質問主意書

第114回国会(常会)

質問主意書


質問第二一号

大学夜間部に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成元年六月十三日

佐藤 昭夫   


       参議院議長 土屋 義彦 殿


   大学夜間部に関する質問主意書

 戦後、大学は平和と民主主義社会における「学術の中心」(学校教育法第五十二条)として位置付けられ、「国民のための大学」を目指して新しく再出発した。大学夜間部も、学校教育法において「大学には、夜間において授業を行う学部を置くことができる」と法的に制度化され、社会における「学術の中心」としての大学の役割の一端を担っている。
 大学夜間部が真に国民のための教育研究機関として充実され、また国民の「教育を受ける権利」「教育の機会均等」を保障する場としても整備され、その結果学生の勉学条件が改善されることは、憲法、教育基本法制が求めているところであり、国及び教育行政に課せられている重要な責務である。今政府は、働きながら学ぶ意志のある者に対して教育の場を保障するという戦後の夜間部創設の原点を踏まえた、真に国民のための大学夜間部を確立するための政策を実施すべきである。
 以下、政府に対し、緊急に求められる具体的施策について質問する。

一 夜間部学生の生活及び勉学条件の実態の把握について

 現在、国立・公立・私立の大学の夜間部には、短大も含めて百一大学の二百七十五学部・学科に計十四万三千四百二十二人(六十三年度)が学んでおり、これは全大学生の六・二%を占めていることになる。
 最近、大学夜間部では勤労学生以外の夜間部学生が多くなり、また社会人入学が増えている等のことが指摘されてはいるが、夜間部学生の全国的な実態は把握されていない。「奨学援助事業の改善充実を図る」目的で実施されている文部省の『学生生活調査報告』もあるが、昼間部学生が中心で、夜間部に通学する勤労学生などの生活及び勉学条件の実態を把握する点では極めて不十分である。定時制高校など後期中等教育段階の勤労青少年の実態については、例えば、「勤労青少年の現状」(昭和六十三年版 労働省労政局)等で「勤労青少年福祉施策の推進」のためとして、働きながら学ぶ定時制高校生の労働時間、賃金など勉学を保障する労働条件に関する調査もされている。しかし、「勤労青少年福祉法」第十二条の立法趣旨に見られるように、大学・短期大学の夜間部については、勤労学生の労働時間等の配慮の対象外とされるなど、政府の働きながら学ぶ勤労青少年対策の重点は後期中等教育段階に置かれてきたという経過がある。
 今日、多くの夜間部学生は学費の値上がり、職場の長時間・過密労働、低賃金など劣悪な労働条件、貧困な大学の教育環境など厳しい状況に置かれており、勉学を中途で断念する者も多い。社会人教育の制度も、大学で学ぶ意志のある者に勉学を保障する、労働条件及び大学の教育諸条件の整備によってこそ実を結ぶと考える。
 政府が真に国民の期待にこたえる大学夜間部政策を推進するため、全国の国立・公立・私立大学夜間部に学ぶ学生の実態を早急に把握するよう求め、以下質問する。

(一) 国民に大学教育を受ける権利を保障する上で、戦後、大学夜間部の果たしてきた社会的役割は極めて大きい。今後も、大学夜間部を憲法、教育基本法の理念、制度に従って、一層充実させるべきであると考えるが、どうか。
(二) 政府は、夜間部学生に勉学の機会を保障するため、全国の夜間部学生の労働時間及び賃金等の労働条件の実態について早急に把握すべきではないのか。
(三) 夜間部学生が利用する図書館、食堂、サークル室等の施設や設備の利用状況についても把握すべきではないのか。

二 勤労学生所得税控除適用限度額の引上げについて

 夜間部学生の中で、定職を持つ勤労学生の割合は低下しているとはいえ、東北学院大学での調査では二十五・八%、広島大学では約五十%を占めている(『大学と学生』昭和六十三年七月号 文部省高等教育局学生課編)。この勤労学生に対して、本年度四月より、勤労学生所得税控除適用限度額が年間給与収入百十五万円から百十九万円に引き上げられた。しかし、千九百八十七年六月の一人当たり月間所定内給与額は、企業規模計で男子の場合、十八才未満十万九千八百円、十八~十九才十二万九千百円と年間給与収入が百十九万円をはるかに超えているのである(昭和六十三年版 青少年白書)。これでは定職を持つ勤労学生はほとんど同控除の適用の対象とならない。このため勤労学生はこの適用限度額の引上げを切実に要望している。
 夜間部学生に対する奨学制度は、例えば、国立大学の広島大学夜間部では多くの授業料免除を必要とする者のうち、全額免除・半額免除の学生はその三十%(法学部)、二十五%(経済学部)に過ぎないという実態である(前記『大学と学生』)。学費の高い私立大学の夜間部の学生は、全夜学部学生の約七割を占めており、学生生活の経済的困難の程度は一層深刻である。私立大学夜間部では、除籍者の大部分が授業料未納の結果であることからも、このことが証明されており、国の財政的援助が必要である事を示している。ところが『今後の税制のあり方についての答申』(昭和五十八年十一月)は、勤労学生控除については「その存在意義はなくなったものと考える」と述べ、『税制の抜本的見直しについての答申』(昭和六十一年十月二十八日 税制調査会)は、勤労学生控除等の特別な人的控除について、「極力その整理合理化を進める方向で検討」を主張している。これは、勤労学生の生活実態に全く反するものであることを指摘したい。以上の点を踏まえ、以下の点について質問する。

(一) 定職を持つ全国夜間部学生の年間給与収入及びその生活の実態について調査しているか。しているとすれば、産業別に示されたい。
(二) 勤労学生所得税控除適用限度額の百十九万円は、どのような根拠に基づいて決めたのか。
(三) 勤労学生の生活実態に即した所得控除適用限度額とするため、調査の上、大幅に引き上げるべきと考えるが、どうか。
(四) 現在、私立大学夜間部に対する経常費特別補助においては、昼間部との授業料格差、勤労学生の割合等が配慮されているが、働きながら学ぶ夜間部学生の学費負担を更に軽減するために、同特別補助の大幅増額及び国立・公立・私立の夜間部学生に対する奨学資金を一層拡充すべきではないのか。

三 三角定期(住居、職場、学校を結ぶ)等による交通費の負担軽減について

 夜間部学生は、バス、電車による通学が最も多く、その他に自転車、バイク、自動車で通学する者もいる。しかし、勤労夜学生にとって定職、アルバイト、パート等による少ない所得に比較して、高額な通勤、通学の定期乗車券(以下「定期券」という。)代などの交通費が大きな負担となっている。例えば、定職を持つ学生で、住居・職場・学校が一直線上にない場合、住居→職場→学校の交通サイクルにおいて、住居→職場間は通勤定期券代(通勤手当)が支給され、帰宅の大学→住居間の定期券は学生割引が適用されているが、職場→学校間は自分払いの通勤定期券等となる。このための交通費が多くの夜間部学生にとって過重な負担になっている。
 通学定期券に関しては、JRの『旅客営業規則』第三十六条、第四十条、『旅客営業取扱基準規程』の第五十五条、第五十七条等において、一般学生に対する配慮がなされているが、これらの規定は働きながら学ぶ学生を配慮したものとは言えない。なぜなら、勤労夜学部学生は昼間部学生とは異なり、住居・職場・学校のそれぞれの間を違った交通機関を利用する場合は、それぞれの交通機関を一般的には片道のみしか利用しないという特殊性がある。勤労学生のバス、電車等の利用のコースの実態は様々であるが、勤労学生の教育の保障のためにも、また交通機関の片道利用という特殊性の配慮からも改善が望まれる。そこで、以下質問する。

(一) 夜間部学生の通学、通勤の交通機関の利用の実態はどうなっているのか。
 また、夜間部学生の生活における交通費の負担の実態はどうか。
(二) 夜間部学生の交通費負担の軽減のあり方については、職場→学校間の通学定期券扱い及び片道のみの利用を配慮した割引率の引上げなどが考えられる。
 夜間部学生の勉学条件の改善、交通費の負担軽減の立場から、文部省は運輸省とも協議し、夜間部学生を対象とした学生定期券の割引のあり方等について検討すべきではないのか。運輸省は、JR始め所管の公営鉄道、私営鉄道等に対して適切な行政指導をすべきではないのか。

四 退社時間を制度的に保障する労働条件の改善について

 働きながら学ぶ青少年に対する就学保障や勤労学生への配慮については、勤労青少年福祉法及び労働基準法施行規則等において述べられている。しかし、さきに指摘したように、立法当時の社会情勢との関係もあり、大学・短大の夜間部の学生については、労働時間の配慮の対象外とされてきた。しかし、夜間部大学生にも就学を保障するため、労働時間、賃金などの労働条件を改善する施策が必要であることは言うまでもない。
 夜間部学生が勤務する事業主及び行政機関等において、通学への協力も見られるとはいえ「六時開始のゼミが六時半にしないと勤務時間との関係で集まれない」「定職の学生は必ず遅刻する」というのが実情だと言われている。特に京都など中小企業に勤める学生の場合には、夜間部に入学したにもかかわらず、残業ばかりで講義に出席できないので、志半ばでよぎなく大学を退学する者も多い。今日、残業を始めとし、夜間部学生にも押し付けられている長時間・過密労働は「広い教養を身につけたい」「専門的な勉強がしたい」という青年の学問への情熱を妨げる障害ともなっている。
 このような状況を改善するために、以下、質問する。

(一) 定時制高校生の場合と同様、夜間部学生の就学保障のために、退社時間の実態を調べ、企業等に対して行政指導すべきではないのか。
 夜間部学生の退社時間については、大学への通学時間等の実際に即して決めるような制度的保障が求められている。
 文部省、労働省は協議し、退社時間の制度的保障を検討すべきと思うが、どうか。
(二) 大阪外国語大学では、夜間部への交通事情、通勤時間などについて配慮を欠いた大学の地方移転を強行した。その結果、五時五十分の始業時間は六時二十分へと大幅に変更され、九十分授業も八十分授業に変更するなど、結局夜間部学生に犠牲を強いてきた。ところが今日、講義の始業時を六時十分、終業時を九時二十分、そして九十分授業に延長する問題で、再び学生にバスの時間等で困惑させている。
 夜間部を持つ大学の移転に際しては、夜間部学生への配慮を十分にすべきだと思うが、どうか。文部省はどのように指導しているのか。
(三) 一昨年の「労働基準法改正」の際、働きながら大学等に通う勤労学生に対して、変形労働時間制の採用が深刻な影響をもたらさないよう「事業主の側の配慮を強く求め、十分指導していく」と労働省は約束した。その後、同法施行規則で「教育を受ける者」に対しては必要な時間的配慮をするよう求めている。その後、この点に関して、労働省は具体的に事業主に対してどのような指導をしているのか。
(四) 夜間部学生に退社時間が保障されても、中小企業等に勤務し、残業手当によってやっと生活できるような学生にとっては、最低賃金が保障されないと、真の勉学の保障にはならない。例えば、初任給九万円といった学生にとっては、残業せずに夜間部に通学して生活することは極めて困難である。この夜間部学生の勉学保障の観点からも、残業無しで学生生活が送れる最低賃金の引上げが求められている。この点に関し、政府の見解を求める。
(五) 定職を持たず、アルバイトやパート労働に従事している夜間部学生も大変多い。これらの学生に対しても、通学・通勤途上をも含めた労働者災害補償保険法の完全適用を図るべきだと思うが、どうか。

五 大学の勉学条件の改善について

 夜間部学生に対して、大学での教育・研究を保障するには、国は大学夜間部の教育環境の実態を的確に把握した上で、大学の自治を尊重しつつ助言、援助することが必要である。今大学夜間部では、勉学、健康等の相談に十分応じうる体制、また栄養ある食事を提供する食堂始め気持ちよく勉学ができる教室、図書館、サークル室などの勉学条件の整備が、学生の切実な要求となっている。その改善に関して、以下質問する。

(一) 京都のある私立大学での調査によると、昨年七月七日のある講義教室では、温度三十一度、湿度六十六%、不快指数八十二%であったと記録している。現在、夜間部学生はクーラーの設置を要求している。このような状況はこの私立大学夜間部のみの問題ではない。仕事を終え、疲れた身体で通学する学生に対して、適切な教育環境を整備することは大学当局始め公教育に携わる教育行政の責務である。
 国立・公立・私立大学を問わず、夜間部学生の「厚生補導」の観点から、大学夜間部の教育環境についてその実態をどのように把握しているのか。
(二) 大学図書館は、予習、復習を始めとし、レポートの作成、調査・研究に欠かせない場であることは夜間部学生にとっても昼間部学生と同じである。
 しかし、多くの大学夜間部の図書館は八時から九時に閉館するので、学生はレポート作成のため、受けなければならない講義を休み、図書館を利用することも多いという。このため講義終了後にも利用できるよう「図書館の開館時間を延長して欲しい」というのがすべての大学夜間部に共通した切実な要求である。また、食堂についても、ある大学の例では食堂が七時四十五分、喫茶室が八時までとなっている。講義前には食堂が混雑して食べられず、講義と講義の間の時間は十五分なので講義を早めに抜けて食堂に行くという状況にある。さらに、これら図書館、食堂にとどまらずサークル棟の利用などで夜間部学生は多くの不便を訴えている。
 学生の奨学、「厚生補導」の事務をつかさどる文部省は、これらの勉学に係わる施設及び厚生施設等の夜間部学生利用の実態を把握した上、改善するよう国立・公立・私立大学に対して適切な助言、援助をすべきだと思うが、どうか。

  右質問する。