質問主意書

第112回国会(常会)

質問主意書


質問第一八号

牛肉・オレンジの輸入自由化問題に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によつて提出する。

  昭和六十三年五月二十五日

下田 京子   


       参議院議長 藤田 正明 殿


   牛肉・オレンジの輸入自由化問題に関する質問主意書

 政府は、二月のガット(関税貿易一般協定)理事会で、世論の強い反対を押し切つて農産物十品目の輸入自由化勧告を一括して受け入れたのに引き続き、牛肉・かんきつの自由化をも受け入れようとしている。
 これは、竹下首相自身が「米国の主張は無理難題との印象もあろうが、レーガン米大統領との間では共同作業で痛みを分かち合うと約束してきた」(四月十七日、自由民主党婦人部活動者研修会での講演)と述べていることからも明らかなように、日本農業を根底から破壊する市場開放を迫るアメリカの「無理難題」に屈した、、主権放棄ともいうべき屈辱的な態度である。これは同時に、日本農業を切り捨てることによつて貿易摩擦を緩和し、構造調整を進めることを狙うわが国大企業の要求に基づくものである。このような暴挙は断じて認められない。
 一国の経済と国民生活安定の基礎であり、国土保全、地域経済振興のうえからも欠かせない基幹的生産部門である農業を守り、食糧の自給率を高めることは独立した主権国家としての当然の権利であり、世界の常識である。日本に理不尽な圧力をかけているアメリカ自体が、牛肉や乳製品など二十一に上る農産物を厳格な輸入制限のもとに置き、農業調整法で輸入課徴金制度を保持しているのである。
 一方、牛肉やオレンジの大幅な輸入枠拡大、果汁の輸入自由化などアメリカの圧力に屈した自民党政治のもとで、牛肉の自給率は六九%にまで低下し、果樹農家は生産調整の拡大や価格暴落に直面している。これが「選択的拡大品目」としてもてはやされてきた畜産・果樹部門などの実態であり、日本が農産物市場の「閉鎖性」を非難され、市場開放を要求されるいわれはない。
 また、アメリカの対日圧力と、これに自民党政府が屈服する最大の口実とされている“貿易黒字大国日本が農産物の輸入を制限するのはけしからん”という議論は、全く当を得ないものである。第一に、日米貿易関係全体でみれば、アメリカの対日輸出額と在日アメリカ企業の売上高の合計が八百七十一億ドルなのに対し、日本の対米輸出額と在米日本企業の売上高の合計は五百七十六億ドルで、日本人一人当たりのアメリカ製品購入額はアメリカ人のそれよりもはるかに多い(いずれも一九八三年)。第二に、昨年の日本の貿易黒字額は七百九十七億ドルであつたが、農林水産物に限れば三百五十億ドルの赤字、対米関係でも百五億ドルの入超を記録し、いずれも過去最高である。日本は既に世界に例をみない農産物輸入大国、発達した資本主義国の中で最も食糧の供給基盤の弱い国となつているのであり、これ以上アメリカと財界の利益のために日本農業を犠牲にすることは許されない。
 さらに、米議会は包括貿易法案の中に「日本政府は、日米間の親密な関係を損なうことを避けるため、コメ、牛肉、かんきつを含む米国産農産物に対する関税の引下げや輸入割当の撤廃を行うことにより、速やかに貿易政策を自由化すべきである」との意図表明を織り込み、牛肉・オレンジに引き続いてコメの輸入自由化を要求するねらいを明白にしている。
 事態は緊急かつ重大である。よつて、以下の点について質問する。

一 竹下首相は、先の参議院佐賀選挙区補欠選挙の際、自由民主党総裁名で佐賀県下全農協組合長にあてて「農業者の心を心として、わが国農政の発展に全力を尽くす所存です」と打電し、あたかも牛肉・オレンジの自由化を行わないかのように装つて自由民主党への支持をよびかけた。また、佐藤農相は就任以来、「譲るべきは譲るが、守るべきは絶対に守る」「牛肉・オレンジの自由化は困難である」と発言し続けてきた。しかし、三月以来の日米交渉で、政府は「牛肉・オレンジの自由化は困難である」との立場を放棄し、自由化そのものを「仮説」と称して了解したうえで、自由化の事後措置をめぐつての交渉に終始した。

1 これは、「農業者の心を心として」どころか、「農業者の心」を踏みにじり、日本農業を一層危機的な状態に追い込み、食糧の供給基盤をさらに脆弱にするものとは考えないのか。
2 「譲るべきは譲るが、守るべきは絶対に守る」というが、日本の牛肉やかんきつの生産を押しつぶすだけでなく、コメの輸入自由化にも大きく道を開くことになる重大な譲歩を行おうとしながら、一体、何を「絶対に守る」というのか。
3 日本市場の「閉鎖性」などといういわれのない非難をはね返し、牛肉・オレンジの輸入自由化を拒否すべきだと考えるが、どうか。

二 アメリカは、ガット第二十五条に基づくウエーバー(自由化義務免除)や食肉輸入法などによつて牛肉、乳製品など二十一品目の輸入を制限している。しかも、牛肉の輸入量を需要量の五~六%に、乳製品の輸入量を二%前後に抑え込むなど、日本に比べてはるかに厳格な輸入制限をしているのが実態である。EC諸国も、加盟各国が輸入制限を行つているのに加えて共通農業政策に基づく輸入課徴金制度によつて国境保護を行つている。このように自主的経済基盤と農民経営を守るための農業の保護政策は国際的な常識であり、わが国のみが一方的に市場開放を要求されるいわれはない。

1 政府は、日米交渉などにおいて、自らは厳格な輸入制限を実施していながら日本に対しては乱暴に輸入自由化を迫るアメリカの大国主義的な態度をどのように批判しているのか。
2 また、日本政府が前記のことを指摘しているとすれば、これに対し、米国政府はどのように答えているのか。
3 私は冒頭で、農業を守り、食糧の自給率を高めることは独立した主権国家としての当然の権利であり、世界の常識であることを指摘したが、現実に米国やEC諸国が輸入数量制限や課徴金などの国境保護措置をとつている現状にも照らして、これは当然のことと考えないか。

三 次に、日米交渉の当面の焦点となつている輸入課徴金問題について伺いたい。政府はアメリカのいいなりになつて牛肉・オレンジの輸入自由化で譲歩するばかりか、自由化後の事後措置として自らが提案した輸入課徴金まで譲歩しようとしている。これは、輸入課徴金をガット違反だと強弁し、関税以外は一切認めないというアメリカの圧力に屈した、卑屈きわまりない態度といわなければならない。

1 アメリカ農業調整法第二十二条は、輸入制限だけでなく、課徴金(付加税)を課しうることを次のように明記している。「大統領は(農産物の輸入が米国の農業計画や農務省の事業に悪影響を及ぼさないよう、または計画・事業運営の対象になつている農産物・加工品の生産を実質的に減少させることのないよう)輸入品に対し、従価五〇%を超えない範囲での付加税(課徴金)の賦課または輸入数量割当制の導入……を布告により講ずることができる」。また、現実に米国はこの規定に基づいて、一九七七年から砂糖・糖蜜・糖水に輸入課徴金を課した実績を持つている。この課徴金は輸入制限効果には限界があるとして一九八五年に停止され、現在は輸入数量割当が実施されている。
 つまり、自らがガット上「明確に黒」だとしている課徴金制度をアメリカが保持していること、現在、アメリカが課徴金による輸入規制を実施していないのはガットとの整合性を確保するためではなく輸入制限効果が弱いためであることは明白である。たとえウエーバーに基づくものであるとしても、自らが保持している輸入課徴金制度を日本に認めないというアメリカの言い分はまつたく理不尽なものとは考えないか。
2 ガット十一条では、「締約国は……輸入……又は輸出について……割当によると、輸入又は輸出の許可によると、その他の措置によるとを問わず、関税その他の課徴金以外のいかなる禁止又は制限も新設し、又は維持してはならない」と規定し、明文的に課徴金を是認していると考えるが、政府の解釈はどうか。また、「課徴金は明確に黒」などというアメリカの解釈は国際的に通用しない特異な解釈だと考えるがどうか。
3 以上のように、輸入課徴金制度は、アメリカ自身が保持しているという点からみても、また、ガット条文上からみても、それを実施するかどうかは日本の主権に属することは明白である。それにもかかわらず、小渕官房長官が「従来の路線に固執していては決着を見ない。日米双方ともお互いの折り合いを考えていかなければならない」(五月二十一日、高松市での記者会見)と述べ、安倍自民党幹事長が「課徴金にかわつて国内対策をできる方法はないか政府・自民党内で議論している」(五月二十四日、都内での講演)と述べて課徴金断念を強く示唆している。なぜ、アメリカの理不尽な圧力に屈して卑屈な譲歩をするのか。

四 アメリカが日本に牛肉・オレンジの輸入自由化を強要し、さらに国際的にみても特異なガット解釈に基づいて輸入課徴金問題に固執するのは、日米間で農業貿易自由化の実績を作ることによつて、現在進められているガット多角的貿易交渉(ウルグアイ・ラウンド)で優位に立ち、四十二品目に及ぶ広範な課徴金制度によつて農産物の輸入規制を行つているECに政策変更を迫るためだといわれている。

1 農産物の輸入障壁や農業補助金を今後十年間で全面的に撤廃することを内容とするウルグアイ・ラウンドにおける米国提案に対し、ECなどからは「非現実的で無謀な提案」という批判がなされていると聞く。米国提案に対し、各国はどのような意見を表明しているのか。また、政府としては、この米国提案についてどういう認識を持ち、また、ガット農産物会合などにおいてどのような指摘をしているのか。
2 二月二日のガット理事会における「農産物十二品目パネル報告書」の採択に当たつて、日本政府代表は、「関連事項」の一つとして、「現在、公平でかつ現実に運用可能な新しいルールの策定を目指してウルグアイ・ラウンドの農業交渉が進められていることが、このパネルの審査においても勘案されるべきであることを主張した」「しかし、パネル報告はこれらの点を全く考慮しておらず、著しく公平を欠いた結論を導き出しているということを指摘した」とされている。この主張は、当然、牛肉・オレンジ交渉にも通用するはずのものである。にもかかわらず、国際的な新貿易ルール作りの交渉の行方がどうなるか、全く目鼻もついていない現状で、国際交渉のテーマに密接に関わる問題について日米二国間の交渉でアメリカの長期戦略を一方的に是認し、その露払いをすることになりかねない譲歩をすることは許されないと考えるがどうか。

五 佐藤農相は、五月三日に「今後の対応については……我が国牛肉・かんきつ生産の存立を守るとの基本的立場に立つて、生産・流通・消費の各般にわたり……私の責任を果たして参りたいと考えております」との見解を発表した。しかし、輸入自由化という決定的な譲歩の上に事後対策でも譲歩を重ねる政府の姿勢のもとで、「生産の存立を守る」ことなど不可能であるといわなければならない。そこで伺いたい。

1 全国的に見ても、また肉用牛飼育で第七位を占める福島県においても、肉用牛飼育農家は、「足腰の強い農業」「国際競争力のある農業」という政府の方針に基づいて莫大な負債を抱えながら規模拡大を進めてきた。また、バイオテクノロジーの活用などによるコスト低下の努力も営々と続けられている。今求められているのは、負債対策や飼料価格の引下げ、子牛価格安定対策の充実、さらに畜産振興事業団の運営の民主化など、農民経営の安定と牛肉コストの引き下げに役立つ「生産・流通・消費の各般にわた」る施策の充実であると考えないか。どういう具体策を持つているか。
2 牛肉・オレンジばかりでなく、政府が二月に自由化方針を決定した農産物八品目を巡る事態も深刻である。例えば長野県に次ぐ加工トマト産地である福島県においては、トマトジュース・ケチャップなどの自由化を前提にしたトマト加工資本の海外進出・国内生産縮小戦略のもとで、今年の加工トマトの契約価格は一キロ当たり四十円から三十六円五十銭(一級品)に九%も引き下げられ、作付面積も四百二十ヘクタールから三百八十九ヘクタールへと七%強も減少させられており、被害はすでに現実のものとなつているのである。こういう食品加工資本の横暴を規制し、農民経営を守ることが必要だと考えるがどうか。
3 私は、二月十九日の参議院予算委員会において、ガット勧告の一括受け入れを拒否すべきだつたことを指摘し、このような譲歩を重ねれば、アメリカが牛肉・かんきつをガット提訴に持ち込み、やがてはコメもガット提訴という事態になることを警告した。現在進んでいる事態は、この警告が現実のものとなつていることを示している。改めて問いたい。自国の農業を保護し、釣合いのとれた経済発展をめざすことは独立国の当然の権利であり、ガットであれ、アメリカであれ、この権利を侵すことはできないという立場に立つて、コメの輸入自由化はもちろん、牛肉・かんきつの輸入自由化を拒否し、トマト製品など八品目の輸入自由化方針の撤回をする考えはないか。

  右質問する。