河川行政は、高い技術力を有しながら、その独善性、閉鎖性、排他性のゆえに最も遅れた行政分野の一つであるとの評価がある。適正な行政手続の確立が急がれているにもかかわらず、未だ行政手続法の制定を見ていない我が国にあっては、運用の実際において適正な行政実績を積み重ねていくほかない。長良川河口堰が河川行政の汚点として残ることのないよう、政府は事実関係を十分に公表し、広く江湖の批判を仰ぐべきである。
 私は、基礎的な事実を十分に承知しておくことが必要であると考えるものであり、これらを踏まえて政府の見解を質したく、以下質問する。
 ついては、建設省河川局長が「いろいろな反対運動に対して」「よく説明するよう努力はしている」が「説明上手がいない」ので「理解を得ているとは言えない状況」であるとの認識を示している(『建設月報』平成三年三月号)ことでもあり、答弁に当たっては、大方の理解が得られるよう上手に説明されたい。

一 水利用等に関する諸問題

1 長良川河口堰は昭和四十八年に改訂された木曾川水系水資源開発基本計画においては、昭和六十年までに新たに発生すると予測された毎秒百二十立方メートルの水需要増に対処する施設の一つに位置付けられていた。しかし、その後関係地域の水需要の伸びは停滞し、現在平常時にはかなり余裕があると言われている。

(1) 正確な状況を把握するために、木曾川水系水資源開発基本計画の対象地域における水利権及び昭和三十五年以降の水使用の実績を、年次毎に、愛知、岐阜、三重の三県及び名古屋市の別に示されたい。
(2) 政府は水道用水及び工業用水の需要の見通しは妥当であったと強弁しているが、木曾川水系水資源開発基本計画の水需要予測は妥当性を欠くものであったし、長良川河口堰が過大な水需要予測に基づく計画であったことは明白ではないか。

2 木曾川水系水資源開発基本計画の対象地域における今後の水需要予測が、平成二年十月十二日に発表された「長良川河口堰について」(建設省河川局、水資源開発公団)に示されているが、これもまた過大な予測であると言わざるをえない。

(1) 「長良川河口堰について」に示されている平成十二年度(三重県分については平成七年度)の最大取水量毎秒百二十三立方メートル、人口七百九十一万人、工業用水の回収率の実績と予測及び工業出荷額三十七兆円の根拠を示されたい。
(2) 木曾川水系水資源開発基本計画の対象地域における下水道整備率の実績と今後の見通し並びに中水道や工業用水として利用可能な下水道三次処理水(高度処理水)の生産量の実績と今後の見通しを示されたい。
(3) 政府は、将来における工業用水の需要の増加に備え、水源を確保するため、長良川河口堰の水源は必要であると強弁しているが、長良川河口堰が「長良川河口堰について」に示されている過大な水需要予測に基づく計画であることは明白ではないか。

3 長良川河口堰によって開発される水の水利権は既に関係自治体に認可されているのか。認可されているのであれば、自治体別にその量を明らかにされたい。また、長良川河口堰による取水は、長良川に設定されている既存の他の水利権、あるいは今後の上流域での新たな水利権の認可に影響するのかどうか、明らかにされたい。
4 長良川河口堰からの取水地点はどこか。水利権者別に示されたい。
5 長良川河口堰からの魚道などへの計画放流量を示されたい。
6 木曾川、長良川及び揖斐川の河川維持流量はそれぞれどれだけか。また、それが決定されたのはいつか。

二 長良川及び揖斐川の治水等に関する諸問題

1 長良川河口堰と治水の関連は、治水のためには河積を増やす必要がある、河積を増やすためにしゅんせつを行う、すると塩水が遡上しやすくなるので河口堰による潮止めが必要であると説明されているが、これに関して、以下の質問に答えられたい。

(1) このしゅんせつの必要量について、当初千三百万立方メートルとされていたものが、後に三千二百万立方メートルに変更され、さらに最近は千五百万立方メートル(建設省、平成二年)と説明されている。それぞれの計算の根拠を示すとともに、なぜこのような変更がなされたのかを明らかにされたい。
(2) 当初の千三百万立方メートルのしゅんせつ量が計算されたと思われる昭和三十八年の長良川治水計画変更時点、しゅんせつ量を三千二百万立方メートルに変更した時点及び千五百万立方メートルと計算された時点の河床測量結果(河口から上流三十キロメートルまでの区間)は、それぞれどのようであったか。計画断面図を添えて説明されたい。
 また、同じ時点の現状及び計画縦断図はどうなっていたか。図を示して説明されたい。
(3) (2)で指摘した三時点の計画堤防高、粗度係数、計画高水位(河口から上流三十キロメートルまでの区間)及び下流端水位はどのようであったか。
(4) 長良川の河積は増えているので、計画ほど大量のしゅんせつは必要ではないと考えられるが、どうか。

2 現在の長良川の治水状況に関して、以下の質問に答えられたい。

(1) 平成二年度の河床測量結果(なければ直近の河床測量結果)では、長良川の洪水流下能力はどれくらいか。その推定に用いられた河床測量結果及び長良川縦断図(河口から上流三十キロメートルまでの区間)を示して説明されたい。
(2) 長良川河口堰による湛水は浸透水の増加、地下水位の上昇をもたらす危険性が高い。長良川下流部では浸透水の吹出しやすい所が随所に見られる。下流部の堤防構造はどうなっているのか。断面図(河口から上流三十キロメートルまでの区間)を示して説明されたい。
(3) 長良川の治水状況及び長良川河口堰の設置は、河口部で合流している揖斐川にも重大な影響を与える危険性がある。揖斐川の洪水水位及び高潮に与える影響はどうか。
 また、平成二年度の揖斐川の河床測量結果(なければ直近の河床測量結果)をその断面図及び縦断図を示して説明されたい。揖斐川の堤防構造についてもその断面図を示して説明されたい(いずれも河口から上流三十キロメートルまでの区間)。
(4) 木曽三川下流部及び河口域における計画高潮位はどのようにして決められたのか。その設定に関する根拠を示して説明されたい。
(5) 明治二十四年の濃尾地震及び昭和十九年の東南海地震による木曽三川下流部の被害状況、特に堤防及びその他の河川構造物に関する被害状況はどうであったか。堤防の決壊箇所等、その被害状況を具体的に明らかにされたい。
(6) 木曽三川下流部(河口から上流三十キロメートルまでの区間)の堤防危険箇所(最新のもの)を明らかにされたい。
(7) 現在の木曽三川の治水計画(計画断面、粗度係数、下流端水位、計画高水位等)を示されたい。また、その計画の進捗状況はどのくらいか。
(8) 長良川河口堰の建設地点である長島町及び対岸の桑名市にとっては、貧弱な堤防のまま河口堰の建設が先行すると、河口堰とそれによる湛水によってかえって災害の危険性が高まるのではないか。長良川河口堰の建設よりも堤防の強化を図ることが急務ではないか。
(9) 建設地点の長島町地先は洪水の水位より高潮の水位の方が高いので、河口堰の建設を先行させることは治水に無益であるばかりか、有害である。下流及び伊勢湾に面した木曽三川河口付近の高潮堤防の強化を図ることが急務ではないか。

3 長良川河口堰計画の発端となった基本高水流量の変更に際して、毎秒五百立方メートルの洪水調節を板取川ダムで行う計画が立てられていたと承知している。この板取川ダム計画は中止されたのか。もし中止されたのであれば、毎秒五百立方メートルもの洪水調節はどのように行うのか。
4 河床しゅんせつによる治水法の欠点として、上流からの土砂流出による埋め戻し、堤防基礎部分の不安定化、上流側の洗掘等が懸念されている。埋め戻しをどの程度と予測しているのか。また、これらの問題にどのような対策を講ずるつもりか。
5 政府は長良川河口堰による堆砂はないと答弁しているが、その根拠を明らかにされたい。

三 塩害に関する諸問題

1 しゅんせつに伴って発生すると説明されている塩害に関しては、その定義があいまいであること、被害の実情が分明ならざること等、過大に評価されているきらいがある。

(1) しゅんせつに伴って発生するとされている塩害とは何をさすのか。
(2) 木曽三川下流域における農業塩害の実態はどうか。発生分布図及び市町村、年度別被害状況(金額及び作付面積)を示して説明されたい。
(3) 河床のしゅんせつによる塩害対策としての長良川河口堰の建設には、費用対効果の観点からはなはだ疑問である。河口堰への投資額は塩害の被害額に見合わないと考えられるが、どうか。

2 長良川河口堰による塩害の防止は、政府がいうほど効果的ではないと思われる。

(1) 木曽三川下流域の塩害は長良川のみによって発生しているのではない。当然、木曾川及び揖斐川の沿岸にも発生している。長良川の河口のみに堰を設けてみても木曾川、揖斐川による塩害は防止できないと考えられるが、どうか。
(2) 長良川河口堰の建設部位の地質はサンドイッチ構造となっていて、塩水は地下水となって遡上するのではないか。建設部位の地質構造を地質柱状図を示して説明されたい。

3 河口堰以外に塩害を防止する方法がある。

(3) 例えば、潮止め用の潜り堰(または潮止め工)を設置すれば、しゅんせつによって削られるマウンドの代わりになると考えられるが、政府は洗掘等を理由に採用に難色を示している。政府が想定している潜り堰(または潮止め工)は、どのような構造をしているのか。
(2) 長島町及び高須輪中では農業用水の取水地点と取水方法を変更することにより、塩害の発生が減少したと聞いているが、これは事実か。
(3) 昭和二十五年以降の長島町及び高須輪中の農業用水の取水地点と取水方法の変遷を地図に示して説明されたい。

四 上記一、二、三以外の諸問題

1 長良川河口堰には操作規程があるはずであるが、その概要を明らかにされたい。
2 長良川河口堰事業の予算及びそのうち現在までに執行された金額を明細にわたって明らかにされたい。
3 長良川河口堰に関しては法外な補償が支払われていると聞くが、長良川河口堰事業に伴う漁業補償、輪中整備費等の諸補償費を対象団体別に示し、その算定の根拠を明らかにされたい。
 また、交付された補償費がどのように配分されたと承知しているのかも併せて明らかにされたい。
4 これまでなされてきた長良川河口堰事業の手続きについて、現在に至るまでの経過を、関連自治体、関係団体との交渉を含めて明らかにされたい。

  右質問する。