質問主意書

第100回国会(臨時会)

質問主意書


質問第一八号

アイヌ系住民の民族的権利の保障等に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によつて提出する。

  昭和五十八年十一月十四日

小笠原 貞子   


       参議院議長 木村 睦男 殿


   アイヌ系住民の民族的権利の保障等に関する質問主意書

 これまで長い間の差別と抑圧のもとで苦しんできたアイヌ系住民は、今日も日常生活上様々な不当な差別を押しつけられ、また、生業が不安定で収入も低く、就職、結婚、子供の教育等で、特別の困難を余儀なくされている。私は、国の歴史的責任として、アイヌ系住民の民族的権利を保障し、いつさいの差別の一掃、生活安定のための特別の対策をとるべきであるとの立場から、以下政府に質問する。

一 「旧土人保護法」の廃止について

 アイヌ民族に対する歴代政府の苛酷な支配と抑圧について反省し、アイヌ系住民を「旧土人」と蔑称する「旧土人保護法」を廃止することは、政府の当然の責任である。
 政府は、第九十一回国会において私が提出した質問主意書に対して、「旧土人保護法」の存廃については、「北海道庁を始めとする地元関係者の意見も尊重しながら検討していくべきものと考える。」(昭和五十五年五月二十三日付内閣答弁書・内閣参質九一第二三号)と答弁しているが、その後、北海道ウタリ協会は、一昨年の総会で、「旧土人保護法」の廃止と、それにかわる新法制定を決議し、北海道知事も「旧土人保護法についてはこれを廃止し、アイヌ民族の自立を基本においた新法の制定をはかる」ことを表明している。
 「地元関係者の意見を尊重する」という政府は、旧土人保護法の廃止について、いつたいいつから具体的な検討を行うつもりか、明確にお答え願いたい。

二 アイヌ民族が北海道等に先住していた事実について

 北海道や千島に和人が進出する以前から、独自の言語、文化、風俗、習慣、生活様式をもつアイヌ民族が住んでいたことは、誰も否定できない明白な事実である。
 政府みずから、沖縄・北方対策庁による「北方地域総合実態調査書」(昭和四十七年三月)において、和人が千島に近づく以前から「千島列島は、北海道本島の住民と同じ種族であるアイヌによつて占拠されていた。」ことを認めている。
 北海道ウタリ協会も、今年度の総会で政府に対して、アイヌが「徳川幕府による開発以前の全千島における先住者であること」及び「北海道についても先住者がアイヌであつた歴史的事実を明確にするよう」求めている。
 政府は、北海道と千島にアイヌ民族が先住していた事実を、この際明確に認めるべきであると思うがどうか。

三 アイヌ系住民への正しい理解及び差別や偏見の是正について

 私の所属する日本共産党は、我が国に先住していたアイヌ民族に関する正しい歴史と姿を国民に知らせ、アイヌ系住民に対する誤つた差別や偏見を是正することは、我が国政府の重大な責務であることを指摘してきた。
 ところが政府は、残念ながら、我が党の指摘に反した行動をとつている。従つて、以下質問する具体的事実に明確な答弁を願いたい。

(1) 文部省は、昭和五十七年五月二十七日付第一版の高校教科書(実教出版)の検定において、「アイヌの狩猟権、漁業権、山林伐採権を奪い、日本人への同化を強制した。」という記述を「アイヌの生活をささえてきた狩猟、漁業などは内地人に圧倒され、日本人への同化が求められた。」と書き直させた。
 しかし、これは明治政府が様々な法令によつて狩猟権や漁業権を奪い、同化を強制した歴然たる事実を不当にゆがめるものである。政府・文部省は、アイヌ民族に対する誤つた認識を改めるとともに、教科書の記述の是正を図るべきであると思うがどうか。
(2) 政府は、先にもあげた北方地域総合実態調査書において、「旧土人とは、北海道固有のアイヌ族と樺太より移住したアイヌ族……」などと規定し、現在のアイヌ系住民を「北海道における旧土人などと呼称している。「旧土人」なる呼称は、アイヌの人々の民族的尊厳を傷つける許されない蔑称である。政府は、この蔑称による記述を早急に訂正すべきであると思うがどうか。
(3) ここ数年、札幌にある国立大学、道立高校、市立小学校などの公教育の場で、アイヌ民族に関する誤つた蔑視や偏見による教師の発言が指摘され、関係者はそれぞれその非を認めている。
 こうした公教育における、アイヌの人々への偏見や蔑視は、文部省がその正しい克服に務めていないことの表れでもあり、その責任は重大である。
 文部省として、アイヌに関する誤つた教育の実情を独自に調査し、アイヌ系住民を含めた協議会等を設置して、正しい教育が行われるような措置を採るべきであると思うがどうか。

四 民族的文化の保護について

 アイヌ系住民は、ユーカラをはじめ世界的にも価値のある独自の民族的文化をもつている。しかし、このすぐれた文化は、歴代の政府が、アイヌ語や民族の風俗を事実上、禁止・制限して以来、ほとんどみるべき保護対策をとつてこなかつたために、アイヌ語を話せる古老が年々いなくなるなど、滅亡の危機にさらされている。
 また、昭和五十年六月十七日の本院文教委員会における文化財保護法の一部改正の際、「アイヌの民族文化の保護については、記録的保存にとどめることなく特別の措置を講ずること。」との附帯決議がなされ、北海道教育委員会でも、道よりも先に国がその保存を図るべきだと主張している。
 従つて、生きたアイヌ民族文化の伝承と保存及び保護を緊急に行うことは、政府の重大な責任であると考える。以下の質問に対する政府の明確な答弁を求める。

(1) アイヌの民族的文化は、アイヌ語、ユーカラ、ウエペケレ、サコロベ、ウパクシマ、カムイノミ、古式舞踊、狩猟、漁労様式、習慣などの無形のものから、古来の建築様式、生活器具、民具、民族料理、楽器、衣服などの有形のものまで広範にわたつており、これらは独自の自然観、価値観に基づく密接一体のものである。従つて、この保存には特別の総合的方策が必要である。
 政府は、昭和五十年六月五日の本院文教委員会で、安達文化庁長官は、「アイヌ文化というものを全体的にひとつ保存するということで、……それに沿つた保存方策をひとつ講じてまいりたい。」と答弁しているが、この全体的な保存策として具体的にこれまでどのような方策をとつたのか。
(2) アイヌの有形・無形の文化、風俗、習慣などを総合的に保存、継承するための機能を果たすセンターとして、札幌市に、国立の「アイヌ民族文化伝承会館(仮称)」を設置すべきであると思うがどうか。
(3) 世界的叙事詩であるユーカラをはじめ、ウエペケレ、サコロベ等滅亡の危機に直面するアイヌ語の保存は緊急に必要である。アイヌ語の保存、伝承のためユーカラ等を重要文化財に指定し、その伝承者を重要無形文化財保持者に認めて、その伝承活動を緊急に援助すべきであると思うがどうか。
(4) 政府は、前述した私の質問主意書に対して、ユーカラ伝承者の人間国宝への指定については、「口頭伝承や習俗等については、事柄の性質上該当しない」と答弁しているが、世界的叙事詩であるユーカラなどは、単なる口頭伝承にとどまらず、その伝承には、芸能や工芸同様の高度な芸術的技法を含むものであり、人間国宝の指定から排除するのはおかしいと思うがどうか。
(5) 現在、文化庁などで調査し、重要民俗無形文化財に指定するかどうか検討中のアイヌの古式舞踊ばかりでなく、伝統的な建築、衣服、民具、風俗などの有形、無形文化についても重要民俗文化財に指定して、保存、継承を図るべきだと思うがどうか。
(6) アイヌ系住民が行う伝統的なカムイノミ等の際には、サケ・マスや熊などの「漁」や「狩」などを特別に認めるべきであると思うがどうか。また、アイヌの伝統的文化の保存継承を保障するため、国有地の山・川等の一定地域を利用できるようにすべきであると思うがどうか。
(7) 伝統工芸品類の製作に携わる多くのアイヌの人々は、技能を向上させるとともに、それを生業に役立てたいと願つている。
 そこで、北海道にある国立・道立の高等職業訓練校に、緊急に、アイヌの衣服・衣装・民芸具などの伝統工芸品の技能者養成課目を設置すべきであると思うがどうか。

五 「アイヌ民族会館(仮称)」の設置について

 アイヌ系住民の全道的活動のセンターとして、札幌市中心部に、集会、講習、展示、各種生活相談、宿泊などの総合的機能を備えた「アイヌ民族会館(仮称)」の設置を国としても援助すべきと思うがどうか。

六 北海道以外の日本各地に居住するアイヌウタリに対する施策の拡充について

(1) 今日アイヌ民族の相当数が、故郷北海道を離れ、日本の各地で生活している。アイヌ同胞による八年前の調査によると、当時、首都圏周辺だけでも四百世帯、約七百人が確認されており、実際には、その数倍以上のウタリが住んでいるものと推測される。しかも、確認されたウタリの多くは、生活困窮者であつたという。
 北海道内に在住するアイヌは、「旧土人保護法」及びウタリ対策事業に基づく様々な救済援助を受けることができるが、同じアイヌ民族でありながら、北海道以外に居住する者には適用されていない。
 このような矛盾を是正し、法律及びそれに基づくウタリ対策の広域的な適用を求めるものであるが、政府の見解を伺いたい。
(2) アイヌの集いの場として、また民族の伝統文化を継承してゆくため、さらには、広く一般にアイヌを正しく理解させるために、研究室と民族資料室を兼ねたアイヌ文化会館(仮称)を首都圏に建設することを強く求めるが、併せて、政府の見解を伺いたい。

  右質問する。