質問主意書

第71回国会(特別会)

答弁書


答弁書第二二号

内閣参質七一第二二号
  昭和四十八年九月二十六日

内閣総理大臣 田中 角榮      


       参議院議長 河野 謙三 殿

参議院議員植木光教君提出中南米移住者の実態及び対策に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。



   参議院議員植木光教君提出中南米移住者の実態及び対策に関する質問に対する答弁書

一、の1について

 移住者の定着率は、場所によつて異なるが、一般的に、我が方の直営移住地の方が、相手国政府の管理する集団移住地に比較して良好である。
 我が方の直営移住地と、相手国政府の管理する集団移住地との関係について言えば、戦後、相手国における日本人移住者の受入れ意欲が旺盛であつたため、相手国政府の管理する集団移住地への移住が、戦後移住のさきがけとはなつたが、一方、我が方の直営移住地の方は、用地の購入後も、我が方において、直接、間接の援護の強化に努力したため、その定着率が、良好となつている。
 移住者の定着問題は、原則として移住地状況の良否にかかることはもちろんであるが、個々の場合をみると、本人が現地営農にむかないこと、一層大きな飛躍を他の地に求めること等種々の場合があり、転住することが必ずしも本人の将来に不幸をもたらすとは限らない。(別表1参照)

一、の2及び3について

 移住者の農家経済状況は、その農業からの所得においては既に日本農村の水準を抜いているが、出稼ぎ賃金等の農外所得を加えた農家所得では未だ日本の農家に及ばない。また、この結果については、我が国農家は先祖伝来の農家であるのに対して、移住者は現地入植後原始林伐採から始まつた開拓農であるととを留意する必要がある。
 各移住地の所得水準は、一般的に漸次向上している。
 しかし、最近は移住者個々の経営能力、経営方式の良否による階層分化が現われてきており、上位農家はかなり安定的発展の段階にあるが、下位農家には自立安定に至つていない者もおり、この下位農家は全体の二十パーセント程度とみられている。移住事業団では特にこれら下位農家の向上を図るべく鋭意努力している。
  農業粗収入のうちの現金収入率は、一般的に八十パーセント以上という高い率となつている。
(別表2及び別図1参照)

一、の4について

(1) 住宅について
 移住地住宅の現状は、最近ようやく相当規模のものが新築されているが、一般的にはまだ一昔前の 日本の農民意識がそのまま受け継がれたものが少なくなく、欧米人移住者の住宅に比較して住宅の構造、設備、間取り等について改善すべき点が少なくない。これは、日本人移住者が営農余剰を活用するに当たつて、一般的に先ず営農規模の拡大と子弟教育に力を入れる特性があり、住宅等生活環境の改善は後回しとする傾向があるからである。
 これを住居面積でみると、移住者のそれは平均五十から八十平方メートルであり、日本の現在の農漁家一住宅当たり延面積に比して相当にせまい。また、住宅構造については、木造板張が一番多く、煉瓦建、木造土壁と少なくなつているが、平均温度が高くて雨期、乾期の差がはなはだしい移住地では、一般的に木造よりは煉瓦建が望ましいとされている。入植後既に十余年を経た移住者の周には、近い将来に住宅を新築、改良せんとする気運があるので、事業団ではこれらの生活指導を強化するため生活指導担当者を現地におくことを検討している。
(2) 電気等生活環境について
 移住地の生活環境は、移住地の立地条件、農業態様等諸種の条件によつて異なるものであるから、その整備目標を各移住地一様に描くことははなはだ困難である。一般的には、都市に近い移住地の場合は、特に公共的な施設についてその近郊都市の恩恵に浴することが多いが、奥地移住地の場合は必要とする公共及び共同の施設のすべてを整備するという問題がある。
 特に電気については、南米諸国は面積広大のため一般的に普及していないが、移住事業団においては,このような事情にかかわらず、毎年一移住地ずつこれの整備を進めている。
 しかしこの計画は、移住地の近隣地に電化計画がなければ不可能なことであるので、それがない場合は移住者の負担による自家発電によらざるを得ない状況にある。
 また、道路問題については、その域外道路は、原則として相手国側で整備すべきものであるので、必要とするものについては相手国政府に交渉する建前をとり、最近は第二トメアスについてベレーンからの州道の完成をみている。また域内道路は必要に応じ事業団による補助命で整備に努力している。
 他方、各移住地におけるこれら公共及び共同施設の維持管理は、原則として移住者自身が負うべき建前にあるので、移住事業団においては移住者で構成する自治体及び農協の自立方について育成指導に努力している。
(3) 栄養状況について
 移住地、特に奥地移住地における移住者の栄養状態は異なつた自然的、社会的事情の下にあるため、一般的にあまり良好でないが、最近は移住者の営農状況の向上と現地事情に順応することにより漸次改善されつつある。
 移住事業団においては、移住者に対し、主食、野菜のほか肉類として特に鶏肉、豚肉の食糧自給度を高めるとともに、現地食になれるよう随時啓蒙指導に努力している。(別表3及び4参照)

一、の5について

 初期におけるものについては未だ調査は行われたことはなく正確には判明しないが、現在海外移住事業団直営移住地及びその他の集団移住地を問わず、日系人が集団的に居住する地域にはすベての義務教育である初等教育施設が設置されており、日系人の就学率は百パーセントである。中等及び高等教育への進学率は移住者の経済的背景や通学距離の関係もあり初等教育程高くはないが、中等学校は平均八十七パーセント、高等学校は平均三十八パーセントに達している。
 教育設備は我が国の学校に比し不十分な点が多いが、校舎等については海外移住事業団直営移住地において、同事業団が年次計画に基づき逐年整備改善を進めており、また、教材教具についても一部直轄以外の移住地をも含め、その大部分を支給している。
 教師の学力は、我が国のそれに比し必ずしも高くはないが、海外移住事業団では優秀な教師が進んで移住地の学校に勤務するよう教員宿舎を無償提供し、また謝金を別途支給する等の優遇措置を講じ教育水準の向上に努めている。(別表5参照)

一、の6について

 海外移住事業団直営診療所がその所在する六移住地において過去五年間に取り扱つた主な疾病は、感冒、気管支炎、腸炎、胃炎、肝炎(以上内科)、刺傷、膿瘍、切創、虫垂炎(以上外科)、流産(産婦人科)その他結膜炎、中耳炎等で、特に日本国内のそれと異なつたところはない。死亡原因も同様である。
 なおアマゾン地域の風土病等も予防知識の普及とマラリア撲滅対策の実施等により日本人移住者に罹病者はほとんど見当らない。
 平均寿命については今日まで特に調査を実施したことはなく厳密な算定は困難であるが、昭和四十八年五月現在の海外移住事業団直営診療所所在六移住地の六十五歳以上の老齢者数は全世帯数一千三百四十に対し二百七十七名である事実に徴し、移住に際し高齢者は余り参加しない点を考慮すれば、移住地居住の故に短命であるという事実はないことが明らかである。(別表6参照)

一、の7について

 昭和二十九年から四十六年三月末までの十七年間に南ブラジルに入つた雇用農は一万二千八百七十五戸、三万九千百六十七人となつており、このうち現在も農業に従事している戸数は約九千戸と推定されている。
 移住事業団においては、昭和四十三年に右のうちサンパウロ州内居住の一千名について調査したが、その独立状況は自営農三十七パーセント借地農三十八パーセントであり、独立した者は右の合計の七十五パーセントに達している。
 また、移住事業団が雇用農独立のために支出した投融資額は、アルゼンティン小移住地を含む直営移住地に入植した分百六十一件、二億一千六百万円そのほか雇用農に対する独立融資分一千二百十六件、五億四千万円にのぼつている。(別表7参照)

一、の8について
 各集団移住地には警察官が常駐するとともに、海外移住事業団海外支部も顧問弁護士を随時派遣し、各移住地の自治体と協力し治安の維持に努めているので、広大な地域に散在している割合には、比較的治安は良好である。
 なお、過去五年間に発生した移住者による殺人事件は七件で、犯行の動機としてはノイローゼによる発作的犯行、喧嘩、口論等が挙げられる。行方不明(ただし転住者を除く。)はほとんどいない。
(別表8参照)

二、について

(1) ヨーロッパ諸国の戦後移住者は、戦前の移住者による親族呼び寄せ形態のものが過半を占め、また、受入国の工業化・都市化に伴い、都市労働者が多いため、我が国と異なり、政府関係機関が、前項のごとき集団移住地を造成して、移住者を入植させた例は極めて少ない。

(2) ヨーロッパ諸国政府機関が関与した少数の集団移住地について、昭和四十三年の調査の結果は、大要次のとおりである。
(a) 定着率は、イタリア系移住地の場合   三十六パーセント~五十一パーセント
         オランダ系移住地の場合   八十パーセント前後(含分家)
         ベルギー系移住地      約五十パーセント
(b) 所得水準については、平均粗収入    約五千ドル
               農家余剰    約一千五百ドル
  これらの数字は、邦人移住地のうち営農成績中位の移住地に相当する。
(c) 生活環境等については、ヨーロッパ移住者は、農家余剰を、主として住宅の改良に注ぎ込むため、我が国移住地に比し、一般に良好であり、また、教会、クラブハウス・レクリエーション施設等の社会施設により、移住地の外観は、かなり整つている。一方、我が国直営移住地のごとく、移住地内に、常住の医師を持つ移住地は無く、高等教育機関への進学率も低い。移住地の電化については、イタリア系の代表的移住地(ペドリーニャス)の入植開始後十一年目と言うデータがある。
 (なお、戦前に開設された移住地においては、パラグァイにおける最大のドイツ系移住地オエナウ…ドイツ系住民四千九百人…のごとく、電化が入植開始後数十年という移住地もある。)
(別添資料「外国人移住地概況」参照)

三、の1について

 海外移住事業団(及び、その前身の海外移住振興株式会社)が昭和三十二年から昭和四十七年度末までに行つた農業移住者に対する融資状況は、次のとおりである。
 貸付総額   六十三億五千万円
 残高     十九億五千万円
 回収額   二十五億五千万円

三、の2について

 海外移住事業団は、現在ブラジルに五か所、アルゼンティン・パラグアイ・ボリヴィア及びドミニカに各一か所、計九か所に支部を置いて分担地域内の移住地等への移住者の受入れ、定着及び援護業務を担当しており、これら支部に対する昭和三十一年から昭和四十七年度末までの支出経費(出資金による造成費を除く。)の総額は八十億円余で、このうち業務運営費は五十八・七パーセント、教育・医療衛生・電化及び道路対策費等の事業費は四十一・三パーセントである。
 なお、海外移住事業団は、移住地別経理は実施していないので移住地ごとの支出経費を明確にすることは困難である。

三、の3について

 海外移住事業団の援護は、移住者の生活状態が一応の水準に達するまでは行わざるを得ないが、移住地の多くは、移住者受入れ国側の諸事情により、移住地の村造りを併せて考えねばならない。移住者の所得は、一応我が国の中堅専業農家の所得水準を目標にし、村造りについては、必要諸施設が整備され、かつこれらを移住者自身が管理し得るまでの間援護を継続することが望まれる。
 従つて、事業団の行う援護の打切り時期については、右の事情を十分考慮の上決定しなければならないが、現時点で各移住地の見通しをたてることは、非常に困難がある。
 因みに、イタリア政府出資の移植民会社が設けた唯一のペドリーニヤス移住地は、二十一年を経過しているが、同移住地の駐在員は、何時会社が移住地から手を引くことが出来るか見通しがたたないと述べている。

三、の4について

 3の事情のため見通し困難である。

三、の5について

 移住先国政府又は州直営移住地については、受入国の施策の問題であるのでみだりに判断することはできないが、事業団直営または、これに準じた移住地は一般に都市を離れた地域で、移住地に通ずる道路なども整備されておらず、立地条件も悪く移住者の定着、安定を遅らせたことは否めない。しかしながら、これら移住地にしても入植後十年ないし十五年の間には営農の伸長と所得の向上が顕著であり、移住地内の公共施設の充実などと相俟つて逐次村造りが固まりつつある。
  また、移住地内の開発と共に、移住地に通ずる道路建設、農村電化等についても移住先国の施策が進んでおり、各種の障害も漸次、克服されて来ているので移住者自身の自覚の問題もあるが、辛苦に堪えぬき今日迄築いて来た移住地を今直ちに将来性がないと判定することはできない。

三、の6について

 移住者の教育問題、特に学校教育については、受入国の教育関係法令に基づき行われるべきであるという原則からも法制上の制約ともにらみ合わせ、受入国の教育行政の足らざる部分を補完するという姿勢で対策を講じており、又移住地の青年を対象として実際生活に必要な技能、知識を学習させ、一般教養の向上を図るための社会教育を実施して来ている。
 これがため、昭和四十八年度の教育対策費(一億三百五十九万円)は海外移住在外事業費のうち移住者援護関係予算(五億四千百八十万円)の約十九パーセントを占めており、昭和四十七年度教育対策費(五千六百五十四万円)と比較すると約八十三パーセントの増額となつている。
 施設としては、校舎、寄宿舎等であるが、相手国政府の施策の及ばない直営移住地(相手国政府又は州の移住地でないもの)を対象とすることを原則とし、相手国教育制度の義務教育関係施設の充実を補完することを主眼としており、教材、教具も日本の学校に比し、著しく不備な場合にはこれを補完している。
 直営移住地の学校に勤務する教師として優れた人材を招くために移住先国政府の支給する給与のほかに、海外移住事業団より謝金を支給している。
 また、移住者子弟の日本語教育のためには、現在、パラグァイ、ボリヴィア、ドミニカに各一名ずつ計三名の日本語指導教師を派遣し、各移住地における日本語教師の指導を行つている。
 なお、僻地に散在している移住者の子弟の義務教育は最寄りの都市の学校で行われているが、経済的理由で就学が困難に陥ると思われる者に対しては基礎教育奨学金制度(月謝、交通費、寄宿費)を利用することができることになつている。

三、の7について

 日本人移住者は一般に子弟教育には熱心で生活は苦しくとも子供の教育費は捻出し、通学させており、児童達もこの状況をよく認識し、父兄の希望に答えるべく向学心に燃え、いずれの小学校においても日本人子弟が上位を占めている。
 これまで調査したところでは、散在小移住地でも、義務教育(小学校)については、百パーセント子弟を就学せしめており、上級学校の就学については、その比率は下るが、都市に寄宿させ通学せしめている者が多い。
 子弟教育の問題は、医療衛生とともに緊要事項であり、貧困であるがために義務教育すら受けられないと言うことがないように、前項のごとく基礎教育奨学金制度が設けられており、昭和四十八年度は九百九十二名を対象としている。

三、の8について

 不振移住者の帰国については特別な措置又は対策は講じていないが、本人の意志が転住又は転業も考えずに帰国のみを強く希望し、かつ在外公館において領事事務の一環として帰国せしめた方がよりよいと判断されるものについては所定の手続きを経た上、いわゆる国援法を適用して帰国せしめることができる。
 移住事業団では移住者のために一般融資及び営農指導等の援護ないし指導により事業の向上、改善の可能性が見込まれる者については、これが拡充により更生せしめることとしている。
 また、疾病の療養、転職、転住等一般融資ベースに乗り難いものについては長期、低利の更生資金を貸し付ける途をひらき、その経済的自立と生活の安定を助成することとしている。
 なお、著しく生活困難な家庭に対しては生活扶助のための保護費支給の適用措置を講じている。

四、について

 本件については慎重に検討したいと考える。

五、について

 移住行政一般については、外務省が所掌しているが、移住行政を進めるに当たつては、関係各省庁の行う移住関係事務と密接な連絡調整を図つて事務処理の万全を期している。
(別表、別図及び別添資料の印刷は、省略した。)