質問主意書

第102回国会(常会)

質問主意書


質問第五四号

わが国の「産官学協同」問題に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によつて提出する。

  昭和六十年六月二十五日

吉川 春子   


       参議院議長 木村 睦男 殿


   わが国の「産官学協同」問題に関する質問主意書

 わが国の学術研究の現状は、研究者の数、研究投資の規模については、米ソにつぎ、世界第三位の地位を誇つている。しかし、その特徴として、自然科学、とりわけ工学分野に偏し、しかも応用研究や開発研究では群を抜いているが、基礎研究が極めて弱いといわれている。
 今日、わが国の学術研究の基本的な課題として、その調和のとれた発展及び基礎研究の抜本的強化が関係各方面から指摘されている。
 しかるに、政府の施策をみると、大企業の技術研究開発のための補助金は増額につぐ増額で、しかも、文部省が仲介して大企業と国立大学との共同研究を大がかりにすすめている。
 一方、国立大学の教育研究予算は、教官、学生単位では臨調答申以来四年間削減、凍結されている。私大助成も大幅に削減されている。科学研究費補助金もこの数年間頭打ちである。
 この結果、今や理工系の学部では、大企業との共同研究あるいは受託研究を受け入れ、奨学寄付金に頼らなければ研究活動ができなくなつているといつても過言ではない。
 こうした企業等からの外部資金に依存せざるを得ない研究活動の有様は、一部の教官、研究者のモラルの低下とあいまつて、大学本来の社会的使命に反するいくつかのゆゆしき事態を生み出している。
 その第一は、最近の北九州病院グループの国立四大学への現金工作事件、あるいは、昨年の慶応大での委託研究費不正使途事件、東工大での委託研究費“ヤミ運用”事件など、企業等からの外部資金にかかわる不正事件があとをたたず、これと表裏一体の関係として、資金を提供する特定企業への奉仕、ゆ着が増えていることである。
 いうまでもなく、「すべて公務員は全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」(憲法第十五条)、国公私立大の関係なく「法律で定める学校の教員は全体の奉仕者であつて、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない」(教育基本法第六条)のであつて、特定の企業等とゆ着し、その企業の利益に奉仕することはゆるされない。
 第二に、企業等(自衛隊、米軍も含む)との共同研究、委託研究などが企業秘密(自衛隊等にあつては軍事機密ないしは国家機密)の関係で、研究成果の発表、公表が押さえられたり、あるいは、研究内容、方法がゆがめられるなど、学問研究の自由、大学の自治が侵されるケースがふえてきていることである。
 大学は特定企業の技術開発部門でも、奉仕機関でもない。大学は「真理と平和を希求する人間の育成」(教育基本法前文)をめざす公教育機関であり、教育研究を通じて社会進歩、国民生活の向上等に貢献するという社会的使命をもつ公的機関である。そのためにこそ、学問の自由、大学の自治が保障される。いかなる場合といえども、企業秘密、国家機密を優先して、この学問研究の自由や大学の自治を否定することは許されない。
 第三に、企業資金等への依存は、特定企業と協力関係にある理工系応用部門、教室、教員、研究プロジェクトなどが、他の協力関係のないところと比べて研究費などの面で優位となるだけでなく、学生、院生の就職面においてさえ、特別に有利になるなど、かなりの格差ができるということにつながる。こうしたことは、大学での教育・研究のバランスのある発展の疎外となるばかりか、基礎研究が軽視されることにもつながる。また、東京医科歯科大や慶応大の例のように、外部資金を多く集められる教官は、その資金を活用して学部長等の座を得るなど教育研究の場にあつてはならない金権支配、ボス支配が横行する事例もふえている。
 これらは、「学術の中心」(学校教育法第五十二条)としての大学の発展を阻害するばかりか個々のまじめな研究者の研究意欲を失わせることにもつながる。
 私はこうした問題意識で、以下、質問する。

一 大学予算増額について

 大学が外部資金に依存せざるを得なくなつている最大の原因は、国立大の教官当積算校費など基準的経費(教育研究費)、私大助成あるいは科学研究費補助金の伸びが、この数年間抑制ないし削減されてきたことである。大学がその社会的使命を果たしていくためには、基準的経費や私大助成、科学研究費補助金を抜本的に増額する必要がある。とりわけ今日、大学での基礎研究の強化が叫ばれ、政府もまたそれを要請しているのであるから、かかる方向を指向すべきと思うがどうか。

二 「産学協同」問題について

(一) 文部省は「産学協同」推進の立場から、五十八年度から学術国際局に「研究協力室」を設置し、国立大学に対して、「民間等との共同研究の取扱について」(58・5・11)、「受託研究及び民間等との共同研究に係る特許等の実施等について」(59・5・8)、「奨学寄付金等外部資金の受入れについて」(59・12・22)の通知を出している。
 これらの措置は、いかに企業等が大学との共同研究に参加しやすいようにするか、外部資金の受入れの手続きをいかに簡素化し利用しやすくするかの立場からの学内規則、体制づくりをすすめようとするものである。
 このため、私が先に指摘した三つの問題点について、防止する手だてがない。それらを防止するには、共同研究等の受入れが一部のものによつて決定され、しかもその実態が限られたものにしか明らかにされないということではなく、全学的視点からチェックできるよう関係する部局や教授会の議を経て決定されるとともに、全学的な審査機関によつても審査・検討されるようにすべきと思うがどうか。
(二) 特許権等の実施について五十八年五月十一日の通知では、「共同研究完了の日から五年を超えない範囲内において優先的に実施させることができる」となつていたものを、一年後の五月八日の通知では、「七年」とわざわざ変更している。
 この変更した根拠は何か。政府研究機関での共同研究にともなう特許権等の実施が、「五年」であるのになぜ大学のみを「七年」と変更したのか。
(三) 「研究成果の公表」について通知は、共同研究、委託研究いずれの場合でも、「研究成果の公表の時期・方法について必要な場合には、国立学校の長は民間機関等との間で適切に定めるものとする」となつている。
 この内容は、特許取得までの間、企業秘密保全の立場から研究成果の公表を差し控えるなど企業への配慮を示したものと文部省は説明しているが、もしそうだとすると共同研究の場合、特許取得時までの間はもちろんその後においても企業秘密が優先され、事実上研究成果の公表の規制、研究内容・方法の歪曲につながりはしないか。それを防止する手だてはあるのか。
(四) 奨学寄付金等の外部資金の受け入れについては、その公的性格にかんがみ、できるだけ大学財政に組み込み大学全体の研究費として利用する方向をとるべきであつて、一部の教官教室に直接手渡されたりその使途もそれらの教官にゆだねられるべきではないと思うがどうか。
 外部資金が特定の教官、研究室に集中することがないようチェックするとともに出資した企業名、受け入れた教官名、額、外部資金の性格、研究テーマについて、大学公報などで公表すべきではないか。

三 「軍学協同」問題について

(一) 文部省通知でいうところの共同研究、委託研究の対象となる「民間等」には防衛庁の諸機関も入るのか。
(二) 防衛庁・防衛大学校・防衛医科大学校と一般大学・大学院との共同研究、委託研究がかなり進んでいるといわれる。その実態を過去五年間の共同研究等について、大学、学部名、研究テーマ、予算額を明らかにされたい。
(三) 防衛庁の諸機関との共同研究等はどういう手続きでおこなわれているのか。その内容、性格、法的根拠を明らかにされたい。また、それら共同研究等に参加する職員には自衛隊法による自衛官の責務は課せられると思うがどうか。もし一般自衛官とのちがいがあるとしたならそれはなにか。また、そのちがいの法的根拠を示されたい。
(四) 共同研究等の進行とあわせて現職自衛官の一般大学・大学院への入学者数もふえてきているといわれるがその実態を過去五年間、一般大学(研究室)、大学院に在籍している自衛官の人数を大学、大学院、研究室別、国費・私費別に明らかにされたい。
(五) 現職自衛官が国費によつて一般大学・大学院に入学する場合、その自衛官に支給される経費の項目と支給額、その法的根拠を明らかにされたい。さらにそれらの自衛官には、一般の自衛官と同じように自衛隊法でいう任務、義務が課せられていると思うがどうか。ちがいがあるとすれば、その法的根拠を明らかにされたい。
(六) 自衛隊の委託奨学生制度の目的、給費の条件、額、大学別奨学生の人数を大学別に明らかにされたい。
(七) 防衛庁職員(防衛大学校、防衛医大を含む。)が国公私立大学の教員・職員として出向している例があるやに聞くが、その過去五年間の大学別人数を明らかにされたい。その場合の手続き、経費はどうなつているか。またその出向の法的根拠を明らかにされたい。
(八) 防衛庁職員(防衛大学校、防衛医大を含む。)が民間や国・自治体の研究機関にも出向しているものと思われるが、その過去五年間の出向状況(研究機関別人数)を明らかにされたい。

四 ユネスコ勧告と科学者憲章について

 一九七四年第十八回ユネスコ総会は、「科学者の地位にかんする勧告」を採択し、日本政府もその趣旨の実現をはかる責務を担うこととなつた。日本学術会議はこのユネスコ勧告を積極的にうけとめ、一九八〇年第七十九回総会において「科学者憲章について」の声明を採択した。この二つは科学者の権利宣言と倫理綱領といういわば車の両輪として科学者のよりどころとなつている。
 政府としても学術分野の施策のなかで常にこの二つを尊重すべきと思うが、どうか。

  右質問する。