質問主意書

第87回国会(常会)

質問主意書


質問第一〇号

水俣病被害者の補償問題に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によつて提出する。

  昭和五十四年四月四日

渡辺 武   
沓脱 タケ子   


       参議院議長 安井 謙 殿


   水俣病被害者の補償問題に関する質問主意書

 三月二十八日に水俣病第二次民事訴訟判決がくだされ、「水俣病を単にハンター・ラッセルの主症状を具備したもの、もしくはこれに準ずるものといつた狭い範囲に限ることは相当といえず」(『判決』C-59)、「各人の症状につき有機水銀摂取の影響によるものであることが否定できない場合には」(『判決』C-60)水俣病と認めるとされ、具体的には、四肢末端の知覚障害だけの場合でも水俣病に罹患していることとされた。この判決は、従来の水俣病認定審査における不当に狭い水俣病の範囲-(イ)知覚障害、運動失調、求心性視野狭窄、難聴、言語障害、振戦などの諸症状を全部そなえている「定型的ハンター・ラッセル症候群」に固執し水俣病がもつ多様性を十分見なかつたこと、(ロ)患者の職歴、食生活、家族関係など疫学的側面を無視し、患者の臨床症状をバラバラに分解しその一つ一つを他疾患で「説明できる」として切り捨てていく除外診断法を採用していること、(ハ)合併症があると不当にそれで「説明できる」とする診断法など--を排し、四肢末端の知覚障害だけの場合でも水俣病と認定することにより、比較的軽度の患者に対しても救済の道を大きく開いた。さらに、この判決は、一九七八年七月三日の環境庁「新事務次官通知」で示された不当に狭い水俣病の範囲-一九七一年八月七日の事務次官通知とくらべ、(イ)疫学を軽視していること、(ロ)旧通知にあつた「水俣病の判断に症状の軽重は無関係である」、「有機水銀の影響が否定しえない場合も含める」などの規定を単に「蓋然性の高いもの」に限定したこと、(ハ)旧通知の「いずれか一つでも症状があるものは認める」を「二つ以上の症状の組合せ」としたなどとそれさえ守られていない認定審査の実態を明確にし、そのような方法で棄却処分された原告を水俣病と認定することにより、県知事の原処分を根本から覆す判断を示した。
 以上のことから、今回の判決によつて、水俣病認定問題には重大な新局面が切り開かれたと判断されるので、以下所要の質問をする。

一 新事務次官通知の撤回について

 前述したように、一九七七年七月一日の「後天性水俣病の判断条件について」とそれを踏襲・格上げした新事務次官通知「水俣病の認定に係る業務の促進について」によつて示された水俣病像の範囲は、不当に狭く相当でないことが判決で明確にされたので、ただちに撤回すべきである。
 上村環境庁長官は、三月二十八日の水俣病第二次訴訟原告団、水俣病被害者の会との交渉の席で、「判決内容は今の判断条件にもろにきているように思われるので、この判決を重視し謙虚に受け止め、専門家の検討委員会の意見を聞いて十分検討する」と答弁したが、右検討の結果、前述判断条件及び新事務次官通知が水俣病の範囲を不当に狭く規定しておりその運用の問題ともあいまつて、事実上患者切り捨ての機能を果している事実が明確になつたなら、ただちにこれを撤回するか、明確に答弁を求めるものである。

二 勝訴した原告の行政認定について

 水俣病第二次民事訴訟判決において勝訴した原告被害者のうち、すでに県知事の認定処分を受けている島崎成信、故森本興四郎を除く全員をすみやかに行政認定するよう、環境庁は県知事を行政指導せよ。

三 補償協定と判決認容額との差額支払問題について

 チッソ株式会社と水俣病被害者の会との間に締結されている補償協定では、行政認定とともに平均一律一、六〇〇万円相当の一時金補償が実施されることとなつている。しかるに、前記判決で勝訴した原告に対する認容額は、一〇人が一、〇〇〇万円相当、一人が五〇〇万円相当となつており、原告らの長期にわたる苦しみからみてその額は著しく低額と言わざるを得ない。環境庁は県とともに、被告チッソに対し、補償協定通りの補償金を勝訴した原告らに支払うよう、協定と判決認容額との差額の追加支払いを行政指導せよ。

四 棄却患者の見直しについて

 水俣病第二次民事訴訟は、県認定審査会及び県知事から不当に棄却処分された患者を原告にして争われた裁判である。判決が、原告のほとんどが水俣病に罹患している事実を認定し、もつて前記県知事の原処分を根本から覆す結果となつたことにより、これまでの行政処分における棄却患者は全面的に見直すことが必要となつた。すなわち、水俣病様の臨床症状を持つているが故に認定申請し、棄却処分にされた一、〇八五人(熊本県・鹿児島県合計、昭和五十四年二月末現在)の全員について、再度判決の水俣病像論及び各原告に対する事実認定に則して水俣病に罹患しているか否かを見直すことが必要である。

(1) 棄却処分にされた患者から請求があつた場合には、患者本人に対して検診原簿及び認定審査会資料を交付するよう、環境庁は県を行政指導せよ。
(2) 前記認定審査会資料で判決の水俣病像論及び各原告事実認定を参考に、水俣病の臨床症状を二つまたはそれ以上有するものはもちろん、四肢末端の知覚障害だけの者も、患者の再申請に基づきすみやかに認定処分するよう、環境庁は県を行政指導せよ。
(3) さらに、右条件に該当しない者については、見直し審査(検診を含む)を実施せよ。

五 保留患者のすみやかな認定について

 「保留患者」は、二月末現在、熊本・鹿児島両県合計で一、五四一人存在するが、これらは認定審査会が、形式上は、水俣病様の臨床症状を複数(実際の認定審査では四肢末端の知覚障害やそれに運動失調が組み合わさつた者は棄却されている実情であるので)もつているが水俣病に罹患しているかどうかの判断が「困難」という理由で、その判断を保留している者である。したがつて、「保留患者」については、今回の判決内容に則してすみやかに認定することが必要である。

(1) 「保留」になつた患者から請求があつた場合には、患者本人に対して検診原簿及び認定審査会資料を交付するよう、環境庁は県を行政指導せよ。
(2) 前記認定審査会資料で判決の水俣病像論及び各原告事実認定を参考に、水俣病の臨床症状を二つまたはそれ以上有する者はもちろんのこと、四肢末端の知覚障害だけの者も、すみやかに認定するよう、環境庁は県知事を行政指導せよ。

六 不申請死亡患者及び未申請生存患者の救済対策について

(1) 申請しないまま死亡した患者については、環境庁と県の責任でできるかぎり詳細な実態調査を実施し、認定を促進せよ。
(2) 三月二十八日の水俣病第二次民事訴訟原告団、水俣病被害者の会との交渉の席で、本田環境庁環境保健部長が不知火海沿岸地域にどの位の水俣病患者が存在するかは「まつたくわからない」との無責任な答弁を繰り返していたことにも象徴されているように、発生後二十余年を経過した現在このような状態では抜本的な水俣病対策ができるはずがない。よつて、不知火海沿岸の全住民を対象にした健康調査の実施は最低限どうしても必要である。
 この点について、前記席上、環境保健部長は、(イ)全住民を対象に、(ロ)健康調査を実施したい、(ハ)予算要求や調査の具体的内容等の検討に約一年かかる、などの答弁を行つているが、現地における被害者の実情及び要求の切実性、緊急性等にかんがみ、今年度中に実施できるよう、研究調整費、予備費等の充当を考えるなどして最大限の努力をせよ。

七 その他の申請中(未審査)の患者の認定促進について

 現在、未処分件数五、八七五件(熊本・鹿児島両県合計、二月末現在)のうち保留を除く未審査件数は四、三三四件(同前)となつている。さらに、第二次民事訴訟判決によつて、比較的軽度の水俣病患者の救済の道が開かれたことにより、新たに認定申請する患者数は今後飛躍的に増大することが十分予想されるところである。そこで、認定審査等のあり方を抜本的に改善することが絶対に必要である。

(1) 水俣病検診業務促進のための水俣病検診センターはじめ検診体制の充実強化について

(イ) わが党は四年前から「水俣病検診センターに神経内科二名、眼科一名、耳鼻科一名、精神神経科一名の計五名以上の常駐検診医を国の責任で増員・配置する」措置の実現を要求してきたが、前述の事情にかんがみあらためて政府がただちに本腰を入れて取組むよう、強く要求するものである。環境庁は、その実現に「いろいろと努力している」旨の答弁を行つているが、この道理ある措置が長期にわたつて実現されない隘路は何か、また、それをどのように解決しようとしているのか、明確な答弁を求めるものである。
(ロ) 政府は、国立水俣病研究センターが治療研究活動とともに、水俣病認定申請者の検診業務もできるように特別措置をとるようにせよ。
(ハ) 開業医等地元の医師も水俣病の検診、診断、治療、健康指導等ができるように国と県の責任で必要な講習会を実施するとともに、水俣病検診センターなどの検診業務への協力(正当な報酬を前提に)を要請すべきではないか。

(2) 水俣病認定業務の大幅促進について

(イ) 環境庁は、認定審査件数を大幅に引き上げるため、県条例の一部を改正し専門委員の補充・増員をはかり認定審査会の二斑制を採用するよう、県と協議せよ。
(ロ) 前記措置だけでは大量に滞留している未処分者、また、今後飛躍的増加が予想される新規認定申請者、再申請者の消化は事実上不可能なので、緊急の特別措置として夏期などを利用した集中検診、集中審査を実施することが必要である。環境庁は県と協議して、一九七四年七、八月の一斉検診のように患者の苦情、不満、反発が続出するような事態を起さないように、事前に検診に参加する医師や看護婦、検査技師等の研修を実施するなど必要な準備を十分行つて、夏期集中検診、集中審査を実施せよ。

  右質問する。