質問主意書

第80回国会(常会)

質問主意書


質問第一四号

教師が児童生徒の教育に専念し、行き届いた教育が行える条件の整備に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によつて提出する。

  昭和五十二年四月九日

小野 明   


       参議院議長 河野 謙三 殿


   教師が児童生徒の教育に専念し、行き届いた教育が行える条件の整備に関する質問主意書

 今日の学校教育は、受験準備教育の過熱、多数のおちこぼれ(おちこぼし)の発生、人材選別の機関化、進学塾の隆盛等正に危機的な状況にあり、今日ほど学校教育の退廃がいわれ、国民・父兄の学校教育に対する不信、不満の大きい時代はない。
 今や、教育関係者すべてが力を合わせて、学校教育の本来の役割の回復とその質的充実に取り組み、児童生徒の教育を受ける権利(学習権)を実質的に保障し、国民・父兄の学校教育に対する信頼を回復することが急務といわなければならない。
 そのためには、まず何よりも教師自らの自主的な努力と熱意こそが要請され、これを期待しなければならない。しかしながら、現状は教師のこの努力を行い難い条件やむしろこれを阻害している条件が余りにも多い。これら条件の改善は教育行政当局に課せられた最も重要な責任といわなければならない。
 またこの行政当局の努力が教師の自主的な努力と熱意に結びつくものといえよう。
 かかる見地から、以下の諸点について政府の見解をたずねるものである。

一 管理社会化している学校の改革について

(一) 昭和三十年代から始まつた学校管理規則の制定、校長・教頭の管理職化、教員に対する勤務評定の実施、学習指導要領の法的拘束性の付与等によつて、年々学校における管理体制が強化され、文部省→教委→校長→教頭→一般教員といつたピラミッド型の教育体制と教育の国家統制ができ上がり、学校の管理社会化と教師の公務員としての官僚化が進み、上命下服の権力的な社会が実現した。
 また、このことは教師の子どもの管理化と学校教育の画一化をもたらすに至つている。
 およそ、教育の現場は、教師の自由と自主性が不可欠であり、その理解と協調を基礎とした明るくのびのびした教育環境でなければならない。
 したがつて、わが国の学校教育を生き生きとしたものにするためには、学校の管理社会化を是正することが急務である。
 そこで、政府は学校のこの実態をどう認識し、今後どう対処する積りか伺いたい。
(二) 校長、教頭への“出世志向”が強いことが学校の管理社会化と密接に結びついており、教師の子どもの教育よりも出世をめざす姿勢を助長することになつている。この背景に、現在の階層的な給与体系があることを否定することはできない。
 したがつて、今後教員の給与体系を教育専門職にふさわしいものに改革することが急務と考えるが、政府は教員の給与体系についてどうあるべきものと考えているか、またそのあり方について早急に再検討する考えはないか伺いたい。
(三) 教育の現場は、本来規則や命令が支配してはならず、教師の自由と自主性を基礎とする教育の論理によつて運営されなければならないにもかかわらず、現在の学校においては余りにも法規による権力的な管理が重視され、いわば法律万能主義に陥つている。
 管理職試験や校長、教頭等の研修会において、教育法規、管理面を重視するあり方がこのことを助長している面が強い。
 政府は、この実態をどう認識し、どう改善を図つてゆく積りか伺いたい。
(四) 近年いわゆる大規模校が増加し、五十人以上の多数の教職員をかかえる学校が都市においては極めて多くなつている。この大規模校化が児童生徒の教育にさまざまな障害をもたらしているのみならず、学校の管理社会化を助長し、教師の一致協力した指導を阻害している面を無視することはできない。これは、学校の適正規模について軽視してきたこれまでの教育行政に主として起因するものであり、今後学校の適正規模化にどう取り組む積りか伺いたい。
(五) 今日問題となつている主任手当の支給は、学校における管理強化につながるものであり、学校の管理社会化の是正に逆行するものである。しかも、教育関係者全員が一致協力して学校教育に対する信頼回復に取り組まなければならないときに、むしろ教育界における不信、対立を深めるものである。
 したがつて、本問題をひとまず凍結して、学校内及び教師と教育行政側との協力関係を強化することが急務と考えるが、政府はひとまず一般職給与法改正案のうち、主任手当の支給に連動する部分を撤回する考えはないか伺いたい。

二 教師が児童生徒の教育、指導に専念できる条件の整備について

(一) 現在、教師は余りにも本来の教育・指導以外の管理、教務事務、学級経理事務、保健衛生事務、給食事務、PTA関係事務等多様な事務の負担を余儀無くされている。
 したがつて、養護教諭、事務職員等の速やかな増員等を図ることによつて、教師が教育・指導に専念できる条件の整備に努める必要がある。しかるに、政府は昭和五十一年度以来これら教職員増員計画の実施を繰り延べていることは極めて不当といわなければならない。
 そこで、養護教諭及び事務職員について、それぞれの配置率の現状、学校規模別必要数及び今後の充足計画に関する政府の方針について伺いたい。また、来年度においては、昭和五十一、五十二両年度に繰り延べた人員の速やかな充足を図るべきと考えるが政府の方針を伺いたい。
(二) 現在、教師は学校給食に関する指導(給食の準備、食事中における食事作法等の指導、後片付けの指導等)のため、十分に昼休みの休息がとれない情況に置かれている。
 しかし、極めて精神的緊張を要する教師が教育に専念し、充実した教育を行うためには、十分な昼の休憩時間(くつろぎ、授業準備、教師間の意見交換、子どもとの遊び等)を確保することは極めて重要なことである。
 したがつて、学校給食のあり方についてこのような実態に即して再検討し、望ましいあり方を確立すべき時期に来ているものと考える。とくに、学校栄養士の増員や食堂の設置等その整備促進を図るべきと考えるが、政府の今後の方針について伺いたい。
(三) 近年、校舎の鉄筋化、校庭の過密、子どもの体力不足等によつて、学校管理下における災害が増加しつつあり、“学校の責任”をめぐつて父兄と学校との間にトラブルがたえず起こるに至つている。このことが教師の教育活動を消極的にし、ことなかれ主義を助長している面がある。
 したがつて、教師が安心して教育に打ち込めるように「学校災害保障制度」(仮称)の創設を検討すべき時期に来ていると考えるが、政府の見解について伺いたい。
 少なくとも当面、日本学校安全会の給付の飛躍的な充実を図るべきであるが、その今後の充実策について伺いたい。
(四) 教育諸条件の未整備や校長の教育委員会への従属等によつて、校長・教頭等が本来の教育指導や学校運営以外の仕事に追われている傾向がある。
 政府はこの実態をどう認識し、どう今後改善して行く積りか伺いたい。

三 児童生徒に行き届いた教育ができる条件の整備について

(一) ひとりひとりの子どもに行き届いた教育(おちこぼれた子どもに対する“治療教育”を含む。)を保障するためには、学級編制基準の改善等によつて教職員定数の増加を図ることが何よりも肝要である。しかるに、現行の一学級四十五人の学級編制基準(行き届いた教育は不可能)は昭和三十八年の法改正以来据え置かれたままであり、さらに昭和五十一、五十二の両年度においては第四次教職員定数改善計画実施の繰り延べさえ行われており、極めて不当な措置といわなければならない。
 したがつて、来年度においてはこの繰り延べ人員の充足を図るとともに、昭和五十四年度においては学級編制基準の引き下げ等大幅な教職員定数の改善計画を発足させるべきと考えるが、政府の明確な方針を伺いたい。
(二) 社会の複雑高度化と学問の進歩等によつて教育の内容・方法の高度化が著しい現在、一教師が全教科について自信を持つて教育に当たることは極めて困難である。したがつて、小学校における全教科担任制について再検討(一挙に専科教員制の採用は無理としても、例えば文科系、理科系及び芸術・体育系等に分つて担当することなど)する時期に来ていると思うが、政府の見解を伺いたい。
 また、現在小学校において全教科担任制以外の方法を採用している学校の状況とその評価について伺いたい。
(三) 中学校における免許外担任の状況と今後の対策について伺いたい。
(四) 教職員の週休二日制については、労働再生産のための休息という一般的な観点からだけでなく、不断に要請される自己研修の時間の確保の観点からも重要視し、その制度化を促進する必要がある。
 各都道府県における教職員の週休二日制の試行の見通しと今後の週休二日制促進に関する政府の方策について伺いたい。
(五) 現職教育の充実のみならず、根本的には教師自らの不断の自主的研修こそ最も重要である。
 したがつて、研修旅費等の増額を図るとともに、“教育休暇制度”の創設についても検討すべき時期に来ていると思うが、政府の見解を伺いたい。
(六) 近年研修のために必要な図書・雑誌等の刊行が激増し、しかも高額であるため、これをすべて私費による購入に期待することは無理である。
 したがつて、学校内に教職員が共通に利用できる図書資料の整備、当面私費による購入が難かしいような高価、大部又は資料的な図書資料の整備に取り組むべきと考えるが、学校における教師のための図書資料の整備の現状と今後この整備促進に取り組む考えがあるか伺いたい。
(七) 旧態依然たる学校建築について根本的に検討すべき時期に来ていると考えるが、現在の事務室的な職員室のあり方についても、教職員の休養と研修の場にふさわしいあり方に改善することを検討すべきであり、政府の見解を伺いたい。

四 教師が自主性を発揮しやすい条件の整備について

(一) 現在指導主事等による学習指導要領に基づく指導行政が余りに画一的で硬直化しているため、教師の自主的な教育の創造を阻害する傾向があり、また人事行政と結びついて校長、教員等のことなかれ主義を助長する傾向がある。
 したがつて、この現状を是正する必要があるが、改府はこの現状をどう認識し、どう改善してゆく積りか伺いたい。
(二) 現行の教科書の検定制度及び採択制度が教師の意欲を阻害する役割を果たしており、ひとりひとりの教師が教科書に関心を持ち、その採択にかかわることができる制度に改革すべきものと考えるが、政府は現行制度を改める考えはないか伺いたい。
(三) 個々の父兄のエゴに基づく教育要求と当該教師に対してではなく直接校長又は教育委員会を通じて圧力をかける要求の仕方、さらにはこれを受けてことなかれ主義又は権力主義的に対応する校長、教育委員会の姿勢が教師のことなかれ主義や校長等に対する不信を助長している面がある。
 したがつて、教育委員会及び校長が教師を信頼して、まず教師と父兄との話合いにゆだねる姿勢をとると同時に、教師の自主的努力を支え、励ます態度に転換することが教師の意欲と教師、父兄間の信頼関係を増大させることになると思うが、政府の現状認識と基本的な考え方を伺いたい。なお、PTAのあり方についても、教師と父兄が子どもの教育について十分に話し合える場とするように、その改革に取り組むべきと考えるが、政府の考え方を伺いたい。

五 公立文教施設の整備等教育諸条件の整備について

(一) (1)児童生徒急増市町村における不足教室・仮設校舎の解消、(2)危険改築対象範囲の拡大による危険校舎の全面解消、(3)屋内運動場・水泳プール未保有校の解消、(4)特殊教育拡充計画に基づく特殊教育諸学校の整備、(5)幼稚園教育振興計画に基づく幼稚園の整備等について、その速やかな実現を図ることが、国民・父兄の学校教育への信頼を回復し、児童生徒に充実した教育を保障するために極めて重要である。
 右各項目について、それぞれ具体的に政府の方針、計画を明確に示されたい。
(二) 高等学校新増設に対する国庫補助を大幅に増額するとともに、用地費補助制度を創設すべきものと考えるが、政府の今後の方針について伺いたい。
(三) 校舎等の学校建築物は、単に便利、安全であるだけでなく、生き生きとした、落ち着いた豊かなものであり、また地域社会に開かれたものでなければならないが、現状は余りにも安上がり、画一的であつて、数十年来殆んど変つていない。
 したがつて、将来の教育の方法・内容の変化を見通して学校建築物の望ましいあり方について調査研究を進め、その実現を期すべきであるが、政府、地方公共団体における調査研究の現状と今後の方針について伺いたい。
(四) 準義務教育化している幼稚園教育及び高等学校教育における国公立学校と私立学校の父兄負担の格差の是正を図ることは現下の急務であるが、政府の今後の具体的な方針について伺いたい。

六 その他

(一) 教育の現状について、各種の調査等に基づいてさまざまなことがいわれ、国民の教育の現状に関する認識がこれに左右される傾向がある。しかし、これらは必ずしも十分に科学的な調査に基づいたものとはいえない。国民が教育の現状について正しい認識を持つと同時に、国等が適切な文教行政を行うためには、あらゆる教育の現状について科学的な調査結果を持つことが不可欠である。
 したがつて、大学、研究所等の研究者に委託等を(国自らが調査を実施することは必ずしも適当でない。)して、教育の実情について総合的な科学的調査を推進すべきものと考えるが、政府の見解を伺いたい。
(二) 教師の専門性を高めるためには、広汎な教師・研究者の実践や研究の成果の交換、相互批判が不可欠であり、民間におけるこれら情報の提供、交換システムの整備充実について国等の援助(財政援助以外に干与すべきではない。)が必要と考えるが、見解を伺いたい。
(三) 国立大学附属学校が本来の実験学校としての役割を果たすようその改革を図るべきであるが、政府はその実現のためにどのように努力しているか伺いたい。
 最後に、一月九日、福岡県教育委員会が実施した管理職選考試験を阻止するための教職員組合等のピケに際して、大穂勝清福岡県教組委員長ほか三名が逮捕された場合は手錠が使用された。
 これに対して、三月三日、「新右翼」に属するYP体制打倒青年同盟が経団連会館を襲つた際、逮捕された野村秋介等については手錠が使用されなかつた。
 これは、警察権の行使として極めて均衡を失するばかりでなく、警察に教師を尊重する姿勢が欠除し、むしろ教員組合を敵視する姿勢があるものといわなければならない。
 政府の明確な説明を求めるものである。

  右質問する。