質問主意書

第114回国会(常会)

質問主意書


質問第一八号

米・食管制度に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成元年五月二十六日

下田 京子   
佐藤 昭夫   


       参議院議長 土屋 義彦 殿


   米・食管制度に関する質問主意書

 農政審議会企画部会は五月十一日、「今後の米政策及び米管理の方向」と題する報告書を政府に提出したが、この報告は、これまで食管制度をなし崩し的に形骸化させてきた政策を一歩進め、食管解体に露骨に踏み出すことをねらったものである。また、政府は、今後、この報告の方向に沿って米・食管制度に関する施策を具体化していく方針だと言われており、自民党総合農政調査会農業基本政策小委員会も、基本的にこれと同内容の中間報告をまとめている。つまり農政審報告の内容は、現段階での政府・自民党の米・食管政策そのものにほかならないことは明らかである。
 これは、日本に米を含む穀物生産の放棄とより一層の食糧の対米依存を迫った「日米諮問委員会最終報告」(八十四年九月)及びこれに即して日本農業切捨ての方向を明確に打ち出した「前川リポート」(八十六年四月)などに基づいて、アメリカや財界の強い要求である米の輸入自由化を進める条件作りにほかならず、決して見過ごすわけにはいかないものである。
 よって、以下の点について質問する。

一 政府管理を大幅に後退させ、事実上の部分管理とすることについて

 米の生産と需給の安定を図るためには、食用・加工用を含むゆとりある米需給計画と備蓄制度を確立し、国民が必要とする米は国が全量管理するという食管制度の原則を守ることこそが必要である。
 ところが、農政審報告は、国による全量管理をやめて政府が買い入れる数量を需給操作に必要な数量に限定する一方、従来の自主流通米に不正規流通米を加えた「民間流通する米」なるものを米流通の主体とするとしている。また、報告取りまとめの直接の責任者である内村良英氏(農政審企画部会第一小委員会座長、元農林事務次官)は「昨年の中間報告では、間接統制や部分管理という言葉も出た-中略-今度の報告は言わば、直接統制的考え方と、部分管理の中間みたいな考え方だ」と述べている。
 これは、国民の主食である米の管理と需給調整に対する国の責任を大幅に後退させ、米を事実上部分管理とするものである。しかし、政府は、今後も米の需給計画を策定するとともに、民間流通にわずかばかりの助成・関与を続けることを根拠に、この報告が実現したとしても、米全体を政府が管理する方式に変わりはなく、部分管理ではないとしているが、これほど欺瞞に満ちた強弁はない。
 よって、以下の点について、政府の明確な見解を伺いたい。

(一) 政府買入数量を当面は主食米の年間需要量の四割(二百四十万トン前後)とし、将来更に削減する方針であるが、一体どこまで減らすつもりなのか。その水準は、経済同友会が昨年の提言で要求した百万トンなのか。また、このような政府米の大幅削減の下で米の安定供給が確保できるのか。
(二) 米管理と需給調整に対する国の責任が大幅に後退する事態の下では、政府が示す米需給計画の性格も大きく変わり、単なる生産・流通の指標にすぎなくなると考えるが、どうか。それでも政府は米全体の需給安定に責任を持てるのか。
(三) 政府が米全体を管理するという場合の現実的な根拠になる、自主流通米と転作に対する助成については、臨調・行革審などの度重なる削減・廃止要求に基づいて、大幅に減らされてきているのが実態であり、今後も減らすのが政府の方針のはずである。それでも、民間流通への関与や米の生産・流通のコントロールができるのか。

二 二重価格制を否定し、米取引を自由市場にゆだねることについて

 国民に米を安くしかも安定的に供給する上で大事なことの一つは、生産者に「再生産を保障」し、消費者の「家計の安定を旨」として生産者・消費者両米価を決めるという二重価格制を守り、回復することである。現在、生産者価格と消費者価格は末端では順ザヤとなっているが、減反拡大と買入限度数量の削減の下での順ザヤは、不正規流通米をますます増やすなど食管制度の機能を弱め、形骸化させる大きな要因となっている。
 ところが農政審報告は、二重価格制を回復するどころか、これを根本的に否定し、「民間流通する米」については、戦前、米投機の場となった正米市場の現代版を作って市場原理に任せるとともに、政府管理米については、生産者には大規模経営の生産費を基準にし、需給調整機能を強化することで価格を大幅に引き下げ、消費者には流通経費の適切な負担を口実に価格の引き上げを図ろうとしている。

(一) 米価の乱高下が生じることはないのか

 食糧庁はかつて、戦前の正米市場において、米価の上がり下がりが短期間の内に三~四倍にも達して米騒動が起きたことや、米価の変動を防ぐための財政負担が膨張したことを挙げ、間接統制や部分管理では米の価格安定が図れないことを強調した。また、千九百八十四年~八十六年の自由米市場(いわゆる「神田市場」)の値動きが最高の二万二千七百円から最低の一万六千八百円(一俵=六十キログラム当たり、関東雑銘柄)と一・三五倍にも達したことを挙げて「最近における自由米の価格の動向をみても、戦前のような米の価格の乱高下が生じかねない」としていた(「食糧管理制度運営に関する主な意見とこれに対する見解」千九百八十六年十一月)。ところが、報告が提案している米の公開市場は、まさしくこの「神田市場のような存在が、ある程度公的なものになっていく」(内村座長の言明)ものであるとされているのである。
 政府管理米が過半を占め、自由米の価格形成ににらみをきかせていた八十四と八十六年当時でさえ「戦前のような米の価格の乱高下が生じかねない」と言われていたのに、政府管理米の比率を四割あるいはそれ以下に引き下げるとともに、民間流通に対する政府の関与を大幅に緩和し、事実上自由流通とする状況の下では、この当時を大きく上回る乱高下が生じることは、明らかだと考えないのか。明確に答弁されたい。

(二) 大企業の米投機をあおる危険はないか

 さらに、事実上の自由市場での米取引が、大企業の米投機をあおる危険性を指摘しないわけにはいかない。政府は、これまで次のように述べていた。「米の生産は作柄による変動が著しく、また、米は単品の農産物としては取扱額が大きく、商業資本にとっては極めて魅力的な投機に向いた商品であるので、集荷段階で商業資本に支配されるおそれがあり、また、流通段階での買占め売惜しみ等に有効に対処しきれなくなるおそれがある。さらに米の消費は減ったとはいっても、国民は相当量消費していることからすれば、大資本の行動がからめば、国民に与える影響は極めて大きなものとなるおそれがある」と(「食糧管理法改正案想定問答」千九百八十一年三月)。農政審報告も需給と価格が変動しやすい米の商品特性を指摘している。
 八年前の言明ではあるが、米の生産・流通・消費を巡る事情は、現在もこの当時と基本的に変わっていない。むしろ、八十六年から八十七年にかけての異常な土地投機と“狂乱地価”の事例が示すように日本の大資本の投機的・寄生的体質はますます深まっていると言わなければならない。
 にもかかわらず、「国民に与える影響は極めて大きなものとなるおそれがある」ことが明白な米市場構想を大急ぎで推進する理由は何か。
 また、市場での取引を「現物取引」に限り、「先物取引」は認めないといった程度のことで投機的売買を抑えることができると考えているのか。
 さらに、市場に参加させるのは、一定の要件を備えた集荷・卸売業者に限るといっても、これが大資本の米取引への進出を規制する保障になり得ないことは、千九百七十三年に発生した丸紅のモチ米買占め事件が、正規の集荷業者をダミーとして行われた一事をもっても明白だと考えるが、どうか。

(三) 山間地域などの米生産の崩壊につながらないか。

 政府自身が指摘していた危険を冒してまで、米市場の創設を急ぐ理由の一つに挙げられているのは、米の需給動向や市場評価をこれまで以上に厳しく価格と生産に反映することである。これは、産地間競争を異常にあおり立てて、中山間部や競争力の弱い産地を押しつぶすとともに、豊作時の生産者価格の暴落や不作時の消費者価格の暴騰をもたらすものである。その矛盾の深刻さは、農政審報告も「豊作等による価格の大幅な低落を招くような著しい過剰の場合」や「稲作の生産性の向上-中略-が困難(な)中山間地域等」に対しては、特別の施策が必要なことを認めざるを得なかったほどである。こういう矛盾を引き起こさないためには、農政審報告を採用しないことこそが必要であると考えないのか。また、豊作時の暴落対策や中山間地域対策として何を検討しているのか。

(四) 将来、政府米はどういう水準に決められるのか

 米の価格形成も流通も民間流通が主体となれば、政府米は“下支え米”として位置付けられることになるが、その買入価格(生産者価格)は、大規模経営の生産費を基準とし、米作の縮小につながる水準に決めることが従来にもまして強調されている。
 政府買入価格決定の「焦点」となる「生産性の高い稲作の担い手層」とは、一体何ヘクタール経営なのか。また、政府が想定している適正な米価は、どういう水準なのか。
 さらに、財界の部分管理構想の立案者といわれ、農政審企画部会第一小委員会専門委員でもある山崎誠三山種米穀会長(経団連米問題部会長)は、民間流通米が三~五年後に七~八割になることを想定し「僅か二割か三割の(政府)米を米価審議会なんてもったいぶってやる必要はない」と述べているが、将来、政府米の価格決定方式をどうするつもりなのか。

(五) 今年の生産者米価について

 今年産米の生産者米価について聞く。昨年の生産者米価決定に当たって、政府と自民党は「先般、米価審議会において了承された新算定方式は(昭和)六十四年産米から適用する」という確認事項を取り交わしている。この「新算定方式」は、当面、作付面積が一・五ヘクタール以上の農家の平均生産費をもとに米価を決めるとともに、将来は五ヘクタール以上の農家の生産費を基準にするというものである。一・五ヘクタール以上の農家の平均作付面積は二・六ヘクタールにもなり、わずか五%以下の米販売農家の生産費しか償わない。政府は、この新算定方式で今年産米の価格を決定するつもりなのか。

三 減反の責任を農民と農協に押し付けることについて

 米の「過剰」を解決する上で重要なことは、競合農産物の輸入削減はもとより、水田の多目的利用を可能とする土地改良の促進、転作作物の価格保障制度の確立、販路の確保、新品種の育成や栽培技術の改良など、転作の条件整備を先行させ、農民が自給率の低い農産物の生産に意欲を持って、取り組めるようにすることである。ところが農政審報告は、このような政府が果たすべき責任を完全に放棄しながら、生産調整計画の作成と実行、在庫管理など需給調整の責任を農民と農協に全面的に押し付け、外国産米と競争し得る超低価格の加工原料米の生産を強制するなど、減反や安い加工米の供給を農民の負担でやらせようとしている。こういうやり方をやめて、政府の責任を今こそ果たすべきである。
 そのため、当面特に(イ)基幹水路、ダムなど基幹的・公共的部分を国・自治体、受益企業の負担とすることなどによって土地改良事業の農民負担を軽減し、事業を促進すること、(ロ)省力・多収の飼料用稲の開発を含む新品種の育成や冷害対策など栽培技術の改良に全力を注ぐこと、などに本格的に取り組むべきと考えるが、どうか。
 また、農政審報告は、農用資材費の引下げに向けての取組を強化することを抽象的に指摘しているが、諸外国の価格や輸出価格に比べても異常に高い農用資材の独占価格を引き下げることは、農産物のコスト引下げと農民経営の安定にとって不可欠の課題であり、これをどう実現するのか、具体的に見解を示されたい。

四 米の輸入問題について

(一) 米国政府の米自由化を求める対日圧力は、今年に入ってからも強まる一方である。ヤイター農務長官は「千九百九十年末までに日本に米市場開放の合意に達するよう引き続き圧力をかける」と述べ、ヒルズ通商代表は「外国市場を開放するために握手で臨むが、必要ならばいつでも金テコの使用も辞さない。米自由化問題の解決は早いほど良い」と演説している(いずれも指名公聴会で)。さらに四月末に公表された米国通商代表部の『貿易障壁年次報告』では、日本の米市場開放について「米国はウルグアイラウンド交渉において日本の米市場への参入を引き続き追求していく。しかし、いつかの時点において米国の現在の方針がもはや適当でなくなったという場合には別の選択を考えることになろう」と述べ、牛肉・オレンジと同様に二国間交渉で圧力をかけることを示唆している。米問題は多国間交渉で、というのが日米間の合意であると政府は説明してきたはずである。しかし、昨年から今年にかけて引き続いている米国政府の言明は、多国間でも二国間でも圧力をかけ続け、早期に米の輸入自由化を迫る米国の戦略を示すものと言わざるを得ないが、どうか。
(二) 農政審報告は、「米の国内自給を基本」に「国による一元的な輸出入管理を行う」と述べてはいる。しかし、その目指す方向は、国民の主食である米の生産、流通、需給調整の各部面で国の管理責任を事実上放棄し、ガット上の米輸入制限の重要な根拠を失い、米輸入自由化に道を開くものと言わざるを得ない。
 現在のガット条文の中で、日本政府が米の輸出入管理を行う根拠としているのは「国家貿易」条項であり、政府は、ガット成立の歴史的経過に照らして、国家貿易は民間貿易の場合の自由貿易原則の適用を受けないと主張している。しかし、この主張は、農産物十二品目(特に乳製品)に対する自由化勧告で退けられ、さらに米に次ぐ重要な国家貿易品目である牛肉については、アメリカの圧力に屈してガットの場で争う前に、いわば不戦敗の形で重大な譲歩を行った。このような対米屈服の譲歩によって、米の輸入管理についてもガット上の根拠を失いつつあることは重大である。
 しかも、農政審報告に沿って国内で米の生産、流通、需給調整の各部面で国の管理責任を事実上放棄することは、内外の米自由化圧力をますます勢いづかせるものである。また、ガットが一般的例外として輸入制限を認める際の条件は、生産調整が国家の措置として実施されていることであるが、生産調整の計画と実行の責任を農民と農協に押し付けるやり方では、一層ガット上の根拠を失うことになる。これらガットの現行ルール上、日本の立場を不利にしてまで農政審報告を実施するつもりなのか。それは結局のところ、国内での米の流通自由化に引き続いて、輸入をも自由化しようという政府の姿勢を示すものと言わざるを得ないが、どうか。
(三) 松永駐米大使が十一月、竹下首相、佐藤農水相、安倍幹事長、渡辺政調会長らとの会談の中で、米の市場開放問題について「日本も原料米ぐらいは輸入してはどうか。日本は一トンも輸入しないというのでは乗り切れない。柔軟な対応が必要だ」と進言していたと伝えられるが、事実はどうなのか。また、農政審報告は主食用米の半値近くの他用途利用米のほか、「輸入加工品との競合にも対応」できる超低価格の「加工原料米生産への取組を強化する」としているが、これは裏返していえば、タイなど外国産米並みの価格で生産できなければ、加工原料米は輸入もやむなしというものではないのか。これは、結局、加工用米の輸入を手始めに、主食用を含む一定枠の米輸入を認め、やがて米の輸入自由化に踏み出すということにならざるを得ないと考えるが、どうか。
(四) 一国の経済と国民生活安定の基礎であり、国土保全、地域経済振興の上からも欠かせない基幹産業である農業を守り、食糧自給率を高めることは、独立した主権国家として当然の権利であり、世界の常識である。日本に理不尽な圧力をかけているアメリカ自体が、ガット違反が明確である厳格な輸入制限を実施し、EC諸国はアメリカの度々の圧力にもかかわらず域内農業保護のための共通農業政策を維持し続けているのである。政府は、アメリカと財界の利益のためには国内農業も、国民の食糧基盤も無残に切り捨ててはばからない政治を根本的に改め、米の輸入自由化はもちろん、部分的市場開放も断固として拒否すべきであると考えるが、どうか。

  右質問する。