質問主意書

第103回国会(臨時会)

質問主意書


質問第二号

中曽根政治の根本的理念に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によつて提出する。

  昭和六十年十月十四日

秦 豊   


       参議院議長 木村 睦男 殿


   中曽根政治の根本的理念に関する質問主意書

 中曽根総理は、去る七月二十七日、軽井沢で行われた自民党セミナーで、教育改革、防衛、靖国神社、アイデンティティなど、中曽根政治の根本的理念に触れる特別講演をされた。
 そこで、以下、その内容に関して具体的に質問する。

一 中曽根総理は、その講演の中で、「日本としてのアイデンティティ」や「国家のアイデンティティ」、あるいは「日本のアイデンティティ」などと多用されているが、この場合、総理の認識の中では、「アイデンティティ」には、どのような意味がこめられているのか。

二 一般には、「自己同一性」が「アイデンティティ」とされているが、総理の言われる「国家のアイデンティティ」は、「国家としての独自性」とか、「国家としての歴史的連続性」を意味するのか。あるいは、単に「国家らしさ」、「日本らしさ」に近い表現なのか。

三 中曽根総理が、「国家のアイデンティティ」とか「日本のアイデンティティ」とか言われる場合、その根底には、総理としてのどのような国家像が踏まえられているのか。
 この際、中曽根総理の「あるべき国家像」について伺つておきたい。

四 総理の認識の中では、わが国は、経済を第一義とするよりは、「政治国家」あるいは「国際国家」への変革をめざすべきだとお考えか。

五 総理は、先の特別講演の中で、「われわれは国際国家日本へ急速前進しなければならない。と同時に大事なことは日本としてのアイデンティティをもう一遍確立することである。」と述べておられる。
 「日本としてのアイデンティティをもう一遍確立する。」とは、どういうことなのか。

六 総理はまた、「アイデンティティ」に関する展開の中で、「日本には戦前に皇国史観があり、敗戦後には太平洋戦争史観が出て来た。いわゆる東京裁判史観。この裁判については、終局的な判定を歴史がするだろう。裁かれるに値いすることもなくはなかつた。しかし、そのとき出て来たのは、日本は何でも悪いんだ、ややもすると自虐的思潮であり、これは今も残つている。」
 「いま戦後四十年、天皇陛下在位六十年になつて、もう一度日本のアイデンティティを。いままでいろんな思想が外国から入つてきたが、それらを全部澄まして、これだというものを作るときにきた。」、と言われる。
 中曽根総理の言われる「東京裁判については終局的な判定は歴史がする。裁かれるに値いすることもなくはなかつた。」とは、戦争に対する反省は、さほど痛切ではないと言うことか。

七 「いろんな思想を全部澄まして、これだというものを作るときにきた。」とする表現には、どんな意味がこめられているのか。

八 総理は、戦後民主主義四十年の足跡については、どのような評価を下されるのか。つまり、何を肯定され、何を否定されるのか。

九 総理は、わが国の風潮について、個人主義からの脱却と民族主義高揚の必要性を感じておられるのか。

十 中曽根総理のいわゆる戦後政治の総決算路線にとつては、教育改革による国民の意識変革、防衛問題におけるタブーへの挑戦、靖国神社への公式参拝等はすべて一体のもの、相互に関連する重要な政治課題ではないのか。

十一 総理は、過般の訪欧に先立つて、フランス人記者に対し、「私はかつてゴーリストといわれたことがある。」と述べておられるが、「ドゴール主義」についてはどのように認識しておられるのか。

十二 総理のブレーンと目されている臨時行政改革推進審議会の瀬島龍三氏は、かつて「行革審は将来の国家原理を決めるという重要な役割を担つていた。」と発言されたが、中曽根政治も、全体としてめざすところは、新国家像、新国家主義ともいうべき方向ではないのか。

  右質問する。