質問主意書

第116回国会(臨時会)

質問主意書


質問第一四号

長良川河口堰建設に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成元年十二月十六日

上田 耕一郎   


       参議院議長 土屋 義彦 殿


   長良川河口堰建設に関する質問主意書

 長良川河口堰は、一九八八年七月に起工され、現在水資源開発公団によって、本体工事が進められている。
 これに対して、利水団体の水需要が大幅に低下し見通しが立っていないこと、治水対策・防災対策上かえって危険が強まる恐れがあること、河床のしゅんせつによる塩害発生の可能性に疑問があること、水質汚濁、生物への影響等自然環境が悪化する恐れが強いこと、関係自治体の負担が過大であることなどが指摘され、地元住民を始め全国的に建設工事の中止と計画の抜本的再検討を求める声が高まっている。長良川河口堰の基本計画決定以降の二十五年間の社会的、経済的情勢の大きな変化にもかかわらず、これらの問題点を解明しないまま建設を強行するなら、水門建設後に放棄された宍道湖・中海干拓の過ちを再び繰り返し、巨額の無駄な投資となりかねない。
 よって、以下質問する。

一 水需要予測について

1 水資源開発公団長良川河口堰建設所が一九七三年一一月七日付けで発行した小冊子『長良川河口堰』は、長良川河口堰からの毎秒二二・五立方メートルの水供給の必要性の根拠として、「この地域においては一九八五年までに上水道用水、工業用水合わせて、毎秒一〇〇立方メートルの水が新規に必要となる」と述べている。日量換算で約八〇〇万立方メートルとなる。
 しかるに、愛知県(三河地域を除く)、岐阜県、三重県(北伊勢地域)の上水道用水、工業用水の供給実績は、一九七五年をピークとして減少傾向にあり、一九八五年の供給実績は日量五六〇万立方メートルで、この二〇年間に日量約二〇〇万立方メートル程度しか増加していない。
 一九八五年までの新規水需要を毎秒一〇〇立方メートル、日量八〇〇万立方メートルとした需要予測は明らかに過大であったのではないか。
2 愛知県が一九七〇年に定めた『第三次地方計画』では、一九八五年の工業用水需要を年六二億立方メートルと予測し、長良川河口堰から毎秒六・三九立方メートルの取水を予定している。しかし、その後工業用水需要が停滞したため、一九七六年策定の『第四次地方計画』ではこれを四分の一以下の年一七億立方メートルに下方修正し、さらに本年策定の『第六次地方計画』では二〇〇〇年の需要予測を年一一・九億立方メートル、当初計画の五分の一以下へと一層引き下げている。
 年六二億立方メートルの工業用水需要予測を前提とした長良川河口堰からの愛知県に対する工業用水配分は異常なほど過剰となるのではないか。
3 三重県の北伊勢工業用水事業においても、一九八〇年の需要予測を日量七二万立方メートルとして、長良川河口堰から毎秒八・四一立方メートル利水することを予定していたが、実際の工業用水需要は一九七〇年以降減少し、一九八五年の給水実績は日量四七・七万立方メートルに止まっている。一九八〇年の再検討でも、一九九〇年の需要見込みは日量一〇〇・九万立方メートルにすぎない。長良川河口堰からの利水を含めると給水能力は日量一八五万立方メートルとなり、長良川河口堰からの利水分はまるまる過剰となるのではないか。
4 一九七二年に始まった名古屋市の第八期水道拡張計画では、一九八一年の一日最大給水量を一九一万立方メートル余と予測し、長良川河口堰から毎秒二立方メートルの利水を予定している。しかるに、一日最大給水量の実績は、一九八六年でも一一六・五万立方メートル余にすぎず、一九八〇年の第三次見直しにおける二〇〇〇年の一日最大給水量予測は一六一万立方メートルとなっている。名古屋市の上水道の給水能力は、一九八七年で日量一四二・四万立方メートルであり、味曽川ダム、徳山ダム等が完成すれば一八〇万立方メートル以上の給水能力が確保される。
 長良川河口堰からの利水分はまるまる過剰となるのではないか。
5 以上で明らかなとおり、長良川河口堰の利水計画は、高度成長時代という当初計画時の過剰な水需要予測に基づくものであり、当然、その後のニクソンショック、石油ショックを経た低成長時代への移行という社会的、経済的情勢の激変による水需要実績の推移に即して需要予測を再検討し、長良川河口堰からの利水計画を見直すべきであると考えるが、なお過剰でないとする見地に立つのであれば、その理由を具体的に明らかにされたい。
6 工業用水道事業は、水を使う企業と契約を締結して、水資源開発の工事費用も含めて料金負担でまかなう独立採算が基本である。長良川河口堰から利水する工業用水の使用について、既に契約を結んでいる企業または締結見込みの企業はそれぞれどのくらいあるのか。企業名及び契約水量、同見込み水量を明らかにされたい。

二 治水対策について

1 建設省は、長良川の計画高水流量を毎秒七五〇〇立方メートルにするため、一三〇〇万立方メートルのしゅんせつが必要だとしている。しかし、長良川下流部の河床は地盤沈下により近年かなり低下しており、一方堤防の高さは沈下に対応してかさあげが行われている。このため、同区間の河積は相当増加していることが推定される。事実、一九七六年の大洪水の際も計画高水位を一度も上回ってはいない。
 長良川河口堰の基本計画策定時以降の河積の変化を明らかにされたい。また、長良川の河口部から上流三〇キロメートルまでの各地点の現在の最大流量はいくらか。
2 長良川河口堰は幅五メートルのピアが一三本建造される。これにより合計幅六五メートルの障害物が現出することになり、幅四〇メートルの溢流堤とともに治水上の障害となることは疑いない。堰に流木等が堆積して最大流量が大幅に低下する恐れがあるが、洪水時の流木堆積による流量の低下はどのくらいと想定しているのか。また、それに対してどのような対策を講ずるのか。
3 伊勢湾台風では、広大な区域が高潮の被害を受けた。長良川河口堰ができれば、揖斐川への高潮や津波の遡上をさらに激しくし、被害を拡大する危険がある。その対策はどうするのか。
4 一九七六年の洪水の際には、計画高水位を下回ったにもかかわらず堤防が決壊した。長良川河口堰の計画湛水位は堤内地盤高より高い一・三メートルとなっているが、これは「堰の計画湛水位は、原則として……堤内地盤高より高くしないものとする。」としている建設省の河川砂防技術基準(案)に反しないのか。
5 計画ではブランケット工法により浸透水の増加を防止することにしているが、それにより浸透水の増加をどのくらい縮減できるのか。承水路を必要とすること自体、ブランケット工法だけでは湛水の堤内への浸透を防止できないことを意味するのではないか。もしもブランケット工法で浸透水を完全に防止できるとすれば、河口堰を造らなくても塩害は防止できるのではないか。

三 塩害問題について

1 長良川河床のしゅんせつに伴う海水の遡上による塩害発生の防止が長良川河口堰の必要性のひとつの根拠とされている。塩害の実例として、一九六〇年以降数年間における三重県長島町の稲作被害が挙げられているが、被害田は河川沿いよりも内陸部に集中しており、河川に遡上した海水の影響というより一九五九年の伊勢湾台風による長期間の海水湛水が原因ではないかと考えられる。
 一九五九年以前の長島町における塩害による稲作被害実態を明らかにされたい。
2 長島町の塩害による稲作被害は、一九六〇年以降確実に減少を続けており、三重県の『木曽川下流地域の塩害に関する調査成績書』によれば、一九八三年の被害面積は作付面積の一・一パーセントである。また、現在でも揖斐川から海水が遡上している岐阜県海津町では稲作の塩害は発生していない。しゅんせつによって海水が三〇キロメートル上流まで遡上するとしても、その塩分濃度は長島町付近よりもはるかに小さいものと考えられ、また地表面も長島町より高い上流部では稲作の塩害発生はほとんど起きないと考えられるが、三〇キロメートル地点まで海水が遡上した場合、どこにどのくらいの新たな稲作被害が発生すると予測しているのか。
3 長島町の塩害による稲作被害は、農業用水を木曽川用水に切り換えた一九七七年以降激減している。海水の遡上による影響が皆無ではないとしても、淡水の農業用水の供給によってほとんど解決できると考えられる。また、工業用水等の取水も取水口を上流部に移設すれば解決する。塩害問題は、巨額の投資を必要とする長良川河口堰の建設よりもはるかに少ない費用で対策が可能なのではないか。

四 水質への影響について

1 湛水により流速は大幅に低下し、ヘドロの堆積が予想される。年間の推定堆積量はどのくらいか。
2 建設省、水資源開発公団は、毎秒二〇〇立方メートルを超える出水時にはゲートを開放するのでヘドロは押し出されると、フラッシュ効果を主張している。一九八六年には毎秒二〇〇立方メートルを超えた日数は三五日しかなく、その内二〇日は七月に集中している。年間のゲート全開の回数及び総時間は通常どのくらいと想定しているのか。また、その季節ごとの内訳を明らかにされたい。
3 一九七九年五月二四日の衆院農林水産委員会で、水資源開発公団の田中和夫理事は利根川河口堰におけるフラッシュ効果について、堰の上下流の水位差が一・三メートル程度で貯水能力は限られているとの理由で「流水を一時貯留してこれを一挙に放流する、フラッシュするというような操作をしたといたしましても、その効果はあまりない。過去何回かやってもみたわけでありますけれども、おのずから限界がある。少なくとも……ヘドロ、堆積土を一掃するというほどの効果は、技術的に見てほとんど期待できないと思われるのでございます。」と答弁している。
 フラッシュをしても相当量のヘドロ等の堆積物は年々累増していくことになるのではないか。
4 利根川河口堰では堆積物と塩素が化合して、発がん物質であるトリハロメタンが〇・〇二PPM検出された。長良川河口堰で厚生省基準を超えるトリハロメタンが生成される危険はないか。
5 長良川河口堰の利水計画量毎秒二二・五立方メートルは、長良川の平水量の約三分の一、低水量の約半分に相当するが、伊勢湾に流入する淡水の減少による伊勢湾の水質に及ぼす影響をどう評価しているか。

五 生態系への影響について

1 長良川の仔アユは通常二~三日で伊勢湾に到達すると考えられている。長良川河口堰による流速の低下によって仔アユ降海時間が大幅に増えることが予想される。渇水時には一〇日程度もかかるとの指摘もあり、絶食寿命(半数が死亡する時間)が五~六日といわれる仔アユの大量の死滅が危惧されている。また取水口からの吸い込みや落差二メートルの堰落下時の衝撃による死亡の恐れも指摘されている。
 仔アユが川を下る際の被害はどの程度と考えているか。その算定根拠とともに明らかにされたい。
2 岐阜県当局は、岐阜大学の和田吉弘教授が行った模擬魚道による実験結果に基づいて、稚アユの遡上が可能だとしているが、この実験は模擬魚道の直下に稚アユを置いて行ったものである。幅六六一メートルの堰の両側にある魚道に到達できる稚アユの割合をどう推定しているか。またその根拠を明らかにされたい。
3 河川の自然な状態と異なり、堰の上下で淡水と塩分の濃い汽水とに急激に変化するが、その間を上下する際の魚の生理的影響をどのように解明しているか。
 また、ほとんど長良川にしか見られないサツキマス(降海型のアマゴ)に与える被害はどの程度か。

六 自治体負担について

1 長良川河口堰の建設費は一九八五年価格で一五〇〇億円とされているが、完成時までに実際にかかる費用はさらに増加すると予想される。その想定額はいくらか。
2 建設費については、利水が一〇〇〇分の六二六、治水が一〇〇〇分の三七四を負担することになっている。その負担割合は、治水分については国が二八・〇五、岐阜県が九・三五、利水分については、上水道として愛知県、三重県がそれぞれ七・九六、名古屋市が五・五六、工業用水として愛知県が一七・七八、三重県が二三・四〇と聞いているが、その通りか。また、工業用水については、一九八七年四月に三重県分の内毎秒二立方メートルを愛知県に振り向けることになったが、それに伴う最終的な各地方公共団体の負担割合はそれぞれいくらになるか。未定だとすれば、いつまでに確定する予定か。
3 三重県の場合、治水分の負担金一九九億円余、工業用水分の負担金は二五七億円余であるが、金利を含めた三〇年間の総負担額は八六〇億円に達すると試算されている。工業用水分の分担金は企業庁の借入金でまかなうものであるが、三重県では金利負担を軽減するために一般会計から無利子の貸付を行い、一九八七、八八年度の二年間で貸付額は一一億三五〇〇万円となっている。
 水の使用見込みが立たない場合は一般会計への返済のめどが立たない恐れがあり、巨額の県民の税金が費やされることになるのではないか。
4 長良川河口堰から利水する工業用水、上水道用水のコストは、一立方メートル当たりいくらになるか。

  右質問する。