質問主意書

第87回国会(常会)

質問主意書


質問第一八号

硫黄島戦時疎開者の地権と帰島に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によつて提出する。

  昭和五十四年五月十一日

上田 耕一郎   


       参議院議長 安井 謙 殿


   硫黄島戦時疎開者の地権と帰島に関する質問主意書

 戦後三十四年、小笠原復帰以来十一年目をむかえようとしている今日、依然として、硫黄島戦時疎開者とその親族が父祖の地である硫黄島へ帰島できないまま放置されていることは、政治的にも、人道的にもきわめて重大な問題である。
 周知のように、本土では、第二次大戦中に幾百万の国民が強制疎開させられたものの、終戦とともに戦時疎開はとかれ、基本的に原状回復がおこなわれた。しかるに、硫黄島にかんしては、一九四四年に軍命令によつて戦時疎開させられて以来、一九六八年に小笠原返還協定が締結され、父島、母島への疎開者の帰島が実施されて以後も、政府が自衛隊と米軍の基地建設のため多くの金と労力を費やしてきたのと対照的に、疎開島民に対しては、ひきつづき帰島のための具体的措置はなんらとられてこなかつた。
 これは、旧島民にとつて死活の問題であるというだけにとどまらず、三十四年たつてもわが国の戦後処理が事実上終わつていないことを意味するものであり、いささかの猶予もなく政府の責任ですぐ解決にとりかかるべき重大問題である。しかも、硫黄島戦時疎開者の多くが、本土各地の疎開地で、帰島の日が一日も早くくることを熱烈に待ちのぞんできたのであつて、それがいまだに実現されないことは、憲法の基本的人権が政府の手でふみにじられている問題として、国政上も人道上も絶対許されないことである。
 国連加盟国すべてにとつて「達成すべき共通の基準」とされる「人権にかんする世界宣言」が「移転及び居住の自由」(第十三条第一項)を侵すことのできない基本的人権としていることに照らしても、日本政府が硫黄島疎開関係者を放置している今日の事態は、国際世論からもきびしく批判されざるをえないであろう。
 もともと、硫黄島での戦時疎開が軍命令によつておこなわれた以上、疎開者の帰島条件の整備や、その間の困難な生活への配慮は、政府の手によつていち早くおこなわれるべきであつた。にもかかわらず、政府は、この間わが党などの国会質問にたいする答弁で、帰島促進などについての努力を一般論として約束するにとどまつている。
 現実には、政府は、火山活動などを口実に帰島促進のためなんら前向きの措置をとつていない。政府のこのような消極姿勢について、アメリカ軍のロランC基地の存在および、自衛隊基地とその拡張意図を優先させ、そのために旧島民の帰島を意図的にさまたげているのではないか、との疑念がでているのも当然であろう。
 戦時疎開以来、三十五年という旧硫黄島民の永い年月の苦痛を思えば、現在の事態は、一日も早く抜本的に改善されなければならない。もし、政府が責任と約束を誠実に履行するというのなら、旧島民の帰島実現のための積極策と三十五年にわたる疎開状態の継続にたいする慰謝など、具体的措置が緊急につよく求められよう。このことについて、去る三月二十二日の参院建設委員会でも、全会一致の附帯決議で、政府の措置を求めたところである。
 ついては、以下の点について政府に伺いたい。

一 硫黄島問題の解決にあたり、もつとも重要なことは、主人公である旧島民の意思が最大限に反映されることである。政府がもし旧島民の生活経験にもとづく意見や希望を十分にきくこともせずに、事態を放置しているとすれば事は重大である。
ついては、政府はこの間、旧島民からどのような形で帰島問題などでの意見聴取をおこなつたか。具体的に明らかにされたい。

二 戦時疎開以前の硫黄島においては、硫黄島産業株式会社などごく一部の地主が土地の相当部分を所有していた。硫黄島産業については、耕作者の土地の所有権を詐取した疑惑をもたれているところであるが、そのもとで多数の耕作者は小作人組合をつくり、昭和十七年に地主側と賃借に係る契約を締結し、耕作に従事してきた。昭和十九年の戦時疎開後も、この契約の有効性は継続しており、小作者に耕作権があることは法律上もまちがいないものと考えるがどうか。

三 第二次大戦中に、土地公図が焼失したとされる硫黄島について、これまで「準公図」による土地境界の確認がおこなわれていない。こうした状況は、土地権利者の権利保護の点でも放置できない問題である。
 政府は、みずからの責任において、土地権利者の同行、立合いのもとに、すべての土地境界の確認作業をただちにおこなうべきであると考えるがどうか。

四 政府は、旧島民と親族の硫黄島への帰島について、火山活動など自然条件を理由に帰島を困難視する見解をしめしている。硫黄島における火山活動や土地隆起は、島民が同島に住みついた明治以来のことであり、別にいまはじまつたことではない。現に、軍事基地や測候の関係者が安全に生活しているほか、火山に関するわが国の権威者たちも、硫黄島でまじかに危険な事態がおこるというような予測はしていないはずである。にもかかわらず、政府が、旧島民にたいしてだけ、帰島できない理由に火山活動をあげるのは、一体どのような理由にもとづくものなのか、明示されたい。

五 帰島を希望する土地権利者の土地については、帰島後ただちに安心して生活をおこなえるよう、優先的に、弾片、不発弾等の処理や遺骨の収集など必要な整地作業をおこなうのは政府の当然の責任である。政府は、いつまでにこれを終了するつもりか具体的に明らかにされたい。

六 旧島民が硫黄島で生活していくためには、当然ながら政府による生活基盤確立のための具体的援助が必要とされる。政府は、帰島者のために、当面、住宅、貯水施設、発電施設、港湾施設などの建設をおこなうべきであると考えるがどうか。

七 永く住みなれた土地から引き離され、全国各地で不安な毎日を余儀なくされてきた硫黄島戦時疎開者の、三十五年にわたる物質的、精神的苦痛ははかりしれないものがある。ところが、これら旧島民にたいしては、小笠原返還時に米政府から六百万ドルの補償金が支払われたのみで、日本政府は、これまで旧島民にたいして補償金、見舞金などみるべき援助をおこなつたことがない。政府は、戦時強制疎開のまま、帰島できないことから多くの物質的、精神的苦痛をうけてきた旧島民にたいし、均等に、しかるべき見舞金をだすべきだと考えるがどうか。

八 政府が、硫黄島への帰島について消極的な態度をとつてきた背景には、硫黄島の自衛隊基地を強化、拡大する意図があるからではないかということがいわれている。また、米軍は、原子力潜水艦の作戦上重要なロランC基地をおき、その上さらに、最近、ミッドウェー艦載機の新訓練基地にしようという動きも強まつている。「毎日新聞」四月十六日付報道によれば、東京都知事の交替を機に、防衛庁には、硫黄島を陸、海、空自衛隊の大規模な共同訓練場として整備しようという構想が浮かび上がつているという。第二次大戦で多数の兵士の生命が犠牲とされた硫黄島の悲劇をけつしてくりかえさず、同島を平和な島として復興するためには、むしろ基地の縮少、撤去が必要であると考える。これらの点について政府はどのように考えるか。伝えられるような基地の強化、拡大の計画、構想の有無について明らかにされたい。

  右質問する。