質問主意書

第72回国会(常会)

答弁書


答弁書第一六号

内閣参質七二第一六号

  昭和四十九年六月四日

内閣総理大臣 田 中 角 榮   


       参議院議長 河 野 謙 三 殿

参議院議員内田善利君提出大牟田市九・二五爆発赤痢事件に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。


   参議院議員内田善利君提出大牟田市九・二五爆発赤痢事件に関する質問に対する答弁書

1について

 従前より城東小学校の学籍簿等の調査を行つてきているが、学籍簿の記載内容は、熊本医科大学細谷一雄氏の報告書において発病あるいは感染したと記録されている児童の氏名及び人数と相違している。しかし、学校当局が、学籍簿をどのように取り扱つたかはなお不明である。

2について

 黒柳明君への答弁書においては、東京医事新誌第三千七十三号に記載されている厚生省予防局防疫課の見解を資料の一つとして一部引用しているに過ぎず、汚染源及び汚染原因等に関する新たな政府見解を示したものではない。
 したがつて御指摘のような答弁の相違はない。

3について

 この事件について政府としては、水道を介しての赤痢菌による水系感染であるとの推定を否定することはできないと考えるが、第三源井が汚染源であつたか否かについては確認するには至つていない。
 指摘された二つの資料は、その写しを入手、調査したが、今回その内容を再調査した結果は次のとおりである。
 昭和十三年一月十八日の第一回大牟田市会会議録には、十六番(大坪)の発言として「私モ原因調査委員ノ一人デアッタガ水道ナリト断定シタコトハ聞イタコトハナイ、ドウモ水道ガ疑ハシイト云フ疑念ヲ有ツテ来タダケノコトデアル、」と記載されている。
 ここでいう原因調査とは市会協議会が十名の委員をもつて編成した禍因調査委員会が行つたもので、委員の全員一致の結論としての報告書は、昭和十二年十一月二十八日市会協議会に報告され満場一致承認された。
 調査報告には、細菌の市内進入経路については「上水道ニシテ水道水媒介ニヨル流行ト推定ス、」としており、細菌侵入位置については、「水源井ナリト認ムルヲ以テ適当ナリト信ズ、」とし、又細菌侵入の原因及びその経路については「細菌侵入ノ原因ト系路ニ至リテハ、不幸ニシテ確証ヲ得ズ、本会ハ斯クノ如キ天下空前ノ重大事件ニ対シ確証ヲ有セズシテ各様ノ推定又ハ想定ヲナサズ、」としている。
 次に昭和十二年十一月二十九日福岡県議会議事録によると参与員(廣瀬永造)は「県当局ト致シテ第三水源ガ今オ話ノコトニヨツテ汚サレタト断定致シマスダケノ証拠ハナイノデアリマス、従ヒマシテ常識的ニ考ヘマシテ、今オ話ノヤウニ推論スルノガ妥当ヂヤナイカト思ハレル程度デアリマス、従ヒマシテ私共官庁トシテノ責任ニオイテ之ヲ発表スル程度ノ確証ヲ得テ居ナイト云フコトニ御承知願ヒタイト思フノデアリマス、」と答えている。これによれば、県当局は公式に発表する段階に至つていないことを述べているにとどまつている。

4について

(イ) 一般に、赤痢の集団発生については感染源要因、宿主要因、環境要因が複雑に関与しているので、赤痢を流行させるに足る条件を定量的にあらわすことは今日の学問的水準をもつてしては極めて困難である。
 なお、黒柳明君への答弁書の五において、当時の厚生省予防局防疫課の見解を引用したが、これをもつて汚染源についての政府の見解とする趣旨ではない。
(ロ) 昭和十二年当時における赤痢菌の菌型の主たるものは、赤痢菌A群及び駒込B菌が含まれる赤痢菌B群であつたが、後者は前者に比較すると病原性の弱い赤痢菌であつたといえる。
 しかしながら、B群は現在の赤痢の主流である赤痢菌D群と比較すると重症型ということができる。