質問主意書

第84回国会(常会)

質問主意書


質問第一二号

水俣病被害者の補償問題に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によつて提出する。

  昭和五十三年二月二十七日

渡辺 武   

沓脱 タケ子   


       参議院議長 安井 謙 殿


   水俣病被害者の補償問題に関する質問主意書

一 水俣病認定業務における「不作為の違法」状態早期解消について

 昭和五十二年三月末現在の熊本県における水俣病認定申請者の未審査者合計は三六四一人であり、これをそれまでの行政処分のペースで処理するとすれば、申請者全員の処分終了には実に約二十年余の年月を要すると言われていた。昭和五十一年十二月には、このような著しい検診・認定業務の遅延は行政の怠慢であるとして、熊本地方裁判所から「不作為の違法確認」の判決が出されている。環境庁、熊本県ともこの判決を受けいれ、今後は、この「不作為の違法」状態を早期に終結させるため、それまでの毎月四〇~五〇人の検診、毎月の審査会の回数二回、八〇人の審査という体制を、昨年十月から検診一五〇人、認定審査一二〇人の体制に改善した。この措置といわゆる水俣病の新認定基準の実施とによつて、認定業務の大幅遅延は著しく改善され、解決に向つて前進するはずであつた。
 ところが、環境庁のこの説明にもかかわらず、昨年八月以降、新たな認定申請者は毎月一〇〇~二〇〇人に達しており、新体制のもとでも未審査件数は減少するどころか、逆に著しい速度で増加し続け、今年二月十八日には、未処分申請者合計は四六二四人に達し、五〇〇〇人を突破するのも時間の問題となつている実情である。今後、この状態が長期に継続するなら、「不作為の違法」状態は終結するどころか、ますます拡大される一方であることは明白である。よつてここに再度「不作為の違法」状態を早急に解消させるよう強く要求するとともに、その具体的対策について以下の質問をする。

(1) 環境庁長官は、かかる「不作為の違法」状態の長期継続拡大の状態に終止符をうつべく断固たる決意で取り組む意思があるかどうか、あらためて明確な答弁を求める。
(2) 問題解決のための措置の一つは検診センターの充実強化である。
 現在、検診センターには常駐医は一名しか配置されていず、認定審査会の医師の応援によつてかろうじて支えられている実情であるが、この体制はすでに限界に達している。そこで、我が党が、昭和五十一年十月二十日参議院公害対策環境保全特別委員会での沓脱質問において提案し、昭和五十二年六月八日付の星野力、沓脱タケ子連名の質問主意書においてその実現を強く求めた、「少なくとも神経内科二名、眼科・耳鼻科の神経精神科各一名の合計五名からなる常駐医を検診センターに配置せよ」との提案があらためて真剣に問題にされなければならない。

(イ) 環境庁は、常駐医の増員配置以外に検診業務促進の現実的な具体策があると思つているのか。
(ロ) 環境庁は、検診センターへの常駐医の増員配置のため、いまこそ断固たる決意でのぞむべきではないか。
(ハ) 環境庁は、検診センターに少なくとも何名の常駐医を確保する計画を立て、その実現のためにどのような手立てを講じてきたか。また、右計画が立てられていないのであれば、今後「不作為の違法」状態早期解消のため、検診センターの充実強化に関する右のような計画を立てるつもりはないか。

(3) さらに認定審査についても、毎月審査件数が一二〇件でその内訳が順番待ち四割、保留四割、繰り上げ二割という現状では、おのずから限界があるというべきである。このため、とりあえずの措置として、認定審査会を二班制にし、審査件数も少なくとも現在の二倍以上にする等の具体的措置を講ずることがどうしても必要である。環境庁は認定審査促進のため、どのような具体策を講じようと考えているか。
(4) また、五〇〇〇人に近い未処分者が滞留している現状では、日常的な検診・審査体制の充実強化策(これはあくまでも基本であるが)だけではその解消は事実上困難と思われ、これを補完する措置として、夏期などの一斉検診・集中審査の特別体制をとることも「不作為の違法」状態の早期解消にとつて必要である。この場合、昭和四十九年七、八月にかけて実施された一斉検診の経験のように、被害者の苦情・不満が続出するようなものであつてはならない。 過去の経験を生かし、被害者に心よく受け入れられるような実施方法を検討し、夏期一斉検診の実施を計画すべきではないか。

二 チッソ株式会社の認定患者森本興四郎氏(故人)への補償棚上げ事件について

 本件に関する概要は以下の通りである。
 故森本興四郎氏は、昭和四十九年二月二十三日に認定申請し、同年八月十六日に保留となり、翌五十年九月十九日に棄却処分された。その後、五十一年一月九日に再申請するとともに、同年三月十九日、チッソ株式会社を被告とする損害賠償請求訴訟(以後「水俣病第二次訴訟」と総称する)を起した。しかし、七月十八日、同氏は病状悪化により死亡され、同氏の遺体は鹿児島県出水市立病院にて鹿児島大学医学部第二病理の医師三名によつて病理解剖された結果、有機水銀中毒が証明された。この結果をうけて、鹿児島県公害被害者認定審査会は、同氏の生前の臨床症状は有機水銀中毒によるものであることを認める医学判断を県知事に答申し、昭和五十二年九月五日付で鹿児島県知事が同氏を水俣病と認定する行政処分を行つたものである。
 同氏の遺族森本正宏氏は、同年九月三十日、熊本地方裁判所を通じ、チッソ株式会社に対して、「和解」の申し入れを行い、かつ、水俣病被害者の会と同社との間に締結されている「契約書」及び「協定書」に則して損害賠償金を支払うよう再三申し入れている所である。
 しかし、チッソ株式会社は、故森本興四郎氏の認定に伴つて、同氏の遺族に対して民事上の損害賠償責任が発生したにもかかわらず、「和解」を拒否し、さらには、同年十一月二十四日には鹿児島県庁に対して認定審査資料の一切の提出を求める「文書送付嘱託の申立」なるものを熊本地方裁判所に起すなど、以後、今日に至るまで五ケ月にわたつて慰謝料等の支払いを履行していないものである。
 「弊社は、水俣病補償完遂という社会的責任を全ういたしたく」とか、「原因者としての責任を痛感し、現在患者補償の完遂を第一の経営目標に掲げ、これを果すため懸命の努力を傾注」とか、さらには、「何とか患者補償の責任を完遂したいと念願する」等々との言明とは逆に、チッソ株式会社が認定患者故森本氏に対してとつている民事責任の棚上げ、回避の態度は極めて遺憾であり、即時あらためさせなければならないものである。ここに二月二十二日の「調査して善処する」との沓脱質問に対する環境庁長官の答弁がどのように実行されたかについて以下の質問をする。

(1) 公害健康被害補償法第四十四、第四十五条の規定により組織されている鹿児島県公害被害者認定審査会の意見を聞いて、同県知事が法第四条二項の認定処分を行つた故森本興四郎氏とその遺族に対して、チッソ株式会社がとつている事実上の補償拒否あるいは棚上げの態度は、「迅速かつ公正な保護」をうたう補償法の目的に著しく背馳するものであつて、到底みすごしておくわけにはいかない問題であると思うがどうか。
(2) チッソ主張の通り、一度は棄却処分された故森本氏が、再申請後、遺体病理解剖の結果、水俣病に「逆転認定」されたことは、「種々の疑問があり、一切の認定審査資料の送付を受けて検討し納得した上でなければ補償金を支払うかどうかの判断はできない」というのであれば、公害健康被害補償法に基づく被害補償の秩序は大幅に崩れることになるのではないか。
(3) 故森本氏の場合、生前の臨床症状の主なものには、運動失調、知覚障害、視野異常、聴力障害などが検診の結果認められていたが、鹿児島県公害被害者認定審査会は、これらの臨床症状は「脳動脈硬化症」、「変形性脊椎症」、「右慢性中耳炎」、「白内障」の四疾患により「説明できる」として、「水俣病ではない」旨の医学判断を行つた。しかしながら、同氏死亡後、病理解剖を行つた結果、有機水銀中毒の病変を証明することとなつたため、同氏の生前の臨床症状は有機水銀中毒からくるものであることが認定審査会の全員一致して承認する所となり、いわゆる「逆転認定」が成立したものである。
 そこでうかがうが、およそ現代医学の水準からみて、疫学的諸条件をほぼ満たす本症例のような場合、臨床処見だけによる判断には困難さは伴うとしても、病理解剖処見による医学判断以上に厳密かつ高度の証明が保障される手段が他にあると考えているか。
(4) チッソ株式会社が、右態度を固執する真の理由は、現在係争中の水俣病第二次訴訟の原告が、ほぼ故森本氏と同様、有機水銀中毒様の臨床症状を有し、過去に汚染魚介を多食している等疫学的諸条件もほぼ満たしているケースであり、しかも、その多くが県認定審査会によつていわゆる「変形性脊椎症」、「脳動脈硬化症」、「高血圧」、「白内障」などの疾患名を附されて棄却されている者から構成されているため、もし、一度は「変形性脊椎症」、「脳動脈硬化症」等で「説明できる」として棄却された故森本氏の「逆転認定」を認めるならば、同氏とほとんど区別しがたい他の原告も同様に水俣病である可能性が濃厚となるからである、と解さざるをえない。すなわち、今日、「変形性脊椎症」、「脳動脈硬化症」等の疾患名を附して棄却している症例の病像こそ、発生後二十年余を経過した慢性期の水俣病の病像そのものであるとの論理的帰結になるからであり、したがつて、チッソ株式会社の態度の背景には、水俣病第二次訴訟の行方が深く関係しているものと解さざるをえない。チッソ株式会社が、一方において、森本氏の「逆転認定」を否認し補償を棚上げし続け、他方で第二次訴訟原告への「鑑定申請」を行つて裁判引きのばしを行つているなどの一連の事実は、チッソの真の狙いがどこにあるかを示している。
 しかし、チッソの側の理由と狙いがどうあろうとも、すでに認定処分された被害者に対する補償は、それとは切り離して厳格に実施されなければならず、これを棚上げし続けているチッソに対して、環境庁はただちに「協定書」等に従つて補償金を支払うよう厳しく指導すべきではないか。
 二月二十二日の参議院公害対策環境保全特別委員会において、環境庁長官は「調査して善処する」と答弁したが、その後の調査の結果及びそれに基づくどのような処置が講じられたか、具体的に示されたい。
以上の諸点について明確な答弁をされるよう、重ねて強く要望する。

  右質問する。